「……もう要らない知識かもしれませんが。戦いとは、常に幾許かの余裕を持って行うものです」



 見下した魔術師が語る。顔も上げられず、ただ、自分の状況を必死に理解しようと、頭だけがその場で働いている。
 呼吸も十分でない。四肢が動こう筈も無い。今のは流石に致命的だ。どう考えても、あの時、ランサーに貫かれた傷に匹敵する深さ。



「あと一手残しておいたかどうか。たったそれだけの違いでした。
 ……驚きましたよ、衛宮士郎。一介の戦士として、私は貴方に最大限の賛辞を送りたい」



 到達しようとした直前。何かを、彼女が呟いた。
 ソレが最後。覚えているのは、全身に走る激痛と、ああ、もう動かないな、という確信。


 恐らくは。最初から、罠を張っていたのだろう。
 万一を計算に入れる。油断など、端からこの魔術師には無かっただけ。



「…………ぐ、……」
「無茶は止めた方が良いと忠告します。……さて、衛宮士郎。コレが最後の質問になるでしょう。
 もう一度だけ、チャンスを与えます。我々に協力しなさい。貴方が動いてくれるならば、アインツベルンの城を落すことも出来る」



 ゆっくりと近づきながら、魔術師は最後通告を突きつけてくる。成程、どうやら俺を餌にしてどうにかする積もりだったらしい。……ったく、端からまともな協力でも無いなんて、見下げるを通り越して頭の中を疑いたくなるな。


 そして。答えは、もう決まっている。



 自分から僅か2メートルのところで、彼女は立ち止まった。丁度良い。今、それくらいの距離でないと声が届きそうに無い。



「……ふ、ざけるな……。テメエ等なんかに、そんなことに、協力なんか、しない」



 そんなことに。人を犠牲にして為すことに、意味なんか認めてやらない、と。
 確かな意志を籠めて、返答した。


 それが、最後の意地。もう、顔すら上げられそうに無い。自分の血が、やけに生温かく感じられた。



「そうですか……少し、残念な気もしますが。
 時間もあまり余裕がありませんので、お仕舞いにしましょう」
「……よく言うよ。二日も前からこっちの様子を窺っていたんだろうが」
「……? 仰っている意味が分かりません。私がこの街に来たのは昨日の朝ですから」
「………え?」



 遠坂の所に協会から連絡が入ったのが三日前。その内容ともかみ合わないが、協会が一枚岩で無いってことかな、という辺りでそちらは説明もつくだろう。


 しかし。もう片方は、説明が出来ない。確かに俺が変な感じを覚えたのは二日前のはず。
 では、あれは、なんだったのか……?



「まあ今更、どうでもよいことでしょう?」



 す、と、何かが振り上げられる気配がした。
 魔術師から、明確な殺意が放たれる。
 今までのように、相手を屈服させようというものではなく、確実に息の根を止める。その視線、空気には覚えがある。


 ……だというのに。
 俺というヤツは、どうかしてしまっているらしい。






 ―――――――此処で死ぬのも、悪くは無いかもしれない。






 ………全く、正義の味方が聞いてあきれるなあ………。
 結局、間際に考えたことは、そんなことでしかなかった。
        





 ―――――――アイツに逢えるなら、それも良いだろう。






 まあ、格好はつかないけど。意地だけは張り通したぞーって、意味の無い見栄くらいは切れるだろう。



「それでは、お別れです。せめて、苦しまぬよう」



 死の宣告を聞く。
 最早こちらとて、よける気もなければよける術も無い。


 振り下ろされる剣が、風を切る。
 その音を聞き届け。ゆっくりと、役割を終えた瞼を下ろした。





 
 
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