ユメを、見ている。
だけど、もう哀しいユメを見る必要は無いんだ、と、俺は明確に理解していた。
広い。草原がどこまでも続き、空は透き通るほどに、鮮やかな蒼。
ここは何処だろうか……なんて、考える必要も無いらしい。
このユメは、唯の夢じゃない。そう、誰かの掌の上なんだって、そんなことを感じている。
そうして。
その男は、目の前にひょっこり現れた。
驚いた。いくら半人半魔とは言え、もう出生から軽く千五、六百年は経っている筈なのだが、しかし。
眼前の人物は、老いなど微塵も感じさせない。若々しくて、格好良い男だった。
「その疑問も尤もだ。でも考えても御覧。爺の外見よりもこっちの方が、よっぽどモテると思わないかい?」
くっく、と、彼は笑いを漏らす。……いや、読心の術でも心得てるのかな? 何とも魅力的な表情である所、むしろその凄みを増しているような。
「ま、それはさておき、だ。少年。君が、衛宮士郎だね?」
「……はい。貴方は」
「君の思っていることは正しいよ。そう、昔、彼女を後見していたこともあった魔術師だ」
「……セイバーの、後見」
何故か、そうなんだと最初から分かっていた。
マーリン・アンブロジウス。恐らくは、史上最も高名な魔術師の一人。サキュバスと人の混血にして、アーサー王を良く輔佐した軍師。
「セイバー……そうか、アルトリアはここではそう呼ばれているんだったね。うん、彼女らしいと言えば彼女らしい。良い名前なのかもしれないな。
ま、そんなことはどうでもいいんだ。ひとつだけ、聞いておきたいことがあってね」
「聞きたいこと、ですか」
「そう。これでも一応、今だってアルトリアの後見の積もりなんだ。だから、君が彼女をどう思っているのか。それだけは、聞いて帰りたいと思っている」
そう言うと、彼はとす、と隣に腰掛けた。吹き抜ける風が心地良い。草が揺れ、蒲公英の種が空に舞う。
答えを促すような仕草はせず、ただ、自然とこちらの呟きを待っている風。……確かに少し照れくさいけれど。この人には伝える義務がある、と、自分はとっくにわかっていた。
そして、自然な心境を語る。
短い言葉。だけどそこには、衛宮士郎という人間が持っている全てが籠められている。
「……セイバーが、好きです。幸せで居てほしいって、笑っていて欲しい、って、そう思っています」
それが精一杯。不器用だけど、彼女を想っている。何時だって。彼女が幸せな日々を送ってくれたら、と願い続けていた。ただそれだけが、叶えばいいのに、と。
「……うん。もう、心を偽らなくてもいいことは分かっているみたいだね。
だけど忘れてはいけないよ。アルトリア……いや、セイバーにとっての幸せは、君と共に在る。君が彼女に笑っていて欲しいと思うなら、君は何時でも彼女の傍に居なければならない……逆もまた然り、だけどね」
彼の顔から、セイバーを案じる心が伝わってくる。いつか、自分が、そうあって欲しいと願った未来。それに思いを馳せることも、彼ならば可能なのかもしれない。彼の衷心からの言葉を、しっかりと受け止める。
「間違っても、泣かせるようなことはしないで欲しい。これでも―――――」
「―――――」
人間らしい表情を見せる人なんだ、と思った。稀代の魔術師であることは疑いようも無い。だけど、この人は、紛れも無く、一人の―――――
「……ああいや、それはいいんだ。なんにせよ、アルトリアを宜しくお願いするよ。この場所で暮らすのに困らない用意は、しておいたから」
「え? ……それって」
「ああ、戸籍とか、色々ね。人間の世も随分不便になったものだと思うよ。多少弄るのには時間がかかったんだけど」
……何となく、だけど。役所の書類を前に、ブツブツ呟く魔術師の図が浮かぶ。
もしかしたら―――――いや、多分。感じた気配は、彼のものだったのだろう。
そんな考えを見透かしたかのように、彼は笑いを漏らす。
「いや、アルトリアにこんな日が来るなんてね。アレは騎士として育って、王として生きたから、少し女の子っぽいところは無いかもしれないけど……心根だけは、世界の誰より美しいと保証できる。それに、彼女の良人には君が一番似合うと思うよ」
「え、や、その……良人、って」
「不服かい? ふふ、そのものだと思うんだけどね。鴛夫婦、というんだっけ? この国では」
……いや、流石に古代から生きている人は言うことが違う。なんというか、そこまで過程をすっ飛ばすのも……どうなんだろう。
「まあ、甲斐性は確かに必要かもしれないけどね。……いや、安心した。君が、思ったとおりの人でよかった。本当にこれで、アルトリアを任せることが出来そうだ」
ぺこり、と。彼は、下げなくてもいい頭を下げた。
そんな彼に返す言葉は、勿論一つしかない。
「分かりました。アイツのことは、任せてください。精一杯、幸せにしますから」
「……ありがとう」
差し出された手を掴む。大きな掌。きっと、この手で、彼はかつての王を育てたのだろう。
恐らくは、唯一――――本当のアルトリアを、知っていた人。そして、彼女を大切に想っていた人。
その想いを、ここで、確かに受け取った。
大切にしなくてはいけない重みを、しっかりと、心に刻み込む。
「さあ、そろそろ夢もも終わりにしようか。邪魔をして悪かったね。また会うことがあれば、その時は宜しく頼むよ」
「……はい。その時は、また」
魔術師は立ち上がると、手を振りながら去っていった。その顔には、笑顔が浮かんでいる。
いつか王が見た理想郷。そんな光景を見つめながら、漠然と頭に浮かんで、嬉しさがこみ上げる。
これが夢なら。
アイツが帰ってきてくれたのは、紛れも無く―――――――
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