家に帰ると、彼女は電気も点けずにソファーに倒れこむ。優雅たれ、なんていう家訓など、思い出してやる気も起きなかった。
ぎゅ、と、顔の前にあったクッションを引き寄せる。視界は暗くても、何故か、あの時の彼の表情が、目に焼きついている。
何日か前のこと。彼は、未練など無いと言い切った。
それもまた、事実だろう。そんなものを残していて、あんな決断が出来よう筈も無い。
だけど。
“未練”と、“願望”は、必ずしも一致しないだろう。
決断に後悔は、未練は、無くとも。
一緒に居たい、と。そう願う彼の心は、消してしまうことなど、出来なかっただけのこと。
ならば。
叶わぬ願いを抱えた彼は、どうなるというのか――――
「私は、…………何て」
彼が落ち込んでいるなら、無理矢理にでも立ち直らせよう、なんて思っていたのに。
もしかしたら。最初から、彼女には分かっていたのかもしれない。
何も、できることなど、無い、と。そんな自分を偽る為に、少しだけ、強がってみただけのこと。
そこにある彼の「願い」が。
あまりに痛くて、見ていられなかったのだろう。
「……あの、ばか」
朝、貰ったばかりの宝石を取り出して、呟いた。
普段なら、こちらの心まで照らしてくれるはずの、宝石の輝き。だが、今は、哀しみを湛えているようにさえ感じられる。
そんな姿は、彼に重なる。
彼の瞳に映っていたのは、どんなセカイだったのだろうか。
「ばか。馬鹿馬鹿、あの、大莫迦…………ッ!!!」
何も、出来ない。
結局、こうして、遠くから見ていることしか、出来なかった。
なんて無力。歯痒さ、悔しさが、その胸に渦巻いている。
「…………私は、…………どうしたら、いいのよ」
怒りなのか。それとも、哀れみなのか、その区別すら出来ず。
遠坂凛は、形容しがたい感情に、苛まれていた。
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