だが結局、遠坂師匠を満足させるような手がかりは、ついぞ見つかりはしなかった。



 もうすぐ日も落ちるだろう、という時分までは見回りを続けたものの、何も得るモノは無く。遠坂は既に相当な不機嫌モード、今にもこちらに八つ当たりせん勢いである。そうなると止まらないのがこの人のクオリティであることは、ここ二ヶ月でq.e.d.

 というわけで、そんな事態を回避せんとする目的も兼ねつつ、随分長く歩いたから、という名目の下、海浜公園で少し休憩と相成った。

「しかし、見事なまでに何も無かったなー」
「そうね。…………なんか、すっごい気分悪いわ…………」

 苦虫を噛み潰したような、とはこんな感じだろうか。無為に過ごした時間に少し後ろ髪を引かれつつ、もう少し有為に使えなかったと反省も忘れてはいないらしい。

 ふと目を上げれば、公園の空に夕焼けが美しい。そこかしこで遊んでいる子供達も、じきに夕食を取りに帰宅するだろう。そんな光景を何と無しに眺めていると、視界の端に鯛焼きの屋台を発見した。

「ん? こんなとこに屋台なんて出てたんだな」

 時間も時間、丁度小腹がすく頃合。ある意味僥倖でもあり、夕食前の間食はどうかなー、という所でも在るのだが、ここは素直に欲望に従っておくべきだろう。

「遠坂、食べるか? 買ってくるけど……」
「ええ、士郎のおごりなら歓迎よ」
「…………行ってくる」

 ふつふつと湧く不平を抑えつつ、鯛焼きを二匹購入し、戻る。焼き立てを包んでくれた親切な店主に感謝しつつ、いい感じに焼き色がついた鯛焼きを一つ、遠坂に。

「……あら。結構美味しいわね……」
「ホントだ。案外穴場かもな……」

 やっている人はまだ若く、最近はじめたのかもしれない。しかし、冬本番ならもっと美味しさも引き立つだろう。

「はむ…………ん。…………お茶が欲しいわね…………はむ」

 しかし。鯛焼きを頬張る遠坂など、早々お目にかかれるものではない。そも、どうもイメージに合わない、という所だってあったりする。

 やっぱり。
 こういうのが、似合うのは―――――――




















 ―――――――何の、脈絡も無く。
           なんでもない話のように、切り出してしまっていた。




















「なあ、遠坂」
「ん――――どうしたの? 士郎」



















 ―――――――やめろ。
           そんなこと、言った所で、どうなるわけでもない。




















「あいつなら、さ。コレ食べたら、どんな顔して、どんな事、言ったかな」
「…………士郎?」
「おいしいです、とか。もう一個頂いても? とか。嬉しそうに食べただろうな、きっと」
「―――――――」


 呆然と。突然、壊れた機械のように呟く俺を見て、遠坂は何を思ったのだろうか。
 そんなこと、言うべきことじゃない。今それを思い出して、一体―――――――




















 ―――――――でも、何故か。
           話すことを、止められないでいる。




















「あいつの夢を、見たんだ。すごく楽しい夢を、2日続けて、さ。
 昨日は新都に行く夢で、今日のは、皆で一緒に、家で大騒ぎしたりする夢だった。」
「―――――――」
「だからかな。少し、思っただけなんだ。
 もし、―――――――」




















 あいつが。
 セイバーが、ここに居たら、って。




















 何時のことだったか。遠坂に、言ったことがあった。
 あの選択に、後悔は無い。
 彼女に、未練など無い、と。
 二人の大切なものを、貫き通した結果。
 それを大事にするなら、結末は、あれ以外ありえなかったのだから。




















 だけど、もし。




 ――――――手と手を取り合って、未来さきに進めたのなら――――――




 そこには。
 どんなセカイが、あったのだろうか。

























「―――今日は、お仕舞いにしましょう、士郎。収穫が無かったのも収穫のうち、よ。貴方も、疲れてるみたいだし」



 遠坂が、搾り出すように呟いた。
 聞いた質問に、答えることも無く。……いや、答えようが、無かったのか。

「……いや、俺はまだ大丈夫だぞ? それに、魔術師が居たとして、動くならこれからなんじゃないのか」
「うるさいわね……っ! そんな、泣きそうな顔して……! 大丈夫だなんて、思えるわけ、無いでしょう……!」

 ……泣きそう?俺が?
 何を、莫迦な、ことを。むしろ、泣きそうな顔してるのは、遠坂の方じゃないか。

「どうしたんだよ遠坂。何か辛そうだぞ?」
「――――っ! な、なんでもないわよ! 夜の見回りは私がやるから、士郎は帰って休んでなさい。……いいわね!」



 そのまま、遠坂は走って行ってしまった。
 どうも、腑に落ちない。別に、疲れているわけでもないんだし……。

「なんだよ、一体……」

 ぽつん、と。一人、ベンチに座りながら、呆けたように遠坂を見やる。
 その背中は、いつもの自信に溢れたそれではなく。

 やけに、小さく、儚げに見えてしまっていた。




 
 

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