買い物を終えて、夕暮れの新都を歩く。




 勤務を終えてビルから出る会社員や、学校帰りの生徒たち。
 人の波がもたらす喧騒は、一日の終わりを告げる鐘のようなものだろう。

 遠く、夕陽が沈もうとしている。
 今日という日を惜しむように。過ぎ行く時間への最後の餞として、美しく空を、海を照らしていた。




 そんな光景を。
 今でも、はっきりと思い出せる。




 朝のユメが、頭の中で鮮明に蘇る。こんな情景の中、ユメでは、隣に彼女が居た。とても、とても幸せそうで。暖かい表情をしていた。
 シロウ、と、そう呼んでくれる声。この上なく美しい姿。忘れるべくも無い。


 …………だけど、それは。


 ユメの中の彼女は。自分の幸せを、笑顔で喜んでくれていた彼女の姿は。衛宮士郎が紡ぎだした、都合の良い世界にしか存在しないもの。残酷な虚構、そう言ってしまえば、それだけのことだ。
 虚構では、ヒトは幸せになれない。いくら築いたところで。そんなものは、現実を生きる人間には無意味な建造物。


 それは、結局――――――




「――――――あれ?」




 ふと、違和感を覚えて、歩みを止めた。

「今、の……は……」

 ひぃん、と、空気が冷える。
 春の夕刻、それを差し引いても、肌を刺す感覚。
 それは、経験した者にしか分からないだろう。

 何処か、普通とは違う空気。丁度二ヶ月前。幾度と無く味わった、その欠片のような。
 辺りを見回すが、あるのは雑踏のみ。ありふれた新都の日常風景。
 そこに、違和感の元になりそうな因子は存在しなさそうだ。気のせい、と思いたいのだが……。

 魔力の残滓。これは、その感覚に近い。

「何で、こんなところに…………」

 朝の話が頭を過ぎる。一応、遠坂に電話を入れておくのもいいだろう。どうせもう晩飯の支度だし、どっちにしてもそろそろ帰らなきゃいけないのだ。












 バスが、冬木の橋を渡っていく。
 目に入った光景は、いつかと同じ。
 また見に来たい、と。何気ない風景なのに、そう思わせてくれることに変わりはない。


 窓に流れる景色に、視線を委ねた。
 橙に染まる空には、丁度一番星が輝いている。


「―――――――」


 手を伸ばしても掴むことは出来ないもの。
 だけど、共に過ごした日々だけは、まだ、忘れずに居られている。

 意味もなく、微笑む。
 それが、キレイな思い出であり続けることは、俺にとって何より重要なことなのだ。

「―――――――」

 永遠とは、きっと、そういうことを言うのだろう。




 もう一度、夕焼けを、目におさめた。
 何時の日か。彼女と見た、美しい景色を。

 また、あいつと一緒に見たいなんて。そう思った日もあった。
 そんなコトを、思い出しながら。




   

 書架へ戻る
 玄関へ戻る