「おはようございます、先輩」
「Guten Morgen、シロウ。最近ちょっと遅いわね。春だからって気を抜きすぎよ?」


 居間に入ると、イリヤと桜、いつもの面子が挨拶をしてくる。

 ――――と、いつもの、では無かった。
 騒々しい異世界分子がいないだけ、ちょっとした静けさを持っている模様。


「二人ともおはよう。ま、こう寝坊が続くと反論も出来ないな。っと、藤ねえは?」
「ギリギリまで寝てから来るって。昨日の夜も色々やってたしね。進路がー、とかブツブツ呟いてたわ」
「そういえば、道場でもお仕事大変って仰ってましたね」


 なるほど。だが、さもありなんと言った所だ。
 世に、三年生は受験が大変だ、と言われる。だが実際のところ、勉強に専心しておけばいい生徒よりも、それを牽引する先生の方が気苦労は多いはずなのだ。進路、成績、心理面のケアetc. ましてまだ先生歴も短い虎、その辺り壁にぶち当たっていてもおかしくない。


「寝過ごさなきゃいいけどな。ま、いい大人なんだし、その辺は自分で何とかしてもらうか。
 桜、まだ手伝えることあるか?」
「お料理は大体出来てますから、並べるのを手伝っていただけますか?」
「了解」


 カチャカチャ、と皿を並べる音と、延々流れる朝のニュース。普段よりは少し大人しいが、これが、最近の日常。いつもどおり、俺と桜が給仕をして、この面子に藤ねえを加えて賑やかに朝餉を頂く。
 いつも虎が大騒ぎして、イリヤがそれをからかって遊んで、桜が苦笑いして眺めている。
 俺はどっちつかずでたしなめたり、そ知らぬ顔で飯を味わっていたり。


 配膳を済まして、自分の席に座る。

 だから、ソレがおかしい、なんて思うことは最初からなかったんだ。
 だって、もうすっかり、その光景に慣れてしまって。
 それが普通なのだと。考えられるようになったはずだったから。


「…………………………」



 ――――――――なのに。




「先輩?そこは―――――」
「あ、」




「っと、間違えたな。すまん桜、後で戻しとく」

 自分のミスに苦笑いを浮かべつつ、ひとつ多く並べてしまった箸を盆に載せた。
 やっぱり、今日はどうもおかしい。



 俺の隣、黙々と食べる姿が、足りない。
 彼女が、居るべき場所。そこにはもう、誰も座ることがない。




 そんなコトが。今更になって、寂しく感じられるなんて――――――

 




   

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