「私も、何かあるばいとがしてみたいのです。」
 真剣な顔で、騎士な少女は切り出した。

「アルバイト?何で急に。そんなに生活費苦しかったの?」
 赤のツインテール少女がそれに応じる。煎餅を食べながら。


「いえ、そういうわけではない。しかし、シロウが毎日一生懸命働いてくれているのを見ると……どうにもいえない気分になってしまいまして……。申し訳ないというか何と言いますか……。」
「ふんふん。それで?」
「その、一度シロウがどのようなことをしているのか体験してみたくなりまして。それに、いつもお小遣いを貰ってばかりでは心苦しいですし……。凛ならば、何か知っているのではないかと……。」

 クーラーの冷気が心地よい、まだ残暑厳しい9月頭のこと。
 セイバーと遠坂凛は客間で涼みながら、ささやかなお茶会を開催していたのだった。
 そこで切り出したのが、上のような会話である。

「へー。でもさ、それなら士郎に直接聞けばよかったじゃない?士郎なら働き口腐るほど知ってるはずだし、セイバーが一緒にアルバイトするなら本望だと思うわよ。」
 そう言って、凛はくすくす笑った。夫婦相伴でバーガー店の受付などやってる二人を想像して、何かおかしい気分になったのである。それはそれで勿論見てみたいシーンではあるが。
「それがですね、シロウは取り合ってくれなかったのです。働くのは俺の仕事だから、と苦笑いされまして、それ以来切り出しにくく……。」
 普段ならもっと強情に攻めることもあるセイバーだが、少し困った感じの彼の表情には弱い。そんな顔をする時は何かしら言いにくいことがあるのだろう、ということをセイバーは知っていたから、それ以上踏み込めないでいたのだった。
「ふーん、なるほどねえ。けっこー衛宮君も古い気質なんだ。
 ……いや、ちょっと待って。案外士郎ってば……」
 凛の想像していることは図星であった。自分の目の届かぬところで彼女が働き、悪い虫でも寄ってきたらどうしよう、と。そんな危惧から、彼の複雑な表情は来ていたのである。
 そんなことは露も知らぬセイバーは、考えた末に凛に相談を持ちかけたのであった。
「士郎は心配性なのよね……。杞憂って言葉知らないのかしら。」
「はあ、心配性ですか?確かに、その気はありすぎるほどありますが。」
 聖杯戦争中のことを思い出す。確かに、それを感じさせる言動には枚挙に暇が無い。
「その気どころか、そのものじゃない。士郎はね、セイバーが………」
 言いかけて、凛は口をつぐむ。
 次いで、魔性の笑みを浮かべた。
 遠坂凛十八番の魔微笑。これが発動したが最後、あくま的策謀に巻き込まれるのが常である。主に、この館の主人である衛宮士郎が。
「?私が、どうかしたのですか?」
「ああいや、なんでもないの。ふーん、セイバーがバイト、士郎はそれを、ねえ。」
 思案顔でセイバーを見る凛。頭の中で計算が進む。
 0,5秒の後。彼女の頭の中で、方程式が完成した。
「そうねセイバー。一つ心当たりがあるんだけど、頼んでみてあげようか?多分、紹介してくれると思うわ。」
「本当ですか?それはありがたい。お願いします。」
 そんなセイバーの反応を見て、凛は内心ほくそ笑んだ。策は半分成ったも同然。後は、今回哀れな道化役を演じていただく当館の主人を、いかに策に嵌め込むか。
 赤いあくまの頭脳は、早速フル回転をはじめるのだった。
(まずは綾子に……で、確か、暗示は……)



「ねーねー、この前の話なんだけどさ。」
 凛はアナログもアナログ、固定電話。
 対する弓道少女、美綴綾子は、最新のケータイでそれを受けている。

「この前?さて、何か気にかかる話でもしたか?」
「したわよ。ほら、バイトの件。この前話してた時……」
「あ、あれか。柄じゃないから遠慮しとくんじゃなかったのかね。聞き間違いか?」
「聞き間違いでも何でもないわ。今日は私じゃないの。」
「私じゃない?どういうこと?」
「セイバーよ。ちょっと足りないかもしれないけど、あの子なら文句無いんじゃない?」
「あ、なるほど。うん、セイバーさんなら丁度良いかもね。いや、身長ならあんまり気にしなくてもいいからさ。どうせ店に飾っとくだけらしいからね。
 で、なんで急にセイバーさんなのさ。」
「それがねー。………」
 楽しそうに自らの策を語る遠坂凛。概要を聞いた綾子も、自然とにやけ顔になる。
「あはは、そりゃ面白そうだ。いいよ。セイバーさんのことなら任しといて。話し通しとくからさ。」
「おっけー。じゃ、頼んだわよ綾子。またねー。」
 がちゃ。
 切れた電話を眺めながら、今度通話だけのケータイでもつかませてみようか、と考える綾子。だが、その前に策の片棒を担いでやるとしましょうか、と、半ば小間使い化している少年に用を申し付けた。
「おーい実典ー。電話帳持ってこーい。」





 解けて寝ぬ 寝覚めさびしき 冬の夜に 結ぼほれつる 夢の短さ

 授業は古文、源氏物語。教壇に立つ教師にやや陶酔の色が見えるが、確かにこのお話は人を虜にして話さない何かを持っているのだろう。

 それにしても、王朝貴族の恋話はどれも優雅に映る。それもこれも平時だからできたこと…………でもないか。そういえば、セイバーの配下にも一級品の色好みがいたような。貴族に恋多し、は古今東西変わらないらしい。
 かくいうこっちも、多分源氏顔負けの恋愛をしているはずである。対象は一人だけど。そんな連想で、セイバーのことを何となく思っていると……。

「というわけで、今日はここまでにしましょう。ちゃーんと予習してきてくださいね。」
 授業は終わったらしい。なるほど、セイバーのことを考えていると時間の過ぎるのも早まるようである。

「ん。終わったか。」
「うむ。では、昼食といこうか。」

 立ち上がるのはほぼ同時。いつものように生徒会室へ……と、歩みを進めんと教室を出た、その時。

「あ、出てきた。」
 犬と猿は、出会った。

「……何用だ。この教室に。」
「教室にも貴方にも用は無いわね。あるのはそこのでくの坊。」
「相変わらず口汚い。衛宮にはこれから昼食という大義がある。女性に付き合っているヒマはないと思うが?」
「あら、衛宮君ならいつでもヒマなはずよ。私が暇って言ったら暇になってくれるの。知らなかった?」
「何を言うか。奴隷や召使いでもあるまいし。」

 ………すまん一成。半ば当たってるんだが。

「奴隷にしたつもりはないけど、召使いくらいのことはしてもらってるわ。それより衛宮君?ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだけど。」

 ………二人の雰囲気が、凄く怖い。竜虎相搏つ、ではないけど、まあ、そんな感じ。

「………おっけー。折衷案で行こう。遠坂、そんなに時間かからないか?」
「衛宮、このような無礼な誘いに応じる必要は無いだろう。生徒会室の茶葉が待っている。」
「あら、衛宮君はレディーのお誘いを断るほど無粋な男だったのかしら。さ、どっちか選ぶのね。」

 うう、なんでいつもこうなるのかなあ………。



 結局一成には放課後を献上することを約束し、平謝りに謝って遠坂を選択した。
「あのなあ。何かあるなら最初から言っとくって手もあるだろ。予定が在ればどうとでも切り抜けられるのに……。」
 屋上で並び、弁当を広げる。最近思うのだが、これはこれでちょっとしたシチュエーション。よくゲームやマンガで見かけるような……。
「あら、美味しそうね。今日もお願いしとけば良かったかしら?」
 返答なし。まあ、端から期待はしてないが。
「唐揚げ、一つならいいぞ。で、用事ってなんだ?またなんか問題でもあったのか?」
「んー、そうねえ。…………どうしても、衛宮君と二人きりで食べたくなった、って言ったら?」
「ありがたくお受けするけどな。なるべく一成と角は立てて欲しくないもんだ。」
 自分としてはそれが本音である。だが、遠坂は明らかに呆れた風で、ため息混じりに呟いてくれる。
「はー……。やっぱ衛宮君は衛宮君、ね。それじゃあ先が思いやられるわ。」
「は?なんでさ?」
 遠坂とお昼を一緒できるのならそれはそれで良いと思うのは俺だけだったのか?そりゃ性格はアレだけど、話していて退屈するような相手では決して無いわけだし……。

「そうね。じゃあ聞くんだけど、最近衛宮君、セイバーに冷たくした?」
「………え」

 唐突に出た質問。予想外の角度から繰り出された攻撃をモロで喰らったような。
「………待、て。全く記憶に、無い、ぞ。」
「何か最近おかしいのよね。こう、思いつめたような………。」
「…………………」
 そんな素振りは、全く俺の前では見せていない。それに、不平不満があるならそのままストレートにぶつけてくるのがセイバーなはずで、まさか、そんな……。
「やっぱり、気付いてなかった?普通なら士郎に直接当たるんでしょうけど、どうもそんな悩みのレベルじゃなさそうなのよねー。
 で、この前町で見ちゃったのよ。」
「………何をさ。」
「セイバーが若い男の人と、楽しそうに歩いているところ。」






「結構かっこよかったわよ?」






「……………い。おーい、士郎ー。戻ってきなさいってー。」
 は!まずいまずい。何か藤ねえみたいなのとイリヤみたいなのに絡まれる夢を見ていたようだ。

 ………。で。
「…………遠坂、それは…………」
「残念ながらホントの話。それに、ね。」
 グロッキーな俺に、畳み掛けるように遠坂は続ける。
「今度の土曜に出かけるんだけど、って相談まで受けちゃって。」




 ………とどめまで刺さなくても、いいのに、な。





 次の土曜日のこと。

 遠坂凛のタレコミどおり、セイバーは着飾って出かけていった。
 士郎は“どこか行くのか?”とさりげなく突っ込みを入れたりもしたのだが、その悉くは曖昧な態度で流されてしまっていた。目が泳いでいるので、何か隠していることは間違いなかったのだが。
 こんなことは今まで無かった……と、彼は思う。おめかしして出かける時は自分、或いは桜や遠坂、藤ねえなんかと街に繰り出す時であったはずで……。

(まさか、な。いや、でも……そのまさかが………。)
 様々な邪念が、彼の頭を過ぎる。
 冷たくした……こと。心当たりなど全く無いが、こっちはそのつもりがなくとも他人に別印象を与えてしまうことなどザラにある。

(でも、セイバーに限って、そんな……。)
 莫迦か俺は。惚れた女の子のことを信じられなくて何としよう。そう深呼吸をして、彼は必死に精神を整えた。
 だが、セイバーは楽しげな様子を見せている。

(落ち着け俺。そりゃ、こんなお日和なら楽しそうにもなるって。)
 天気は快晴。それでいて、日差しには間近に迫った秋の雰囲気も感じる、比較的過ごしやすい気候。
 で、士郎の方は、ばれない様最大限に気を使いつつの尾行。脳内では必死の自己正当化。何もやましいことはしていない、これは確認という大義の為だ!と、正義の味方らしからぬことを呟く士郎であった。


 そして、その時は来た。


 新都は待合せに良く使われる駅前広場。自分たちより一個世代が上、しかし十分に若々しいとわかる男性とセイバーが待ち合わせをしていた。
(………………………………!!!!)
 自らの目で見てしまった以上、ごまかしなどどこにも存在しない。百聞は一見によりバッチリ確認。その男は誰よ!?という衝撃のような、電撃のような、そんなわけの解らぬ感情が血の巡りを早める。
「………何かしたのかなあ………俺………」
 が、口から出たのは情けない呟きのみだった。こういう時、男と言うのはとことん悩みぬく&ネガティブ思考になるように出来ているようである。
 彼が勝手に悲嘆に暮れるうち、セイバーと男は、連れ立って広場近くの店に入っていった。
(写真……屋、か。)
 ごく最近出来たスタジオである。新都方面に供給の無かった職種のうえ、サービスも中々で評判がよい、というのは、彼がバイト中に聞いた話。
(で、そんな所に見知らぬ男と?)
 見知らぬのは衛宮士郎本人のみかもしれないが、という所は、この際彼にとってどうでもいいらしい。ともかくも、中で何が行われているかが彼の興味である。
 が、ただでさえ怪しまれやすい尾行形態(野球帽にサングラス)で店内に入るのも憚られるところである。何より、注目を集めるようでは気付かれるかもしれない。
「さりげなく入って、いや、外から見られるならそれでもいいか……」
「何を見るの?」
「いや、ここにセイバーが男と入っていって……って、遠坂!!?驚かすな!」

 彼が振り返れば、そこには遠坂凛の姿があった。
「驚かすも何も、職務質問モノの挙動不審よ?貴方。何かあったの?」
「ていうか、良く俺ってわかったな……。」
 だが、その理由を考えるほど彼のメモリに余裕は無い。
 彼は凛に、セイバーの動向を簡潔に語った。
「ふーん。じゃ、その男とセイバーがこの店にいるんだ。」
「あ、ああ。そういうことなんだけど、このカッコで入るのもなんだし、かといってグラサン外したらばれるしで……」
 おろおろする少年士郎。そんな彼の様子に、凛は内心で大笑いしていた。もうここまで来ると、恋は盲目、なんてお題目を信じたくなってしまうではないか。
「仕方ないわね。私同伴なら少しはマシでしょ。ほら、一緒に行ったげるから早くなさい。」
「お、おい!遠坂!」
 凛は士郎の手を引き、さっさと店の中に突入する。正直、見届けたいような目を背けていたいような心持ちにあった士郎にとっては、聊か強引すぎる手法だった。

 で、結局、士郎は自分で現実を直視することを避けてしまった。
 セイバーと男の密会(と、ネガティブな思考はその方向で理解してしまっている)の顛末見届けを凛に託し、カメラ販売のコーナーで所在無げにデジカメなど眺めていたのだった。
(うう、我ながら情けない……。)
 もちろん、彼とて気になっている。自分が何かしたのか。何で一人でおめかし&おでかけなのか。その男は誰なのか。こんな店に連れ立って入ったのは何故なんだろう。
 全て、彼女に聞けば終わることではある。だがしかし、衛宮士郎ティーンエイジャー。ちょっとは素直になれない面も(いや、多分に)あるのである。面と向かって、「ほかに男がいるのか」に類する質問をするわけにもいかないし、婉曲に問い合わせるだけの自信も持ち合わせていなかった。

(あ、このレンズいいなあ……。)
 新参入系のカメラを眺めながら、そんなことを考えて逃避している士郎。
 だが、その意識は少女の一言により、無理矢理こっち側に戻されることになった。

「ねえねえ士郎。セイバー、連れ立ってあの部屋に入っていったんだけど?」
 凛は、階段上の扉を指差した。

「………………………………」
 その瞬間、元々錯乱状態にあった彼の精神状態が堰を切った。
 妄想の暴走。若さゆえの過ち、とは彼は認めないだろうが、客観的に見ればそうとしか思えない思い込みが彼を占めていく。

「スリーサイズがどうとかも言ってたわね。」
 そして、堰を切った行動力は、同じベクトルで暴発した。
 すなわち、直接確かめないと、という、最初からそうするべきだった行動に彼は映ったのである。



 まあ、勿論。
 その暴走も含め、ここに到るまでになってしまったのは、そこで大笑いしている(内心で)少女、その策謀あんじのせいだったのだが。



 店の二階、セイバーが入っていったと思われる扉の前で深呼吸し、変装道具を外す。
 落ち着け衛宮士郎。何を恐れることがあろう。
 そう、俺に出来ることなど、……いや、そんなことどうでもいいって。
 俺はセイバーの何だ?……何だと言われても……まあ、一応自称恋人……だけど。
 ならば誇りを持て。己が信念、ただ貫き通すのみ……!

(強化、開始)
 別にどこを強化するわけでもないのだが、この場合己の精神に強化を施しているといえなくもないかもしれない。
 ともかくも、それでスイッチは入れた。

 かちゃり。部屋に入り込み、数瞬の捜索の後セイバーの姿を確認。
 そして、声を……

「セイ」



 ――――ぴたり。



 まるで時が止まったかのように、その場は凍りついた。
 そこに居合わせたのは三人。
 一人は、衛宮士郎。眼前の光景に“?”が浮かんでしまっている。
 一人は、セイバー。突然の闖入者(それも士郎)と己の格好(下着姿)、目の前にいる人の存在で思考が停止してしまっている。
 もう一人は、女の人だった。下着姿のセイバーの各所サイズを測っていたようだが、同様にその手を止めてしまっていた。

「し………シロウ」
「あ、セイバー、その、元気、か?」

「元気か?ではありませんっっっっっっ!!!!!!!!!!!」



 ――――薄れ行く意識の中、士郎は認識を新たにした。

 ああ、そうだ。これが「騎士王」たる所以。
 風より疾く士郎の眼前に迫ったセイバー(赤面)は、その勢いのまま、その鳩尾にブローを叩き込んだのだった。


「ぐふっ。」
 なんとも情けない呻きをひとつ。
 哀れな犠牲者はそして、部屋から階段へと強制排除され、階下へと転げ落ちていった。




 コトの発端は、美綴家の知り合い夫婦が経営するフォトスタジオが出来たことであった。
 そこに飾ったり、その場で出すサンプルのモデルさんが欲しい、ということを相談された綾子は、凛にそれを持ちかけたのである。が、凛は柄じゃないから、と断り、その話は一端沙汰やみになった。
 その数日後、彼女はセイバーの相談を受けた。凛はこのことを思い出し、セイバーの実益と自らの楽しみの二つを兼ね備えた策を実行すべく、綾子と謀って衛宮士郎を嵌めた、ということである。
 セイバーと待ち合わせをしていた男の人はもちろん、写真撮影を担当している当スタジオの店主さん。それを間男と勘違いさせたのは、半分は士郎の暴走、後は凛の巧妙な暗示によるものだった。


「…………最悪だな。」
 衛宮士郎は、ことの首謀者遠坂凛と、片棒を担いだ美綴綾子の大笑いで目覚めた。起きてなお混乱する士郎は、上のことを説明され、漏らした感想がそれである。
 全く以って、士郎にとっては悪夢以外の何者でもない。
「だって、ここまで見事に引っかかるとは思わないじゃい?」
 勿論、十二分に引っかかるという公算を立てた上での実行だったのだが。
「確かに、いきなり更衣室に突っ込んでいった時はどうしようかと思ったけどね。」
「…………」
 もはや、士郎は反駁する気も起きないようだ。このお礼はいつかくれてやる、とだけ胸に秘め、まだ痛みの残る被殴打部分をさすっている。
 と、
「はい、出来たわよ。みんな見てあげてー。」
 更衣室の中からお呼びがかかる。
「あら、もういいみたいね。ふふ、どんな感じかしら。」
「二人とも、セイバーが何着てるか知ってるのか?」
「見てのお楽しみ、だね。さ、行ってあげなよ。」

 二人に促され、その扉を開ける士郎。

 そこには――――


「シ、シ、シロウ。あ、あの!」


 花嫁衣裳を纏い、頬を紅潮させる少女が居た。


「こ、このような装束は初めてでですね、その、婚礼の際一般に用いられる儀式衣裳だとか何とかで、私の時代とは随分と様変わりしていて驚いたといいますか、その上このような大仰な服などに合わぬのではないか、丈も胸周りも足りませぬし、ああいえ、かつては贅を凝らした派手な衣裳も纏っておりましたが、あの時は男としてでありむしろ、とにかく……」

 何故か取り乱すセイバー。が、士郎の反応はその逆だった。
 痛みも何も忘れ、自然と、笑みがこぼれる。


 ただ、感動していた。
 なんて、綺麗な、純白の君――――


「……………なのですが、その」
 一通り喋り終えたセイバーは、ちらりと士郎のほうを見やる。
「どう、でしょうか……………?」
「ああ。似合ってる。本当に、お嫁さんみたいだよ。」
 理想が顕現したかのような、ウェディングドレスに身を包む想い人。
 天使のよう、というのは陳套に過ぎるかもしれない。だが彼の頭は確実に、そんなフレーズに占められている。

 そして、彼の感想を聞いて、嬉しそうに微笑む少女の様は、また一段と白に彩を添えていた。



 余談だが、
「なんか釈然としないわ。」
「あはは。ま、ここまで楽しめたんだし、ラストくらいご褒美でいいんじゃない?」
 結局、策の首謀者たる二人は、部屋の外でいやと言うほどアツアツっぷりを見せ付けられた格好になった。





「いや、慣れない装束は疲れるものですね。今昔こればかりは変わらない。」
 撮影も終わり、美綴、遠坂、セイバーと一緒にお茶ということになった。キレイどころばかりなので、多少肩身が狭いところではあるが。
「でも似合ってましたよ。うん、お呼ばれするのが楽しみだ。」
「何にだ、美綴。」
 わかってるくせにー、と、横に座る俺を肘でつつく美綴は、果てしなく楽しそうだ。何か腹立つ。ちなみに、ここの紅茶代は、初のバイト代をゲットしたセイバー持ちである。心なしか、いつもより味わい深い。
「にしても、完全に謀られたよ。嘘までつきやがって………。」
「あら、心外ね。嘘なんか全くついてないわ。ね、セイバー。貴女、思いつめた顔で相談に来たわよね?」
「ええ、そうですね。自分ではどうしていいか解らなかったものですから。」
「…………じゃ、男って誰だったんだよ。言ってたじゃないか。カッコいい男と一緒にって………。」
「それも嘘じゃないわ。眼鏡かけた男の子と一緒に、商店街歩いてたわよね?」
「商店街でですか?はい。サッカーを一緒にやる子をたまたま見かけたもので、少しお話を。」

 …………………いつか、赤っ恥かかしてやる。
 俺はそう心に決めつつ、紅茶のゴールデンドロップ抽出にとりかかった。




 結局、振り回されるだけ振り回された土曜の夕刻。帰りのバスから見る夕焼けは変わらず美しい。
 それにしても、と、少年は思う。
 イメージは鮮明に。横に座る彼女の顔をまともに見られそうもないくらい、花嫁衣裳を纏ったその輝きは、際立っていた。
 そして…………
(いつかは、あんな彼女と一緒に………?)
 鬼が聞いたら、笑うどころではない妄想。
 が、それは幻想とも言い切れない未来のコト。

 その時自分は、どんな感慨を持つのだろうか、と。
 バスの中、少年は一人物思いにふけっていた。


 




 どっかで見たことのあるお話だな?と思われた方、正解ですw 某漫画の某話が元ネタになっております。

 拍手の返信中に思いついた話をまとめたものですが、実はセイバーさんにウエディングドレス着せてみたかっただけ、という説も(オイ)。さて、実際似合うと思うのは自分だけでしょうか?負けず劣らずアルク嬢にも似合うと思いますけどねw あ、でも、姫アルクの派生系と思えばいいのかな?セイバーさんも、とらあな特典テレカ姫アルク装束バージョンから妄想妄想w

 こんなネタですが、楽しんで頂ければ幸いです。それでは、御拝読ありがとうございました!

 ※頂き物展示室に、セイバーさんのウエディングドレスCG(晴嵐改様作)がありますので、是非御覧になってくださいw

 面白ければ是非w⇒ web拍手



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