一月前の、話をしよう。
丁度、その日は二人にとっても記念日である。激烈と称すもおこがましい程。そのような死闘の最中、少年の、あまりに純なる想いからはじまったその日は――――
そう。二人にとって、初めてのデート。
何なら逢引と言葉を換えても構うまい。ただ、そのときは「最初で最後の」はずだった逢引は、その後も連綿と数を重ね、二人の日々を繋いでいる。
だからそう、その日が、「ある特別なイベント」と重なることを知った彼女は、周りが微笑んでしまうほどに嬉しそうな顔を見せたものだった。
師曰く。
「本当、幸せな顔には罪が無いものね。」
互いにわかりあい、意地を張り、それでも育っていく。だからこそ育っていく、そんな愛は、文学でも稀有なものかもしれない。文章で無く、実際目の当たりにしている遠坂凛にとっては、「事実は小説より美しい」とでも言いたかったのだろうか。
さもありなん、だからこそ。
二人をこうして、陰に陽に応援したくもなるものなのだ。
多少からかい染みているのは、仕方あるまい。熱すぎる土地には、クーラードリンクも必要なのだ。
「さて。今一度反芻してもらいましょう。セイバー、2月14日とは?」
「乙女の聖戦、聖人の名を冠した、女性が身命を賭すべき日付です。」
「よろしい。では早速はじめましょう。」
眼鏡をかけた遠坂凛。彼女を前にするセイバーはいつも、己の知らぬこと、己には理解の至らぬこと、あるいは心からの友人である彼女にどうしても相談したいことを持ち込んでいると言っていい。結果はどうあれ、そんな彼女が送ってくれるアドバイスはいつも適切で、彼との仲も進んだり、はたまたとても熱くなったり。
曰く、岡目八目。恋は盲目。恋に於ける百戦錬磨、とは到底言えない遠坂凛ではあるが、その冴え渡る頭脳から出る助言には、司馬仲達もかくやと思わせる的確な真実がある。少なくともセイバーには、そう思えた。
もっとも。ソレで通じるくらい、二人が純なカップルである、という要因は見逃せない。
「まず、バレンタインに渡すチョコには二種類があります。
ひとつが義理チョコ。付き合いのある程度ある男子に対し、あくまで付き合いの上からチョコレートを渡すもの。そうね、チロルチョコなんか定番だわ。」
「ほう。しかし、アレはアレで中々ヴァリエーションも多く、味わい深い……」
特にきなこなど、と、最近の当たり筋を呟くセイバーに、凛からするどい指摘が入る。
ビシ!と。そう、あたかもカットインの如く。
「問題はそこではないの、セイバー。バレンタインのチョコは、想いなのよ。想いをチョコレートという形にして、相手に渡すの。
チロルチョコが駄目だ、とは言わない。だけど、10円のチョコレートが、聖戦と呼ばれる戦いを勝ち抜く決め手になるかしら?衛宮君にチョコをあげる人は、貴女だけじゃないかもしれないのに。
武器の優劣が勝敗を分ける。優れた武将であった貴女なら、すぐにわかろうものでしょう。」
「む……確かに。望む戦果を得るには、不足する向きがあるかもしれません。」
こくこくと、セイバーは置き換えて理解している。その理由が「聖戦」という例え方にした凛にあることは間違いない。
「飲み込みが早くて助かるわ。話を続けましょう。そして、もう一つのチョコレート。それが、“本命”よ。」
「本、命……」
「そう。意中の人に対し、己の誠意を、愛を、思いのたけを籠める。伝える。その媒体と思ってくれればいいわ。
そして、大切なのは手作り、よ。貴女が、作る。そこに、価値がある。
渡された男は、感じるでしょう。そのチョコレートに籠められた想いを。メッセージが添えられたりしていたら、彼はどう思うかしら。
まだ心の通じぬ人には、自分の想いをぶつける。愛し合っている人には、それまでの愛をより一層強固なものにするため、想いを繋ぐ。“本命”とは、そういうものなのよ。」
「な、なるほど………。どれだけ女性にとって重要なものか、ソレは得心しました。」
「でもね、セイバー。コレはとても覚悟が要ることなの。」
「覚悟、………ですか。」
―――――覚悟。
その言葉が、セイバーの背筋を正させる。
「昔の人はこう言っているわ。彼を知り己を知れば百戦危うからず。されど、己を知っていて彼のことを知らなければ、一戦一敗。
相手の心なんか、そのまま読めれば苦労なんかしない。そして、こちらの心をストレートに相手に知ってもらえれば、人類もっと上手くやっていけるはずよ。
それが出来ないからこそ、バレンタインには特別な意味がある。いい?自分の愛を、チョコレートに載せること。それが、何より大事で、難しいことよ。それが伝わったとて、相手に拒絶されることもあるかもしれない。出来次第では、幻滅させるかもしれない。そのリスクを背負ってでも、私達は、チョコレートを渡す。
そう。バレンタインは、“乙女の聖戦”だから。」
実際問題、魔術師である凛にすれば他人の心読みは不可能でないのだが、そこはあえてタブーである。彼女がセイバーに説いているのは「少女の心構え」。
もっとも、いささか脚色が過ぎるのだが。
「し、しかし………私に、出来るでしょうか。その、シロウを喜ばせてあげられるほどの、チョコレート………。やはり、市販のほうが………」
「セイバーともあろう者が、そんなことでどうするの!」
「…………!」
「市販はあくまで、時間が無い人の緊急手段と心得なさい。そう、手間ひまかけてこさえた、愛情こもった、セイバーのチョコレート。それが、衛宮士郎の心にはもっとも響く、と、私はそう分析しているわ。」
最近のデパ地下を見れば解るとおりであるが、市販のモノで良作は五万とある。ゆえに、必ずしも手作りがメインとは限らないことは当然。一長一短あるのは当然として、ここで彼女が手作りをプッシュしているのには訳がある。
要は「チョコレートを作って悪戦苦闘」するセイバーが見たい、と、そういうことである。ただし、ある程度真実を伝えてはいる。
「そして、まだ話はおしまいじゃないの、セイバー。最後に、重要なポイントが残っているわ。
“本命”、それも、付き合っている恋人に渡すチョコレートにはね。古くより伝わる裏ワザが、二つあるの。」
「う、裏ワザ、ですか………。」
「そう。この国に住まう男達を堕としてきた、最強の二手。
どちらを使うか、どちらとも使うか。それとも、頼らないか。それは貴女次第よ、セイバー。」
夜は更け、少女の談義に果ては無い。遠坂先生が眼鏡を上げつつ行う最後の講義は、セイバーを赤面させつつも、前向きに考えさせるよう仕向けた彼女の論法により、実行は時間の問題になっている。
あとは、チョコレートを作り、当日を迎えるまで。先生のエスコートが、衛宮士郎1○回目の2月14日を彩ることになるだろう。
「はくしょ!ん、む……。――――――?」
妙に、寒い日の夜だった。
衛宮士郎が、くしゃみの理由に気付くことは、無い。
つづく。
詳しい後書きは完結の後に。とりあえず、前哨戦ですw 本筋はホワイトデーメインで。
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