「それでは二名様で、ご見学のご予約承りました」
セイバーとトレーニングウェアを選んだ翌日のこと、士郎は早速予約を取り、セイバーと二人で・・・・・・・ジムに出かける段取りをつけた。外形的には「ジム見学」であるが、実質はデートと言って良い。勿論のこと新都に行くわけだから、そのついでに色々……と考えるのは、少年としては当然のことだろう。
そして、土曜日。午前九時五十分、二人は新都バスロータリーに共に降り立ち、目的のジムへと歩みを進めていた。
「バビロニア・ゴールドジム……あ、あれですね」
「目立つんだよな、あれ」
立地は新都駅より徒歩一分、駅やヴェルデなどとは屋根つきの通路で繋がっていたりもする。朝早くから営業しており、しかも日付を跨ぐくらいまで開いているため、、新都をベッドタウンにする社会人にも好評らしい、と士郎は聞いていた。設備の割には会員費用も安く、地元企業では法人で会員になる所もあるらしい。
「でもなあ……バビロニアで、金、か」
「……シロウ、それは言わないでおきましょう」
二人の脳裡に「とある人物」が浮かび上がる。傲岸不遜、億万長者。確かに“彼”ならば、暇潰しにコレくらいのものは建てそうなものである。アレはアレで妙に民のことを考えていたりするので、福利厚生と言ったところだろうか。ローマにも運動施設つきの大浴場は数多かったわけで、案外、国の基礎が民の健全であることを知っていたのかもしれない――――などということは、
(……いや、無いか)
……とはいえ、今はそのことに執着すべきではない。あるはずの無い影に囚われるよりは、日の当たる現実を歩くべきであろう。二人にとって大切なのは、そう。今からスポーツジムに行く、ということである。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
二人してジムの自動ドアをくぐり、店内へ。建物は4階建てであり、入ってすぐのところは吹き抜けのホールになっていた。中々に、開放感のある造りである。
窓越しには大きいプールも見えるし、上に目を転じれば各種マシンも目に飛び込んでくる。そこだけ見ても中々に充実した設備であり、ジムの評判はこういうところからも高まっているのだろう、と士郎は内心で舌を巻いていた。
カウンターは会員用と見学者用に分かれている。当然ながら、士郎とセイバーは後者。二人がカウンターに向かうと、見るからに活発そうな女性の店員さんが二人に声をかけてきた。
「いらっしゃいませ! 本日はご見学でしょうか?」
「あ、はい。予約していた衛宮ですけど」
「エミヤ様……少々お待ち下さい」
無論のこと「衛宮」という苗字は珍しい。初対面でいきなり告げられても「漢字は?」と聞かれるのが大抵、という具合である。彼女も同じだったのか、しばらくは手許にある名簿に目を落とし、慣れない苗字を探しているようであった。
「守衛の衛に、宮です」
「あ、失礼しました。衛宮様、二名様でご予約ですね。それでは、こちらへどうぞ」
店員さんはチェック欄にマークを入れると、セイバーと士郎を先導してカウンター横のエスカレーターに向かう。どうやら、更衣室は二階部分にあるらしい。良く見れば、出てくる人間は達成感を、これから入る人間は運動へのやる気を感じさせる表情を浮かべているようだった。好対照ではあるが、この2つが示しているところは興味深い。
(なるほど、つまり)
やり甲斐のあるジム、ということだろう。流石、風評にはそれなりの根拠があるものだった。見学もまだしていない段階ではあるが、士郎にはひとつ判断材料が加わった、と言っていい。
吹き抜け沿いの廊下を抜け、靴置き場へ。二人はそれぞれ、隣り合った靴箱へと自分の履物を入れる。自然とそうしている辺り、凛やカレンが居ればツッコミのひとつやふたつもあったかもしれない。
更衣室の出入り口には、椅子とマットが置いてある。利用者がそこでスニーカーの調整をしているところを見れば、どうやら着替えた後に出てくればいい、ということらしい。
「では、女性はあちら、男性はこちらの更衣室ですね。こちらがロッカーキーです。使用の方法はロッカーに説明が貼り付けてありますので、そちらを御覧下さい。
それでは着替えが終わり次第、この場所でお待ち下さい。担当が参りますので」
「あ、はい」
「わかりました」
案内してくれた店員さんはそう言うと、その場を辞して引き返していった。セイバーと士郎は言われたとおり、それぞれの荷物を持って更衣室に入る。
「それじゃ、また後で」
「ええ」
何時でもそうだが、未知の場所に入る時は期待に胸が膨らむものである。セイバーがどこか楽しそうな面持ちで更衣室に入っていくのを見届けると、士郎も「来て良かった」という気分にさせられるものだ。
「じゃ、行きますか」
セイバーと運動することは、珍しいことではない。どころか、しょっちゅう剣道場で打ち合いをしているし、寧ろ日常茶飯事、と言うことが出来る。
いつもと違う点があるとすれば、「今日は魔力を使わない」とセイバーが宣言していることだろうか。士郎からすれば、それくらいの認識でしかない。つまり、「いつもの」延長線上。セイバーと一緒に運動する、という事実に変わりはない以上、そんな意識も仕方ないことと言っていい。
だが、忘れてはいけないのだ。
ここは冬木市であり、新都であることを。
「人気がある」という言葉には、様々な付随価値が付くものである。その一言から、対象に関する様々な情報を予想することが出来るからである。
とすれば、「スポーツジム」に「人気がある」とは、どのようなことを意味するのだろうか。
設備がいい。
料金が安い。
スタッフが良く教育されている。
長く続けられるような工夫がある、などなど。
そうなると、自然に導き出されることがある。
それは――――
「あれ、セイバーさん?」
「おや、セイバーさん」
つまり、冬木市民でその場所に来る人物はそれなりに多く、当然二人の知り合いがこの場所に集っていることも想像しなくてはならない、ということであった。
「おお、これは奇遇ですね。こんにちは」
セイバーが挨拶した相手は二人、共に士郎の同学年、凛や綾子とは同級生になる人物であった。即ち、氷室鐘と蒔寺楓。共に陸上部員、更にエースと呼ばれる人材でもあった。
「ええ、私達としてもここでセイバーさんに御会いできるとは思っていませんでした。ここの会員だったのですか?」
二人は連れ立ってきていたのか、丁度着替え終わった所であった。鐘は当然の疑問を口にし、楓も頷きながら同旨の質問をセイバーに向ける。
「あ、いえ。一応希望はしているんですが、取り敢えず体験を、と思いまして。シロウと一緒に来ているのですが」
「「ほう、衛宮士郎と……………」」
セイバーの口からそれを聞いた瞬間、二人の双眸が怪しく光った。しかし、勿論のことセイバーは気付かない。彼女からすればごく普通に、ありのままを伝えただけなのだ。
だが、セイバーが発した情報を彼女達がどうとらえるのか、それは、二人自身にかかっていると言っても過言では無い。「情報を解釈する自由」もまた、基本的人権と言えなくも無いのである。
ただ少し違うのは、鐘と楓の性格だった。
「なるほど、アイツとなあ……」
「なるほど、彼とですか……」
「……?」
ニヤリと、あからさまに「悪」そのものな笑みを口端に浮かべる楓。一方の鐘は、セイバーに目を向けたまま、何かを考えるように首をかしげている。
「……え、えーとですね、お二人はここの会員なのですか?」
「ウチは実家が法人会員で、お零れに預かってるだけですよ。メ鐘はここを建てる時に用地買収の便宜を図って、その見返りに永世会員権を」
「断じて、違う。ただの家族会員ですよ。学校の設備もいいですが、こちらにはプールやリラクゼーション施設もありますからね」
「なるほど」
先に着替え終わっている鐘と楓の傍ら、セイバーはせっせと自分の支度を進めている。先日選んでもらった運動着をカバンから出し、室内履きもきっちりと準備。勿論のこと、タオルも忘れてはいけないし、士郎からは既に特製のオリジナルスポーツドリンクを支給されている。何から何まで、抜かりは無いのが衛宮士郎の「準備」なのである。
「さて、これでいいでしょうか……」
着替え終わったセイバーは普段着をカバンに入れ、自分のロッカーへと仕舞って鍵をかける。と、
「…………」
「――――」
セイバーは自らに集る視線を感じ、咄嗟に二人の方へと向き直った。
「……ど、どうかしましたか? 何か、おかしいでしょうか」
「いえ、全く変ということはありません。ただ、そうですね……」
鐘は眼鏡に手をやると、かぶりを振って続ける。
「いや、止めておきましょう。これ以上は恐らく、衛宮が後を継ぐでしょうから」
「……? そ、そうですか」
方や楓のほうは、ぼー、っと見つめている状態で動かない。それだけ、セイバーに「その衣装」は似合いすぎていた、と言ってもいいだろう。そう。同性が見ても、ハッとするほどに。
「では、私はこれで。お二人はどうするのです?」
「え、あ、ああ。こっちはちょっとランニングして、また筋トレですね」
「なるほど。では、そちらも頑張って下さい。それでは」
そう言うと、セイバーは鍵のベルトを手首に巻いてその場を後にした。
「……ふふ。さて、彼はどう反応するのやら」
その後姿を見つつ、鐘が呟いた。大体想像はついているが、改めて考えると面白いものだ、と彼女は思う。
少し時間を置いて、二人の様子を窺うのも悪くはあるまい、と。そんなことを思いつつ、鐘は楓と共に更衣室を後にした。
「あ、セイバー……。……!?」
その瞬間、少年は凍りついた。
人間、予想していない所への打撃は思った以上にダメージが大きいものである。それは別に、物理的接触に限った話ではない。精神的な衝撃でもまた、不意討ちというものは有効な手段なのである。
「シロウ、お待たせしました」
先にジャージに着替え、既に室内用スニーカーのヒモを調節していた士郎の所に、セイバーがやってくる。具体的な状況はそれだけのこと、特段士郎が衝撃を受ける必要も無いひとコマである。
だが、新鮮だったのだ。
そう、セイバーが着ていたスポーツウェアは、士郎が想像していたオーソドックスなソレとは、少し趣を異にしていたのである。
「……ど、どうかしましたか、シロウ」
どうかするも何も、どうかしてしまいそうなのだから仕方がなかったりする。即ち、上は腕も顕なノースリーブの、下は太もも眩しいショートパンツの、と、そんなスポーツウェアをセイバーは着用していたのである。
「……いや、何も……」
「そ、そうですか。時に……」
可愛い。可愛すぎ。士郎の脳裡を、そんな言葉だけが駆け巡っている。まさかそう来るとは思わなかった。恐らくは昨日、綾子とセイバーの許を離れた一瞬の所業なのだろう、という検討はつく。だが、そんなことは、現状の彼を落ち着かせるには一行に役立たないのである。
そして。
「シロウ、……その、似合う、でしょうか?」
「……ッ」
少し上気した頬で、そんなことを見上げながら言われたら、どうだろうか。
正視するのすら、最早難しいほどに。士郎には、セイバーが輝いて見えている。
「あ、ああ。似合ってる。うん、凄く」
「……そ、そうでしたか。綾子の薦めにしたがってみたのですが、それは良かった」
セイバーは、少し安堵したような表情を浮かべている。そんな一挙手一投足が、愛らしい。当然、普段から士郎にとってセイバーは可愛い少女だが、デートにも似た時間の中、しかもそんな新鮮な姿を魅せられては、恋愛方面では純朴すぎる一少年の愛情が燃え上がらないはずが無い。
「……少し、露出が多いかとも思いましたが……。ですが、周りにも同じような服装の方はいらっしゃいましたし、特段気にすることもなかったかもしれません」
違う。違うぞセイバー、と、士郎は心の中で叫びを上げている。違うのだ。他の人が着ているのではなく、セイバーが着ているからこそ、今の衛宮士郎には価値があるのである。士郎が「似合っている」と言ったのは、それはもう、衷心より出でし魂の宣言に他ならないレベルと評価できる。
そんな想いを伝えようと、士郎は再び口を開こうとする。
が。
「や、セイバー、」
「お待たせしましたー! 衛宮様、セイバー様ですね?」
しかし、それ以上の想いが士郎の口から語られる機会は、女性のインストラクターによって妨げられる結果となった。
「今日案内させて頂きます林と申します。よろしくお願いしますね」
「あ、どうも、衛宮です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
なにやら横槍を入れられた感がしないでもなかったが、士郎とセイバーはぺこりと御辞儀をして挨拶を返す。少しばかり、自分の想いを伝えられなかったのが口惜しい士郎だったが、しかし。
(ま、後でもいいし……な)
取り敢えず今は、案内を受けることに切り換えるべき時であった。それを弁えない少年ではない。
セイバーと士郎は、インストラクターに先導され、階段を上がってトレーニングルームへと向かう。
だが、やはり――――隣で歩いていると、士郎は意識せざるを得ないのだ。
そんなセイバーが、やっぱり可愛い、と。
これからの行程に、心も躍る士郎であった。
そして、そのほぼ同時刻。
二人の客がバビロニア・ゴールドジムのカウンターを訪ねていた。
「あ、入場お願いします。ひとりは会員で、ひとりはゲストで」
何故か、二人ともサングラスをしている。が、それでも尚、二人が相当な美少女であることは疑いなく、寧ろサングラスが異様な存在感を放っているのか、周囲――特に、ジム併設のカフェで一時を過ごしている人々の注目を集める結果となっていた。
方や、ツインテールの美しい黒髪。
方や、スポーティな茶色の短髪。
勿論のこと、あの二人で相違ない。
「美綴様と、……えーと、お名前よろしいでしょうか」
「遠坂です。遠坂、凛」
「かしこまりました。遠坂様、美綴様、ごゆっくり行ってらっしゃいませ」
案内に出たのは、先刻セイバーと士郎を先導してくれたのと同じ店員さんである。これで三人、何故か美人を多く案内する日だ、と思ったかどうかは定かではないが、少なくとも表情の上では多少の驚きが見て取れた。
「ふふ、完璧ね綾子。これなら……」
「ああ。しっかり見届けられそうだ」
実は密かに、美綴家もこのジムのファミリー会員だったのである。ちなみに会員紹介ならば、ゲストも一回1000円で利用が可能。しかもキャンペーン優待券まで持っていたので、凛の入館料は実質タダである。二人はそんな環境を利用して、士郎とセイバーが入館したきっかり十五分後、頃合を見計らってジムへとやってきたのであった。
二人の目的はひとつ、「ヒマツブシ」に他ならない。勿論彼女達も年頃の女の子であるため、美容やトレーニングも兼ねたこの行楽は休日にもってこいの催しと言えるだろう。
テーマは、「人はどこまで天然でバカップルできるのか」。
別に誰に課された課題でもないが、普段の「あの二人」を見ていれば、少しは興味が湧きそうな題目ではあるだろう。
そして間違いなく、セイバーと士郎はその答えを提供してくれるに違いなかった。
主に綾子からすれば少しばかり複雑ではあるが、自分のスタンスを明確にするためにはある意味で避けては通れない現実でもある。それに、彼女には「どうせなら楽しもう」と割り切る度胸まで備わっていた。
よって、二人とも気分はノリノリと言っていい。
彼の天然バカップルは、今日も今日とて、こんなにも愛されているのである。
もっとも――――当の本人達は、それを知る由もないのだが。
〜つづく〜
お久しぶりです(苦笑)。我がパソコンジェフの里帰りなどもあり、随分遅い更新になってしまいました。
後続も上がっておりますので、明日の更新予定です。宜しければ、花金のお供に是非w
それでは、御拝読ありがとうございました m(_ _)m
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