「なるほど。そうなった時はやはり、土地から汲み上げることを試みるのでしょうか」
「ま、その余裕があれば、だけどね。宝石には限りもあるし、自分とこのも限界あるし」
午後の昼下がり、優雅なティータイム。紅茶のリラックス効果が、小休止に丁度良い時間帯。衛宮邸の客間、凛とセイバーがこうして共に過ごすのも、今ではすっかり見慣れた光景となっている。
そんな中、偶々出た話題。
“仮に、自分の魔力が切れたら?”というのが、その内容であった。
「魔術師なら色々考えるけど、そうでなければ難しい問題よね。セイバーだって、アインツベルンの森では拙かったでしょう?」
「……む、確かに……あの時は……しかし、……」
赤面し、黙り込むセイバー。無論、あの時、あの夜、あの場所で何が行われたか、ということを考えれば、その理由にもすぐに見当がつく。そんな彼女を見つつ、当事者の一方であるはずの凛は、しかし、ニヤつく余裕を忘れない。
「あはは、なーに思い出してるのよ。ま、あの時は貴女が消えるか消えないか、だったもんね。セイバーに居なくなられたら正直、私も衛宮君も生きてなかったと思うわ」
「……そう、なりますか」
確かにそうかもしれない、とセイバーは思う。バーサーカーにも追われていた状況、あるいは言峰神父の真意。全てをあわせて考えてみれば、仮に二人が戦闘を放棄したところで生き延びる術は無かっただろう。
そう思うと、少しだけセイバーは安堵を覚える。守ることが出来た、という、ひとつの証ともなるだろう。
「そういえば……」
――――だが。仮に、である。
今、もしも。
(……あ)
セイバーは、そんな会話から、ひとつの懸案事項を導き出してしまっていた。
普段、それがあまりにも当たり前すぎて、ちっとも考えることの無かった、その状態。
それは、即ち。
「セイバーって、身体能力を魔力でブーストしてるんだっけ」
「え、ええ」
「いいわねー、縮退炉じみた魔力量。私も欲しいくらいだわ」
シュクタイロ、という言葉をセイバーは知らない。だが、その問題はさして大きくない。もっと別の所に、セイバーは意外な問題点を見つけてしまったのである。
「……そうです。何故、もっと早くに気がつかなかったのか」
「ん、何に?」
もし。
自分の魔力が、仮に失われてしまった、としたならば。
如何にして、自分はシロウを、皆を守るというのだろうか―――――
「シロウ」
真剣な面持ちでセイバーが士郎に話しかけたのは、その夜のことであった。
「ど、どうしたセイバー。何か、不味いもんでもあったかな」
帰宅、食事中を通じ、士郎はそのことがずっと気になっていたのだ。どうやらあまり、王のご機嫌は麗しくないようである。好物のひとつであろう丹精籠めてこねあげた和風ハンバーグ、丁寧に衣をつけた揚げ出し豆腐、豚肉、野菜ともに豊富な豚汁、季節感溢れる豆ご飯、その他諸々。いつもの食卓、その他の住人はおいしそうに食べてくれていた分、セイバーの浮かない顔は余計に目立っていた。
「……いえ。夕食は絶品でした。特に和風ハンバーグのソース、あのコクが肉の旨みを引き出していたところ、大根おろしのあっさり感もあわせ、素晴らしいものだったと」
「そ、そっか」
食事を誉めそやす反面、セイバーの表情は極めて深刻かつ真剣なままである。しっかりと、力の籠もった眼差しから、士郎は本気の憂慮を汲み取っている。その源泉が、今夜の食事に関するものでない、とするならば――――
――――何だろう?
(働きすぎ……とか。もしかして、昨日の……閨……それとも……いや……)
――――と、案外思い当たることが多かったりすることに、士郎は別の意味で背筋に戦慄を覚えた。これは或いは、丁度良い機会だったかもしれない。自制かつ自戒を籠め、セイバーに怒られないよう、今後の反省材料にしようと心に誓う。
だが。
セイバーの表情の理由は、全く別の所にあったのだ。
「そうではないのです、シロウ」
セイバーが否定したのは食事の不備説なのだが、内心あれこれ考えていた士郎は、自らの不覚説を否定されたように錯覚し、少し安堵を覚える。
さて、では何であろう。セイバーが不安視しているのは、一体――――
そして。
セイバーの口から漏らされた衷心からの言葉に、士郎は間抜けな声を出さざるを得なかった。
「……私は、非力だ」
「…………え?」
呻くように、低く呟かれた一言。
非力。あれ程に重い西洋剣を、プロ野球の四番打者が使う900g木製バットのごとく振り回すセイバーが、非力?
士郎は凄まじい違和感に首を傾げるが、しかし。
セイバーの懸念は、実証された己が「非力」に端を発していたのだった。
凛とのお茶会後、セイバーは自ら懸念を払拭しえず、取り敢えず――――と、セイバーはある実験を行っていた。
彼女の愛剣を、振るってみる。無論、魔力によるサポートは無し。限りなくその影響力をカットし、純粋単純に己の腕力のみで。
仮に、己の魔力が0だとしたならば――――という想定の下、セイバーは自分がどれ程のことができるか、検証しようと思ったのである。
道場に約束された勝利の剣を持ち込み、鞘を払う。道場ごと吹き飛ばしかねない風王結界は解除の上、まず最初は普段どおりの状態で、慎重に素振りを行ってみる。
勿論、重さなど微塵も感じない。彼女にとってこの剣は、身体の一部と言っても良い。振るう剣先にまで、彼女の感覚が行き渡っているかのような一体感。極めて鍛え上げられた剣士の技が、その素振りにさえ凝縮されているようだった。
「……さて」
問題は、そこではないのだ。「いつもの状態」で、剣が普通に振るえるのは到って自然なことである。
だが、その「いつもの状態」でなくなったならば。検証すべきは、そこであった。
「……では」
魔力の流れを意識し、その仕組みを理解する。
そして、自らの身体能力にかかる影響を排除する段取りをつけ、実際にその流れをカット――――
――――した、その、瞬間であった。
「…………ッ、な!」
ズシ、と。音にすれば、そんな表現が最も似合う感触だっただろう。鉄の塊。如何に神秘を結晶化したような存在であれ、その事実には変わらない。身体の一部とさえ形容しえる彼女の「相棒」は、一挙に反抗期に入ったように、異物感をかもし出している。
「くッ……これ、は」
そのまま、横薙ぎをひとつ。何とか振るえないことは無いが、よほど踏ん張り、そして全力を籠めないと、体が剣ごと持っていかれてしまいそうだった。
しかも、体力消費が凄まじい。振る腕、踏みしめる脚、そして全身で取るバランス、全てに筋力を割り振るのに全霊を傾けねば到底やっていけそうもなかった。
「……拙い、です……ね……っ」
そのまま、正眼に剣を構えてみる。……腕が震えて、額を汗がぬらす。
「ハッ……く、……ぅ……」
2、3連続して剣を振るう。その行為自体は可能だが、これで打ち合い、あるいは自在の身体捌きができるか、と問われれば、応えは完全に「否」といわざるを得なかった。
「ん……は……こ、ここまで、とは……」
検証結果は最悪、と言って良い。
つまり。魔力が無くなれば、愛剣を振るって士郎を護ることすら、危うくなる。
(これは……)
何とかしなければならない、と。
セイバーは危機感を以て、そのことを強く胸に刻んだのであった。
「えーと、つまり」
「はい。私は、身体を鍛えなければなりません」
取り敢えず、と、士郎が出したお茶を飲みながら、セイバーは事の顛末を話した。彼女の難しい表情の原因が彼の過失で無いことは安堵すべきだったが、しかし、セイバーが事態を重く見ている、という事実に変わりは無い。
だが、と、士郎は考える。
……それは、あるいは。
「や、別に大丈夫じゃないかな」
「何故です。いざと言う時、今の私ではシロウを護りきれない」
「いや、そうじゃなくて……」
頬をかきつつ、士郎は応える。セイバーが心配し、鍛えよう、と考えてくれるのは嬉しかったが、それは、彼女に負担を与えなくても十分、別の方策で達成できるのだ、と彼は考えていた。
「俺が強くなればいいかな、って。セイバーに心配かけないようになれば、多分大丈夫だと思う」
……少しばかり、カッコよく……と、そんな下心が無いわけではないが、半分以上は本心である。それくらい強くなれれば……と、こっそり目標にしていることでもあるのだから、別に嘘を言っているわけではなかった。
だが。
セイバーが聞きたかったのは、そのような返答ではない。
「シロウ。私は、自分が鍛える方法を探しているのですが」
真顔で返される。正直、別の返答――少しばかり、喜んでくれるような反応――を心の隅で期待していた士郎としては、少しばかりアテが外れたと言わざるを得なかった。
「……そうだな。俺がやってるメニューでも、やってみる?」
魔術の鍛錬と並行して、毎朝のトレーニングメニューもしっかりこなすのが士郎である。腹筋や腕立てなどの基礎体力アップに妥協はしない。年齢の割に服の下には筋骨が発達した体があるのも、そのルーティンワークのおかげである。
実は、セイバーが期待していたのは、そんな返答であり。
「はい。宜しければ、明日から参加させてください」
ここに来て漸く、セイバーの顔にも喜色が浮かぶ。鍛錬を、シロウと共に行うこと。なるほど、パートナーとしてはこれ程明快な協力のあり方も無いであろう。しかも、士郎の基礎体力を見れば、その鍛錬が有用であることは十分に実証されていると言って良い。
士郎も士郎で、その申し出は願ったりであった。自分ひとりでやるより、相棒が居た方がより妥協せずにできるし、互いを高めあえる、というわけである。
爽やかな汗を、爽やかな朝に。そんなことを考えるだけでも、なにやら楽しくなりそうな気分。二人の協力関係はこうして、またひとつ増えたのであった。
だが。
得てして世の中、そううまくは行かないものであった。
「……ぜー…………は、あ…………ぅ…………」
「せ、セイバー? 少し、休もうか?」
「いいえ、これしき……義兄に突き落とされた後の谷登りに比べれば……うあ?!」
そう。士郎のトレーニングメニューについていけるほど、魔力ブースト無しのセイバーには、体力も筋力もなかったのであった。
士郎は、同年代壮健男子と比べても、堂々の体格を誇る少年であった。アスリートばりのメニューをこなす彼に、普通の少女(魔力ナシなら)のセイバーがついていける道理は、端から無いに等しかったわけである。
普段のセイバーと付き合っている分、士郎はそのことすら失念していた。異変に気付いたのはストレッチ後の腕立てであり、軽く百回をこなす士郎のペースに合わせたセイバーは、すぐにその腕を震わせていた。
「……大丈夫か? セイバー」
「大丈夫、です」
しかし、そこは超がつくほどの負けず嫌いである。士郎の説得にも耳を貸さず、セイバーは震える腕を必死になって屈伸させ、士郎の動きに着いて行こうと試みていた。
だが、それも、もう限界。
「……セイバー、ちょっと」
「は、……え、し、シロウ!?」
腕立ておよそ67回目。士郎は、セイバーの限界を見抜き、決断した。
どうやっても体を持ち上げられなかった彼女を、士郎はひょい、と抱き上げる。
「こ、このような格好……! あ、汗をかいているのですから、下ろしてください!」
「だーめ。それ以上無理したら壊れるって。出来る範囲からやらないと、な」
「…………ッ」
赤面しつつ、しかし、自分の体のことは、自分が一番よく分かっている。どうやら限界らしいことを、本能がセイバーに告げていた。
(な、なんという……)
屈辱、であろうか。これでは、立つ瀬がないどころの話ではない。
魔力ナシでは、共に歩み、戦うことさえ出来ない、という何よりの証左である。それは、「相棒」に相応しい姿だろうか?
(断じて、否……ッ!)
が、情けないことに身体は疲労困憊、既にセイバーは、士郎の心地良い腕の中に身体を預けてしまっている。
戦略的撤退。そう、この場は退くしかない、と、戦略家としての彼女は告げている。
ならば、どうする? シロウを、皆を、どんな状況でも守り抜くには、私は、どうすれば?
答えは、決まっている。
だが、そこに到る道は、どうやら自分で探さねばならないようだった。
つづく
というわけで、トレーニング篇でしたw 次の場面は画像アリでやりたいので、現在捜索中です。
元ネタは……確か、UBWでしたよね。バッティングセンターデートで、魔力無しセイバーが士郎君、遠坂さんより非力だった、というアレです。
これがどれくらいの筋力か、というと中々難しいのですが。士郎君は18禁シーン等々でも垣間見られるように、はっきり言ってマッチョですw 遠坂さんは、と言えば、寝る前の腕立て伏せ(笑)のように、鍛錬は欠かしていない模様。とすれば、二人の筋力は平均少年少女より上、ということがうかがえます。
で、セイバーさん。自分はここで「魔力使用制限版セイバーの筋力=一般人」学説を採用いたしましたw
実際筋肉が付いていて見苦しい……とまで彼女は自嘲していたわけですが。ネタとしては当然、こちらの方(重い剣レベルは振れない)がオイシイですからねw さて次回、どのようなプランを実行していくのか。宜しければ、お付き合いくださいw
それでは、御拝読ありがとう御座いました! m(_ _)m
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