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 「おー、来た来た」
 
 深山から新都へは、バスで一本。待ち合わせ場所の駅前ロータリーには、既に数名が先に集まっていた。
 
 「よっ。早いな」
 「ちょっと買い物もあってね」
 
 行き先が同じ、ということもあり、結局二組で一緒に有馬に向かうことになっていた美綴綾子が、手持ちのエコバッグを示しながら説明する。この間、新都のスーパーで会った時にも旅用の菓子類を相当購入していた筈だが、その袋には更に多くの菓子や飲料が詰まっていた。
 
 「おはようございまーす。あ、ライオンさんも一緒なんですね」
 「おはよう。相変わらず絵になるな、ご両人」
 「全くだぜ……しかも子連れとは貴様、いつの間に……高校生の身空で!」
 「がお?」
 「いえ、子供ではありませんよ、楓。セイバーライオンです。と、おはようございます」
 「おはよう……って、お前な」
 
 同行の氷室鐘、蒔寺楓、三枝由紀香も、それぞれ手で挨拶しつつ、三人に声をかけた。
 
 「で、美綴、氷室、蒔寺、三枝……と」
 
 先に集まっていたのは、五名。あと一名は
 
 「よろしく」
 「あ、ど、どうも」
 
 学内でも静かにミステリアスな空気を醸し出す眼鏡の令嬢、沙条綾香だった。彼女は読んでいた文庫本から視線を上げ、士郎とセイバーに軽く会釈をした後、その間に立っていたセイバーライオンに視線を移した。
 
 そして、
 
 「……面妖な」
 
 と呟き、しゃがみこんで、その顔にじっと見入ってしまった。セイバーライオンはそんな綾香にも元気に挨拶し、右手を差し出す。
 
 「がう!」
 「握手?」
 「がおっ!」
 「ん」
 
 綾香はその手を握り返すと、再び立ち上がり、首をかしげつつ
 
 「……ま、そういうこともある、か」
 
 と言って、腕を組み、黙り込んだ。なんだろう、この反応は……と、士郎は内心謎に思ったが、答えが見つかる筈も無い。どこまでもミステリアスな少女である。
 
 
 
 と、
「……なあ、あの車」
 「え?」
 
 ふと、綾子が顔を上げ、冬木大橋の方へと視線を移しながら呟いた。士郎もその声に反応し、綾子の見ている方向に目を向けると、
 
 「……交通違反だな」
 「日本の公道はアウトバーンじゃないからな」
 
 制限速度たかだか四十キロ程度の道路を、明らかに「爆走」している某ドイツ製高級車があった。幸いにして、周囲に警察の姿は無い。前後に車両も存在しなかった。あるいは魔術で「遠ざけた」のかもしれないが――いや、それ以外に考えられない状況である。
 
 「なあ」
 「ん?」
 「あれ、イリヤちゃんとこの」
 「皆まで言うな、美綴。ほら、遠足の前ってやたらハイテンションになっちゃったりするだろ。たぶんきっと絶対そんなとこだから」
 「……」
 
 綾子の疑念を、士郎は眼力と強引な論理でねじ伏せた。ツッコミどころが多すぎる光景故に、いちいち疑義に付き合っていては日が暮れる。見なかったことにするのが一番なのだ。きっとそうだ、と、士郎は心に言い聞かせた。
 
 「後は、遠坂と……」
 
 そして、無理やり話題を転換させる。伊達に、妙齢女子の集う邸宅を管理しているわけではない――潜り抜けた修羅場の数々が、士郎の話術に昇華しているのだ。
 
 「あ、ああ……間桐、だな。あたしはてっきりそっちと同じバスだと思ってたんだけど」
 「あー」
 
 そういえば、集合場所と時間は伝えてあったが、バスの時間までは合わせていなかったのだった。めいめい現地集合でいいや、という判断だったのだが、それが裏目に出た形。士郎は迂闊だったと思いつつ、腕時計に視線を落とす。
 
 「次のバスに乗ってなきゃ……ギリギリ、か」
 「走らないと電車間に合わないかもな。電話してみるか」
 
 綾子はスマートフォンを取り出し、ささっと操作して機体を耳元に持っていく。しかし、十数秒後、
 
 「出ないな」
 「そうか……」
 
 桜のことだ。車内では携帯電話の電源をお切りください、のアナウンスを律儀に実践しているのかもしれない。あるいは、あまり考えたくはないが……出られないほど慌てている状況、なのか。
 
 「遠坂はもとから持ってないからなあ。こーいう時、携帯持ってないヤツは……今度、無理やりにでも携帯屋に連れていくか……うん、連れて行こう。異論は認めない。スマホ触らせてやろう」
 
 そうなれば、恐らく凛は死力を尽くして抵抗する筈だ。文明の利器、という言葉を一切受け付けようとしないのが遠坂凛という存在である……というより、文明の利器のほうが彼女を受けつけようとしていない、避けようとしている、と表現する方が正しいだろうか。いずれにせよ、水と油の関係であることは間違いない。
 
 「次のバスに乗ってなかったらワンペナだな、これは」
 「ペナルティがたまったらどうなるんだ?」
 「旅館でバツゲー。何やらすかね……」
 「あはは……」
 
 これまた、凛が全力で抵抗しそうな展開だ。学園の高嶺の花、近寄りがたい「仮面」を被る彼女にここまでフランクに接することが出来るのは、綾子くらいなものだ。
 
 
 ――しかし。
 
 
 (遠坂に罰ゲーム、か。それはそれで)
 
 非常に興味深い、と言わざるを得ない。その手の記録を残せるのも旅行ならでは、と言えるだろうし。
 
 (……遠坂にデジカメ触られないようにしよう)
 
 いざという時に動かない、では話にもならないからな、と。こっそり、士郎はそう決意した。これもまた、旅行の醍醐味なのである。許せ、遠坂――と、心の中で呟きながら。
 
 
 
 
 (つづく)
 
 
 
 
 
 作中季節と今の季節が重なっています、こんばんは(苦笑)。9の正式版をアップロード致しました。
 実は10に当たるところまで書いているんですが、背景の都合もありまして今日は冬木を発つ直前までになっております。
 
 しかし、沙条綾香嬢は一体何者なんだ……。いわゆる「旧Fate」主人公な彼女ですが、Fate/school life 氷室の天地にてレギュラー化して「Fateの世界にも存在」することになっているんですよね(氷室の天地は型月さん監修なので公式扱い、と考えています)。描写の上では明らかに魔術関係者ですが、果たして第五次聖杯戦争の間は何をやっていたのか、などなど多くの謎を持つ少女です(笑)。それだけに描く方も面白がって書いているわけですが、もっとソースの描写も欲しいなあ、とか思ったり。というわけで氷室の天地次巻をはやく!(マテ
 
 さて、次はいよいよ有馬に上陸(?)です。上記のとおりもう原版は書き終えておりますので、遠からず上げられるようにいたしますね。
 
 今回もお読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>
 
 
 
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