結局、凛と桜は予定の電車ギリギリの時刻に合流した。それも、なんとバスではなくタクシーで、であった。

 その理由が、

「……だから、目覚まし時計が」
「電池がねぇ。今日に限って、ねぇ……あの天下無敵の優等生、遠坂凛が、そんなくっだらない理由で……やれやれだな……ライバルとして哀しいよ、あたしは」
「……止まってた、って」
「本当に危なかったんですよ。姉さん、昨日なかなか眠れなかったみたいで。待ち合わせのところに来なかったから、家に入ってみたら、まだベッドで……」
「……言ってるでしょう……」
「ふふふ。淑女失格ね、リン。毛が跳ねているわよ? トオサカの当主がこれでは、家訓もなにもあったモノではないわね」
「……くっ……うう」

 そう、「夜更かし」と「目覚まし時計の電池切れ」だった。どうやら、携帯電話やデジタルレコーダーといった最先端の文明利器だけでなく、目覚まし時計という比較的単純な構造の機械にすら、彼女は嫌われたらしい。起きがけの彼女は結構な低血圧である。すなわち、朝に弱い方であり、桜が起こしに来なければ完全に寝続けていた可能性がある。

 と、いうわけで、その原因について、遠坂凛は先ほどから散々同行者にからかわれているのであった。あまりにも時間ぎりぎりで、重い荷物を抱えて電車に走り込むことになった意趣返し、とも言える。

「まるで、機械のほうが凛を避けているかのようだ……奇怪な」

 セイバーもまた、士郎と似た印象を抱いたらしい。中世初期の生まれであるセイバーすら、電化製品を用いるのにさほどの苦労は要しない。確かに、何かしら呪われている可能性すら感じさせてくれる。

(しかし……)

 はて、と、士郎は内心首をかしげた。目覚まし時計が止まっていた、のは分からないでもない、が、夜更かしとはなんだろう。 魔術の実験に興でも入ったのか――あるいは。

(……もしかして)

 まるで「遠足前夜の小学生のよう」な心持ちであった、とするならどうだろう。

 もちろん、士郎の推測に過ぎないし、絶対に彼女は本当のところを語ろうとはしないだろうけど。もし当たっているなら、可愛いところもあるもんだ、と、士郎は思った。意外とアレで初心だったり純粋だったりするのが遠坂凛なのである。これまで「魔術師」としての立場から、あまり周囲と交わってこなかった彼女のことだ。今回の旅行に特別な想いを抱いていてもおかしくはない。

「シロウ、見てください。山が色づいています」
「ん……お、ホントだ」

 新開地、有馬口、と乗り換え、一行を乗せた電車は、既に有馬の地の間近にあった。平地からは遠くにしか見えない紅葉が、間近に迫っているのは壮観の一言だ。未だ平地では葉が色づき始めたかどうか、というところだけに、その鮮やかさがより印象深い。

「美しい……」

 魅入っているセイバーもまた美しい。とは口には出さないが、それもまた事実。そんなセイバーと共にいるのは、士郎にとっての楽しみだ。温泉に紅葉狩り、そしてセイバーの笑顔。この上ない休暇の楽しみ方、と言えるだろう。

「お、切り通しですね」

 目の前に、トンネルが迫る。確か、ここを抜ければ電車はすぐに終点に着くはずだ。しばし、明媚な光景ともお別れである。

「山間の盆地、ですか」
「ああ。昔は山の中を通る道の宿場だったらしいぞ」
「なるほど……」

 景色が見えない間、少しセイバーに有馬の講釈をする。

「がお!」
「ふふ……美味しいものがあればいいですね」

 そして、食の方面にもしっかり興味を持っているようだ。無論、そっちについても調査済みだし、しっかり案内する予定にしている士郎である。

 と、

「いよいよね!」

 イリヤの声が合図になったかのように、電車内が再び外光で満たされた。電車はトンネルを抜け、間もなく、終点のホームに停車した。

「さて、行こうか」
「はい!」

 一行はホームに降り、改札に切符を通した。神戸電鉄有馬温泉駅、の看板が、ようやく到着した、という感を皆に呼び起こす。旅館の案内、送迎の車、と、観光地ならではの光景。その中には売店もあり、名産銘菓の試食を勧めている。

「金泉焼、おひとつどうぞー。そちらのお連れ様も」
「よ、よいのですか? 頂きます!」
「がおっ」

 目を輝かせ、早速セイバーが試食に挑んでいる。

「おお……これは香ばしい……味噌と餡、触感が一体となって……お茶が欲しくなるお菓子です……」
「がぅ! がおがお!」

 そして、早速気に入ったようだ。セイバーはそのままがま口を取り出し、銘菓を一箱お買い上げ。コペンハーゲン等々でアルバイトした小遣いが威力を発揮した瞬間である。

「シロウ! このお菓子、お茶うけに最適かと思います!」
「おう。旅館で試してみような」
「はい!」

 きらきら輝くセイバーの笑顔を愛でながら、士郎は宿への道のりを再度チェックした。少し歩くが、送迎を頼むまでもない距離のようだ。

「んじゃ、行こうか」

 綾子が音頭を取り、一行は駅を後にした。実は綾子たちも士郎と同じ行き先、即ち投宿先は同じなのである。

「偶然、というものがこの世にあるのかは分からないが、少なくともこの件に関してはそう見えるな」

 氷室鐘が愉快そうに笑う。

「まー、ラッキーだったってことだろ。それより、十河一存が松永久秀と話した後に落馬したってとこは何処なんだろうな!」

 奇麗に整備された川沿いには北政所の像もあったりと、歴史ある温泉地の風流を醸し出している。歴史好きの蒔寺楓には、何かしら訴えかけるものがあるのだろう。もっとも、それがどこかは多分表示も何も無いとは思うのだが。



 川沿いの歩道を抜け、道を渡り、並び立つ土産物や特産品の店を横手に見ながら進む一行を最後尾から眺める士郎は、改めて思う。衛宮邸組にしても穂群原組にしても、全員が「美人」と言い切っていい女性ばかりだ。談笑しつつ行く一行の様は「壮観」の一言では足りない、とさえ思わせる。観光地、という非日常に在って、はたと気付くその事実。穂群原組はよく衛宮邸に来る友人たちでもあるのだが、こう見ていると、自分が過ごしている環境自体が「非日常」にさえ思える。

「現実離れしてる、か」
「? どうかしましたか? シロウ」
「ああ、いや」

 由紀香と語らっていたセイバーが、士郎の独り言を聞いて振り返る。セイバーに曖昧な返事を返した士郎は、改めて自らの置かれた環境の特異性を痛感し、そして




「ん?」
「あっ」
「おや?」




 有馬温泉のバスターミナル、ちょうど、到着したバスから降りてきたと思しき一行と鉢合わせ、美女たちが発した、そんな声を耳にした。




「……マジか、オイ」
「えー?! なんで?!」
「き、奇遇な……」




 異次元じみた美女率が、更に跳ね上がるのを、士郎は今まさに体感していた。
 視線の先に在る、咲き誇る「華」。

 本当に、これは。
 どういうことですかゴッド。
 横に例のシスターが居れば、あるいはその存在の本質を尋ねていたかもしれない――もっとも、彼女もまた、山を降りた港町までは到達しているのだが。

 ともあれ。

 士郎は、眼前の光景に圧倒され、苦笑いとともに、思わず天を仰いだ。
 元より、参加者からしてのんびり一辺倒、とは思っていなかったが――ここに、彼は確信を抱くに到る。
 「波乱」の一語。見上げた先、済んだ山間の青空に、士郎はそんな言葉を幻視していた。





(つづく)





 というわけで、10話お届けいたしました。ようやく合流です。長すぎましたね……(苦笑)。久々に「一週間」間隔で上げたことになりますか。もうちっと精進しなければなりませぬな。

 ちょこっと後記代わりに有馬関連の描写をちょこちょこと。冬木市一行は「三宮→新開地→有馬」という電車ルートで、神戸電鉄を利用して有馬にアクセスする方法で到達しています。近年は三宮から直通バスも出ていますので、乗り換えなしのこちらが便利とも言えますが、こちらは六甲山間の風情あるルートを通る電車であり、より「観光地に向かっている」という感覚を持つことが出来ますね。

 関東組は新大阪からのバスルートで来ています。大阪からはこのルートが王道でして、中国道を使っていく方法ですね。しかし、アレだけの面子が居れば車内が異空間になりそうな気もしますなw

 金泉焼はこの前雑記でもご紹介しましたが、有馬銘菓のひとつですね。味噌の香ばしさと餡子の甘さがドッキングしたお茶受け最強な逸品ですw また別の銘菓なども出していく予定にしております。

 さて、本編ですが、残す登場人物は……まだ結構いますねえw ここまで書いていなかった人も含めまして(笑)。教会組とバゼットさん以下、また後ほど出番がありますので、今しばらくお待ちくださいませ。

 そうそう、背景の加工にはすてまる様のご協力を頂いております。現地で撮った写真でして、こちらは有馬温泉駅からバス停泊地である温泉街に向かう川沿いの道ですね。

 今回もお読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>  



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