「シロウ。きのこの山とたけのこの里、私は一体どちらを選択すべきでしょうか」
「……どっちも、でいいんじゃないか? 高いもんでもないし」
「……! で、では、プリッツのサラダ味とバターロースト味も……」
「いいよ。どんどん入れちゃってくれ」
――多分、いくらあっても足りないだろうし、な。
そのセリフは、胸の内に留めておいた士郎である。ただ、それが事実。苦笑せざるを得ないが、そればかりは動かしようがない。衛宮邸に集まる人物はうら若き乙女が大半だが、いわゆる「少食」に属する人間はほとんどいないのだ。……いや、全く居ない、のかもしれない。
もちろん、健康的で宜しいことではある。ただし、それ故に――「食糧の在庫切れ」という悩みと常に格闘しなければならないのが、邸の主人で台所番たる衛宮士郎の宿命であった。今、この瞬間でも、それが変わることはない。
「……素晴らしい。英断に感謝します、シロウ。
オレオと、カントリーマアムも……」
「ああ。遠慮するなー。藤ねえから協賛金も出てるし」
「なんと……」
二人はそんな会話を交わしつつ、新都のとあるディスカウント食料品店内を練り歩いていた。
本日の買い物、その目的とするところは「温泉旅行の準備」である。普段の生活基盤を離れて宿泊することになる「旅行」には、必要となるものが想像以上に多くなるものなのだ。
ちょっとしたモノでも「無い」となれば、不便を感じるものもある。逆に、旅先だからこそ用意しておきたいモノも、当然存在する。最近はホテルや旅館の貸出体制も大分充実してきたものの、自前で用意してしまえば今後も応用が可能なものも多い。そこで、本日は一念発起して旅行用品の買い出しに出かけてきた、というわけだった。なお、行き先が深山商店街でないのは「新都に在る某有名雑貨店の旅行品コーナーが充実している」と、士郎が美綴綾子から情報を仕入れたためである。自然、本日の買い物は新都にて、という流れになっている。
こういった類の店――即ち、売り場面積の大きいスーパー――は、商店街のスーパーと趣を異にする。とにかく、品物の種類が多いのだ。野菜、果物、魚、食肉にはじまり、同じカテゴリに属する食べ物が、整理されて豊富に並べられている。
それは当然、お菓子コーナーにあっても例外でない。セイバーの選択に熱が入り、そして、彼女らしくない優柔不断が随所に発生するのもまた、こうしたスーパーの魔力によるもの、と言えるだろう。
セイバーは悩ましげな表情を浮かべつつ、一列向こうのチョココーナーへと歩いて行った。そんな彼女を微笑ましく思いつつ、士郎はポケットに入れてあったメモを取り出す。
「あとは、肉類、魚――と、調味料で切れそうなの――」
メモには、今日購入予定の物がびっしりと書き込まれていた。随時メモを確認するのは、買い忘れを防ぐ主夫の知恵である。士郎は、本日の買い物予定を反芻しつつ、荷物の総量を思い浮かべ――背筋に、少し冷たいものを感じた。
今日は目的が目的だけに、中々に壮大なスケールの買い物であり、既に無料ロッカーに入っている品物も数多いのである。メモとカートを交互に見て、果たして二人の荷物持ちで帰れるものかどうか、と、一瞬士郎の頭に不安が過った。
(タクシー……は、高くつくしなあ。やっぱ、自力で持って帰るしかないか――)
「あれ、衛宮じゃん」
「ん?」
――と、そこまで到った士郎の思考が、聞きなれた声で遮られる。
「おう」
「よっ。こんなとこで会うなんて、珍しいな。買い物? ……って、当たり前か」
「まあ、そうだな」
声の主は、美綴綾子。相変わらず、明るい笑顔の女傑である。
「……それにしても……」
綾子はそう言うと、右手の人差し指を頬に当てつつ、士郎の引いているカートをじっと見つめた。
「……遠足?」
「ま、当たらずとも遠からず、かな」
士郎は、そんな綾子の呟きを聞いて苦笑した。確かに、スーパーに入って最初に野菜を買って、そのあとはずっとお菓子コーナーに居るのである。当然、カゴに入っている商品も、大半が菓子類である。綾子が「遠足」を連想したのも無理のない話であった。
「じゃ、旅行か?」
「うん。今度、温泉にな。そうだ、美綴も来るか?」
「……――」
「? どうした?」
士郎のその言葉に、綾子は一瞬体を強張らせ、少し顔を赤らめながら、あきれるようにため息をついた。
「……はぁ」
「?」
「お前、な」
「ん?」
「そういうこと、同学年の女生徒に平気で言っちゃう? 勘違いしちゃうぞ、それ」
「……あ」
そう言われて、士郎もはじめて「自分の発言の特異さ」に思い至った。確かに、綾子とは親しい仲であり、時折衛宮家に来訪することもある。つまりは、準家人、と言った立場なのだが、しかし、「温泉に一緒に行こう」というのは――確かに、どう取られてもおかしくない発言だった。
これも、衛宮家ひな○荘化現象の影響か。「感覚が麻痺している」という表現は、当に今の衛宮士郎を評価するのにぴったりだった。
「い、いや、ほら、セイバーとか遠坂とか、ウチに来てる皆で行くんだよ。だから美綴もどうかな、って」
「……なるほどね。確かに魅力的な提案だな。んー……」
綾子は少し首を傾け、続ける。
「でも無理なんだよなー。ウチも次の連休は温泉なんだ」
「へえ。そうなのか」
「おう。氷室たちとな……そうか、遠坂が断ったのはそっちの旅行があったからか」
「氷室たち、ってことは」
「蒔寺と三枝……あと、沙条さん」
「なるほど」
互いに親友同士、と括っていい面子である。沙条さんは謎の多い人物で、友達付き合いという言葉からは縁遠いように見えるが、このグループとは一緒に居ることも多いように見える。また、士郎は彼女が東京修学旅行の時に天然温泉使用のスーパー温泉に行っていたのを覚えていた。恐らく、温泉の魔力に取りつかれた口なのだろう、と予想してみる。
「で、どこの温泉なんだ?」
「ん? 有馬」
視線を士郎からお菓子の棚に移しつつ、綾子はさらりとそう言った。
「奇遇だな。ウチもなんだ」
「そうなの? 確かに奇遇だねえ。……ふむ」
「ん?」
「そうか。……遠坂とかセイバーさんとか、イリヤさんの浴衣姿も見られる、と」
「ま、そりゃ温泉だしな」
「じゃ、落ち合うのも面白いかもね」
なるほど、と、士郎は思う。普段と違う場所で、普段と違う装い。そして、気心の知れた仲と遊ぶ時間。面白くないわけがない。
それにしても――
「麻雀とかも面白そうだよなー。この前遠坂に面清当てられた恨み、有馬で晴らすってのも……」
「……装束、か」
「?」
「……なあ、美綴」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
浴衣の話から「装束」という言葉を連想した士郎の頭に、ふと、「例の画像」が浮かんだ。しかし、あの写真を見る限り、彼女は隠れて撮影されたことに気付いていないはずである、とても似合っていたので、そのことを伝えたいのは山々であるが、そのことを暴露すれば「美綴・蒔寺の役」が勃発する可能性が高い。お互いの旅行を抗争の舞台にしないためにも、ここは沈黙が金、と、士郎は判断する。
しかし、心中の呟きまでは止められない。
(……ハートキャッチ……)
「シロウ! キットカットがとても安いです! ……と、綾子ではありませんか。こんにちは。このようなところで奇遇ですね」
「こんにちはー。セイバーさんのところも温泉なんですね。今聞きました」
と、士郎がそんな単語を心に思い浮かべたところで、セイバーが一列向こうの棚から帰って来た。いくつか、味の違うキットカットの袋を抱えている。
「ええ。……も≠ニいうことは、綾子も?」
「そうなんですよ。行き先も一緒みたいで」
「ほう、それは興味深い。旅先で会えれば素晴らしいですね」
「あたしもそう思ってますよ……っと、ちょっと失礼」
そこまで言うと、綾子は、パーカーのポケットを探り、携帯電話を取り出した。振動しているところを見ると、どうやら着信があったらしい。
「おう、実典か……って、は? 家にゲーム屋から電話? ……発売日が延期……いや、ちょっと待て。あれ? あたし、携帯の電話番号書いたんじゃ……」
「葉桜ロマン――クなん――姉――んも可愛……」
「――実典、帰ったら殺す。首洗ってろ」
「!?」
「?!」
「!! ちょ、……姉……理不……、」
その瞬間、綾子の出した殺気に、士郎は血の気が引く感じを覚えた。セイバーすら、その気合にたじろいでいるように見える。綾子は一方的に電話を切り、携帯電話をパーカーのポケットに仕舞い直すと、士郎とセイバーのほうに笑顔を向けた。それがいつもと変わらない綾子だから、先ほど一瞬見せた異常が際立つ。……流石、穂群原一の女傑。最近、彼女のファンが密か「女呂布」というあだ名を奉っているとかいないとかいう噂をこっそり士郎は耳にしていたが、その異名に恥じない鬼気である。
「……あはは、悪い悪い。ちょっと聞き分けのない弟を教育しなきゃいけなくなっちまった。先に失礼しますね、セイバーさん」
「は、はい。綾子……どうか、法律には触れないように」
「ええ、人様から見れば本当に些細なことですから、大丈夫ですよ♪ じゃ、衛宮もまたな。今度、学校で打ち合わせしようぜ」
「お、おう。実典によろしくな」
その士郎の問いかけには答えず、綾子はカートを押してレジに早足で去っていった。
……美綴実典、一体何を言った。
「はっ」
「? どした?」
「綾子に、伝えるのを忘れていました。先日のキュアマリンコス、大変似合っていた、と」
実は、セイバーはイリヤ、大河と共に、毎週日曜朝はテレビにかじりつく人である。先日の「あの写真」、セイバーはリアルタイムで見ていたわけではないのだが、イベント終了後に「意識がなかった時間」を復習する際、しっかりとその画像も鑑賞済みだった。「綾子、うらやましい」と呟いていたことから、どうやらセイバーにも変身願望があるらしい……と、士郎は意外に思ったものである。
しかし。
「ああ、……今は、伝えないほうが良かったんじゃないかな」
「? そうですか? 出来れば楓に衣装を貸してもらって、二人で……とも思ったのですが」
「……」
それは、悪くない、どころか、凄くいい。とても見てみたい。士郎はそう思ったが、その言葉はグッと飲み込んでおいた。
(それにしても……)
士郎は、改めてカートを見る。カゴひとつに満載されたお菓子類が、強烈な存在感を放っている。まだ、他の買い物もあるし、既に買った荷物もあることを考えると、やはり持ち運びは厳しい量、と思われた。
「んー、……」
「どうしたのです?」
「ああ、なんでもないよ。まだ欲しかったら、選んできな」
「はい!」
輝ける笑顔で米菓コーナーに向かうセイバーを同じく笑顔で見送り、士郎は腕を組んで再び思案する。スーパーでは大抵配送サービスもやっているはずだし、それを利用する、という手もある。あるいは――
「あ、士郎」
「士郎君ではありませんか」
「お、買い物?」
コペンハーゲンのバイト仲間で車持ってる人とか、なんて考えに到った時点で、士郎は再びの呼びかけに顔を上げた。彼を呼んだのは、リズとバゼット。力自慢のコンビである。どうやら二人は手合わせを通じて心を通わせたらしく、最近は意気投合して仲良くしていることが多い――と、士郎は見ていた。
「凄い荷物ですね……今度の旅行の買い物ですか」
「ああ。やっぱり、旅行にはお菓子がないと寂しいしな」
「そういうものでしょうか……」
「そう。お菓子ないと、だめ」
大きく頷くリズと、イマイチ分かりかねる、という表情を浮かべるバゼット。確かに、食事を純栄養補給と言い切る女傑である以上、バゼットがお菓子に非合理を見るのも無理はない……が、これで彼女も大分衛宮家には馴染んできているのである。最近は、出した茶菓子も、リズが持ってくるようなケーキもそれなりに味わって食べるようになっているのを士郎は知っていた。
「で、二人は?」
「わたしは買い物」
「私もアイスクリームを買いに来たのですが、たまたまそちらと会ったものですから。同道していました」
「なるほど……」
リズの押す籠には、士郎の押しているものに匹敵する量の菓子類――や、ジュース、ワイン等までもが積まれていた。おそらく、その用途も似通ったものだろう。バゼットは確かに、カートも押していなければ籠も持っていなかった。
「それにしても……士郎君のほうもお菓子ですか」
「ああ。ま、これだけじゃないんだけどな。これから夕食の材料も買わなきゃいけないし、もう買い物終わった分も沢山あるし」
「ほう、それは……。ふむ」
バゼットは一瞬、手袋をした左手を頬に当てる。何を思案しているのか、と士郎が考える間もなく、バゼットは微笑みとともに提案した。
「それでは、私も運搬を手伝いましょう」
「お、そりゃ助かる――けど、用事とか大丈夫なのか?」
「……ええ、いいんです。いいんですよ。私は、きっと、世界に存在する『面接』という存在、概念自体に嫌われているんです。だから、今日はもう用事がないんです……ダーゲンハッツを食べて、家に帰るだけだったんです……」
普段はクールながらも快活なバゼットが、ダークサイドに堕ちようとしていた。しかし、士郎にはどうしてやることも出来ない。聞き流してあげることが武士の情け、である。
「そ、そっか。じゃあ、お願いしようかな。ついでに夕飯、食ってくよな」
「……はい。ああ、そうであれば、食後のダーゲンハッツも買わないといけませんね」
どうやら、バゼット女史はショックをダーゲンハッツのまろやかで包容力ある甘さ、官能的な冷たさで紛らわせる癖があるようだった。それが、彼女の切り替えスイッチなのだろう。
「わたしも手伝う。士郎のうちのごはんは美味しい」
こちらも全力で暗きバゼットをスルーしつつ、リズが申し出た。
「うん、夕飯は歓迎するよ。でも、そっちも大荷物だろ?」
「問題ない」
きらり、と無垢な瞳を光らせ、リズは菓子類&ジュース、ワイン類満載のカートを、軽々と左手で持ち上げて見せた。
「荷物運びは、得意。わたしの分は片手で持てるから」
「そ、そっか」
次元が違う膂力を見せつけられ、士郎は苦笑いを浮かべた。彼らの居る通路に一般人がいなかったのが幸いである。荷物だけならまだしも、彼女はカートごと持ち上げたのだ。プロレス界に通じるような人間がいたら、間違いなくオファーが来るであろう振る舞いだった。
しかし――そういえば、リズの力も凄いが、バゼットも桁はずれている上、セイバーも常態の魔力ブーストがアリであれば士郎よりも断然力持ちである。……つまり、この場で一番非力なのは自分である、という事実に、士郎は少し打ちひしがれる思いがした。さておき、助かることは助かる。いくらセイバーが力持ちで、士郎もアルバイトや鍛錬でそこそこの筋力を持つとはいえ、二人合わせて腕は四本しかないのである。膨大な荷物を抱えて帰るのは、物理的にかなり厳しかったのだ。
「うん。助かるな。じゃあ、二人ともよろしく頼むよ。その代わり、晩御飯は豪華なのにするからな」
「……! それは興味深いですね、シロウ」
ちょうどそのとき、セイバーが再び帰ってきた。両手に、持てる限りの米菓類を抱えている。その様子が、なんとも可愛らしい。
「おう。期待しとけー」
「期待します。美味しいご飯は活力の源ですから」
ニコニコ顔で米菓を籠に入れるセイバー。リズとバゼットの手伝いに応えつつ、セイバーの笑顔も見られるのだから、気合も入ろうというものだった。
バゼットとリズに待ち合わせ場所を伝え、一旦別れると、士郎とセイバーは買い物に戻る。
「今度の旅行、賑やかになりそうですね」
「そうだなー」
セイバーの言う通りだった。衛宮邸メンバーだけでも、既に賑やかさは折り紙つきである上に、綾子たちまで参加するとなれば、それはとても楽しい旅行になるだろう。羽目を外さないように、それだけは気をつけないといけないが。
(それにしても――)
カートに満載されたお菓子類を眺めながら、ふと、士郎は思った。
(……すごい偶然、だよな)
ギリギリで宿が取れて、その上友人たちまで同じ温泉地に行く、という。
よくよく考えてみれば、極めて希有なケースである。
本当に、ただの偶然なのか?
――と。
士郎が、そんなことさえ、思ってしまう程に――。
つづく
今回はFate篇をお送りいたしました。サブキャラクターのカテゴリに属すのでしょうが、ウチはとにかく美綴さんが好きな上、4月1日にあんな大爆発をしてしまったのに刺激され、こんな流れになりましたw もっともっと美綴さんはプッシュされるべき。
あと、氷室の天地で大活躍の方々も、今回は名前だけですが少し。作中、実典くんが漏らした「葉桜ロマンチック」は、言わずもがな型月さんの4月馬鹿が原案ですが、氷室の天地でも出てきたネタだったりもしますw 氷室天地の設定を使うのは非常に楽しいですねw
バゼットさん&リズさんの膂力ネタはとある同人誌……というか、Fate日常で高名なろんぱいあさんの同人誌を見ていて「なるほど!」と思い、書いてみたものですw Fate界では並ぶ者の無い力持ちですし、意気投合できることでしょう。もちろん、バゼットさんのアイスは4月1日よりw なんか悲哀を感じてしまいますね……。
さて、次回は両儀さん家を中心にお送りしたいと思います。そこだけではありませんが……w
それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>
宜しければ是非w⇒ web拍手
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