「温泉、決まったのですか?」
「ん、ま、大丈夫じゃないかな。藤ねえは組のついでになるけど、行き先は同じだし」
「それは素晴らしい」
学校帰り、玄関口。いつもの「おかえりなさい」「ただいま」のやり取りの後、二人はこんな会話を交わしていた。
その内容は、衛宮家で数日来話題になっていたものである。空気もグッと秋めいてきた今日この頃。テレビの旅番組でも、温泉ネタが非常に羨ましく思える季節。さて、我が家でも、行けるものなら行ってみないか――と、夕食後の団欒時、そんな話題が上ったのだった。
前にも、温泉計画が持ち上がったことはある。が、その時は、社会人たる藤村大河のスケジュールにより、計画自体が粉砕されてしまっていた。さて、今度はどうか――と言えば、結論からいえば、藤村大河の休暇は取れた。が、しかし、その休暇がどうやら、藤村組公式行事(慰安旅行)に費やされそうだ、という話になり、またも温泉計画は伏魔殿の奥深くに封印されたか――と、衛宮家満場にため息が充満しかけていた。
しかし、物事最後まで諦めないものである。最後の最後になって、事態は急転直下で好転した。藤村家の旅行先が、近場の著名温泉街だったのである。これなら、藤ねえの予定に合わせて計画を立てることもできる、と、温泉旅行プランは見事蘇生し、衛宮家家人、および関係者への参加意思確認も、つつがなく終了した。
――以上が、冒頭の会話の背景である。
カレン、アインツベルン家、バゼット、遠坂凛、間桐桜――最も危惧されたのは臓硯老人の世話を抱える間桐家であったが、「別に、放っておいて問題ないですから♪ おじい様は壮健な方ですし♪」という桜の一言により、無事解決を見た。……無事かどうかは定かではないが、他家の事情に首を突っ込んでもいいことはないだろう。というか、突っ込んではいけない、と、士郎のバッドエンドセンサーが反応している。というわけで、この案件はパスしたことにして――
――さて、これで晴れてオールグリーン。見事、旅行立案の開始が決定したのである。
「して、宿はどうするのでしょう?」
「一応、アテはあるんだけどな。ほら、この前行っただろ?」
「なるほど、あの店ですね」
残るは、宿の手配のみが懸念事項。ここはある程度運任せではある。が、伝手がないわけでは、無い。以前、温泉旅行を企画した時に世話になった旅行代理店。店員さんの名刺も貰っているし、大所帯の場合は自分で探すより、ノウハウを持っているところを頼った方がいいケースが多い。
……と、いうわけで。
「そうそう。この後行くけど、セイバーも来るか?」
「ええ、ご一緒しましょう」
思い立ったが吉日、という言葉がある。夕飯準備のついでもあるし、士郎はこの機会に予約をしてしまおう、と、決めていたのであった。
「じゃ、着替えてくるから。ちょっと待っててくれ。ああ、買い物袋三枚用意しといてくれるか?」
「了解しました。それでは、玄関で」
さて――泊まる先があればいいのだが。士郎はそんなことを考えながら、鞄を置きに部屋へと帰る。
(温泉、か)
その温もりを思えば、つい鼻唄も出てしまう。
「……♪」
いつもの板張りも、なぜか、老舗の温泉宿を連想させていた。
つづく
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