それからが、大変だった。

 今日一日を、思い返す。
 なんてことはない一日になるはずだったその日は。彼女の帰還と共に、とても賑やかで、幸福なものになった。

 居て欲しい人が、居てくれる。
 笑みがこぼれるほどの、幸せな時間。
 それを噛み締めながら。こうして、月を見上げている。




 あの後。
 朝焼けの公園で、セイバーとサイカイを祝した後。

 傷はふさいでもらったのだが、半端じゃない出血量だった所為だろう。歩くには歩けるがフラフラで、彼女の肩を借りながら家路に就いた。
 家までの道はそれなりにしんどかったが、それでも会話のおかげで長くは感じない。痛いも苦しいも、彼女が居てくれるなら、どうということはなかった。


 そして。


 門まであと十数メートルというところ、家から旋風が巻き起こった。
「何事―――?!」
「……………!?」
 咄嗟に身構える俺とセイバー。
 だって仕方ない。見えないくらいのスピードでそれは飛び出してきたんだから。

 しかし。0,1秒後、俺たちを見たソレは、土煙を上げて急停止した。

 ていうか。そんなに早く動けたんだな遠坂。血相変えてどうしたんだよ。
 それが素直な感想だったが。言ったら後が怖いので黙っていた。

「え………衛宮くん、に、………………セイバー?!」




 ――――後に朝ごはんを作りながらゆっくり話を聞いたところ。

 昨日の見回りのあと、遠坂はそのまま家で寝てしまったらしい。
(↑この辺、らしさ全開である。)
 で、起きて気合を入れ直し、改めて俺に活を入れるべく家に来たという。
(↑………早朝ってコトは配慮無しですか。)
 しかし、屋敷全体がもぬけのから。
 昨日の今日、何かを感じ取った遠坂は顔面蒼白、それで大慌てで飛び出したところ、俺たちを見つけたんだそうだ――――




 ――――まあ、それはともかく。
 俺たち二人を見て更に顔色を変えた彼女は、そのままのポーズで硬直している。
「お久しぶりです、凛。」
 それに比べ、セイバーは冷静なものだった。優しく、本当にいつものように、遠坂に会釈した。
 それで、遠坂は我に帰ったのだろう。すぐ、彼女の目に涙が浮かぶ。
「セイバー、なの?」
 震える声で、呼びかける。
「はい。―――また会えて、嬉しい。」
 それを聞いた遠坂は、おもむろに俺たちに抱きついてきた。
「………おかえり………。本当に、よかった………。」
 呟く遠坂は、涙声で。それでも、心から嬉しそうで。
 俺だけじゃなくて、彼女も。セイバーの帰還を、祝福してくれた。



 玄関に入ると、下駄箱の上に見慣れない袋が置いてあった。
「これ、遠坂が置いたのか?」
「え、違うわよ。さっきはなかったけど?」
「中は何なのです?」
 言われて、中を見る。
 と。呆気にとられた。
「住民票、の、写しね。……セイバーの。」
「私の、ですか?」
「メモが入ってるわ。貴女あてみたい。」

 セイバーがメモを開く。そこには、こんなことが書かれていた。

 曰く、
「ここで暮らすのだから、せいぜい迷惑をかけぬよう。
 仲良くな、王様。
                  マーリン・アンブロジウス」

 思わず、遠坂と顔を見合わせた。
「マーリン、来ていたのですね。………もう、シロウを紹介するまで待っていてくれればよいものを。」
 セイバーは、手紙を見ながら苦笑している。
 ほんの二行。しかし、短い言葉からは、彼女を思いやる愛情が、滲み出ていた。

 彼女を、救ってくれた翁。
 今会えないのは残念だが、それは大した問題じゃないだろう。
 いつか。俺とセイバーで、お礼を言いに行けばいいだけのことなんだから。

 二日前、確かに感じた異常の答え。
 市役所で、こんな細工をしてくれていたのだろう、好々爺の姿が目に浮かんだ。



 その後は、台所が戦場になった。
 正直しんどかったのだが、それでも“貴方の料理が、食べたいのです”というオーラを前にしては倒れるわけにもいくまい。
 自分がフラフラな分は遠坂にヘルプに入ってもらい、食材をひっぱりだして料理する。
 まあ、なんだ。食卓でウキウキしているセイバーを見たら、疲れなんて麻痺してしまったってこと。ともかくも、腕によりをかけた。



 しばらくして、いつもの衛宮邸の面々が居間に入ってきた。

 セイバーを見た時の驚き方は三者三様だったが(どうやらイリヤは無事だったらしい)、ただひたすらに遠坂と俺が作った朝ごはんを食べ続けるセイバーを見て(余程おなか減ってたんだと思う)、笑って受け入れてくれた。


「お帰りなさい、セイバー。うん。やっぱり、貴女が居ない食卓なんてウソだわ。」
 イリヤはそんなコトを言っていた。一番喜んでくれていたのも彼女だろう。

「セイバーちゃん、またここに居てくれるのねー!私さびしかったよー!」
 藤ねえの声も弾んでいた。抱きつかれ、頬ずりされていたセイバーは流石に対応に困っていたが、可愛かったので放置していた俺はちょっと罪深い。

「セイバーさん、またお会いできて嬉しいです。今度は、先輩を悲しませないで下さいね。」
 桜も、祝福してくれる。
 ……ていうか、やっぱり俺、悲しんでたんだな。


 その朝食は、セイバーが居なかった時のそれより、何倍も華やいで。
 会話も弾んで、とても楽しくて。
 こっちの料理も、飛ぶように売れた。

 居るべきところに、居るべき人が居る。
 違和感の無い、その空間。
 今更ながら、思い知らされていた。
 彼女が居ないってこと、それ自体が。
 もう、俺にとっては、不慣れな非日常になっていてしまったのだ。
 ありふれた、日常の光景を。
 俺は台所で、何より美しいものと感じていた。



 それからは、俺がぶっ倒れた。
 藤ねえにあらかじめ断って、セイバーのために学校を休んだまではよかったのだが。

 まあ、あれだけザクザクズタズタにされて、料理に必死になったことも手伝って、疲労困憊は極みがかった状態で。
 皆を送った後、食器を片付けて、限界を迎えた。
「ごめん、イリヤ、セイバー。ちょっとでいいから、休まして欲しい」
 それだけ呟いて、部屋に戻り、爆睡。
 畳の感触が心地よい。布団も何も用意せず、そのまま夢も見ない眠りに落ちた。

 倒れた同然の睡眠だったにもかかわらず。
 すごく、あたたかい寝心地だった。何か、柔らかいモノに包み込まれたような。
 その理由は、起きた時に知ったのだけど。
 目を覚ました俺には、タオルケットがかけられていて。
 傍らで、彼女が微笑んでくれていた。

 ――――それだけで。
 俺に残っていた疲れが全て吹き飛んだことは、言うまでも無い。



 午後は、セイバーとイリヤと三人で、セイバーの部屋の調度を整えたり、掃除をしたり。
 そんな中、ふと思い立った。
 折角帰ってきてくれたのだ。一つパーティーでもやらなきゃウソだろう。
 イリヤに話して協力を求めると、早速賛成してくれて、城のメイドさんを呼んで、ドイツ料理を用意してくれることになった。

 商店街に買出しも行った。
 俺が選ぶ食材に、イリヤがカートに入れるドイツ料理の材料と思われる品々。
 それを見て目を輝かせるセイバーは、本当に、おもちゃを買い与えてもらった子供より数倍無邪気に見えた。
 ………まあ、すごく可愛かったんだ。選ぶ食材の質が、悉く最上級になってしまったのはその所為だったりする。
 反省するか?………無理だよな、きっと。



 パーティーの趣旨には、他のメンバーもすぐに賛同してくれた。
 いつものメンバーに、遠坂やセラ、リズも加わって(セラは文句言いっぱなしだったが)、和洋中の料理で食卓を満載にする。
 勿論無礼講で。教師がいる?関係ないって。教師と思うからいけないのであって、虎と思えばいいのである。その手綱さばきは、勿論イリヤ任せ。

 食べきれないくらい作った料理が結構早めになくなったのは驚きで、すぐに追加に走ったり。
 急な思い付きだったから、食事とデザートくらいしか用意してあげられなかったり。
 そんなことを差し置いても、幸せ一杯、おかえりなさいパーティーとしては申し分ない催しになったんじゃないかと思う。











 ――――そうして、夜半。
 皆一緒に大騒ぎしたパーティーも終わり。
 各々引き上げ、片付けもして。
 俺も風呂に入って、ひと段落。



 それから。こうして、庭の真ん中で、佇んでいる。

 風も。樹の揺らぎも。輝ける星達も。そして、月も。
 ここまで、澄み切った気持ちで眺められるのは、何時以来だろう。
 昨日の夜。空を見ていた己が心情を思い浮かべる。
 今とは対極にある俺に、早くこっちに来いよって、言ってあげたい。
 加わったのは、彼女一人。
 だけど、それだけで。
 たったそれだけのことで、セカイがこんなにも希望に満ちあふれたものに感じるなんて。

「なあ。――――願いを」

 柄にも無い。今日の俺は詩人にでもなったつもりでいるのか。
 それとも、ちょっとだけ飲んだアルコールがいけないのだろうか。

 叶えてくれたのか?
 想いを、届けてくれたのか?
 その、奇跡を。
 月に感謝していた。



 風が、風呂上りの体に心地よい。
 夜気を吸い込むべく、一つ、大きく深呼吸したところで。

「ここでしたか、シロウ。」
 彼女の声が、後ろに聞こえた。

「ん。ちょっと、涼んでたんだ。風呂はもう上がったのか?」
「はい。丁度よい湯加減でした。」
 さっぱりとした彼女のシルエット。月明かりの下、より彼女が美しく見える。
 昼間、ゆっくりと二人きりになれなかったからか。
 そうしたい、と、思った。
「――――セイバー」
「はい」
 間はおよそ5メートル。今まで二人を隔てていたモノからすれば、取るに足らない距離。
 それでも、今の俺には、遠すぎる。
「こっち、来ないか。」
「………はい。」
 セイバーも、同じ気持ちだったのだろうか。
 それだけ言っただけなのに。彼女は、体をこちらに預けてくれた。


 そっと、腕を回す。
 優しく、抱擁する。
 湯上りの石鹸の香りが、何より心地よい。
 柔らかな体が、何より愛しい。
 好きあう人と、抱きしめあえる。
 それは、言葉に出来ないほどの――――――――


 朗月の下。何も妨げるものの無い、とても幸せな、閑寂の中。

「………ずっと、こうして欲しいと思っていました。」

 凪に、ほんの少し波を立てるように。彼女が、そっと呟いた。

「船の上で、月を見ながら、シロウのことを想っていました。
 同じ月を、あの人も見ているはずだから―――だから、想いが届いて欲しい、と。
 もし、貴方が悲しんでくれていたのならば、その必要は無いと、伝えたかった。」

 そこで、彼女は、語るのを止める。

 ………ほんの、一瞬。
 彼女の体が、震えた気がした。

「――――でも、その時も。………いえ、今でも、………怖い。
 私の居場所があるのだろうか、と、考えてしまっている。
 ………救えないほど、私は愚かだ。
 愛している、と、言ってもらったのに。
 貴方に、こうして抱きしめられているのに。
 それを、まだ思ってしまうのです。」

 ぎゅ、と。背中に回した手は、握られて。
 俯いたその顔は、きっと憂いで翳っている。

 少女の憂慮。居場所を、失う怖さ。
 安心したい、と、願う弱さ。
 それを曝すことを。それを思ってしまうことを、許して欲しい。
 そう、儚げに訴えているように、聞こえる。

 無用の不安を、馬鹿げたものだ、と、断じることは出来ない。
 ――――それを、払うには。

「セイバー。」
「………………」
 びく、と。彼女が、体を強張らせる。次の台詞に、心が硬直しているのだろう。
 それを、解きほぐしてあげたい。
 ならば、俺は。
 受け止めて、しっかりと、応えてあげなくてはならない。

「ここが、セイバーの居場所だ。どこにも行かなくていい。
 不安に思う必要なんかない。
 俺が、……いや。俺だけじゃない。皆も」

 少女が、ここに居て、一緒に幸せになることを願って。
 その未来を、祝福してくれる。
 そう、伝えた。

「…………シロウ」
 セイバーが、顔を上げた。
 瞳は、潤んで。
 だけど、それはたぶん、悲しみの涙ではない。

 その少女が、愛しい。
 何をすべきかくらい、解る。
 俺だって、そこまで鈍くない。

「セイバー」
 もう一度。その美しい調べを、詠む。
 心音は、近く。
 トクン、トクン、と。互いの存在を、知らせてくれるシグナル。
 そのリズムに導かれるまま。重なる、想いのまま。


 ――――そっと、唇を重ねて。
       舌を、触れ合わせて。

 ――――言葉にはせず。
       それでも、百万言より雄弁に。

 ――――愛している、と。
       もう、離さない、と。

 ――――おかえり、と。
       心奥からの、愛を告げた。






 どれくらい、キスをしていて。どちらから、離れたのだろうか。

「………………」
「――――――」
 虫の音すらあまりない、静寂の闇。でも、至近にある彼女の顔は、はっきり見える。
 互いの染まった頬。目を伏せる彼女がたたえる、はにかんだその微笑み。
 ――――それを、間近で見られる。
 至福、とは、こんな心持ちのことをいうのだろう。

「――――ここが」

 顔を上げて、かすかな声で、呟く。
 その言葉に、憂いの響きはない。

「私の、居場所なのですね――――」

 良かった、と。そう、告げてくれた。


 何より、美しく。それでも、誰より、過酷な生を過ごした少女。
 その果てに、辿り着いた居場所で。
 彼女に、幸せになってもらいたい。
 ――――いや。
 俺が、必ず。彼女を、幸せにする。
 朝焼けの公園で、そう誓ったんだから。


「ああ。ここだ。
 そうだろ?あの土蔵で逢ったときから、ずっと――――」
「ええ。そうでしたね。きっと、これは――――」

 そうなるはずの、運命だったんだ。
 二人の、出会いも。
 ここで、抱きしめあっているのも。
 二人が択んだ、運命の帰結。

「だから、あんな悲しいこと言わないでくれ。セイバーが嫌だって言っても、俺はもう決めちまったんだからな。
 お前のこと、幸せにするって。」
「――――はい。大丈夫です、シロウ。もう二度と、……貴方を、悲しませは、しない。
 それが、……新しい、誓いです。」

 声が、少し震えて。もう一度、彼女が顔を伏せる。
 キレイな顔に、目から零れたモノが、伝っていた。

 そっと、彼女の頬をなでる。
 その手に、彼女の手が、重なる。
「………バカ。こんなことで、泣くなって。」
「――――莫迦、でも、構いません。
 こうして、拭って、もらえるなら、………たまには、泣いても、いいではないですか。」

 それで、堰は切れたのか。
 今度は、彼女の体が、揺れる。

 ――――その、ゆりかごになってあげられるように。
       回した腕に、力を込めた。


 



「―――申し訳、ありませんでした。……今のコトは、シロウと私だけの……秘密に……。」

 泣きやんだ彼女が、恥ずかしそうに訴えてくる。
 微笑ましい。女の子なのか、泣くのを恥とする騎士なのか。あるいはその双方か。
「もちろん。俺の中だけにしまっとく。」
 涙の跡を拭ってあげながら、約束する。
 や、なんていうか。秘密にするっていうだけじゃなく、独り占めしたいっていうのもあるし。

 ――――と。
 彼女の体から、風呂上りの熱が消えてしまっていた。
「ごめん、湯冷めしちまったな。そろそろ、行こうか。」
「―――はい。………あ、シロウ」
「ん。どうした?」
「……その、今日は、一緒に居てくれませんか?……貴方と、離れたくない。
 ――――できれば、あの蔵で」

 初めて出会った、その場所で。

 その絆を、より深め。
 その愛を、確かめて。

「わかった。一緒に、な。」
 今度は、言葉での返事はない。
 その代わり。
 セイバーは、もう一度、手をしっかりと握ってくれた。
 




 ………なんともはや………。恋愛っぽいの(本当にそうなっているかは極端に疑問)初めて書いた…………。
 甘いですか?甘甘ですか?そうなってくれていれば、そこそこ成功なのですが。
 BGMは全編、特に中盤以降『月姫』。流しっぱなしで書きました。つくづく、月夜に合う曲ですねえ。お持ちの方は是非w

 題名はpromised nightですが、初めは頭に『Fate/』を付けようかと思っていました。途中で運命っていう単語を使ったりしたのはその所為ですw さすがにやりすぎだろうと思い直しましたが。

 何時になるかはぶっちゃけ不明ですが、翌日デート編も予定してます。FateアニメDVD全部出た頃にでも?w
 『――――渡したかった、モノがある。』  (←予告のつもり)

 それでは、御拝読ありがとうございました!

 面白ければor甘いぜ!とお感じになればw ⇒web拍手
  
     


 その夜は………

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