派手な音ではなかったが、しかし、あまり聞きたくは無い音だった。


 鈍いのか、甲高いのか。どっちとも取れるのは、ある意味珍しい現象だ。
 ともかくも――「かちゃり」と、ふつうに使っていれば“ソレ”が出さないような音が出る。



 ――それはつまり、陶器が割れた音だったりするわけで。



「「あ」」


 声を出したのはほぼ同時。夕食後の台所、いつものようにセイバーと俺が食器を洗っていた最中のことである。音がしたのは、俺の手許ではない。とすれば、当然――隣に居たセイバーの管轄から、その音が鳴ったことになるだろう。

 ……などと、分析している場合ではない。既に、破片は周囲に飛び散っているのである。

「……も、申し訳ありません」
「ま、仕方ないさ。危ないから、じっとしてて」

 

 家事にハプニングはつきもの、と言える。食器が割れる、というのはその際たるものであり、当然、家事を掌握する者として、処理してきた回数だって相当に上るわけで。とにかく最優先は、セイバーに怪我をさせないこと。その為には、さっさと目立つ破片から回収していく必要がある。

 手早く炊事手袋をはめ、食器の残骸がどの辺りまで散らばっているかを確認する。割れ方が良かったのか……という言い方はおかしいかもしれないが、幸いにしてそこまで派手に散らばっているわけではなさそうだった。

「どうしたのー? ……って、割れてるわね、見事に」
「ああ。悪いけど遠坂、箒とちりとり取ってくれ。冷蔵庫の横にあるから」
「えっと……コレね。はい」

 声色や態度には「気にしてない」という色を混ぜたつもりだったが、視界の端にはしょげた様子のセイバーが映っていた。遠坂から掃除アイテムを受け取りつつ、セイバーのフォローも必須な模様と判断する。

「気にすんな、セイバー」
「……しかし」
「次気をつけてくれればいいから、な」

 失敗のたび、真面目で責任感の強い彼女は「もうしないように」と、胸中で誓うのだろう。
 が、人には失敗がつきものである。少しずつセイバーが家事に慣れ始めているとはいえ、その事実に変わりは無い。というわけで、ミスに際してもこちらは特に気にすることはないのである。
 しかし、当人がそうは考えない。そこがまたいじらしく、芯の強さを垣間見ることが出来るのだが、セイバーにとって「失敗は失敗」なのである。質、回数は、そこには介在しない要素と言っていい。

 その上――今回に限っては、もうひとつ悔恨のタネが存在した。

「あ、……コレ」

 そう。今回の被害者は、セイバー専用茶碗だったのだ。通常の三倍とは行かないまでも、特盛レベルの盛り付けは可能。質素簡潔、しかし趣を感じさせるデザインが秀逸な、彼女お気に入りの瀬戸物であった。
 ちなみに、ライオンをあしらった別のお気に入りもあるが、サイズはやや小さい。従って、一杯でしっかり食べたい時には向かないのである。こちらは近年、おにぎり製造用のアイテムとしても頭角を現している。


 ――それは、さておき。


「……ま、丁度良かったかな」
「え?」

 やや俯き、直立不動で居たセイバーが疑問の声を出す。確かに、分からないのも無理は無い。理由を知っているとすれば、相当に注意深い人間と見て間違いない。……まあ、いくら注意深くても、見つけなければ気付かないことなのだが。

「うん。実は、俺の茶碗も欠けてるんだ。だから、そろそろ買い替え時かな、と」

 と、それがその原因である。ほんのわずかなので使えることは使えるが、この機会ならば新調するのも悪くない、というわけだ。

「今度の土曜にでも買いに行こう。セイバーも来るだろ?」
「あ、ええ……よろしいのですか?」
「勿論。じゃ、決まりだな」

 ぽん、と、セイバーの頭に手を置いた。自分で何もかも抱え込んでしまう傾向があるセイバーだが、本当に気にすることは無い、と、そう伝える意味もある。

「……分かりました」

 くす、と、ようやくセイバーに笑みが戻った。うん、やっぱりセイバーは、こうでなくてはならない。

「はい、イチャイチャするのはまた後でねー。衛宮君、コレどうする?」
「お、おう、そこのビニール袋に入れといてくれ。後で処理しとく」
「了解♪」

 ふと茶の間に目をやれば、桜やイリヤがジッとこちらを注視しているのが窺える。……なんか、何故か、凄く怖い。うん、この話はここまで。日時その他、後で詰めに行けばいいだろう。


 さて――どんな食器を選ぶのか。予算含め、ちゃんと検討しておかなくてはいけないだろう。
 ……実質、デートなわけでもあるし、な。


 すすむ





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