ノック。する寸前で止めた手を見下ろして溜息を一つ。緊張しているのか、今ひとつ上手く動かない関節を、どうにかリラックスさせようと体を揺すってみる。気を取り直して扉に拳を当てた。二度、最初は小さく、次に少し大きく。返答がないのは、返事の仕方を知らないからか。躊躇いながらも扉を開けると、部屋の中に灯りはなかった。
「う、ずいぶんと」
寒い。窓が開いているのだろうか、遠い車の音と、梢のすれる音が窓から風に流されてくる。彼女は何処にいるのだろうか、視線をぐるりと回すが、なかなか見あたらない。暗さに目が慣れていないせいだと結論づけて、中に入った。奇襲なんて今更警戒したところで仕方がない。灯りの消された部屋に、躊躇いがちに足を進ませる。
幸い後ろから何かを突き付けられることもなく、横合いから突き飛ばされることもなかった。扉を閉めて目を閉じる。窓の外の灯りすら閉め出して、本当の暗闇の中に。
「セイバー」
一度だけ声に出してから、目を開いた。
闇に慣れた視界はびっくりするぐらいに明るい。月明かりは蒼く、カーテンは風に棚引いて青い、重い内側の奴は、赤さと暗さに沈み、レースのそれだけがゆらゆらと揺れている。夕方に一度重く掛かった雲は何処かに行ってしまった様子だった、この調子なら明日の天気も良くなるだろう。
ベッドからテーブル、彼女の潜みそうな場所をゆっくりと探していく、その場からは動かない。ただ、彼女の気配を追っている。暖炉に火は入っていない様子だった。白い息が流されていくのを、ただ碧い目が見つめている。
「セイバー」
「シロウ?」
ゆったりと窓際に寄せた椅子に、彼女は腰掛けていた。その体にシーツを纏って。ひどく幻想的な姿だった、月明かりに映し出されるラインはまるで裸身を見ている様、暗いのが幸い、うっかり赤くなったのを気が付かれたらそれだけで死にそう。
星を見ていたのだろうか、それとも月を。とにかく、碧く濡れた獣みたいに月明かりにその身をさらしている。もう一度視線が此方に向いた。促されるようにして、彼女の向かいに椅子を持って行く。その様を横目で見ると、セイバーは三度空に視線を戻した。
何が見えるのだろうか。そう思って見上げた空には、眩いほどに輝く月がある。ただそれだけだった、だが、何物にも代え難いと思うほどにそれは神々しい。張り詰めた空気の中に、張り詰めた視線が交じっている。
傍に寄ってみると、彼女は月すら眺めていなかった。月光浴とでも言えば良いのだろうか、心地よさそうに目を閉じて、ただ月の光を浴びている。同じようにしているだけで、不思議と寒さを感じなくなった、冷たいはずの風はただ爽やかで、自然と回路が魔力を汲み上げて行く。
目を閉じて彼女に倣った、呼吸を深く、長く、ゆっくりと自己の内側に埋没していく。ありありと剣がイメージされる。それとともに、見覚えのある土蔵の風景も。何て事はなかった、台座から抜けなくなってしまった剣だけれど、しっかり己のとの間にはパスが通っていて。納めるべき剣ではないと言うのに、内側の鞘と共鳴して仕方がない。
そうだ、剣は目の前に在る。あれの鞘は俺じゃなくて、本当は彼女に抱かれて居るべきなのだ。
「隣に座ってもいいか」
「―――――――?」
言葉の意味は通じていないだろう、だから、行動で示すのみ。
三人掛けのソファを持ち上げる、安物のそれとは違って、かなりの重量だ。思いの外重たいそれに情けないうめき声を上げながら、何とか窓辺まで寄せてやる。それから毛布を一枚、いくら寒さを感じないとはいえ、その実、体はしっかりと冷えてしまっているのだ。これぐらいかけておかないと、風邪を引いてしまうかも知れない。
外套を羽織るような仕草で、セイバーは毛布を身に纏った。けれども、座った椅子からは動こうとしない。頑ななのはよく知っているから、無理強いすることはない。向かいに置いた椅子に戻って、もう一度だけ月を見上げた。
いくらかさっきよりも傾いている。時計に目をやって、時間を確認する。そろそろ帰るとしようか、いくら何でも二連泊は拙い気がする。
「じゃあセイバー、また明日」
「――――――」
返事はない、身じろぎも。手応えの無さに苦く重いながら部屋を後にする。
「シロウ」
「え?―――――――あぁ」
一度だけセイバーは毛布の端を持ち上げた、目を閉じたまま、唇を尖らせて。澄ました顔だった、だが、それは彼女なりの感謝表明なのだろう。言葉が自在ならば、大義であるぐらいは言ってのけるかも知れない。そんなことを考えながら扉を開く。
「お休みセイバー、良い夢が見られると良いな」
そう言って、扉を閉めた。
色の無い碧い目が、やけに印象的だった。
〜Interlude in 2-5〜
巻き付けた毛布に顔を埋めた。毛皮のそれとは違う、柔らかな肌触り。分厚いくせに驚くほど軽いそれは、織物のようであった。
吐き出せば白い息を、内側に籠もらせる。手は冷え切っていて、温もりが心地よい。
不思議と月を眺める気にならなくなっていた。どういう訳か、ただ目を瞑っていても良い様な。言葉の意味は解らなかったが、シロウが何かを期待していたであろう事だけは感じ取れた。
は、と、短く息を吐く。もどかしさに指が震えている。
心が乱れている。理由は判らない、ただ、座っているだけでも弾む様で。
遠い潮騒、どこから聞こえてきているのか。流木と、赤い海と。ありありと思い出せるくせに其処が何処か解らない。分厚い雲に覆われた空から、金色の光が海を照らしている。私はそこで誰かを待っていたのだった。誰かがそこで私を捜していた様に。
目を閉じる。先程まで思い浮かべていた物とは違う。彼が入ってきてからこの方、思い浮かべるのは一振りの剣だ。失われた選定の剣、我が後継を選ぶ前に折れてしまった王者の剣。
あれが残されていたのならば、ランスロットには抜けたかも知れないのに。
言い訳じみた思いだった。それすら許さないほどに国は切迫していたのだ。躊躇うだけの時もない。急かされる様に剣を。
「…………いや、誰のせいとも言うまい」
己で決めたことだ。王になることも、剣を抜くことも。
―――――――孤独な終わりを迎える、
その予言を受け入れることも。
自分で決めたことなのだ。喩え、唯一の理解者だと願っていた朋友に、憎まれたとしても。
憎まれ―――――――?
「―――――――ぅ、痛」
目の裏側に火花が走る。確かに怒りはあった、怒りはあっただろうが―――――憎まれたと言い切れるほどに、彼と言葉を交わしただろうか?
「あ、あ、っぅ」
痛い。
頭が、痛い。
“―――――――困った御方だ”
そんな。
穏やかな声を最後に聞いた気がする。
“―――――――無くしたものは帰らない”
そんな。
誰かの叫びを聞いた気がする。
“そんな事より、今はただ―――――――”
この温もりに浸っていたいと。
穏やかな夢を見ていた気がする。
打ち砕かれた憶えがある。
打ちのめされた憶えがある。
抱きすくめられた憶えがある。
だが私は、此処にある意味を見いだせない。
〜Interlude out.〜
「微睡みの終わり」
Presented by dora 2008 01 22
〜Interlude in 2-6〜
―――――――夢を見ている。
貴重な体験をしている。かつては一度として見なかった物。あやふやで、ヴェールに覆われたそれ。
あの頃はいくらでも眠れたと思う。眠り続けようと思えば目覚めることすらなく、ただただ暗闇に解けていた気がする。
それは、激務の疲れ故だったのかも知れない。
幾らでも眠れると言うことは、それだけ心身ともに疲弊していたのだろう。何もしていない今、こうして幾らでも夢を見るように。
遠い昔のことのようで、もの凄く最近のことのようで。
多くの人間とふれあったと思う。友も居た、同じ志を抱く物が居た。
ただ彼らに私が理解できなかったように、最後まで私も彼らを理解することがなかったように思う。
それは、あの終わり方からすれば当然のことで。
誰も居ない場所、何もないところ、人目をはばかる必要もない。
無限の繰り返しの中で涙をこぼしてきたように、今もこうして慟哭に暮れる。
誰かのためにではなく、ただ己が殺してきた全ての為に。
一つではなく全てを望んで、その全てを失ったことに。
こうして涙を流している。悔しくて、悔しくて。
私は―――――――王に相応しくなかった。
だから積み重ねた終わりの改竄を望み、それすら間違いと諭されて、己の存在を消そうとしていたのだ。
それを間違いなのだと、教えてくれたのは誰だっただろうか。
思い出せないのではなく、知らないのではないだろうか。
言葉で聞いたのではなく、心で聞いたからではなかったからか。
それは誰の言葉で、何を言っていたのか。
言葉にならない心を、あるかどうかすら不確かなそれを。
確かに形にして、私に押しつけたのは誰だっただろうか。
柔らかい風が吹いている。窓を開け放ったまま眠っていたせいか、室内はひどく寒い。とはいえこの程度では凍えることもない。ゆっくり体を起こすと、冷えてこわばった筋をほぐすように伸びをした。それから、体の具合を確かめていく。凛は腕がよい、調合された薬も、施される術も、文字通りあつらえたように体に馴染んでいく。加えて、この場所の大気の濃さ。町中に出ると、途端に重く体が感じるほどで。
「さて―――――」
そろそろ朝食の時間だろう。そう踏んで、下着に脚を通す。
彼は色事に疎いのだろう。あまりだらしのない格好で出ては困惑させてしまう。
一度小さく唇を弛めた。
昨夜部屋に来たとき、シーツ一枚しか羽織っていなかったと知ったらどんな顔をするだろうか。
小さな異考、かつては思いつきもしなかった女の思考。
それと気が付かずに“私”は“私”を見下ろしている。
〜Interlude out.〜
騒々しい朝食を済ませて、身支度を終わらせる。今日も今日とて遠坂の家に、白い息を後ろに残しながら坂道を駆けていく。財布には、ここのところ溜め込んでいたへそくりを軍資金として五枚、少々のことでは無くならないだろうと踏んでいる。
要するにアレだ、デートに誘ってみようと思っているのだ。
チャイムを鳴らして手続きをいくつか、時刻は十時過ぎ、とっくに起きているだろうとは思う物の、いつだったかに見た寝起きの姿みたいなのは正直見たくない。イメージとかあこがれとか、そう言った次元の物をすっぱりぶっ壊される様な格好は、迎える側も迎えられる側も不幸だってものだろう。
そういえば寝起きの遠坂はともかく、寝起きのセイバーって見たことがなかったな。
声をかけると静かに眼を覚ますから、ただ瞑目しているだけのようにも見えて。
あの朝、隣で眠っていた時だけは、本当に安らいで眠っているようにも見えて。
きっとスイッチを切り替える様に。
夜と朝が切り替わるのだ。
「ごきげんよう衛宮くん」
「おう、おはよう遠坂」
玄関を開けてくれた遠坂に挨拶をして、敷居を跨ぐ。何て言ったら良い者か、こうして誰かの家に朝早くから遊びに行くってのはなんとも言えず新鮮な気持ちにさせてくれる。
「新鮮だよな遠坂」
馬鹿なことを言っているとは自分でも思う。友人の家に来て、他の誰かに会いに来たのだという。それは家に来て桜に会いに来るような物だ。
…………たとえが悪いか、あまり俺は気にならない。
「ええ、そうでしょうね。でも家主としては複雑よ」
微妙な笑い顔を造りながら、遠坂が肩をどやしつける。ぱんぱんと小気味の良い音が響いた。これがまっとうな感想、些細なずれだが細かな違和感は心に澱を残す。
「朝食は済ませてきたと思うけど、お茶ぐらいは飲めるでしょ」
「おう」
「私達はこれからだから、セイバー呼んできてくれる」
「わかった」
朝食と呼ぶには遅く、昼食と呼ぶにはいささか早すぎる。ブランチと言った時間に、いくつかの品物がテーブルに並べられていく。バケット、ハム、目玉焼きにサラダが二種類、こんがりと焼いたベーコン。目を離すと焦げるからと、一言注意を促す。オレンジジュースと牛乳、珈琲よりはポットで紅茶と言ったところか。うむ、何処の形式か解らない辺り、あり合わせででっち上げた物に違いない。
相変わらずポットの説明書と格闘している遠坂から目を外すと、階段を下りてきたセイバーの姿を見つけた。なにやら好奇心に引かれる猫のような仕草、嗅いだことの無い匂いに釣られた子犬の様で愛らしい。
「おはよう、セイバー」
「――――ああ、おはようございます、シロウ」
微かに微笑みながら階段を下ってくる、くらりと目眩に襲われて、それの理由がわからなくて困る。
きっとあれだ、あまりに記憶の中から零れてきたような笑顔だったから、それが嬉しくて頭に血の気が上ったのだろう。
「遠坂が朝食だってさ」
「―――――?」
相変わらず意味は通じていない。困ったように小首をかしげながら、彼女が始めたのは単純なボディランゲェジ。しばしの繰り返しにしばしの黙考、これは察するに……あれだな?
「…………ええと、顔を洗いたい?」
掬った水を顔に当てる様な動作、同じようにして、タオルで顔を拭くところまでジェスチャー。良い笑顔でセイバーが頷いた。
OK、意思の疎通は問題なくできそうだ。
ただ、一つ出てくる問題がある。洗面所の場所は、遠坂しか知らない。なにせ自分がこの家で知っている水場はトイレと台所だけなのだ。
仕方がないので、薬缶からお湯を注ごうとしている遠坂の手からポットを取り上げると、事のあらましを説明する。
「そっか、そう言えば知らないんだっけ」
「おう、教えてやってくれ。ついでにタオルの場所も」
そもそもこの間顔を洗ったときも、水場が解らなくて台所でだったのだ。
「後で俺にも教えてくれると助かる」
そう言うと遠坂は、ベーコンの具合を見ていなければならないし、と、何か含みを持った笑顔でポットを奪い返すと。
「あっちよあっち、行けば解るわ。で、タオルは二番目の棚の中だから出してあげてくれる?」
と、言った。
「了ぉー解」
特に何も考えず、彼女の指先に従った。
遠坂の指さした方向目掛けて、セイバーは先に向かったらしい。三つ扉を過ぎて、四つ目の―――――――何だろう。
「―――――ぉ?」
――――――今、何だか目眩がした。
何だか今日はおかしい気がする。彼女を見たときもそうだったが、妙に違和感が付きまとっていると言うか―――――――
「此処だな。セイバー、入るよー」
―――――――それはそれとして取り敢えずタオルを出してやらないと困るだろう。
「タオル此処だっ―――――――だっと、え、と」
「……?」
言葉に詰まった。彼女はそんな俺を不思議そうに見つめている。
白い。
とにかく、とにかく白い。いや待てとにかく落ち着こう、扉を開いた。タオルを出そうと中に入った、此処までにセイバーの姿を確認しては居ない。床はタイル張りで、冬場でも寒くないようにすのこがひいてある、遠坂の工夫なのだろうが、立派な風呂場なだけに、妙に温泉地みたいな雰囲気が醸し出されている。まあその辺りの事はこの際置いておこう。で、視線を上げた。
セイバーが仁王立ちだった。それは良い。
セイバーがタオルを探していた。それも良い。
問題は、その、彼女が何も着ていなかったって事で。
ついでに言えば解いた髪とか流れるような背中のラインとか、湯気とかないからいろいろと丸見えになっている細部とかなにからなにからが―――――――っ!
「えと、すぐに出る! でるけど、その前に謝らないと拙い!」
確か前にも同じことを言った、あの時は謝る意味など無いと言われて変な方向にも沸騰したっけ。すぱんと手を合わせて頭を下げる、ついでにタオルを見ることなく探り出して彼女の手に押しつける。ってか視線を下げると否応なしにそのちょっとでも顔を上げたらあれだっていうかああもう!
「シロウ?」
「セイ―――――――だから前隠せってのに!」
話しかけるな頼むから、うっかり反応して顔を上げても其処には誰に恥じるともなく裸身を威風堂々晒す裸の王様一人。その泰然とした威厳は山の如く確か前にもこんな事が在った気がするなんて思いながら高速バックステップは風の如く。
「ゴメン! 見るつもりは無かったんだ!」
返答を待たずにそのまま退出、眼を瞑ったまま扉を閉めて廊下に転がり出る。お約束か? お約束なのか!? 本気ではね回る心臓が口から飛び出そうでああもう顔が熱いったら火の如く。
「…………まったく、自宅でも無いってのに人の家でこんな」
「何、裸でも見たわけ?」
えー、よりにもよって目撃者までー。
「―――――――っ!!」
にやにやといやーな目付きで此方を見下ろす遠坂凛、これはあれだ。十年はいじられるネタを彼女に提供してしまった訳だ。最後に凛と林を無理矢理かけて風林火山でどっとはらい。チキショウ、コイツが静かなのは学校の中でだけだったら。
「で、やったんでしょ?」
「ノー、故意じゃない」
取調室でもあるまいし、なんだってこんな針の筵チックな扱いを受けねばならんのか。まるで先程の遭遇事故など気にすること無く朝食に勤しむセイバーと、朝食そっちのけで俺をいじり倒しに掛かる我らが学園のアイドル。きっとあれだ、コイツが一般的な学校に行って、一般的な家庭で育っていたのならさぞかしワイダン何ぞに花が咲くことだろう。
失礼なことを考えているとは思うのだが、取り敢えず今一番失礼なのは目の前の彼女なので文句は黙殺。なにげに俺達の初めてに立ち会ったというか手伝ったと言うか交じっていた相手だけに何とも情けない心持ちにさせられるのである。
「そっかー、どうだった?」
「黙秘権を行使する」
「ナルホド、しっかり見られちゃった訳だ」
「?」
はっきりと視線に反応して顔を上げるセイバー、本気で其処だけ反応しないで欲しい、って言うか俺何も言ってないし。
「…………おい、勝手に決めるなよ」
「だってー♪ 見てないなら見てないって言えばいいのに黙・秘・権♪ でしょ? 自白した様なものじゃない」
「ぐ…………じゃあ、見てない」
「今更言いつくろってもねー♪」
「ぐぐぐぐ……!」
楽しそうだ、コイツもの凄く今楽しそうだ。あーもう弱み握られたー。
「で、衛宮くん聞きたいんだけど」
「…………何?」
「やったんでしょ?」
―――――――もう勘弁してくれ。
「まあ正直なところを言えば予測は出来ていたのよね」
「つまり填められた訳だな俺は」
「そうなるかなー? あはは、ゴメン謝るからその目やめて」
「断る。人が来る時間に風呂沸かして、セイバーに訊ねる様にし向けて、わざわざ第一種接近遭遇し向けるような奴にかける情けなんて無い」
「ホンッとゴメン、出来心だったの、許して」
「出来心で……まあいいや、許すよ」
「ありがと♪」
軽い会話、どうにも家の食卓と違って遠坂邸の食卓はゆっくりだ。家も話をするには話すのだが、此処まで一時間も二時間も食事にかけたりはしない。腹八分目から九分目まで詰めたらゴチソウサマ。仕込み一時間に調理一時間、食べる時間は十五分、これは割に合わないかも知れないが、一気に皿の物が無くなっていく様ほど作って気持ちの良い物もない。山ほど作ったおかずが綺麗になくなる様などは感激するぐらいだ。
「それで? 今日はどうするの、私もやりたいことがあるから、衛宮くんたちに付きっきりって訳にはいかないけど」
「だろうな、そう思って予算作ってきた」
「お、つまりデートに連れ出す気な訳ね」
「デートっていうか―――――――」
「照れなくていいから」
苦笑しながらこちらと彼方を見やる遠坂、食事も終わり、今はゆっくりと紅茶を楽しんでいる彼女。それが、いつかのレストランとオーバーラップして困る。
ふと目があった拍子に彼女が口を開いた。
「どうかしましたかシロウ」
「いや、特に」
「そうですか」
それきり彼女は此方から興味を失ったとばかりに紅茶に視線を戻す。ふんふんと幾度も小さく納得する様、小刻みに楽しそうに揺れる頭。美味しいものに出会った時の彼女の仕草そのままで。ああ、こんなにもこの時間が優しい。
「ちょ、ちょっと衛宮くん!?」
「ん?」
オウマイ、静かな空気をかき乱す、慌てたそぶりの遠坂がいっそ場違いなほど。
「ん、って、アンタ今の何とも思わなかったの?」
「え、今のって、何さ」
あちゃーとか言いながら遠坂が顔を覆う。
「セイバーに話しかけてくれる?」
「そりゃ構わないけど」
「けど?」
「通じないだろ、言葉」
「―――――――!」
そんな基本をすっ飛ばして、いきなり何を言っているのか。
はっと息をのむ彼女を置き去りにして、セイバーに視線を戻す。それともあれか、これも遠坂先生の作戦の内なのだろうか。よし、じゃあ諸葛凛の知謀に賭けてみるか!
「セイバー、今日出かけないか?」
―――――――よし、噛まなかった。
「―――――――?」
―――――――よし、やっぱり通じてない。
意味がねー。
その後どうにか筆談で話を進め、食事をごちそうしたいと彼女を誘い出した。無論それもメインではあるが、眼を覚ましてからずっと屋敷に籠もりっぱなしでは体に毒だろう。そう思って体を動かす方向でFA。手始めにボーリング、バッティングセンター、それからダーツ、ビリヤードも良いだろう。勘の良い彼女のことだ、初めての物だろうと何だろうと、それなりの手腕から驚くべき手腕に早変わりすることだろう。
それはそれで楽しみだと、頬を弛めながら上着を羽織る。彼女の着ている物は何とびっくり遠坂の私服だ。流石に去年着ていた物はもう、数が無いらしい。昨日着た時点で洗濯行き、そうとなれば遠坂の服か俺の服かとなるわけだ。で、俺の服は持って行ってないから論外、と。
「しかし、これは、何というか……」
ミニスカート。ミニスカだ。セイバーがミニスカ。
うお、予想外、想像以上の破壊力だ。ちょっと身長が低いせいか、僅かに彼女よりは長く見える。だが、それでも。
「―――――――っ」
目が吸い寄せられる。隣に並んで歩いている時はともかく、バスなんかに乗った日には嫌でも釘付けだ。俺だけじゃなくて、他の乗客の視線も。
派手すぎるのは似合わないと思ったのか。ワインレッドの長袖シャツ、その上からチェックの袖無し、その上にファーの付いた上着を羽織っている。ふかふかと長い毛足に、首元がすっぽりと覆われている。結構高そうなコートだ。普通この年頃の子が着たら綺麗よりも可愛らしいと鳴るところだろうが、どっこい元王様はファーの付いたコートで外套の威光を放ってらっしゃる。思わず跪きたくなる様なその姿はバスの最後部が玉座に思えるほどだ。
ジーンズでタイトなスカートを遠坂がはいているところは見たことがない。美綴なんかと出かける時に着ているのだろうか、どちらかと言えば、あっちの趣味だろう。パンツルック派な美綴からのもらい物って事はないだろうから、一緒に買いにでも行って選びっこしたのだろうか。なんにせよ、遠坂の趣味でもない。合わせるブーツは革製のそれ、所々に入るシルバーのラインがアクセント。ストッキングは無し、ソックスも無し。そんな寒さは気にしないと言うし、そんな物の必要性を感じさせないぐらい彼女の脚は美しい。
どこか遠くを見ているような、かつての張り詰めたそれとは違う視線。少し虚ろで、少し子供じみた好奇心に見張られている。目に映る者全てを記憶に取り込もうとしているような、そんな気配。胸元に揺れるシルバー、剣とは縁のない様で剣そのもののスペード。
いやまあ、何て言うのか。
俺この格好で平気だっただろうか―――――――?
〜To be continued.〜
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