梅雨だというのに……なんだろう、この、照りつける夏の太陽は。
冬木市民なら誰もが皆、一瞬はそう考えただろう。そんな、ある晴れた六月の午後。
「彼女」は、真夏を思わせる冬木市を駆け回っていた。
「あれ……?」
しかし、その速度は半端ではない。「目にもとまらぬ」という言葉があるが、比喩ではなく、正真正銘人々の目には認識されないようなスピードで、ほとんどの人間に知覚されることなく、その子は街を縦横無尽に走っていたのである。
それでも――「わずかに」――その子を認識できた人間は、存在した。
それらの人々には、とある共通点がある。
<穂群原学園・生徒会室にて>
「ん、……今、確か……」
「どうした? 一成」
「いや、今、衛宮の後ろをな……。……見間違いか……。……ふむ、錯覚だったようだ」
「? ……そうか?」
<穂群原学園・教室にて>
「あれ?」
「どうしたの? 綾子」
「いや……今、遠坂の後ろ……」
「後ろ? ……何も無いけど……」
「そうじゃなくて、何か通ったような……それも、あれは……」
「あれは?」
「いや、見間違いだよな。……うん、そうだ。ここにいらっしゃるわけないし……うん、忘れてくれ」
「?」
<酒屋・コペンハーゲンにて>
「あっれー……どこに入れたかなー……ロマネコンティ……ん? ……今の……、……?」
<柳洞寺・山門にて>
「……うむ? 今のは……。……あの英霊に、そんな趣味が……。……いや、違うか。アレは、本人ではない……ふむ。やはり、現世には摩訶不思議なことが多いな。それだけでも、私がここに居る理由となるだろう……。それにしても……」
――見かけた人間の感慨は、総じてこんなものだった。
……いや、ひとり、「人間」とは言い難い人物の感慨も交じってはいるのだが。とにもかくにも、見かけた、いや、視覚にその像が残った人間は皆、「彼女の知り合い」という共通点があった。あまりの素早さで、一般の人間の目には中々見えづらくとも、「彼女」を見たことがあれば、何となく感覚が残る、ということだろう。
――その「幽霊」は、続ける。
「……なんとも、暑き日であることよ。梅の季節には、珍しい……」
――そんな、ある、初夏の日のこと。
その子は――冬木市に、颯爽と現れたのであった。
「…………………………………!!!???」
その瞬間、セイバーを襲った感情を、一体どのように表現したらいいのだろうか。
筆舌尽くしがたい。そう言うしかない。つまり、彼女は、言い表せないほどの衝撃を受けたのだ。
何の変哲もない――いや、梅雨だというのに青空が広がっている、という意味ではおかしいと言えるが、ともかくも普通の晴れた、初夏の昼下がり。
お昼も済ませ、さて、コーヒーでも飲みに街に行こうか……その前に、洗濯物が飛ばされていないか確認を、と、障子をあけて縁側に出たセイバーの目には、とんでもない存在が映っていた。
「な……!!??」
セイバーは、口を開けて固まってしまっている。固まらざるを得ない。
当然のことだ。状況が、状況である。
しかし、頭の片隅では、辛うじて冷静さを保っている部分が、この状況を分析しようとフルで稼働している。
流石はかつて、大ブリテン島に覇を唱えた王――と、言えるだろう。しかし、それでも、驚愕していることに変わりはなかったりするのだが。
……落ち着け。まず、簡単な所から入ろう。
あれは……多分、生き物だ。なぜなら、呼吸をしている……ように見える。というか、寝ている。明らかに寝ている。まるで、縁側で日向ぼっこしている近所のノラみたいな形態で、寝ている。
それは確か。よし、あれは生き物。それは良い。が、その正体は何だ? 猫……ではない。猫科……では、あるようだ。……いや、本当にそうか? でも、確か、百科事典では猫科、と書いてあった。ネコ科、だったか。まあ、どちらでもよい。とにかく、その系統には属することに間違いない。そして、かつて、実際にこの腕で、この胸に抱いたことがある――その大きさ……少し距離はあるが、恐らく、そのサイズと大差ないはずだ。そういう意味では、……間違っていない分析だろう。
……だが、本当に?
可愛い、という意味では、あまりにも共通している。
しかし――しかし、だ。しかし、あんな可愛さ――では、無かったような気がする。小さい動物として、そして、勇猛になるであろう将来性を感じさせる、その可愛さが彼らの持つ可愛さ出会ったはずで。そして、……まるで、誰かを見ているようでは無いか……あの、顔……、いや、……人間の、顔……しかも、誰だ、どこかで見た顔……、……というか……あれは……。
結論は、出ない。
なんなんだろう、一体。
あの、縁側で日向ぼっこしている、とんでもなく愛くるしくて、とんでもなく抱きしめたくなる、あのもふもふとした感じの、柔らかそうな小さい生き物は。
……まるで、子獅子。
そして、その表情は――人間の、少女……というより、セイバーの生き写し。
そう。とある、6月の晴れた昼下がり。
その時――セイバーの目には、確かに。
ライオンとセイバーのハイブリッドみたいなのが、衛宮邸の縁側で、すやすやと眠っている光景が、映っていたのだった。
「……え、……」
そして、驚いた、と言えば、士郎もまた同じであった。
ただ、驚いて当然と言える。恐らく、凛でも桜でも大河でも、その光景を見たら絶句して立ちつくすに違いなかった。
ひとつには、眼前に展開している光景の意味が分からない、という意味で。
そして、もうひとつには――その光景が、理解不能だとか、意味不明だとか、そういう感慨を超越して――あまりにも牧歌的で、可愛らしいから、とう意味で。
「セイバー、と……、……?」
梅雨の合間に晴れ渡った空は今日も蒼さを強調しており、洗濯物を干すには絶好のお日和である。
確かに暑い。気温だけで言えば、間違いなく真夏。しかし、日陰に入れば風もある――それもまた、事実。
だからこそ、縁側、軒の影になる場所は、のんびりゆっくり昼寝をするのには最適だ。
衛宮家の、当該個所には――
「えっと、……ライ……オン……? いや……」
セイバーと、ライオンのきぐるみを着たセイバーが、仲良くすやすやと眠っていた。
その様をどのように形容しようか。その方法は無数にあるだろう。
しかし、大半の人間はこう思うはずだ。
まるで、姉妹のようだ――と。
実際、彼女たちは姉妹にしか見えない。セイバーは腕枕で、横を向いて眠っていて、きぐるみセイバーは、その柔らかそうなおなかを天に向け、頭をセイバーの腹部にあずけて午睡している。
その光景は、穏やかで、日常の一場面そのもの。なんの危機も危険も感じさせない、のどかで平和な午後の一幕。
しかしながら、ただひとつの点だけが、「非日常」。
「……誰だろう、あれ……」
千客万来の衛宮家にあっても、彼女……か、彼かは分からないが、その子が現れた記憶は士郎には全く存在しない。
その存在は何を意味するのか?
誰なんだろう、あの子は?
それを知るのは、恐らく、今この状況から判断して、一人しかいない。
しかし――起こすのは、とてもしのびない。セイバーはこの上なく幸せそうな顔をしているし、それに体を預けているその子も、すやすやとあどけない寝顔を見せてくれているのだから。
事情は聞きたい。とても聞いてみたい。だけど、起こしてはいけない。だから、ここはおとなしく、起きるのを待って――
「……ふぁ」
「……あ」
――と、士郎が内心色々考えていると、セイバーが目を覚ました。近くに居る彼の存在を感じたのか、はたまた、自然に起きたのか。どちらにせよ、士郎と視線が合ったことだけは確かである。
「おはよう、セイバー」
「……おかえりなさい、シロウ……」
寝起きの目をこすりながら、セイバーはそう呟いた。ただ、姿勢は動かさない。恐らく、セイバーにもたれかかっている「その子」を起こさないように、と、セイバーは無意識のうちに配慮しているのだろう、と士郎は考える。
……本当に、姉妹みたいだ。
さて、実際のところは、どうなんだろう?
「……で、早速なんだけど……」
「……? ……、……。……、……――あ、ああ、そうでした」
士郎は、具体的には口に出さず、視線とアイコンタクトだけで伝えてみる。セイバーの目を見て、次に「その子」に視線を落とし、再びセイバーの目を見つめる。セイバーも、それで士郎の聞かんとすることが分かったらしい。
「この子のこと、ですよね」
「うん。セイバーそっくりに見えるんだけど……」
「ふふ、私もそう思います。名前が名前ですし、ね」
「?」
笑顔を見せて、セイバーはそう言った。口調から士郎が察するに、セイバーとその子は互いに知った仲になっているらしい。もちろん、そうでもなければ、互いにこうも無防備に昼寝などするわけはないのだが。
士郎は、その続きが気になる。セイバーとうりふたつの顔をした子。きぐるみなのか、それとも――
「その子の名前は、セイバーライオンです」
「へー。……って、……セイバー、ライオン……!?」
「はい」
とても穏やかに、セイバーは、その子――セイバーライオンの……たてがみ、と言えばいいのか、そこをなでながら微笑んだ。
そして、とんでもなく直球な名前を、士郎に告げる。
「私も、聞いた時は驚きました。でも、そういう名前なんだ、と」
「そ、そっか……」
士郎は、その子――セイバーライオンの寝顔に、視線を移す。
……見れば見るほど、セイバーに生き写し、という印象が強くなる。穏やかで、普段の凛々しさはどこへ行ったのだろう、と思わせる、そんな寝顔。それは、彼が、いつも間近で見ているセイバーの寝顔に、とてもよく似ていた。
しかし、ここまで似ているとなると、もう「他人」という評価は通用しなくなるだろう。アンテナのような毛の角度まで同じなのだから、無関係である確率は恐らく、天文学的に低いはずだった。
「で、セイバーライオンは……」
「……がお……」
ならば、と、士郎がセイバーライオンの由来をセイバーに聞こうとした、その時だった。
セイバーと瓜二つの寝顔がゆっくりと動き、その瞼が開かれる。
そして、セイバーと瓜二つの寝起き顔が士郎の方を向き、彼と彼女の視線が、ばっちりと合った。
「……がお?」
「……お、おはよう……で、いいのかな」
「がお……、……!」
驚いたような、そんな表情に見える。セイバーの顔にそっくりだから、そういうこともよく分かるのだろう、と士郎は考えた。
そして、そのまま飛び起きると――
「あ、セイバーライオン!」
「わ、わ」
「がおがおー!」
――彼女は、そのまま士郎に飛びついていった。中々のタックルで、イリヤの悪戯を思わせる勢いがある。士郎はそれをしっかり受け止めたが、その反動でしりもちをつく羽目になってしまった。
「がお、がお!」
「え、えっと……」
「ふふ。おかえりなさい、だそうですよ」
「分かるのか? セイバー」
「ええ、何故か……」
「がお、がおー」
「シロウにも、そのうち分かるようになる、らしいです」
「……そ、そんなものかな?」
「ふふ。シロウの帰りを待ち望んでいましたからね。よく懐いています」
「そ、そっか」
確かに、セイバーライオンは笑顔そのものだった。……間近で見ると、その可愛さが更によく分かる。もふもふ、とした毛皮は、どうやらきぐるみの類では一切ないらしく、本当にネコの毛並みに触れているかのよう。更に、なんとなく柔らかいので、こうして抱きついて来られるととても心地よかった。
……つい、頭をなでたくなるような。
「……よしよし」
「がお♪」
一層嬉しそうな顔をするセイバーライオン。なでなでしている部分、毛ざわりが気持ちよくて、なでている士郎までも幸せになってくる。
どこまでも不思議だった。自分に懐いている……というところからも、尚更セイバーと他人とは思えない。それでいて、はっきり違う存在。セイバーライオンは魅力に溢れ、そして野性味にも溢れている。存在自体が不思議な彼女――ただ、それでも、可愛いという事実だけは、目の前に確かに存在している。
……だからこそ、余計に気になるではないか。
「……で、この子は、一体……?」
「それが、私にもよく……。彼女自身、良く分からないらしいのです」
「そっか……」
「がお」
セイバーライオンが、うなずいて返す。その瞳に、嘘まやかしは存在しない。セイバーの瞳を間近に見てきた自分だからこそ読み取れるものがある。セイバーが嘘をつかないのと同じように、彼女もまた、嘘をつかない純真な性格なのだろう。
……しかし。彼女の素性が分からないから、一体なんだと言うのだろう?
ここまで似ているのだ。セイバーと無関係ということはありえない。
そして、どんな奇妙な縁からか、今彼女はここにいる。
「ん。じゃ、セイバーライオン、しばらくここに居るか?」
「!」
その問いかけが、彼女には嬉しかったに違いない。少しびっくりしたような表情を浮かべて――
「がおがおっ!」
すぐに、満面の笑みを浮かべ、再び士郎に抱きついてくる。
理由など、特に考える必要もないだろう。
来る者拒まず。それが衛宮家流。セイバーライオンはセイバーを好いているように見えるし、どうやら士郎にも懐いてくれている。ならば、ここに居ればいいじゃないか――それが、士郎の結論だった。
こうして。ある晴れた梅雨の午後、衛宮家に奇妙な居候が誕生したのである。
名を、セイバーライオン。 正体不明ながら、ただただモフモフしていて可愛らしい、妖精のような女の子、である。
「……セイバー……」
「……ライオン……」
「……ですって……?!」
その光景も当然、士郎には予想できていた。三人三様、驚きの表情。凛、桜、イリヤはそれぞれ呟きを発し、その驚くべき来訪者への感慨を表していた。
「ちょ、ちょっと待って……整理してくるから」
「すごい……もふもふして……やわらかい……」
「面白いわね、貴女……」
その後の反応もまた三者三様で、傍から見ている士郎は苦笑を禁じえない。理論的におかしい、と頭を悩ませる凛、直感的に確かめようとする桜、彼女そのものに興味を持つイリヤ。性格が出ている、としか言いようがない。 ちなみに大河は「知らない顔、というわけじゃないのかも……?」と、妙なことを口走っていた。既に、イリヤが然るべき魔術を施し、違和感を取り除くようにはからってくれていたらしい。ただ、大河の呟きの真意については、士郎もイリヤも首を傾げるしかなかった。
「あはははは! こーら! そっちがその気ならこっちも本気出すわよー!」
「がおがおーん!」
そして、現在。夕食前のひと時、イリヤとセイバーライオンは、プロレスごっこに興じていた。その馴染みぶりは、半端ではない。セイバーとイリヤ、セイバーとセイバーライオンにも言えることだが、イリヤとセイバーライオンも、まるで「姉妹」ということに変わりはなかった。
……余談だが、毎度のことながら、士郎としては、家財道具が無事であることを願うしかない。と言うよりも、壊されたらイリヤ自身で直してもらう他ない。
ちなみに、イリヤと凛は、それぞれ独自にセイバーライオンに対する分析を伝えてくれた。
凛いわく、「使い魔の類ではない」。
イリヤいわく、「ホムンクルスの類でもない」。
あと、知性は人間並みであり、一般の動物とは一線を画するレベルである、ということ。イリヤは「火星猫みたいなものかしら……」と呟いて士郎を混乱に陥れたが、彼女に悪意は全く存在せず、最近読んだ漫画に影響されていただけである。
結果、セイバーライオンが何者であるのか、更に混迷深まる結果となったわけだが――ただ、今の士郎には、それもさしたる問題には思えなかった。
それほどに、セイバーライオンは衛宮邸に溶け込んでいるのだ。長年の知己のごとく馴染んでいる姿には、微笑を浮かべざるを得ない。衛宮家に、また新たな明かりが加わった、と言っていいだろう。
「ん……いい出汁、出てるな……」
「先輩、お醤油切れそうです。スペア、ありますか?」
「あ、醤油はそっちの棚。また買い置きしとかなきゃなー」
今日は、普段より少し食卓が豪華になる。何処からか、は分からないが、折角セイバーライオンが来てくれたのである。士郎は腕によりをかけ、彼女の歓迎会代わりにするつもりであった。
何が食べたいか、は、聞きとり済みだ。しばし考えた末、セイバーライオンは「がお!」と答えてくれた。セイバーによると「肉!」とのことである。更に、鶏肉が御所望、ということだったので、今日は鶏もも肉を中心にしたメニューを考案していた。
既に、食後の甘味は準備済み。炊飯器には炊き込みご飯が、あと十数分で炊きあがるところまで来ており、味噌汁の出汁も上手く取れていた。後は、桜が担当するメインディッシュと、副菜をいくつか。和のテイストが強い食卓になるが、さて、セイバーライオンの口に合うだろうか……と、士郎はふと考える。一応、セイバーには聞いてもらっているし、「がおがお!(大丈夫!)」との回答も貰っているが、それでも緊張はする。はじめて料理を出される人(?)からすれば、批判はしにくいものなのだ。よって、あまり口に合わずとも、無理をして「おいしい」と言われる結果になる。
それは、作った側にとっても、提供された側にとっても幸せなこととは言い難い。だからこそ、腕によりをかけて。己の経験値を目の前の素材に注ぎ込み、彼女に喜んでもらえるよう、最大限の努力を傾けた。
「がお……」
「あら? セイバーライオン、もうリタイアかしら?」
「がおぉ……」
「どうやら、お腹がすいたようですね」
ふと、今から聞こえていたプロレス特有のドタバタ音が途切れ、そんな会話が士郎の耳に届いた。士郎が身を乗り出して居間の方をうかがうと――
「……お腹、すいてるんだな……」
「そうみたいですね」
何となく、士郎には分かる。それは、桜も同じだったらしい。恐らく――それは、セイバーライオンがセイバーに生き写しだからだろう。セイバーの空腹は、士郎、そして桜には察することが出来る。付き合いの長さ、深さが、それを可能にしてくれる。 無論、セイバーは、そんなに露骨に態度に表したりはしない。しかし、少し、あのアンテナみたいな毛が下がっていたり、ちら、と台所を確認してみたり、と、兆候を探そうと思えばいくらでも可能である。セイバーライオンにも、同じことが言えた。特に、アンテナのへばり具合は、セイバーと全く変わらない。
「がお……、……!」
そして。折しも、炊きあがり寸前の炊き込みご飯が、桜が調理する鶏肉が、士郎が監督する味噌汁が、それぞれ香ばしさを居間に提供する。その匂いに反応したのか、セイバーライオンの鼻が少し動き、彼女はその愛らしい表情を、台所の方向に向けた。
「もうすぐだからなー。ちょっと我慢してろよ」
「がおがお!」
パァ、と、セイバーライオンの顔が輝き、 再び元気を取り戻したセイバーライオンは、今度はセイバーの方に向かい、その膝にちょこん、と座る。セイバーはにこやかに迎え、何やら話をしてみたり。
姉妹のような睦まじさに、居間の、台所の空気が和む。彼女の登場がもたらしたのは、賑やかさだけではないようだった。
「……よし、もうちょい」
「はい。しっかり仕上げ、しちゃいましょう」
さて。セイバーライオンは、腕によりをかけた和食をどう感じてくれるのだろうか。夕飯時、彼女が浮かべる表情を楽しみにしながら、士郎は再びコンロへと向き直った。
「出来たぞー」
「……がお!」
数分後、料理が完成する。和のテイスト、出汁を利かせ、味わい深い炊き込みご飯、揚げだし豆腐、きんぴらごぼうに胡麻ドレッシングの和風サラダを小鉢で提供。味噌汁は豆腐、ワカメ、油揚げを用いたオーソドックスなものだが、それは一方で「最も親しみやすい」という特徴にもなる。更に、ワイルドそうな印象を与える風貌のセイバーライオン・リクエストに応え、鶏肉をたっぷり竜田揚げにし、中央に大皿でドーンと盛り付けた。
「……が、がお……、がお……!」
配膳が進むにつれ、セイバーライオンの瞳が輝きを増す。セイバーの隣に陣取った彼女の心は、既に「家庭の味」へと飛んでしまっているかのようだった。ちなみに、セイバーライオンは、セイバーの隣に姉妹宜しく正座している。
「よいしょ、と」
最後に士郎と桜が食卓につき、一堂勢ぞろいする。
「それじゃ……」
「いただきます」
「がお!」
セイバーライオンも含め、皆が士郎の音頭で手を合わせ、夕食が開始される。士郎にとっては、普段着の料理ながら、セイバーライオンに喜んでもらおう、と丹精込めて作った品々である。当然、気になるのは彼女の反応だ。
「……」
セイバーライオンは、慣れた手つきで箸を取り、茶碗を持ち上げ、まずは炊き込みご飯から攻めることにしたようだ。
上手に一口分を箸に取り、彼女は炊き込みご飯を口へと運ぶ。
ぱくり。
「――、――」
ゆっくりと、素材の味までも確認するかのように。目を閉じたセイバーライオンは、もぐもぐ、と、炊き込みご飯を咀嚼する。
気付けば、「いただきます」の合図があったというのに、家人全員がセイバーライオンに注目していた。
「……がお」
――そして。
再び開かれたセイバーライオンの瞳からは、感動の色彩が滲み出ていた。
「がお! がお、がお!」
「美味しい! ……素材の味、出汁のしみこみ具合……絶妙に切りそろえられた具の大きさ、お米の炊き具合、それらが混然一体となって宇宙を構成している……だ、そうですよ、シロウ」
横のセイバーが、セイバーライオンの言葉を解説してくれる。
「そっか。気にってくれれば嬉しいよ」
「がお!」
にっこりとほほ笑み、セイバーライオンは返答に代える。 今度は、通訳を必要とするまでもない。「美味しい」と、「嬉しい」が、表情から士郎に伝わってくる。
「がおー!」
セイバーライオンは続けて、おかずに箸を伸ばす。家人も皆、笑顔で、楽しい夕食が始まった。
何処から来たのか、何者なのか。
そんなことは、本当に些細なことなのだ。
そこに居るだけで、皆の幸せになってくれる。
セイバーライオンの笑顔は、そんな輝きで満ち溢れていた。
つづく
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