「条件は以上。どうだ?」
「んむ。……まどろっこしいね、アンタも。皆そんなに気にしないと思うんだけどな」


 昼休み。冬は吹きさらしを敬遠して閑古鳥が鳴く屋上も、夏を迎えれば昼食をとる生徒の姿がそこかしこにある。中でも直射日光を避ける校舎影は人気スポットで、大抵は3年の実力者がそこを占めることになっていた。

 本日は衛宮士郎、美綴綾子がその占有者。方や「永遠の生徒会長アウグストゥス」柳洞一成の懐刀にして、各部署への献身的サポートから「穂群原のリペアキット」たる異名を持つ衛宮士郎。もう一方は前弓道部長・武芸十八般、恐らくは剣道部員にしても柔道部員にしても全国は堅いだろうと噂される女丈夫「冬木の今武蔵」こと美綴綾子。二人とも学内では、その場所を占めるに十分な名声を得ているのだった。


「いや、それはないだろ。2年も留守にしてるんだからな」
「んー……ま、いっか」


 さしてそこには拘らず、あっさりと綾子は首を縦に振る。先ずは道場の敷居をくぐらせるのが先。その後はそれから考えれば十分だし、何より、今この瞬間を楽しまないのはつまらない。

 何せ、こんな状況は珍しいもいい所。大抵は一成と、あるいは複数の友人に囲まれつつ、時に凛と同じ場所で昼食をとるのが彼の日常だ。なんだあれーあんなカップリングきーてないよー、とか、渦巻く感情は綾子の一睨みが鎮圧する。恐らく、穂群原で逆らってはいけない人物3本指に入るであろう彼女は、既に下級生の間でも伝説となりつつあるのだ。





 ただし。その胸中がどんな色彩かは、当の本人ですら気付かない。











「相変わらず豪勢だね。今日は衛宮製?」
「そうだな。まあ、昨日の余りだって多いけど」
「あ、やっぱり。遠坂のに似てたからそう思ったんだよね」
「……あの馬鹿……」

 失敬、とひとつ、綾子はタコウィンナーを口へ。友人らに突っつかれるのは日常茶飯事なので、士郎も全く文句は言わない。それを計算しての多目なので、当然といえば当然のこと。

 とはいえ。

「旨そうだね、それ」
「これもいーかな?」

 綾子は市販の簡単なランチパックと有名珈琲店のラテしか持参していない。端からつまみ食いを予定したとしか思えない連続攻撃に、彼も苦笑を禁じえなかった。

(しかし、まあ)

 卵焼きを頬張りつつ、綾子はふと思案する。そういえば、こんな風に弁当に嘴を入れるのも、考えてみれば弓道部以来。口に運ぶ品物の味付け、そして絶妙な栄養バランス、大河や友達連中に振舞っても尚十分な量。初めて相伴に預った時は戦慄したものだった。

「主夫だね、相変わらず」
「どーいたしまして」
「いや、前より味が上がってる。完璧だったのをイデアに昇華した感じ」
「……イマイチ、よく分からんのだが」

 素直に口にした感想は、そんな所だった。多分――――と彼女は思う。相手がいるから、彼の腕もあがるのだ。それくらい食べさせて喜ばせてあげたいような仕草をする女性を、綾子は一人知っている。









 さて。
 もし自分がその――――――









「――――いや、なんでもないぞ」
「……何がさ」


 何を考えているのか、自分自身で理解が及ばなかった。綾子は士郎に何かを言われる前に、自分に向けて言葉を発する。だって仕方ない、そんなことは、私は、

「なんでもないんだからな!」
「だから、何がだ!?」

 素っ頓狂なことを言っているおかげで、彼女の頬が赤く染まっていることは誤魔化せている。その事実は綾子自身も気付いていない、混乱から出た状況証拠。岡目八目に一目瞭然なそれだって、当の本人は見落とすコトがあるものだ。

 むしろ、周りが注視する。美人誘蛾灯・衛宮先輩がまた……!とか、あの女武蔵が赤くなってるよ……マジかこれは、スクープ!?とか、一成先輩の立場は……?とか。この場に「歩く週刊誌」後藤という彼らの親友が居なかったことを、二人は天に感謝すべきかもしれない。もっとも、高度情報化社会である。醸成された噂が、恐らく翌朝には校内を駆け巡るものなのだが。

(うああ、何だよそれ……)

 危うく見えかけた心の中身。それがどれだけ自分を焦らせるか知っているからこそ、余計に狼狽が顔に出る。そんな顔を手で覆ったり、目を瞬かせたりと、彼女の動きが忙しい。

 勿論。気付いた時、心に抱く衝撃を和らげようとする、当然の反応なのかもしれないが。

「―――――……………」
「……………―――――」

 流れる沈黙が気まずい。方や内心の葛藤に、方や突然の錯乱に。暑さとは違う所に起因する汗を綾子が、ひたすらに疑問符を士郎が、それぞれ表情に浮かべている。

 いや勿体無い。折角こんな珍しい時間を得たというのに、何やってんだアタシ。だからそう、落ち着け綾子、初心に帰れ。その時間、お前はどう考えた? 貴重なんだから楽しもう、と、そう決めたんなら…………









 そう決めた理由は、なんだったんだろう。









(…………………!!!!!)

 烈しい警鐘が胸を焦がす。アツい。きっと夏の所為だけじゃない。だってここは日陰だし風通しもいい。だからこれは、自分の体から出る熱のはずで……

「っておい、美綴! 大丈夫か?」
「あああ、アタシがどうした?!」
「顔赤いぞ……って、風邪か? 熱も少し」
「だから、何でもないって言ってるだろ!」
「ぐはぁッ!?」

 とりあえず、熱を逃がそう。綾子が出した結論は、そんな所だった。拳に移した熱源は、わざわざ心配して彼女の額に手を伸ばし掛けていた士郎の鳩尾にクリーンヒット。如何に鍛えているとはいえ、綾子ほどの手練に不意打ち、では彼も回避は不可能だった。

 オイ、痴情が縺れた!カメラカメラ!とかいう声を、綾子は心の一法もかくやと言わんばかり、言論の自由に挑戦するような睥睨で再封殺。外敵を排除した後、何秒かは落ちているであろう士郎を他所に、深呼吸をいくつか。そして奪い取った弁当を一心に頬張りつつ、気を落ち着けようと善処する。

 危ないところだった。きっと、そんなこと・・・・・、今更遅いんだから考えてはいけないのだ、と。
 ちっとも収まらない鼓動を聞きながら。綾子は自分自身という、もっとも厄介な相手を必死に説得しようと試みていた。





 勿論のこと、貴重な昼休みを楽しむなんて気分が吹っ飛んだことは、言うまでも無い。



















「衛宮先輩、やっと復帰してくれるんですよね。楽しみだなあ」



 HRが終わった直後、更衣室。弓道部の2大重鎮、綾子と桜は、共通の知人について会話を交わしていた。

 そこは生徒が義務から解放され、自由になるスイッチが入る空間と言ってもいい。自然、空気もリラックスすれば、本音も出やすい場所となる。自らの兄によって放逐されたも同然な彼の復帰は、桜にとって喜ばしいニュースに違いなく、今年になって明るくなり始めた表情は、更に輝きを増している。
 方や、綾子は複雑な表情だ。彼女からすれば、桜と同等、あるいはそれ以上に位置づけられていた宿願が、今叶おうとしている。だというのに、そんな顔を彼女にさせているもの。その正体を看破できぬからこそ、冬木一の女丈夫は悩んでいた。

「間桐は、やっぱ嬉しい、んだよな」
「……ええ、それはもう」

 聞くまでも無い。表情から分かりきったことを彼女が尋ねたのも、煩悶がなせる業だった。普段の彼女とは明らかに違う言動なのだが、綾子はあくまで表情には出さない。それも修練の賜物なのか、ともかくも桜が綾子の懊悩に気付く心配は、

「先輩も嬉しいですよね! あれだけいつも言ってらっしゃったんですから。勝ち逃げは許さない……って」
「え!? あ、ああそう、そだな」
「?」

 ……しなければなさそうだった。外面の完璧さがこうも脆いものだとは、綾子自身考えてもいなかったに違いない。考えは纏まらず。純粋に喜べている後輩が、今は羨ましい。
 答えが見つからない、というのは中々苦しいものである。弓を射始めて2年と半分、その本旨とするところ、どうやら漸く見えてきたという自負があった。しかし、それすら今は怪しい。自らの中でもそこまで五里霧中。明らかに、それが修行不足であることを彼女は認めざるを得なかった。
 だが、認めたところで白紙の答案が埋まるわけではない。勿論のこと、部分点だって期待できない。そんなに難問にも見えないのに、どこか、――――意識の底で抗っているモノに、矢張り彼女は気づかない。

 手がかりだけでも探そうと、そう思ったのか。綾子は丁度袴を調えている後輩に、

「なあ。間桐」
「はい、なんでしょうか」

 綾子自身、手が止まっている。衣服の乱れは心の乱れ、と言うならば、彼女の現状はそんな感じだ。礼式を重んじる道である弓取りに於いて、綾子はいつも形から入ることを心がけていた。道着をしっかりと着込むこともその一環。だがしかし、綾子は袴を着けることも無く、ロッカーの扉に付いた小さな鏡に視線を向けたまま。

「お前にとって、衛宮ってどんな奴?」

 そんな質問をした。愚かしいな、と直後に思い返す。誰しも、人を測る物差しを自分の中に持っている。人の評価など最たるもの。万物の尺度とは、まあ巧く言ったものだろう。

「え――先輩、ですか」

 釈然としない自分の内面が腹立たしい。明朗快濶に生きてきた彼女にとって、そんなことは今まで考えもしなかった事態である。幸い、ロッカーの扉が陰になって、自分自身でさえ初めて見る表情は、桜には知られることがなかった。

「……そ、そうですね、あの……や、優しくて、やっぱりとってもいい人です……ね。だから、頼りになる……そう! と、とっても頼りになる先輩ですよ!」

 ――――要約すると、好きだということになるのだろう。顔を見るまでもないし、今まで付き合ってきて分かりきったことである。

「そっか。いい後輩だな、間桐は」
「あ、……そ、そうですか? その……後輩、……でも、ええ、今はいいですね。近くに居られるんですから……」

 士郎にとってのそれ以上になりたい、と思っていることが窺える。士郎にはセイバーが居るのに、それでも尚諦めない彼女の強さは本物だ。桜の内面を覗けば常に在る、意思の強固さ。それに比べれば、今の自分は……

「でも、ビックリしました。どうしたんですか、急に……」
「いや、なんでもない。ただ聞いてみたかっただけ、さ」
「そうなんですか? んー、そうですね。――じゃあ、私からも質問です」











「美綴先輩にとっての衛宮先輩は、どんな人なんですか?」











 …………即答するコトが、出来なかった。

 考えたことも……多分、無い。

 そうか。そんなコト、当たり前すぎて言って貰うまで気付けなかった。

 綾子の中に、その問に対する回答が、無い。





 何なのだろうか。

 衛宮は、アタシにとっての、何なんだろう?















 そして、ほぼ同時刻。


「もしもし」
「あ、セイバー?」
「シロウ? 学校はもう終わったのですか?」

 衛宮士郎という人は今時珍しく、鞄の中に携帯を忍ばせることもしない少年だった。彼はまだ度数の半分ほど残ったテレフォンカードを手に、学園より少しはなれた電話ボックスに向かい、家に連絡を入れる。  普段なら、アルバイトで遅くなるような時にしか電話は入れない。セイバーの反応もそんな所から来ているのだが、彼にはどうしても伝えたいことがあった。

「ああ、授業は終わった。今から、部活があるんだけど」
「ええ、承知しています」
「ん。で、その後にやりたいこともあるから、多分ちょっと遅くなる。桜が先に帰ると思うから、夕飯手伝ってやって欲しい」
「わかりました」

 受話器越し、柔和なセイバーの微笑が見える。声を聞いているだけなのに、こんなにも安心する。それだけ、この二人の間には確かな絆が存在していた。

 だからこそセイバーは、士郎の背中を押したのだろう。それは、彼にも十分すぎるほどわかっていた。一人では考えもしなかった時間を、今自分が迎えようとしている。

「任せてください。シロウと特訓した成果、存分に披露して見せます」
「お、頼もしいな。よろしく頼む」
「はい。大船に乗った気分でどうぞ」

 えっへん、と、今度は胸を張る彼女が声から伝わる。折にふれ士郎と台所に立ち、彼女も彼女なりに、少しずつ良人の業を盗もうと苦心しているのだ。今では家事手伝いならば、桜の足を引っ張らないくらいには十分可能だろう。





 しばらくは、他愛ない言葉を交わす。何でもない一日でも、セイバーに話していると、意外に色々な出来事で彩られていることに気づかされることは多い。


 最後。受話器を置く前に、士郎はセイバーに向け、この電話の目的を果たすべく、一言だけ伝えた。


「――――ありがとう、セイバー」
「礼には及びません。御武運をお祈りしています」


 受話器を戻し、電子音と共にカードを受け取る。時間にすれば数分ほど。それだけで良い。また後で――――今日のことは、ゆっくり報告したらいいだろう。




 公衆電話を後に、学園へと戻る。――――さて。先ずは、新顔ばかりの道場に慣れなくてはいけないだろう。

















「はい、今日は皆にお知らせがありまーす。集合ー!」


 全生徒の学習拘束時限が終了し、半時間ほど経った弓道場。めいめい練習の準備に取り掛かっていた部員たちの耳に、顧問タイガーのアナウンスが響き渡る。
 何てったって、そんな上機嫌虎を見るのはそうそうあることでは無い。虎が虎たる所以の一翼はその凶暴さが担保しているのだ。いつ暴発するか不明な火薬庫的緊張感、大河の言動は常にそんな色彩に彩られている。それゆえに、じゃれた猫みたいな叫び声は彼らの理解を超え、一体何事という空気を醸成する。

 (外見上)平然としているのは綾子くらいのものだろう。現部長「弓腰姫」間桐桜も、表情を名前に相応しい花の様に輝かせている点で、既に平静を遠く離れている。因みに約一名ではあるが、困惑と共に物凄く厭そうな表情を露骨に表している前部長の弟も居る。

 集合した全員の視線は、大河の隣に居る人物に注がれた。人間、第一印象はそれなりに大切である。彼もそれを承知しているのか、一応は有名人であることのプライドか。ビシッと着こなしている弓道着も相まって、普段より三倍増しで凛々しい感じの士郎である。

「はい、今日からコーチ格として部に参加してもらう3年の衛宮君です。インハイも近いんで、指導体制の強化を図ることにしました。それでは、自己紹介どーぞ!」
「どうも。ご紹介に与りました3年の衛宮士郎です。役に立てるかは分かりませんが、宜しくお願いします」

 言い終わり、一礼。彼の射は既に弓道部の伝説と化していたこともあり、どこからともなく起こった拍手も大きいものとなった。あの衛宮先輩がコーチ? インハイ用選手補強じゃなくて? やべ、これって弓道部ハレム化計画?! また間桐部長の目がアイツに行くよ……いっそ逝(ry など、拍手に籠められた感情の渦巻きも同時発生。そんな状況に、士郎は苦笑いするしかない。とはいえ、一人を除いては露骨に嫌がられた訳でも無さそうなあたり、彼の心配第一段階は杞憂に終わったと言えそうだった。

「はい、連絡事項これまで! 各自作業に戻るように。気入れて射しないと今日からは怖いわよー。先生も厳しく行くからね!」

 朝の校庭で野球部に施したスパルタンを知っている者はその一言で戦慄。藤村大河の「厳しい」は、はったりでも何でもない上、彼女基準で「厳しい」ので一般生徒にとっては死活問題だったりする。自らの準備に散った生徒からは早くも、士郎に緩衝材としての役割を期待し始めたようだった。









 基礎の形を確認するもの、射の実践に入るもの。そんな光景はいつもとあまり変わらないが、空気はどこか張り詰めている。大河が竹刀の素振りに余念が無く、低く唸る風切音が部員に緊張を生んでいることも一因。だが最大の要因は、彼らを後ろから観察している、一人の少年であることに疑いは無い。

 指導員待遇とはいえ、彼はすぐに指導することには移らない。そもそも、コーチと言ってもどういうことをやればいいのか、彼に確固たるノウハウがある訳ではない。現役引退後即2軍コーチになったような感覚の彼は、取り敢えず個々の力量を見極めることから始めることにしていた。

 というのも、それだけは彼にも多少の経験があるからだった。何せ、天下無敵のスパルタコーチから厭と言うほど叩き込まれた上、自ら生死を賭して――――どころか、何度か三途の川まで見て実戦を積んだ術である。残念ながら彼の無鉄砲振りを改善するには到っていないセイバーの教えだが、他人の力量を見極めることにかけては、士郎は確かな成長を見せていた。

「―――――」

 射場の後ろで仁王立ち。意識しているのかいないのか、そんな彼の視線には中々に迫力があるように感じられる。士郎の更に後ろ、弓道部特設応接間的スペースで現部長と今後の方策について意見を交わしていた綾子は、案外絵になっているそんな姿に内心驚いていた。

「―――ですので、今後は実戦風の練習をメインに……って、美綴先輩?」
「あ、なんだっけ。すまん、聞いてなかった」
「もう……。先輩が帰ってきてくれて嬉しいのは分かりますけど」

 言っている桜からして嬉しさを隠せず、偶に士郎の方を向いてはにやける顔を無理に修正しているのであるが。そう言われては綾子にしても反論の仕様が無い。

 しかし、彼女が士郎を見て思うことはそれだけではないのだ。確かに、2年越しの宿願は叶った。立場はどうあれ実際彼は今道着を着、板敷きに立っている。それが嬉しくないかと言われればもちろん全力で否定しよう。
 だが、違う。何かこう。拭い去れない違和感……とも違う何か。さっきまで思い煩っていたことともどうやら無縁らしく、何がそうなのかは綾子も掴みかねている。

 ともあれ。目の前の後輩が一生懸命立てたプランを無碍にすることも、今は出来ない。

「実戦な。ま、漸く指導部にも人材が来たし、強化練習でも入れるか」
「はい。それじゃ、藤村先生にも……って、あれ?」

 卓上に置かれた計画書類から桜が目を上げると、大河の姿が無い。そういえば、2分ほど前から動物的な気が感じられなかったような、と、綾子も自信の記憶を辿る。恐らくは野球部の尻でも叩きにいったのだろう。士郎の存在が、彼女のフットワークをいつもより軽くしているようだった。

「……ま、あの方は野生のヒトだからな」
「……ネコみたいに気まぐれですけどね。戻ってきてくれるかな……?」

 とはいえ、モノは考えようである。サボりとあれば綾子にすら容赦なくビシっと指摘してくることも、大河には珍しくない。虎の居ぬ間に何とやら、である。

(もうちと、観察してみよっか)

 綾子はそう決めて、堂々ちゃぶ台上に鎮座している薬缶から、自分のコップにお茶を補給。大概の部員は、目線を的なり弓具などに向けているわけで、丁度士郎を部員とサンドイッチにするようなこの位置は、観測に丁度良い塩梅だ。

 ちら、と正面を向くと、桜も同じことを考えているらしい。ほんのり頬染めて後姿を見つめる様は、誰が見ても――そう、恐らくは綾子の弟君が見ても、その想いのベクトルが良く分かる外見だ。

(はは……いいね、間桐は)

 微苦笑しつつ、アタシはそんな柄じゃないからな、と。
 それがいいわけじみて聞こえるのは、さて一体どうしたことだろうか。







 因みに。
 背後から士郎。そして、更に背後から女丈夫二人の熱視線。
 様々な想いが籠もった二重の重圧。それを背後に感じた一般部員達の心労は、普段の倍以上に跳ね上がったという。



 ……to be continued.




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