そこらのおばちゃんに言わせれば「まー、お人形さんみたいな子やねー」と言われるかも知れない。それくらい愛らしく、そして凛々しいのが目の前にいる少女である。

 そして同時に、百戦で鍛え上げた鋼の精神、神の技量をも併せ持つ。体躯は多少小さくとも、彼女は十分すぎるほど「獅子」であった。

 そこに、最強の鎧が今加わる。――――そう。対衛宮士郎@道場という局面に於いて、これ以上効力を発揮する装備が他にあるのか、その辺り今度じっくりと彼は考えてみるつもりであった。

 何故なら、それは今することではないからだ。目の前の少女……もとい、鬼教官。寸毫でも隙を見せようものなら容赦なくぶち込みに来るこの王様は、中途半端な気持ちで剣を握っていたら速攻で叩きなおしにかかるのだ。ある程度の上達を見せたとはいえ、根っからの一市民でる衛宮士郎がそれに対抗するには、余程の胆力、集中力が必要なのだ……


 ……が、しかし。
 そんなの、無理だろ、と。彼は、そこだけは明鏡止水の境地で悟っていたりするのだった。


「シロウ! どうにも気が入っていないようですが!」

 ビシ! と、竹刀を撓らせて仰るセイバー。屹、と立つその姿が、士郎には普段より数倍カッコよく映る……主に、剣道着の効力だ。

「わ、悪い……」
「実戦にあって、“悪い”では通用しません。今一度、叩きなおして差し上げましょう」

 だが、口が裂けても「その剣道着が眩しくて」などとは言えない。何より恥ずかしい。この辺りはそっと胸にしまうのだ、と、士郎はとうに腹を決めていた。
 そして、その代償がこのスパルタ的剣戟である。再び突撃を開始したセイバー、容赦ないレベルがまた一段増している。

「っ痛……!」

 セイバーの竹刀は肩口を掠め、よろけた士郎の間合いに入り込んだ彼女の当身が、再び彼を自らの間合いへと引き戻す。余談だが、既に褥を共にするようになって久しい仲、練習中の身体的接触による動揺は、既にセイバーによって征服されていた。
 押しに押されつつ、彼は内心ガックリする。どう考えてもリーチは士郎に分があるというのに、この様。……いつか一人前に、と、彼がこっそり秘めた想いはいつだってこうやって鍛えられるのだ―――――その、折れそうになっては復活する、まるでサ○ヤ人のような強靭さで。

 しかし。相反して、肉体はそこまで頑強には出来ていない。

「やぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……が…………ッ」

 気合一閃。見事に胴をすっぱ抜かれ、どうやったら竹刀でこうなるのか、という勢いで士郎が壁に打ち付けられた。ドサ、と、板張りに斃れ込んだ様子は、どうやらここで一拍入れないと彼が保たない、ということを如実にあらわしている。その辺りの線引きもまた、セイバーの業は達人クラスだった。

 ぽん、と竹刀を肩に乗せ、セイバーは呆れたような声を出す。

「……シロウ」
「……は……ぃ……なん、で、……しょう……?」
「何でしょう、ではありません。余所見ばかりでは修行にならない」
「……余所見って……ちゃんと、……ふぅ……、見てた、つもり、だけど」
「目はこちらでしたが、まるで見えていなかったではありませんか!」

 ビシ! と鋭い指摘のセイバーさん。だが、鈍いのだ。その原因がどこにあるか、その考察については、彼女に「自分」が欠落していると言って良い。
 非難囂々雨霰。セイバーは元・王様であり、そうでなくても根っからの騎士である為、こういう時の説教には定評がある。そしてそれが一々素晴らしいまでにど真ん中ストライクのため、それを聞いている側も結局は反論を封じられてしまったりするのだ。
 そんな中、ふと。セイバーの口から、ある単語が漏れた。

「全く……。では聞きますが、シロウは、弓を引く時に集中しない、ということがありますか?」
「え……弓……?」
「そうです。桜や綾子、大河からも聞いています。シロウの射はそれはもう見事で、凛々しくて……」
「せ、セイバー……?」
「コホン……そして、百発百中を地で行っていた、と言うではありませんか。其れほどの名手ならば、弓を引く時に集中しない、ということは無いはずです」

 成程、確かに、と士郎は頷いた。それがあまりにも自然な為に意識することすらなかったが、どちらか、と問われれば、その一瞬は当に「集中している」と言っていいだろう。
 セイバーはつまり、そこで出来ることなら剣を握っても出来るはず、と説いているのだ。……いや、どうだろう。果たしてセイバーが道着で横に居て、平静を保てるのか……と、士郎はこっそり自問する。
 その間にも、師範・セイバーの説教は続いていた。しかし、彼女自身が混ぜた弓の話がそうさせたのか――――話は、少し別の方向に逸れ始めている。

「そんな話を聞いて、いつかシロウの射を見てみたい、とも思ったものです。達人の武は何時見ても参考になる。ええ。決してシロウの立ち居振る舞いを見て居たい、というだけではないのですよ? 機会があれば、私とて“弓道”の真髄に迫ってみたいとも……」

 厳しい表情は少し和らぎ、何時しかセイバーはどこか、想像に耽る様に語っていた。とはいえ、要約すれば「シロウの射が見たい」ということになるのは、士郎とセイバー以外なら誰だって気付いていただろう。

 ただ、朴念仁度では定評のある衛宮士郎。セイバーの言葉を聞いてそこには到らず……しかし、遠からぬところに、ふと気付いていた。


(そっか。そういえば俺、ちゃんとセイバーに見てもらったことって……)


 弓を引き、的に当てる。そんな彼の姿は、未だ彼女が見たことのないもの。いつか、森の中で使ったことはあるが、セイバーはその時バーサーカーと相対するので精一杯だったわけだし―――――


「……まあ、いいでしょう。一つ休憩にしましょう」

 と、士郎がそんな考えに到った辺りで、セイバーの説教タイムも無事終了したらしい。退き勢に付け込むのは兵家の常道だ。士郎は、まだセイバーの頭に血が上ったままなのをを冷静に看破する。そしてタイミングを見計らい、上がりに上がったセイバーのボルテージを下げに掛かる。当に絶妙の刹那。長年より沿った夫婦並の機微が、そこには在る。

「……あ、それなら、お茶でも、持ってこようか」
「そういうのを無茶、というのです。私が持ってきますから、シロウはもう一度集中力を高めることを考えてください」
「……はい」

 士郎は己が身を顧みる。さて、打ち身多数、下手したら数日かかりそうなのも少々。なるほど、今動くのは確かに得策ではなさそうだ……まだこの後、もうひとシゴキあるとすれば尚更に。
 ということくらい、彼は元々承知している。彼自身は本気で取りに行くつもりであったが、それを見抜けないセイバーではない。

「あー、セイバー」
「はい、なんでしょう」

 道場を出ようとしたセイバーに、しかし、彼は未だ持つ、台所長としての矜持を持って――――青息吐息で、呼びかけた。

「……お茶、は……やかん……コンロのところ、出来てるから、な」
「了解です」


 にこり、と、振り返って笑っていた表情だけは、普通の少女だった。剣を持つとき、持たざるとき。王様だったり、女の子だったり。……もしかしたら、まだ見ぬ二面性が眠っているのかも、と、士郎は体を休めつつ、やっぱり彼女のことを考えているのだった。









 セイバーが道着姿で居間に入ると、住人は一様に驚きの声を上げた。平然とにこにこしていたのは、贈与した当人である大河くらいだっただろうか。イリヤがセイバーばっかりずるい!と言い放ち、即座にバトルモードに入ってしまっていたが、それは御愛嬌。凛はまた何か思いついたのか、やけにニヤついていた。そんな皆と明るく会話を交わしながら、セイバーは指摘されたコンロの場所に向かう。

 流石は台所長、士郎の飲料管理は完璧だった。予め家人の団欒に備えた二種類のお茶が完備してあり、片方の麦茶は既に食卓に出て、皆の談笑に一役買っている。
 セイバーは冷凍庫の扉を空け、大量の氷を薬缶に放り込んだ。お茶はそれそのものが体温を下げる働きを持つという。が、やはり運動中にはキンキンに冷えた飲料が欲しくなる。折りしも、士郎が淹れておいたのは「凍頂烏龍茶」。文字に実体を備えつつ、セイバーが台所を出ようとしたその時だった。


「あれ? 誰か来たのかな?」


 ピンポーン、と、呼び鈴が一つなり、大河が煎餅を齧りながら呼応する。セイバーがふと時計を見上げると、時刻は8時を既に回っていた。今更来客とは珍しいな、と、彼女は立ち上がろうとした他の家人を制して玄関に向かう。団欒を楽しんでいる人々は、やはり立ち上がるのは億劫なものだろうし――――と、この辺りの気配りも出来る少女であった。




 警報は無反応、とすれば大概は知り合いか、郵便・荷物配送、あるいは回覧板の類であった。そのどれも経験済みのセイバーは、もう大分土地に馴染んできた、と言っていいだろう。認めは下駄箱、回覧板ならシロウに回さなくては、と、そんな経験はセイバーに、来客対応前の確認を欠かさせない。

「はい、ただいまー」

 がらら、と、セイバーは玄関の戸を開ける。

「夜分遅く、こんばんはー……と」
「おお、綾子でしたか。こんばんは」

 そこに居たのは、セイバーにとっても馴染みの少女だった。美綴綾子、士郎の友人でもある彼女は、ある事件・・・・を通じ、既にセイバーとも懇意になっていた。
 だからそう、対面してビックリする、なんていうことは全く無い。だが、今晩は話が少し違う。セイバーは、ここでも自分が何を着ているかについて全く頓着が無かった。

「セイバーさん、やっぱり似合いますねー道着! うん、やっぱり達人はこれでないと」
「ありがとうございます、綾子」

 昼間けしかけた甲斐もあったものだ、と、美綴綾子は内心ほくそ笑んでいた。偶々、部活で桜から聞いた話。「セイバーさんが道着に興味を持っている」。ついでに、良人たる衛宮士郎の道着姿にも。

「もしかして、道場で?」
「ええ、今は休憩中でしたので、これを」

 セイバーは薬缶をひょいと持ち上げて、お茶を取りに来たのですよ、と続けた。

「成程ね。ということは、今頃衛宮は道場でへたり込んでる、と」
「ふふ、明察です。……おや」

 ふと、セイバーが綾子の持ち物に視線を落とした。彼女は、何か長い物を布袋に入れて持っている。そういえば、と、セイバーは自分がまだ要件を聞いていないことを思い出し、聞いた。

「届け物か何かでしょうか? 宜しければ、承りますが」
「あー、いや、違うんですよ。衛宮に用がありまして」

 成程、弓道部関係で大河か桜、と思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。とすれば、直接道場に来てもらった方が早い、と、セイバーは玄関に常備してある突っ掛けを履いた。

「わかりました。では、道場に行きましょう」
「どうもー。それじゃ、お邪魔します」




 誰だったー? という居間からの問いかけにセイバーが答え、二人は庭に出て道場へと向かう。さて、衛宮はどんな顔をするのかな、と。綾子は自分の策が半ばまで当たっていることを感じながら、セイバーとの談笑を楽しんでいた。



 ……to be continued.


 書架へ戻る
 玄関へ戻る