何となく、だが。
 彼女には、理由が分かっていた。





 百発百中、とは中国の故事から出た言葉だったと記憶している。ただ、彼女が持つに到った答えを、当時の人々が持っていたかは定かではない。

 しかし、丁度近くに居たアイツのことならば何とは無しに伝わってきては来る。己が、未だ得ぬ道に踏み込んで2年と少し。そんな中で、漸く出した、“解答”らしいもの。だけど、まだ答え合わせは済んでいない。


「……そっか。もうあれから二年、か」


 気が早いセミはもう鳴き声を上げている。梅雨明けは例年よりやや早い。
 あと半年もすればそんな機会・・・・・も喪われるだろう。……いや、無くなるわけではないかもしれないが、少なくとも得がたいものにはなってしまう。


 その前に、果たさねばならぬコトがある。

 このまま時効? 冗談――――

 ――――と、彼女は心の中で呟いた。こんな性格が、姐御肌と言われ続ける所以なのかもしれない。


「よし。じゃ、やってみますかね」


 持ち前の切符のよさは、決断させるのも早かった。彼にどんな事情、心境があったのかは分からない。だけど、こちらにだって主張すべき権利はある筈だ。




 ―――――――さて。どうしてくれようか。




 流れる汗を拭いながら、ある男の顔を思い浮かべた。
 越えなければいけない壁。だが、壁ゆえに動かない。それを、どうやって動かすか。


「……まずは、と」


 陽はまだ高い。そんな計画を実行するまで、まだ時間はあるようだ。
 “その時”に備え、後輩に彼のバイト先を聞いたりしつつ。更なる研鑽を積む為、美綴綾子は再び、射場に向かっていた。














「百発百中、ですか」
「そうですよ? あれから大分経ちましたけど……まだはっきり覚えてます」


 つい先ほど帰宅した桜と居間でお茶をすすりつつ、夕刻。セイバーは、食事の支度が始まる前の時間をゆったりと過ごしていた。テレビは2ch、土俵に上がった力士はもうじき三役に手が届くだろうと言われる有力若手の一力士。スモウもすっかり通になったセイバーは、彼を密かに応援していたりする。








 ふと思ったことが発端だった。いつもの道場での瞑想、そんな中で偶々、訪れた大河に頼まれた稽古。大河は剣道の正装、道着と剣道用具をしっかりと身に着けている。

“偶にはやらないと鈍っちゃうもんねー”、とは大河の談。だが、セイバーに言わせれば、彼女の剣筋も鋭い方だ。自分が鍛える前のシロウと比べたならば、恐らくは彼女の方が一段上の剣士に違いない、と思った。


 そして――――


「昔は士郎も良く稽古してたんだけどねー」
「そのようですね……そうだ、大河。それは、シロウも道着を着て?」
「ん、そうだよー」


 なるほど、と、セイバーは頭に思い描く。少年・衛宮士郎の出で立ち。そして今、彼がそれを着たのなら……


「……む。……似合うかもしれません」
「ん、どーしたの? セイバーちゃん」
「ああいえ、何でも。お構いなく」


 そう。
 初めは、そんな些細な想像だったわけだ。








「……当然、シロウも道着を着て、弓を構えていたのですね」
「? ええ、それは勿論」
「なるほど。参考になりました。ありがとう、桜」


 彼女の頭にある彼は、只今肉体労働中。本人不在で描かれる彼の道着姿。多少、惚れた弱みフィルターを通しているとはいえ。彼女に、こんな思いを抱かせるのは十分な図だっただろう。


「……見てみたいものですね、一度」


 時間一杯、見事な立会いをこなした力士は一直線に相手を押し切った。御贔屓力士の白星に機嫌を良くしつつ。
 セイバーは、未だ見ぬ彼の出で立ちを、あれこれと思い浮かべていた。


 ……to be continued.

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