「藤村大河、歌いますっっっ!!!!」






 本日の天気は快調、吹雪く春色、舞い散る花の何と美しきことか。そんな花見に絶好のロケーションの下。既に酔虎と化した我らが義姉・藤ねえがおもむろに宣言し、周りはやれのうたえの大騒ぎ。

 冬木はとある桜の名所。衛宮家ご一行+藤村一家の花見は、それはもう盛大に執り行われているのである。

「う、う、う、私はニートなんかじゃないっ!労働意欲があるのに、何でそう呼ばれなきゃいけないのよぅ……!」
「………………………味は、わかりませんが………………………いい、刺激ですね。」


 恨み上戸ばぜっともいれば、黙々と杯をあける人かれんもいる。正直、こちらとしてもそんな天下の往来で飲んで良い身分ではないのだが、その辺りは軽くスルー。

「シロウ……」
「ん。ありがとう」
 す、と、セイバーが銚子を差し出してくれる。ほんのり桜色の頬が、少し艶っぽい。いつもの凛々しい微笑びしょうというよりは、柔和な微笑みほほえみ。ほどよく気持ちよくなるのが、セイバーのお酒だ。


「ああ、………」


 こく、と熱い感覚が咽喉を落ち、皆で居る幸せが胸に満ちる。旨い料理、楽しい仲間、心地良い、酒。そんな一日の発端になったのは、誰の発言だっただろうか―――――


















「花見の季節ね。」
「そろそろお花見ですね。」
「花見、というものがあると聞きました、シロウ。」



 とまあ、結局誰からでもない。この時期、花見が話題に上るのは人間が呼吸をするが如く自然なことだろう。

 とりわけ、セイバーの顔は輝いていた。花見のどの部分・・・・が琴線に触れたのか―――いや、これはセイバーに失礼だ。名にし負う極東の名花、きっと楽しみにしているに違いない。



 それは。去年、見られなかった花で。



「花見、ですか。確か、開花した桜を鑑賞する、という催しですね。」
 と、バゼット。

「……もう少し味のある言い方は出来ないのかしら。」
 と、カレン。

 そういえば、この二人にとっても花見は初めてのはずだ。そんな他愛ない会話からでもにらみ合いを始められる二人は最早、蛇とマングース以上の宿敵関係を見事に構築しきっているようにも見える。

「んにゃ。我がセンサーが酒の匂いを感知した。どれ義弟よ、どのような企みが進行しているか正直に白状するがよろし。」

 と、突然障子の向こうから虎が現れる。手に持っているマスクメロンは、先ほど取りに帰ると宣うたお土産のようだ。藤村組は本当に果実商でも始めたら儲かるんじゃないだろうか。………もうやってるとか?

「ほい、パス。」
「へい、パス!
 で、なになに?何はなしてたの?」
「ええ。皆でお花見を、という話を。」

 藤ねえが放ったメロンを受け取り、手早く食べやすいようにカットする。うむ。実に瑞々しく甘い香りが鼻の奥を刺激して心地良い。

「んー、お花見かー。いいわよねえ、春は………。
 そういえば、セイバーちゃんも始めてよね?」
「ええそうです。去年はこの時期に日本に居ませんでしたから。」
「そっかー。そういえば、親元に帰ってたのよね。」

 メロンは角切りにして、爪楊枝を人数分。

 藤ねえの言うとおり、セイバーは去年の二月から四月にかけて、実家に一度帰省したことになっている。初めセイバーが居なくなった時、藤ねえはとてもさびしそうな表情をしたものだった。家に帰った、と説明はしたのだが。何かを感じたのか―――そう、帰ってきてくれた時も、藤ねえは我がことのように喜んでくれたものだ。

「私も初めてですね。ソメイヨシノが咲き乱れる様子には興味があります。」
「あら。そういえば、確かに貴方にピッタリの花かもしれないわ。」
「………貴女が言うと褒め言葉のようでも裏を取らねばいけません。念のため聞いておきますが、それはどういう意味でしょう?」
「就職面接のたび、華麗に散る花、とでも言えばいいのかしら。」

 そして火花散る。発火しませんように発火しませんように。台所を預る者として家の管理人として、爆発だけは避けていただきたい。

「はい、ちゃんと分けるんだぞー。」

 気勢を殺ぐ意味も籠め、台所から居間に戻り、メロンの乗った皿を食卓へ。丁度夕食も終わってお腹もひと段落ついたところ、こういう所の果実は実に魅力的にうつる。

「う。女性の敵だわね。」
「そうですよね……。でも、……やっぱり美味しいなあ。」

 桜が幸せな顔を見せる。夜九時までは大丈夫、と呟き……いや、言い聞かせつつ。そういえば、間桐邸にある桜も、今年は立派に花を咲かす見込み、という話だ。樹木医になる、という目標もあるし、最近の桜の表情がとても明るいのと無関係ではないだろう。

「はむ……んく。ええ、とても素晴らしい。やはり大地とは偉大なものだ。かくも瑞々しい果実を育む農家に感謝せねばなりませんね……はむ」

 セイバーはメロンも大好物だ。この前遊びで出した生ハムメロンなどはセイバーの深奥にある何かに触れたらしく、いつか本場で食べてみたい、と目に星を浮かべながら語っていたこともあり、自分も何とか本場に近づけようと努力しているところでもある。

「……んく。時に、桜は何時頃満開になるのでしょう。盛りの時期は短いとも聞き及びます。頃合を見計らねば機を逸すると思いますが。」
「そうねー。まだ一分って感じだけど。来週の週末くらいじゃない?」
「そんな所でしょうね。丁度土曜日なんかどうですか?皆さん、都合がつくように……。」
「あ、じゃあ私場所取りやっとくよー。藤村のお花見も来週の土曜だから。」

 話は自然と花見開催のほうに向かっていき、それに異議を唱えるモノはいない。後は、自ずと役割も決まってくる。

「お料理もたくさん作ったほうが良いですね。何人分くらいでしょう?」
「そりゃ、人数分って訳には行かないわよね。」
「む。少し視線が気になるのですが、凛。」
「イリヤちゃんにも頼んどこうか?メイドさんが作ってくれると思うよー。」
「ん、じゃあ俺が連絡入れとく。」

 もちろんイリヤ経由でだが。セラへの処方箋は、主命と既成事実だ。

「私にもなにか出来ることはあるでしょうか?」
「力仕事……ね。」
「………まあ、それでも構いませんが………。」
「ならば、酒の運搬などはどうでしょう。魔術師メイガスの腕力を以ってすれば、他の誰よりも適任だと思いますが。」

 胸に手を当てつつ、妙案、と言った風に自ら頷くセイバー。……まあ、言ってることは間違いではない以上誰も突っ込めないところなのだが。

「言い方に棘は感じますが……。では、例のコペンハーゲンに注文を?」
「ああ、じゃあ電話入れとくから、……えーと、車もネコさんに頼んじゃおう。当日店に向かってくれると助かる。」
「承りましょう。」

 ここまで来るともう御用聞き酒屋だが、ソレを嫌な顔一つせず引き受けてくれるのもまたコペンハーゲンであり。甘えるのは悪いが、相応の注文量ゆえ許してもらえぬでもないだろう。

 後の問題はバランサーだ。花見に食べすぎ飲みすぎが発生するのは野球の試合中にヒットが出るくらい当然の出来事である。そして、花見で食べない、飲まない奴がツチノコ並みに存在しないのもまた事実なのであり。但し、食べすぎで壊れるような人物は居ないので問題は飲みすぎである。事前に効くウコンとかあればいいのに。
 いくら花見とはいえ、ソレは公共の場をお借りした一時の桃源郷である。生憎冬木の桜は岩の裂け目の向こう側、という生え方はしておらず、周りには時代が変わることを知っている常識人であふれているだろうし。お子さんに酔っ払いを見せるのは教育配慮上、ゲームソフトを無制限で発売するよりよろしくない。
 ついでに言うなら、虎の監督責任も危ない。激務だね、監督ってのは。まあ、この辺は諦めてもらうしかないだろうが。

(さて。)

 酒に酔わない。酔えない。いやマテ。うむ。適任が一人いるようだ。

「そうだな、一成も呼ぶか。」
「いやよ。」

 即答。ホント仲良いんだな遠坂。まあ予測はしていた。確かに、素面で喧嘩始められるのも困るものだが、どうせだから何とかしたいもの。まあ、当面はリズにでも任せよう。セラは甘酒の蒸気でも赤くなるだろうが、リズも真のメイドさんであるからして。今ではすっかりお友達だし、きっと了解してくれるはずである。
 力持ちだしな。酔っ払い(寝起問わず)をあのドイツ職人の粋に積み込んでくれるくらいは造作ないだろう。

「シロウ!!」

 と、セイバーが挙手。なにやら、やけに気合が入っているのだが。

「私も仕事がしたいのですが、どうでしょうか。」

 そういえば、セイバーには未だ仕事が無い。やはり、イベントごとは皆に混じって準備することも楽しみなのだ。何もせずに学園祭だけ楽しんでも居心地が悪いのと同義である。

「何かやりたいことあるのか?」
「はい。」

 セイバーはにっこりとして頷き、そして一言。満場が驚くなり狐につままれるなり表情が引きつる也の台詞を宣うた。

「料理を手伝わせて頂きたいのです。」


 もちろん。俺はすごく嬉しかったけどな。

















 良い花見になりそうな予感は当たっていた。とある公園、天蓋は桜色。垣間見える空は青く、天然の配色が見上げる人々の目を楽しませている。


「ふ・じ・む・ら・たいが〜!フレー・ふれ・ふれ・フレー!!
 ありがとう!!ありがとう冬木!!」


 藤ねえの熱唱は喝采(大概が若衆さん)を以って終了。ライヴ的なノリでヴォーカリスト化している虎は歌の中に婿取り宣言なども散りばめていたが、その辺りはネコさんに一蹴されている。

「アレじゃーちょっとね。んー。でも、えみやんが貰ってあげればいいんじゃない?」
「………。まあ、一応弟の身分ですから。遠慮しておきます。」
「………(ジト目セイバー)。」
「あはは、冗談冗談。」

 バゼットと共に酒を運んできてくれたネコさんはそのまま参加と相成っている。店は緊急で稼ぎが必要な大学生のためにポストを開ける必要があったのだそうで。
 零観さんにも連絡を入れたそうだが、生憎柳洞家とは今日のご縁が無かったらしい。先ほどこちらも一成に連絡したが、お山で急な法事があるそうで、流石に出向くのは無理とのことだった。

「ほい、一献。」
「頂きましょう。」

 何時の間にか懇意になっているセイバーとネコさん。そういえばライオンも猫科である。どことなく通じるものがあるのか?

「やー、後進の料理をつまみながら桜を肴に酒を飲む、か。春は幸せだね。」

 言いつつ、ネコさんはタコ型ウインナーをひょいと一口。因みに、作・セイバー。最初は大上段に振りかぶっていた包丁も、今では小柄を扱うくらいに上手く入れられるようになってきていて、とても微笑ましい。ついでながら、自分が関った料理が箸に採用されるたびに嬉しそうな表情と、ちょっと不安げな表情を浮かべてくれるのも微笑ましい。桜と共同作業で進める姿を見ていると、年頃の女の子とはかく在るべしだな、などとどこか親父じみた感想を持ってしまうのも、兼任主夫の哀しい性なのだろうか、どうか?

「士郎、そっちの重箱いいかしら?」

 と、遠坂のほうから別の重箱が寄せられ、交換を求められる。あちらは中華段、遠坂メインのお重である。
 ちなみに、先ほどからは何となく酒の席も棲み分けが進んでいる。俺のところはネコさんとセイバー。桜と遠坂は姉妹仲良く酔っ払っている。虎とイリヤ、そしてリズ、藤村若衆は豪快だ。見ているこちらが飽きない、これはもう一種のパフォーマンス的なのみくらべや、歌舞音曲を披露。セラはとっくにつぶれている。

 意外なのは句践と夫差が同じ席で酒を飲んでいる姿である。普段の鬱積した感情を垂れ流すバゼットに、黙々とアルコールの刺激を楽しむカレン。会話はかみ合っていないながら、寡黙な聖女と愚痴っぽい麗人が隣あう様子は、どこか妙な味があっておもしろい。



 ゆっくりと、時間が流れる。酒のせいか桜のせいか。楽しい時間はいつもあっという間なのに、今日という日は少しばかり趣が違うらしい。

 気が利いてるね、桜も。




 そんなことを考えていると、聞き慣れた声が遊歩道のほうからかかってきた。

「お、やってるねー皆さん。」

 天下の桜往来には知人も多く来るだろう、と予想していたところ、余り驚くことでもない。第一弾は美綴か。

「よ。飲んでくかー?」
「ただ酒?」
「もち。流石にそこまでケチじゃない。」
「じゃあ失礼して、と。」

 美綴が、俺の横に腰を下ろす。桜色のパーカーが、木々の花によく合っている。相変わらず爽快な雰囲気を振りまくね、この人は。

「お久しぶりです、セイバーさん。あ、ネコさんもどうも」 「ん、こんちはー。来ると思ってたよ」
「こんにちは、綾子。弟君は一緒ではないのですか?」

 そういえば、実典が居ない。まあ、あの年頃だしな。姉と花見、なんてのは恥ずかしいのかもしれない。美人の姉さんなのに。

「そうですね。好きな花・・・・くらい素直に見に来ればよかったのに、あいつはホント間が悪いですから。これで折角の手料理も食べ損ないましたし。」

 なるほど、と思わされる台詞回しに苦笑する。あれほど解りやすい反応も無いが、それもまた高校生、という所だろう。奥手な少年の前途に、少し同情。アレでは四歩進んで四歩下がるのが関の山っぽいし。
 美綴はその他参加者に挨拶しつつ、桜謹製の筑前煮をつまむ。どれ酒も、と猪口を渡してやると、セイバーが、す、と兆子を傾けた。

「どうぞ、綾子。」
「あ、どうも。いや、セイバーさんにお酌してもらうなんて畏れ多いですね。」
「何を言うのですか。そう遠慮する仲でもないでしょう?」

 武道家として通じるものがあるのか、この二人も会えば話に花が咲く。今では度々見られる光景だ。美綴は使い手に心酔する気があるみたいだしな。
 どっかの槍兵とか。結構似合うと思うんだけど。

「それじゃ、頂いて、と。……ん、これは……久保田の?」

 利き酒か美綴。まさかそんなに練磨だとは思わなかったが、親御さんが厳しいのではなかったのだろうか?

「うんうん。日本酒の旨みがわかる若人は大好きだよ。そういう所が粋なんだよねー、綾子は」
「や、たまたまです。ポン酒は体に沁みますよねー。」

 その辺は同感。熱燗冷酒問わず、アルコールが沁みていく感覚で日本酒に敵うモノはあるまい。酒は多種多様、それぞれが相応の個性を持つから面白いのであり。のどごしはビール、刺激なら……

「お」
「おや。」

 と、美綴とセイバーが同時に声を出す。ふと見れば、二人の猪口、酒の水面に、桜が一枚。

「どーしたの……って。随分と風流なのねーそっちは。」

 ワイン片手に振り向く遠坂の顔は赤い。うむ。こうなると美少女も形無しであるが、華やかに色づいて艶っぽくはある。

「本当に、そうです。なんと、このような偶然がここまで心和ますものとは、思いませんでした。」
「ふむ。確かに、この花だけは変わらぬものよ。
 万物流転の中、春の一時、季節の針はこの花こそ刻むに相応しい。」
「ああ。コレを見ると………。
 ………!?」
「どうした少年。幽霊でも見たような顔をして。」

 いや。まんまだろ!

「………ふっ。」

 と、勝ち誇る幽霊剣豪。おそらく、見にでも来たのだろうが、しかし今のは突っ込んだ方負け、というのが何故解らなかった衛宮士郎……!

「なに。花の匂いに誘われて山から表れるのが居てもおかしくはあるまい。気にするな。何も横槍を入れようというのではないのでな。
 ……ただ、酒の香りは欲しいものだ。よければ、供物と思って供えてはくれまいか?」
「……参ったよ。」

 どこまでも風流な男なのだ。死して尚、浮世を楽しむその姿勢には感服せざるを得ない。

「セイバー。お猪口一つ取ってくれないか?」
「? はい。解りました……?」

 セイバーが怪訝な顔で応じてくれる。なるほど、やっぱりコイツは敵わない。花を見るのに音を立てる必要はなし。だけどやっぱり酒は要る、と。
 そっと猪口を置き、幽霊の礼を受ける。見ている(?)こちらが清々しくなる様な、そんな微笑を称えつつ上を見上げる武士は、この上ないほど絵になっていて。

「シロウ、どうしたのです?」

 セイバーその他には見えていないのだろう……とすれば、自分の行動はやや奇異に映ったかもしれないな。

「ん、なんでもないよ。ちょっとしたお供え。」
「……そうですね。ここまで見事な桜です。きっと故人も、ふらりと見に表れているかもしれません。」

 当たらずとも遠からず。もしかしたら、そこの武士にはもっと別のものが見えているのかもしれないけれど。

「かもな。いや、きっとそうだろう。」

 そんな言葉に頷くことも無い。
 何か、思索をしているような、瞑想にふけっているようでもある武士もまた、そんな故人の一人なのだ。









「?」


 三枝由紀香は、ぽつりと置かれた猪口と、何も見えていないはずの虚空を交互に見たあと、ちょこんと首をかしげた。

 宴会は更に人数が増えている。いつものように連れ立った三人が現れたのがついさっき、黒豹が若衆さん達と意気投合して飲み比べに参加しに行ったのが10秒前。相変わらず騒がしいものだ。もっとも、大人しい蒔寺楓など大絶賛お断りだがな。

「その通り。アレはアレだからこそ味がある。私達三人も、アレがああでなければここまで仲良くもならなかっただろうしな。
 時に由紀香。先ほどから何を見ている?」
「? ……ううん、何でもない、んだけどね?」

 ひょっとして三枝、霊感強い方なのだろうか? ………まさか、な。
 氷室もあまり気にはしていないらしい。舌鼓を打ちつつ、こちらに振り返り、賛美の言葉を並べてくれる。

「ふむ、流石は衛宮の重だな。セイバーさんも参加されたのでしょう?」
「その通りです。桜とシロウの手伝いをさせて頂きました。……が、何故解るのです?」
「――――愛、ですね」
「……何言ってんだ、氷室。」
「愛が籠められた料理からは相応の何かが伝わるものだ。どこか、互いを支えあう後が見えるような、そんな気がしたものでな。」

 ………そんなもんか?まあ、ちょっとした失敗をカバーしたりはしているが。

「ええ。シロウの輔佐ができて嬉しい限りです。そこにおいしい料理があれば、愛があります。シロウの料理からは、いつもソレが伝わってくる。素晴らしいことです。」
「ふふ、まあ、そういうことにしておきましょう。と……」

 氷室は伸ばした手を所在無げに振ってみせる。そこにあるビール瓶は皆、役目を終えたものばかり。

「ふむ?少しばかり過ごしてしまったか。」
「んー、確かに随分飲んだよな。」

 満場、赤い顔をしていないのは最早幽霊だけ、といった有様である。美綴はさっきから遠坂と理想の男子についての語り合いに余念が無く、桜には毛布がかけられている、とか。

「確かにそちらは良く飲んでいるように見えるが、こちらは来たばかりだからな……。少し物足りないところもある。が、これ以上は流石に迷惑になるか。」

 多少残念そうに、氷室はコップを置く。んー、ソフトドリンクなら在庫はあるけど、酒は大方

「そんなこと、無い。」
「うわあ!?」
「!?」

 なんて考えていると、気配も無かったはずの背後から台詞一閃。振り返った先には、1メイド。ワインケースを片手に。

「まだまだお酒ある。イリヤがたくさん持ってきていいって言ったから。」
「りぃぜりっとぉ……おじょおさまにぃ……よびすてわぁ……やめなさいってぇ……zzz」

 因みに、もう片方には酔いつぶれたメイド2を抱えている。

「ワインでいい? えっと」
「氷室です。氷室、鐘。頂けるならありがたく。」
「うん。じゃあカネ、これどうぞ。」

 リズはワインを一本ケースから出し、氷室に手渡す。アインツベルンワインセラー謹製なら味は太鼓判、といったところかな。

「リーズー!!追加お願いーーー!」
「ん。イリヤ呼んでるから、またね。」
 それだけ言うと、リズは残りのワインを抱えて藤村家側に走る。流石は最強メイドさん。相棒が使い物にならない分、こちらが期待するだけの働きをしていてくれて、嬉しい限り。今度ケーキでも焼いてプレゼントしとかないとな。

「ふむ。中々にパワフルな女傑だな。」
「明答だ」


 互いに、くっく、と笑いを漏らす。妙な組み合わせもまた、桜の巡り合わせかもしれない。









 そう。

 歌い、踊るもの、語らうもの、潰れているもの、散る花を楽しむもの。誰もが皆、繋がりあってここに居る。











 ふと。
 何かが、心に満ちるのを、感じていた。



「シロウ……」

 セイバーが、自分にとって何より大切な人で。だけど、この場所に集う皆も、そして過ごす時もまた、掛け替えの無い貴重なもの。
 心に満ちた、どこかあたたかい感触に、少し戸惑った。ちょっと、今までにはなさそうな。そんな感覚で、笑顔が止まらない。

「ふふ。どうしたのですか?とても、幸せそうな顔をしていますが。」
「ああ、そうかな……?」
「ええ。」

 セイバーもまた、にっこり笑って返してくれる。

「なんでかな……。さっきから、いい気分でさ。お酒とか、そういうのじゃなくて……。」
「いい気分、ですか……。」

 正体不明の感覚。皆で騒いで、楽しいのは確かだけど。
 それだけじゃなくて、どこかで……俺は、何を考えているのだろう?

「何か、……ん、上手くは言えないな……。どうしてだろうな。」

 あまり稼動しているとは言いがたい頭で、理由を考えてみる。突き当たるのは「楽しい」という言葉だけで、それ以外に明確な理由も無さそうなのに。

「心地良い、のでしょう?」

 心地――――良い、か。ああ、ソレは確かに………。

「シロウは、皆のコトが好きですか?」
 唐突に、セイバーはそんなコトを問うてきた。それは、……

「ああ。でも、何で?」

 そりゃ、ここに居る人々それぞれ、自分はかかわりを持って来ているわけで。誰も、仲が悪い、とかいう人は居らず、どちらかと言えば親愛の情を示せる人ばかりだろう。

「いつか申し上げました。シロウは周りのことばかり考えて、と。ですが、周りの人は、シロウのコトが好きなのです。」

 セイバーはゆっくりと、笑顔を絶やさず、語りかける。

「貴方が、“居心地がいい”と感じるなら。ソレは、貴方自身が感じる、皆の好意と、そして」
「そして?」
「貴方自身が、ここに居たいと、居てよかったと感じている、のでは無いですか?」



 ことん、と。
 何かが、腑に落ちた気がした。



「………」

 とん、と、セイバーが、俺に体を寄せてくる。

「私も、ここが大好きです。何時までも皆で、また桜の季節、こうして集えたなら。
 それはきっと、とても素晴らしいことです。」


 きっと、それが回答なのだろう。皆が居て、そして、自分もここにいること。
 また来年もここに居たいと、誰より自分が思っている。
 そこには、誰が欠けてもいけないのだ。


「ああ。きっと、そうだな。」


 大切な幸せは、今目に映っても居る。いつか、どこかに飛び回る自分が居ても、この繋がりをなくしたくない、と。そう、強く願う。



 ほんの、少しだけ。自分・・が、そこに見えた気がしていた。



 つづく





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