――――――interlude ex-2
それは、夢だったのか。
王の証たる聖剣を手放し、騎士が去っていくのを見届けた彼女は、そんなコトを考えて意識を戻した。昏睡と目覚めを繰り返す状態は、どこか、消える直前の蝋燭を思わせる。
折角、いま少し息があるのだから、そんなことを考えてみようと思った。此処で自分が絶えることに疑いは無く、もう息をするのだって苦しくて仕方が無い。
だけど。あの時間に思いを馳せれば、少しだけ、心に生気が戻る気がした。
―――――――ユメの様な、ものだったのかも、しれない。
それを否定することは出来ないだろう。何より、今自分は此処に居て、見てきた世界は、この世がどう変わっていけばそうなるのかの理解も及ばぬような場所だった。意識が混濁する中で見た幻想、荒唐無稽な虚構物、と考えてしまっても、無理は無い。
だが。
同時に、彼女には、言い切れる自信も、あった。
ただのユメでは、ない、と。
「―――――シロウ」
口にすれば、それだけで胸を満たしてくれる名前を、覚えている。
互いに不器用だったけど。短い間だったけど、それでも、確かに愛し合った。
聖杯を求める戦いなどという殺伐とした日々。だけど、そこには、楽しい人との、楽しい時間があった。
そして。
彼女の体に息づくものを感じ、それは確信に変わっていた。
奪われ、喪われた筈の鞘。
彼があの夜、返してくれた自分の護り。
どんな理屈か、そんなことまで理解は及びそうにも無い。だけど、鞘は、自分と一緒にこの時代に戻ってきている。
もう、籠める魔力すら、一片だって残っていない。だから、それがあっても、自分の運命は変わらない、と、彼女はそう受け入れている。
だけど。抱いているだけで、彼に触れている気がしていた。共に歩んだ何よりの証。彼の存在が、鞘を通じて伝わってくるのだから、彼女には、それだけで満足だった。
もう、静かに休んでしまえば、どれ程楽だろうか。消え行こうとする意識、体を侵す痛み。その顔は、死の恐怖に、傷の苦痛に、どれ程歪んでもおかしくはない。
しかし、彼女は、少しだけ微笑を浮かべた。
楽しかった日々に、思いを馳せて。
月明かりの下で出会い、不器用な主と衝突したことも在る。何時からだったか、でも、互いを信用するようになっていった。彼の家には、楽しい人が集っていた。出された食事も美味しかったのを覚えているし、そんな屋敷に、何時しか居心地の良さを感じていた自分も、確かに居た。
廃墟で、初めて体を重ね。二人きりで、逢引に出かけた時は……最後、自分の意地張りが、彼を怒らせてしまった。だけど、彼はそれでも迎えに来てくれて……そうして、心を、重ねあった。
彼の意志に心から共鳴し、共に階段を登り、聖杯を断った。
朝焼けを見ていた私は、確かに微笑んでいたけれど。
あの楽しかった日々が、惜しくなかったかと言えば――――それはもちろん、嘘になってしまうだろう。
どんな時間だって。全てが美しくて、素晴らしい思い出だった。
そんな想いに抱かれて、少しずつ、彼女の頭が、考えることを止めていく。
もう、剣は湖に戻っただろうか。忠勇なる臣の復命だけは聞かねばなるまいな、と。王として、最期の役目を、心に刻んだ。もう、そうしないと忘れてしまいそうなくらい、体が死を感じている。
だけど、そう。それを終えたならば―――――ひとつだけ、密かな楽しみを抱くとしよう。
そんな、素晴らしい日々の続き、ユメの続きを見られる、と。彼は、そう教えてくれたのだから。
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