藤ねえに遅れること三十分。食卓の後片付けも済んだし、学校へ向かうとしよう。



















 屋敷を出て、葉桜の下を通り、いつもの交差点へ。空は突き抜けるように青く、何ともいえない春の陽気が心地良い。そう、こんな日は、何も考えずの散歩なんかが良いのだが。一人でも確かに楽しい。もしかしたら、一緒に歩いてくれる誰かが居れば、もっと楽しいのかもしれないね。

















 そして。
「優雅たれ」なんていう家訓をお持ちの家柄、その現当主とは思えない表情をなさった御嬢様を、見た。

「おはよう……。衛宮くん……」

 さて、その表情を如何に表現して良いものかは皆目検討がつかないが、とにもかくにも寝不足という事実だけは雄弁に語っている。そう、遠坂凛は朝に弱い。寝不足は、その特性をブーストするに格好の条件である。

「おはよう。……なんか、随分やつれてるな」
「うん、ちょっとねー……ほら、考え始めたらとまらなくて……」

 低血圧を絵画にしたらきっとこんな感じだろう。惜しい。携帯とか持ってたら面白い写真が撮れたというのに……。しかし、美容の敵たる睡眠不足を押しての考察、とすれば、案件はやはり

「昨日のことか。で、何か結論は出たのか? 寝不足と等価交換できるくらいの……」

 が、遠坂はノータイムで×のジェスチャーを返してくる。

「全っ然ダメだったわ。協会も取り合ってくれなかったしね…………ふぁ…………眠」

 起こさないで下さい、とよくホテルには札がある。しかし、人間の表情でもソレを表せるとは流石に知らなかった。言外に匂う、「今話しかけないで空気読んでお願い眠いから」という雰囲気。

 だが、しかし。昨日の出費がコイツのおかげである以上、ココでそんな暴挙は許すマジ。何たって、三日分の土木給料が露と消えたのであるからして。

「調子悪いとこ申し訳ないんだが、取り敢えず義務は果たさせてもらうぞ。ほら、これ」
「…………?
 ……………………。
 ………………………………あ、そっか」

 あ、そっか、ではない。忘れてただろ。てか、忘れてたな遠坂。

「あははー、冗談のつもりだったのにね。これぞ正しく」
「瓢箪とか駒とか言ったら怒るからな。…………ったく」
「ふふ、拗ねない拗ねない。どれ早速、弟子の誠意を拝見、と」

 こちらから渡された包みをサッと解く遠坂。ふん。開けて驚くがいいんだ。

「…………え」

 と。封を開けるや、遠坂は怪訝な顔つきで中身をじっと見つめる。

「士郎、コレ」
「む、気に入らなかったか? ソレなら実用も兼ねてるし、良いと思ったんだけどな。あ、リングは要らなかったのか……」

 サービス価格で付けてくれる、ということだったので乗ったわけだが、遠坂の使途を考えれば確かに必要無かったかもしれない。それとも、安物だったのがマズイのか。確かに「質流れ品大セール」コーナーのだが……。

「……というかね、士郎。こういうモノを贈るっていうのは……。……ま、いっか。士郎がそこまで考えてるわけないし……」
「……何か引っ掛かるな。ちゃんと気持ちを籠めての贈り物だぞ」
「っ……! そ、そういうのがアンタの考え無しって言ってるの!! ちょっとはこっちの……」
「?」

 遠坂はそっぽを向いてブツブツと。しかし、喜んでくれているのかどうか微妙な表情ってのも、ちょっと寂しいもんだけど……ま、いっか。いつもの遠坂と言えば遠坂だ。

「……で。士郎のことだから、私に買ったってことは桜とかにも何かあげたんでしょ? まさか……指輪?」
「まあ一応、な。指輪じゃないけど……」
「やっぱりねえ。でも、ソレじゃないなら良かったわね。あの子のことだし、勘違いしかねないもの……」
「……む、勘違い……?」

 そういえば。
 昨日、桜にプレゼントを渡した時――――――




 
 

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