「大分、深くなってきましたね」
「ああ」

 それからしばらく、二人は黙々と洞窟内部の「舗装道」を歩き続けた。入口からずっと聞こえているリズミカルかつ無機質な「音」は、次第に大きくなってきている。 その音源まで、もう「近い」ところまで二人は来ている、と、そう見て間違いない。

 セイバーも、それは感じ取っているらしい。表情は引き締まり、いつでも戦闘態勢に入れる心構えになっていることが見て取れる。

「ヘビが出るかジャが出るか……」
「セイバー、それどっちも蛇だ。正しくは『鬼が出るか蛇が出るか』な」
「……と、とにかく、気を引き締めなければなりません」

 もちろん、士郎自身も、いつ敵襲があっても対応できるようにスタンバイしている。凛は洞窟に危険は無い、と語ったが、聖杯戦争を戦い抜いた彼の勘が、「この奥には何か恐ろしいものが居る」と告げている気がしてならないのだ。

 カン、カン、カッ、カン――と、その「音」が、二人の耳を打つ。更に道の上を歩き、セイバーと士郎は、音の出どころと思しきところの、すぐ近くにまで到っていた。

「この先、だな」
「ええ」

 士郎とセイバーの視線の先に、折れ曲がった通路が見える。「音」はどうやら、その曲がった先から聞こえてきている、ようだ――



 ――と。






「あああああああああああああああああ!」






「!?」 
「?!」

 突然、巨大な「音」の奔流がセイバーと士郎の耳を襲った。咆哮、と言ってもいいかもしれない。洞窟内部の反響効果によりその咆哮が何を意味するか、一体どんな生物のものなのか、即座に理解は出来なかったが、とにかく凄まじい音量であることは間違いない。

「シ、シロウ!」
「……っ!」

 見れば、セイバーは既に鎧を纏い、「不可視の剣」を構えている。それでも頭のライト付きヘルメットは着用している様子がなんともシュールであった。士郎も、慌てて剣を投影してしまっている。「耳をつんざく」という表現があるが、当にその「音」はそんな表現に相応しかった。

「な、なんなんだ、アレ……!」
「まさか、本当に怪獣や竜の類か……!?」

 息を飲む士郎とセイバー。しかし、バインド・ボイスは一度きりであり、その後は再びリズミカルな音がするだけの状態に戻っている。

「い、行くしか、ないよな」
「そ、そうですね……」

 二人は覚悟を決め、歩調を揃えて曲がり角へと歩を進めて行く。
 セイバーの言葉を借りるわけではないが、本当に「鬼」や「竜」の類なのかもしれない。そんなことを士郎は想像し、頬に伝う冷や汗を感じた。
 じり、じり、と、警戒を崩さずに曲がり角直前に到達した二人は、そこで一端歩みを止める。

「……よし。あと十秒、タイミングを合わせて飛び込もう」
「了解です。すぐに私は左に散開します。シロウは、右へ」
「ああ」

 緊張に息を呑む二人は、そう取り決め、突入の準備を整えた。

「行くぞ、セイバー!」
「はい!」

 掛け声一閃、二人は突入の一歩を遂に踏み出す――!


 が――しかし――






「ああああああああああああああもう! ソレもコレも全部ヤツのせいなんだからああああああああああああ!!!!!!」






 ――など、と。


 再び耳をつんざいて行ったその叫びを聞くや、二人は急激に身体のバランスを崩し、曲がり角を曲がった時点で仲良くすっ転んでしまった。

「……え、あ、あれ? セイバーに、士郎?」
「……、……」
「――、――」

 そのまま壁に折り重なるように激突した二人は、もう言葉を発するのもアホらしくなってしまっている。

 何のことは無い。一回目に聞こえた咆哮は、壁による無数の反響で、異次元な生物の声に聞こえてしまっただけなのだ。間近で聴けば、それが彼らにとって極めて身近な人間のものであることが分かる。

「………………遠坂。おまえ、ここで何やってんの」
「え、わ、わたし? ……えーと……緊急、避難?」
「は!?」

 らしからぬ大声を挙げたのは、セイバーである。緊張が途切れたせいか、どこか調子が狂ってしまっているようだ。

 よく見れば、確かに凛の傍らで、自動的かつ一定期間ごとに壁を叩くカラクリが作動している。恐らく、魔術で動いているのだろう。そんなモノを使わずとも、現代にはもっと効率的に掘削を進められる工業用品がありそうではあるが、そういうところに見向きもしないのが「遠坂」らしい。

「と、いうことは……あのリズミカルな音は、壁を叩く音、で」
「入口の雰囲気は、侵入者除け、ってとこか?」

 セイバーと士郎が、それぞれ「解答」を突き付ける。

「あー、うん。そう、そういうこと。あっれー、でも、誰か入ってきたら分かるようになってた筈なんだけどなー……って、あ、そうか。そういえば、今日は通報の結界起動させるの忘れてた……?」

 苦笑しつつ、自らのうっかりを暴露して見せた遠坂凛は、更に続ける。

「あはは、いや、士郎とセイバーがこの島の洞窟を調べることになったとか言い出すから、ね。さっさとなんとかしなきゃ、って思ったんだけど……」

 彼女によれば、龍神島は元々魔力の少量充填に適した良質の宝石原石を産出する地であり、霊的にも優れた土地であったため、遠坂家が所有していたのだという。実際、この洞窟がかつて信仰を集めた龍神の祠、という予測はあながち間違ってはいなかったらしく、途中セイバーと士郎も歩いてきた分岐を右に取れば、祭祀の跡にたどり着くことも可能であるらしい。

 だが――凛の言う「ヤツ」、即ち、長年彼女の後見を務めていた某教会の某神父の杜撰極まる財務管理によって、龍神島もまた、凛が実権を取り戻す前に手放されてしまったのだった。そのことを知った凛の猛烈な怒りは未だに彼女の中に息付いており、時折ああした咆哮でほとばしることがある。

 不幸中の幸い、島を手に入れた理由は時折訪れて釣りを楽しむため、くらいにしか考えていない人物であった。それ故、凛は交渉して無条件での採掘を許してもらうところにまで漕ぎ着けた。そして、投資して通路や機器を導入するなど、ようやく原石の発掘態勢が実現するか、というところにまで来ていたのだ。


 ところが――


「よりにもよって、その段階で島があいつに買収されちゃったのよねー……」


 あいつ、とは、言うまでもなく少年ギルガメッシュのことだ。遠い目で、凛はそう語った。採掘の許可は正式な契約でなく、「黙認」に近い形だったことが仇となり、元の所有者との合意もそれでパーになってしまった、というわけである。そして、次の所有者は、若年ながらも多くのリゾート開発に携わる実業家。前の交渉のように「無条件で」の採掘は見込めない、と判断した凛は、一端、採掘計画の凍結を決断した。

 が、そこで更に降って湧いたのが、今回の士郎とセイバーの探索話――である。二人にかかれば、素人避けのプレッシャーを与える結界などモノの役にも立たないことは明白だった。かと言って、作業現場を放置していては、不審物として纏めて撤去されかねないし、魔術で誤魔化そうにも二人相手では無理、となれば、「物理的」に機器を隠すほかない。

 そんなわけで、凛は現場を一端封印すべく、現地の壁を掘ってスペースを作り、当地に必要なモノを隠しておくための部屋を作りに来ていた――というのが、ことの顛末であった。

「なんだ、そういうことか……」
「それでしたら、最初から言ってくれればよかったではありませんか……」
「いやあ……なんか、言いづらくてね……身内の恥だから……」

 ことの顛末を聞いた士郎とセイバーは脱力し、凛は苦笑いで誤魔化そうとする。

 そう――ここに、二人の洞窟探索は、唐突な終わりを迎えたのだった。



 





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