「……天然洞窟ってわけじゃない、のか?」
「どうやら、そのようです」
――今、セイバーと士郎が洞窟探検に入っている理由、なのであった。
少年ギルガメッシュの「お願い」とは、彼が購入し、リゾート開発と、彼自身の別荘建設を企画している、冬木からほど近い島――「龍神島」にある「洞窟」を調査することであった。海は南国を思わせる程に美しく、波は穏やかで遠浅であり、更に自然豊かな上に気候温暖で、彼自身その島を大いに気に入っているのだが、その「洞窟」だけは得体が知れず、中からは時折正体不明の音が聞こえてきたりもするのである。
その名の通り、近海の島々も含めて龍神伝説も伝わっているため、その祠である可能性等、色々と彼自身も検討してきたし、何度か調査隊を編成もした。彼自身も出向いて視察しているが、人を寄せ付けない「何か」が入口にあるらしく、中に入ることも出来なかった。
が、セイバー、そしてその周辺の人々であれば、と、彼は思い至ったのだという。一般の人間が踏破出来ないところも、ある意味「特殊」な人間である彼女たちならば、行けるかもしれない。それで、彼はセイバーに調査を持ちかけたのだった。
その「見返り」は、開発がかなり進んでいる同島のリゾート、そして、彼の龍神島別邸への招待である。しかも、人数不問。滞在費から食費から交通費から全て子ギル持ちで、という条件だった。
「明らかに人工の道だもんな、コレ。わざわざランプまで設置してある……誰が、何のために……?」
「そこまでは分かりませんが、この中に誰かが居る、あるいは何かがあるのは間違いありませんね」
そんなわけで、セイバーは士郎とも相談の上、少年ギルガメッシュの依頼を受けることに決めたのである。ちょうど、夏に何処へ行くか、という議論が衛宮邸で持ち上がっていた時期であったことも大きい。士郎とセイバーは「依頼」のために一日はやく島入りしており、他のメンバーは明日からこの島にやってくる。ちなみに、セイバーと士郎の洞窟調査結果がどのようなものであろうと、彼による招待は有効、という条件まで付いていた。
「遠坂は、命に関わるようなものは絶対にないって断言してたけどな」
士郎は、このプランを衛宮邸関係者に披露した時のことを思い返す。この洞窟に関して、そんな見通しを述べたのは遠坂凛であった。彼女は、冬木一帯の土地管理者、という位置付けにある人物である。この島は冬木の近海にあるため、彼女の監視が及んでいるのだろう。恐らく、そういう「危険」がある地であれば、彼女のチェックを逃れることは出来ない。その見立てがそうである以上、「安全」とは言わないが「極めて危険」ではない、という想像は出来る。
「私も殺意や敵意の類は察知していませんが、……怨念……? よにかく、何らかの存念が渦巻いているのは感じますね」
「あー、なんかそんな感じだよな……何なんだろ、一体」
首をかしげつつ、セイバーと士郎は洞窟内部を進んでいく。洞窟の入り口で聞こえていた「音」は未だに聞こえ続けており、少しずつ大きくなっているようにも聞こえる。
「っと、そこ気をつけろよ、セイバー」
「はい」
人工の道があるとはいえ、流石に洞穴内部である。所々濡れて滑りやすくなっていたり、自然の侵食を受けて通りにくくなっているところも見受けられた。先導する士郎は、時折そういう箇所でセイバーの手を取り、その通行を助けている。無論、そんな助けをセイバーが必要とすることはないのだが、その心遣いが、セイバーにとっては何より心地良い。
「えー、と。この奥は道が分かれてるみたいだな」
「しかし、道は片方にしかありません……こちらを進むのが常道でしょうか」
「そうだな」
念のため帰り道用の目印を置き、人工の道が続く左側の洞穴を択ぶ二人。道は少し下り坂になりはじめており、通路が階段状になっているところもある。
「それにしても……」
「どうした、セイバー」
「いえ、この道、なのですが」
「ん……」
「まるであーるぴーじーのようだな、と思いまして」
「あーる……あ、そういうことか。確かに」
無論、セイバーが口にしたのは「RPG」、すなわち「ロールプレイングゲーム」のことである。少し前までは考えられもしなかったことだが、今の衛宮邸にはかなりのゲーム機が持ち込まれ、据え付けられていた。主犯は美綴綾子やイリヤスフィールなのだが、遊具があれば使ってみたくなるのが人情というもの。町ではよく子供たちの面倒を見たり、一緒に遊んだりしていることが多い、という影響もあり、セイバーがコントローラーを手にしてテレビの前で目を輝かせている、という光景も、最近では衛宮家の日常になりつつあったりするのだ。彼も、そんなセイバーを見ることを、大変に心地良く感じている。
「ダンジョン攻略、って感じかな。そうすると、最深部にはボスがいたりしそうなもんだけど」
「それは、確かに……あるいは、ドラゴンの類か……ここにも龍神伝説があるくらいですから……」
セイバーが、真剣な面持ちでそんなことを呟く。彼女自身「竜」の因子を持つ人物であるのだが、よくゲームなどで出てくる「ドラゴン」はどう思っているのだろう、などと、ふと士郎は考えた。この様子を見る限り、特段の違和感なく受け入れているようではあり、そのあたりもセイバーが「現代」に馴染み始めている証左、と言えるのかもしれない。
それはそれとして、そんな話をしていると、この奥に本当に「ボス」がいるのではないか、という気がしてくる。元々ただならぬ気配を発していた洞窟だし、そういう類の存在が居ても全くおかしくはない。
「……何事もなきゃいいんだけど」
ぽつり、と、士郎はそう呟いた。遠坂凛の言葉を信じれば、何事もない、というのが正解なのだろうが――。
続
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