「……今でも、その色を夢に見るよ」
「回顧録みたいな言い方ですね、先輩」

 かの福引より、およそ3週間が経った。烈しい闘いだった「弖須闘期間」は遠い過去のものとなり、逢と彼の「先輩」は、大絶賛夏休みライフをエンジョイしている真っ最中である。

 そんな、八月末。二人は今、雲の上を飛んでいる。

「でも、私もびっくりしました」
「だろ? まさか金色が出るなんて想像してもいなくてさ……」
「あ、いえ。帰って来た先輩の様子に、です」

 某航空会社のビジネスクラス。その窓側席に逢、通路側の席に彼が陣取っている。そう――あのテスト期間満了の日、あの福引会場。敬愛する塚原響先輩の助力によりチャレンジした二度目の福引で、彼はとんでもないモノを引き当てていた。

 其は、かの福引の特賞。商店街渾身の目玉賞品であった「直通便で行く! 夏の南国・離島コテージ3泊4日の旅」――である。その賞品が当たったことを示す金色の珠が目に入った瞬間、喜びと衝撃で彼の心は半ば自失状態になったものだ。

「目の焦点が合ってませんでしたから。何があったんだろう、って」
「ああ、うん。夢でも見てるのか、とか思ってたからね」

 その驚愕自失状態にテスト終了時のやつれと疲労が加わり、自室に帰還した彼は半ば、いや、当に幽鬼の如くであった、と、逢はそう証言することを厭わない。その様子は、思わず逢が彼の正気を疑い、駆け寄って身体を揺さぶってしまうぐらいであった。

「ま……今では何もかもが皆、懐かしい……」

 まるで今わの際であるかのような台詞を発する彼をスルーして、逢が飛行機の窓へと視線を向ける。着陸まであと30分を切り、飛行機は雲の間を通って徐々に高度を下げていく。

「あ――」

 その雲間を抜け、眼下に下界が一望できるようになった瞬間、逢の口から感嘆の言葉が漏れた。

「蒼……綺麗……」
「おお……これは確かに予想以上」

 目に映るは島影と、その土地を囲む海。目に映る光景を端的に言葉で表すならば、それだけで足りる。
 が、その色彩はどうだろうか。少なくとも逢は、こんな彩の「海」を見たことがない。地元の海は彼女が愛する場所のひとつだが、しかし、この眼下に広がる「海」は、自分が知っている存在とは別物とさえ思えてしまう。

「凄いな。本当に、南国に来たんだなぁ……」
「ふふ。実感しちゃいますね」

 身を乗り出して窓の外を覗き込む彼に視線の道を譲りつつ、逢も島影の緑と白、海の蒼が織りなすコントラストを堪能する。これから3泊4日、逢と彼は、この島を堪能する権利を得ているのだ。

「楽しみだなぁ」
「私もです、先輩」

 雲は既に遠く、天気は快晴。夏の日差しと美しき島の光景が、二人を祝福しているかの様であった。さて、ここでは、二人のどんな思い出を作ることが出来るだろうか。――きっと、それは、ずっと忘れられないものになるに違いない、と。逢は心の中で、そんな確信を抱いていた。



 





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