「――んむ」

 どれくらい、夢の中に居ただろうか。ぱちり、と目を開けた士郎は、起き上がりつつ、寝ぼけた頭を少し傾けた。とはいえ、それで時間が分かるわけもなく。

「っと……」

 傍らに目を移すと、セイバーライオンが丸くなって、すやすやと寝息を立てている。彼女にはもう少し休息が必要なのだろう。

「おはようございます士郎さん! よく眠れましたか?」
「ん、おはよう……おかげでぐっすり眠れたよ。あ、今何時か分かるかな」
「えっとですね……十時ちょっと前、です」

 とすると、大体一時間強寝ていたことになるだろう。睡眠時間としてはそこまで長くないが、心地よい空間とドリンクの効力か、気分はすっきり、体力もきっちり回復してくれている。

 時間からすれば、後発組の美綴たちが着いていてもおかしくないな、と、士郎はのびをしながら、そう思った。こちらのコンディションも整ったし、セイバーたちと遊びに出る条件は揃った、と言っていいだろう。

(よし)

 セイバーライオンは、昼食まで寝ていたら、起こしてやるとして。こちらは、一足先に出てみるか、と、士郎は席を立ち、ビーチサンダルを履いた。

「色々ありがとう。また後で」
「ちーっす」
「行ってらっしゃいませー!」

 カウンターでボーっとしている千鍵、給仕をしているひびきと挨拶を交わし、士郎は炎天下の浜辺に出た。

「えー、と」

 強烈な日差しに多少の眩暈を覚えながら、士郎は周囲を見回した。衛宮邸関係者は、基本的によく「目立つ」。すぐに、士郎は海の中で遊んでいる組、そして海岸にパラソルを広げてのんびりしている組の二組を発見した。


 ――そして、更に。


(……偶然、では、ないよな)

 見慣れたいつもの面々ではないが、見覚えのある人々の姿も確認することになった。海の中で興じるグループにも、浜辺でのんびりグループにも、衛宮邸や冬木関係者以外で、見知った面々の姿が認められる。

 その中の一人が、腕を組みながら砂浜に立ち、周囲をきょろきょろと見回している。はて、と、士郎は疑問に思い、挨拶がてらに声をかけた。

「や、久しぶり」
「ん……ああ、君か。奇遇だね、こんなところで」

 奇遇かどうか、と、互いに心の内では思っているだろう、と、士郎は想像している。既に驚いてすらいないのが、その証左と言えるだろうか。あの「アーネンエルベ」が関わっているところでは、だいたいそういう空気になるのである。

「何か、探し物か?」
「ああ。……いや、モノ、じゃないんだが」

 その人、遠野志貴は、渋面を作って腕を組み、

「と、いうと」
「アルクェイドがさ、見当たらないんだ」

 溜息に似た声で、そう言った。
 そういえば、と、士郎は改めて知り合いの面子を確認する。あの天真爛漫にして稀にみる美人であり、恐らくは水着になれば周辺の耳目を引きつけてやまないであろうアルクェイド嬢が、見当たらない。秋葉、琥珀、翡翠、そしてどういうわけか、シエルの姿まで確認出来るのだが、あの金髪朱眼の、セイバーの姉にさえ見える彼女の姿だけが見えなかった。

「……ん?」

 そして、そこで士郎ははたと気付く。いや、無意識下では気付いていたのだが、特段気にかけていなかった、というべきか。たまたま見当たらなかっただけ、くらいにしか思っていなかったのだが、志貴と話し、改めて再確認したところで、その事実がふと気になるようになったのである。

(……あれ? セイバー……)

 そう、セイバーの姿が、浜辺遊びに興じている面々の中にも、パラソル下で優雅に過ごしている面々の中にも、見当たらないのだ。

「セイバーも、居ない……?」
「え?」

 士郎の呟きに、志貴が反応する。

「おかしいな。はりきって遊びに行ったはずなんだけど」
「そっちもか……」

 少し、沈黙が流れる。セイバーと一緒に遊ぶのもいい、と考えていただけに、やや拍子抜け、と言ってもいい。

「ちょっと探してくるか……全く、アイツはどこに行くか分からないから……」

 志貴は溜息とともにそう呟き、士郎に手を振って去って行った。士郎は志貴を見送ると、パラソルの下で安穏組――遠坂凛、氷室鐘――のところに向かった。鐘のほうは寝息を立てているが、凛は本のページをめくっている。

「遠坂」
「あ、士郎。おはよう」
「おう。セイバー知らないか?」

 そして、軽くそう聞いてみた。
 が、

「セイバー? そういえば、さっきから見ないわね。ここに来てしばらくは海で遊んでたと思うんだけど」
「――」

 凛の返答は、意外なものだった。具体的にどこにいるかは知らない、と、彼女はそう言っているに等しい。

「む、そうか……」
「ええ。あ、でも、あっちなら知ってるんじゃないかしら。一緒に遊んでたんだし。聞いてみたら?」
「なるほど。ありがとう、遠坂」

 どういたしましてー、と返答する凛と分かれ、士郎はビーチサンダルを脱ぎ、海に入る。日差しの強さにも関わらず、海の水はひやりと心地良い。波をかきわけつつ、士郎はビーチボール遊びに興じる面々に近づくと、

「標的変更! 斃せお兄CHAN!」

 ――という叫びと共に、ソレを強烈な勢いで投げつけられた。

「ぶっ」
「1Hit! バトルドッジボールで鍛えた甲斐があったわね!」
「ただのゲームだけどな、アレ」
「だ、大丈夫ですか? 先輩」

 絶好調、イリヤスフィールの投擲は、見事に士郎の額を捉えた。歓声を上げるイリヤに、士郎を心配する桜、ツッコミを入れる綾子。そのゲームの効力は定かではないが、抵抗を受けやすい、軽いビーチボールがここまでの威力を持っている以上、イリヤは何かしら魔術的作用をこのボールに施したに違いない。

(……この、ナチュラルデッドエンドメーカー……!)

 だが、落ち着け士郎。と、士郎は自らの心に言い聞かせる。ここで心のままに動く――その挑発に乗り、面々とビーチボール遊びを楽しむ――のは簡単だが、今はその時じゃない。

「ねえ、シロウも一緒に遊ばない? これだけの美少女に囲まれて、参加しないなら枯れてるとしか言いようがないわよ!」
「ど、どうでしょうか、先輩」
「ああ、そうしたいのはやまやまなんだけどな。ちょっとその前に、ひとついいか」
「ん?」

 体制を立て直し、士郎は三人に向き直る。額をさすりつつ、彼は主目的たる質問を投げかけた。

「セイバー、知らないか? 探してるんだけど」

 さて、どうか。士郎は三人の反応を注視した……が、期待したようなものが、帰って来ない。

「……そういえば、居ないわね」
「あたしもさっきから見てないな」
「最初は私たちとボール遊びしておられたんですけど……」

 顔を見合わせて、三者三様に呟く少女たち。総合すれば、「セイバーが今どこにいるか、誰も知らない」ということである。

「……それは、変だな」
「そうですね……あ、藤村先生はご存知ですか?」
「ん?」

 三人の傍ら、浮き輪に乗ってぷかぷかと浮いていた大河に、桜が質問を振る。どうやら、彼女もイリヤの球撃により轟沈していたクチ、らしい。

「あー、分かんないなー。イリヤちゃんにボールぶつけられた頃にはもう居なかったかも……」

 こちらの返答も、芳しくない。士郎は、少し首を傾げた。

(何処行ったんだ……?)

 しかし、いくら士郎が考えたところで、答えが出るわけでもない。まずは聞き込みによる情報収集、と。士郎はそう考え、再び浜辺へと足を向けた。


 つづく





 書架へ戻る
 玄関へ戻る