〜ご家族でご旅行のS・Rさん〜

「セイバー……ああ、アイツか。いや、見てねーな。コクトー? さっきまでその辺に居たけど、娘に連れてかれてどっか行ったよ。岩陰にでも連れ込まれてるんじゃないのか……確かにアイツが居りゃすぐ見つかるんだろうけど。残念だったな」


 〜兄とバカンスのA・Tさん、そしてその使用人の方々〜

「セイバーさん、ですか。いえ、見ていません。あれほどの方ですから、見かければ記憶に……、と、琥珀、翡翠、貴方たちはどう?」
「すみません秋葉様、私は先程から、この灼熱の浜辺で『いつもの紅茶が飲みたい』と仰せの秋葉様の無茶に最大限応えようと、海の家と交渉してお茶を淹れさせていただく段取りを整えるべく奔走しておりましたので」
「……申し訳ありません、秋葉様。私は志貴様の仰せでアルクェイド様を探していたのですが、セイバー様は見ておりません」


 〜カレー片手にパラソル下で優雅にお過ごしのCさん〜

「いえ、見ていませんね……すみません。アーネンエルベのカレーを頼みに行く前はここに居たのですが、本を読んでいまして……ええ。あ、そういえば、さっき遠野君もあのアーパー探してましたね。あっちはそのまま消えてくれればせいせいするのに……」





 ――など、と。

「……これは、どういうことだ」

 聞き込みの結果、士郎の疑問符は更に大きくなる結果になってしまった。浜辺に居たどの知り合いに聞いても、結局は「知らない」か、「最初は見ていたがそのうち見なくなった」の二点しか明らかにならなかったのだ。

 そして、ここまで来れば、別の可能性にも思い当たる。
 いや、当初から――というより、普段から、その可能性は常に士郎の頭にある。永遠とも思える別離を体験したからこその恐怖である、とも言えるだろう。


 セイバーは、何か、トラブルに巻き込まれたのではないか――と。


(ない、とは言い切れない、か)

 浜辺から少し離れた岩場を探しつつ、士郎は冷や汗が流れるのを感じる。ここまで探して居ない、となれば、その可能性を考えるのは至極当然だ。「アーネンエルベ」という存在、そこに引き寄せられるかのように集まる「濃い」面々。それが知り合いのうちに留まっていればいいが、そこに怪異脅威の面々が混じる、ということは十分考えられることだ。

 だが、もしそうだとして、あのセイバーを「なんとかできる」モノが存在するだろうか。アヴァロンを持つセイバーは、歩く金城湯池と言ってしまっても過言ではないのである。

 しかし、不意を衝かれれば、どうか。海辺のバカンス、という、気の緩みがちな場所である、ということも考慮しなければならない。更に言えば――不意を衝いてでも、セイバーに何らかの有効な襲撃を行える存在に対して、士郎に相対する術があるのだろうか。

(……っ)

 少しずつ、士郎の心を憔悴が蝕んでいく。もはや、独力で対処できる段階を超えているのかもしれない。そう思った士郎は、岩場から砂浜へと踵を返そうとして、

「――む」

 先程、これまた想い人を探していた、遠野志貴と再度鉢合わせることになった。
 一目見て、士郎にも察するところがあった。どうやら、彼もまた、自分と同じ境遇に置かれているらしい、と。

「見つからない、のか?」
「……ああ」

 志貴は、士郎の問いに渋面を作る。その内心は、恐らく士郎と似通ったものであろう、と、彼は想像した。

「あんなに遊ぶのを楽しみにしてたアルクェイドが、自分から居なくなるってのはちょっと考えづらい……あるいは」
「何か、あった……か」
「考えたくないけどな。そっちも、まだ見つかってないんだろ?」
「――」

 士郎は、無言で頷く。真祖の姫に円卓の騎士王、どちらも地上最強級の女傑であることは疑いない。その二名が二名とも失踪している、というこの事態は、既に看過すべきものではなかった。

「とりあえず、皆に伝えないと」
「そうだな……」

 志貴の言葉に、士郎も同意する。二人は岩場を伝い、砂浜に出ると、それぞれの同行者の下に走った。

「遠坂!」
「あら衛宮君。どうしたの、息せき切って」
「聞いてくれ、実は――」

 士郎は、ちょうどアーネンエルベからドリンクを持って出てきた凛を捕まえ、事情を説明した。

「セイバーが……? でも、そんな異常は感じないけど」
「でも、見当たらないのは事実なんだ」

 士郎の訴えを聞き、凛もまた険しい表情で考え込む。魔術師としての知識、経験ともに士郎より豊富な彼女は、あらゆる角度からこの事態を検討しているのだろう。

「一度、皆を集めましょう。まず手分けをして探しながら、異変がないかどうかの調査をしないと」
「分かった。今すぐ――、……?」
「どうしたの、士……、……?」


 そして、二人は、動きを止めた。
 何か、おかしい。いや、何かが、聞こえる。
 浜では無く、海のほうから、何かが――


「!?」
「?!」

 二人は、その音の方を向き、共に驚愕の表情を浮かべた。

「鮫……二匹!?」

 沖合から浜辺に向かって猛進する、二筋の白波が目に飛び込んでくる。自然現象ではなく、何らかの生物によるものだ。水上バイクの如き推進力、凄まじい勢いである。
 が、それは、断じて鮫などが出す、出せるものではない。
 アレは。

「いや、違う――鮫のヒレは金色じゃない! アレは……」

 そう、アレは。わずかに海面にのぞく、金色のそれは、断じて魚類のヒレなどでは無く――鮮やか過ぎる金髪をたたえた、頭部。 そしてそこから飛び出した「アホ毛」。




 ――即ち――その、持主は――




「っ、はー!」
「いよっと!」



 ――騎士王セイバーと、真祖アルクェイド。


 海中から、水しぶきと共に飛び出してきた二人は、夏の燦々と輝く太陽に照らされ、とても眩しく見えたのであった。







 では、なく。

「やりますね、アルクェイド。勝負は引き分けのようです」
「ええ、そうね。この決着はいつかつけないと。あなたの潜水も中々のものだったわ、セイバー」
「わくわくざぶーんで鍛えた水練力です。しかし、まだまだ修行が足りない……次こそは勝って見せます!」

 など、と。
 やり取りしている二人を、凛と士郎、いや、だけでなく、浜辺に集う人間全員が、茫然としながら眺めることになった。

「せ、セイバー」
「おや、シロウ。おはようございます」
「ああ、おはよう――じゃなくて。今まで、もしかして」
「私ですか? ええ、アルクェイドとあの島まで泳ぎの勝負をしていました。水泳の技と速度を競い合う、というものは楽しいものですね」
「――」
「……」


 そういうことか、と、士郎は頭を抱えた。
 つまり、なんのことはない。セイバーとアルクェイド、一見姉妹にも見えるこの二人は、海水浴場の沖に見える島まで揃って遠泳に出かけ、帰ってきただけ、なのである。

「はは……」

 ふと視線を移せば、志貴のほうも士郎と同じ表情でアルクェイドと話している。とにかく、苦笑するしかない――恐らく、内心の感情も同じようなものだろう。

「それよりシロウ、あの島ですが。実は興味深いことがあるのです」
「と、いうと?」
「こちらから見ると無人島のようですが、浜辺から見えない位置に豪壮な屋敷があるのです。表札には『久遠寺』と。別荘かなにかでしょうか」
「へえ……」
「くおんじ……? え、それって」

 それを聞いて、凛が首を傾げる。
 が、士郎がその真意をうかがい知ることは、今はない。

「不思議な屋敷ですが、中々に美しい拵えです。綺麗な浜や川もありますし、後で行ってみませんか?」
「なるほど、面白そうだ」

 目を輝かせるセイバーと話しながら、士郎は心の底からの安堵を覚える。そして、「これから」に想いを馳せた。
 セイバーと、いつもの面々。



 そして、「普段は顔を合わせない」人々。
 彼らと過ごす時間。それは、騒がしくも、きっと楽しいバカンスになるだろう、と。





 というわけで、夏コミ原稿型月版をお送りいたしました。夏らしく浜辺でAATM。コミケ原稿なのでウチの設定とは少し違うんですが、本文のみであれば延長線上と捉えて頂いてもOKなようになっています。出て来ないキャラクターに関しましては、当日本につける(予定の)ペーパーorペラ本の四コマに出てきたりも。こちらの原作もやりましたよーw

 しかし、やはり難しいのはまほよ勢の扱い……年代が明らかな上、かなり前になりますからねー。今回はああいう形にしてみましたが、今後公式さんがどう料理するかも含めて注目したり考えたりしていきたいところです……あの面々は、是非、扱ってみたい!と思わせるに十分ですからねw

 コミケ情報に関してはサークルのHPをどうぞ。すてまるさんに表紙挿絵、そしておまけ本絵を頂いておりますよ。

 それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>

 面白ければ是非w⇒ web拍手


 書架へ戻る
 玄関へ戻る