灼熱の太陽に焼かれた白い砂を踏みしめつつ、士郎はとある海の家の前に到達した。店の軒先には先発隊が置いて行ったと思しき荷物がいくつか、それらを店員二人が奥の保管スペースへと運んでいる。この海の家こそ、士郎たち一行がこの海岸を夏の連休行楽地に選んだ大いなる要因のひとつである。

「いらっしゃいませ、海の家アーネンエルベへようこ、って、あ!」
「らっしゃーい……お」
「どうも、こんにちは」

 鮮やかな橙のショートカットをした少女、どこか気だるそうな緑髪の少女が、士郎とセイバーライオンに気付き、ほぼ同時に声を上げた。そう、海の家「アーネンエルベ」。普段は某所に在る異世界じみた次元の普通の喫茶店だが、夏の期間はこの海辺にも出張店を出している。士郎たちはこの喫茶店に縁が在り、夏に遊びに行くなら是非、と誘われていたのである。

「お久しぶりです士郎さん! もう皆さん遊びに行っちゃってますよ! 元気な人たちですよねー」
「あー。この暑い中凄いよなー……わたしはいっこくもはやくくーらーのきいたへやにかえりたいというのに」
「チカちゃん! あ、士郎さんとライオンさんも荷物置いて遊びに行かれますよね?」

 照りつける盛夏の太陽、というよりは、爽やかな初夏のそれと言った趣の笑顔を振りまく日比乃ひびき店員は、一方の桂木千鍵店員をたしなめつつ、士郎とセイバーライオンに応対するのも忘れない。士郎はそんな光景を微笑ましく眺めつつ、その問いに答える。

「いや、俺とセイバーライオンはちょっと休ませてもらおうかな、って思ってるんだ。運転で疲れてるし、セイバーライオンは車酔いらしくてね」
「そうでしたか。確かにライオンさんもちょっと辛そうですもんね。じゃ、特別涼しいところに御案内しましょう! すみませんが、そこの水道で砂を落としていただけますか?」
「ありがとう、助かるよ」
「んじゃ、荷物あずかりゃーっす」

 千鍵に荷物を渡し、士郎とセイバーライオンは道中でついた砂を落とし、タオルで綺麗に拭いて、店内に入った。どういうからくりなのか、日蔭の店内は冷房でも効いているのか、と思うほどに涼しい。

(……なるほど)

 少し目をこらすと、店内には大きな氷が3箇所に置いてあり、それぞれ扇風機が近くに備え付けられている。店内にまんべんなく冷気が行く仕組みになっているのだ。

「こちらです、士郎さん」

 ひびきに案内された先は、座敷席だった。ほど近くには例の氷があり、大変に心地よい気温となっている。

「ちゃーす。サービスドリンクどうぞー」
「え、いいのか?」

 座布団に腰を下ろした士郎とセイバーライオンに、千鍵がふたつのグラスを運んできた。すかさず、ひびきが説明を加える。

「はい! お疲れの御様子ですし、いつも御贔屓にしていただいてますので!」

 特にセイバーさんに、と、ひびきは言い添えるのを忘れない。セイバーはアーネンエルベにおける料理を愛する者の一人であり、時折入り込んではひびきの手料理に舌鼓を打っているのである。

「パッションフルーツも使っています。疲労回復にはもってこいだと思いますよ!」

 ひびきの言う通り、一口飲むと、適度なすっぱさと甘さが身体を駆け抜けて行く心地がする。シークァーサーだろうか、これは。壁を見れば、「疲労回復に! アーネンエルベ特製ドリンク 〜盛夏(リアルサマー)の情熱(パッション)〜」と題したメニューが貼ってある。恐らく、それがコレなのだろう。

「がおっ!」

 セイバーライオンも気に行ったらしく、ドリンクを飲みほした彼女は、明らかに先刻のへばった状態とは違っていた。

「がう、がう」
「おう、一寝入りだな」
「がお!」

 大きく頷くと、セイバーライオンは座布団の上にまるくなり、すぐに寝息を立て始めた。ネコは心地よい場所を見つけ出すプロ、と言う。流石はネコ科(?)の行動であった。摂りこんだドリンクの栄養と睡眠を合わせれば、きっと起きる頃にはいつもの彼女になっている筈だ。

「あ、士郎さんも横になっていただいて構いませんよー。まだ朝早いですから、そんなにお客さんもいらっしゃいませんし」
「ありがとう」

 ウェルカムドリンクといい、ここまでしてもらっていいのか、というほどのもてなしに、士郎の心も緩んでいく。咽喉を通る心地よい柑橘の味わいを楽しんだ士郎も、その言葉に甘え、セイバーライオンにならい、座布団を枕にして横になった。心地よいまどろみの感覚が、士郎の心身をリラックさせていく。氷から流れる涼しい空気も、一休みには最高だ。セイバーライオンの寝息と扇風機の音を聞きながら、彼もまた、しばしの安息へと意識を落としていった。


 つづく





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