「あ、雨……」


 ぽつり、と、頬に落ちた雨粒が、天候の変化を私に教えてくれた。空模様が怪しいな、と思っていたら、予想が悪い方に当たったみたいだ。

(先輩は、傘、持ってきたかな……)

 今日の予報は一日曇り、だったから、もしかしたら、持ってきていないかもしれない。そう思って、傘は2本用意してある。備えあれば憂いなし。先輩が濡れて、風邪をひいたら取り返しがつかないことになりかねないし。

「そろそろ、かな」

 腕時計の時間が、一日目最後の教科、数学2の終了時間を刻んでから、五分ほどが経過している。この時間に、試験会場の正門で待っていてほしい、というのが、昨日、センター前最後の電話で先輩にお願いされたこと、なのだ。

 ぽつり、ぽつりと、輝日東の制服を着た生徒が、門から出てくる。この大学は、輝日東と他2校が使う会場と指定されているらしく、輝日東以外でも見慣れた制服を着ている生徒がほとんどだ。

 さて、先輩は何時出てくるだろう、と、私は注意深く人の流れを観察する。少しずつ、校舎から出てくる高校三年生は多くなってきていて、テストの結果や明日の予想問題を語り合う人もいれば、足早に会場を後にする人もいる――けど。

「……遅い、かな?」

 私は、そう呟いた。腕時計を見れば、試験終了から十二分が経過していた。解答用紙の回収、翌日の説明、といったことを差し引いても、そろそろ先輩が出てきてもおかしくない――いや、出てきてくれる、と予想している時間を、オーバーしようとしている。

 私は、少し、首を傾げた。更に、先輩は事前に、「試験会場では試験の結果等等については話さない」と語っていた。済んだことを回想しても精神衛生上よくない、というのが最たる理由らしい。それなら尚更、早めに出てきてもおかしくないはず、なんだけど……。

「あ、あの」
「?」

 私は意を決し、たまたま見かけた、顔を知っている輝日東の高三生に声をかけ、話を聞いてみた。

 最初の二人は空振りに終わった。先輩とは同じ部屋じゃなくて、全く分からない、とのこと。三人目、先輩と同じクラスの人を見つけて聞いて、やっと手がかりを得ることが出来た。

「ああ、アイツか。そういえば、えらく顔色悪かったな」
「え、顔色、ですか?」
「うん。青白い顔しててな。で、試験が終わって真っ先に部屋出たはずなんだけど。まだ見てないの?」
「あ、はい」
「そうか。おかしいな。アイツも駅からだし、ここを通るはずなんだが」
「そうですか……あ、ありがとうございました。明日もテスト、頑張ってください」

 私は、試験の後だというのに丁寧に対応してくれたその人に一礼し、見送ってから、呟いた。

「先輩は、試験が終わって、早めに部屋を出た。でも、ここは通ってない……?」

 今の話を総合すれば、そういうことになる。すると、可能性は二つだ。まだ、先輩は大学の構内に残っているか、それとも。

(別の門を通って、帰った?)

 けど、待ち合わせは、この門の脇で、試験終了後5分くらいの時間に、ということで間違いない。他の門を使う、ということは、駅まで遠回りする、ということになるから、考えにくいと思う。

(顔色が悪かった、か。もしかして……)

 人の流れは次第にまばらになる中、私はその可能性を思いついて、構内に入って行った。根をつめて勉強した上、今日からは本番だから、強い緊張にもさらされることになる。ひょっとしたら、体調不良になって、救護を受けている、かもしれない。あまり考えたくはないけど、その可能性が、現時点では一番高そうでもある。


 ――しかし。


「いや、今日は体調不良者は報告されていませんね。テスト中もなかったですし、テストの後もそういった申し出はありません」
「え……」


 試験会場に入り、集計、撤収の作業に入っている本部に行って私が聞いたのは、そんな回答だった。テスト中も、テスト後も、体調不良で救護室を使うことになった生徒は一人もいない、という。

 とすれば、先輩は?

(まだ中に居る、のかな)

 可能性としては、それもあり得るだろう。もうひとつは、さっきも考えた、「別の出入口を通って駅に向かった」、になる。


 ただ、どちらにしても、同じ点がある。

 あの、律儀な先輩が――約束を違えている、ということだ。


 もしかして、と、私は、心の中で、原因を推測してしまう。

 ――それと、同時に。

 その予想が当たっていませんように、と。
 私は、心の底から、そう祈っていた。


 つづく





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