何かあると、「ここ」に籠もる。それは長らく続けてきたことだけど、今日ほど自己嫌悪の念が高まったことがあっただろうか。
 ……いや、ない。そう断言できる。もともと、大した人物と自分で思っていたわけでも無い、が、ここまで最低野郎であったとは。僕としても予想外だ。


 試験には失敗し。
 あまつさえ――結果的に、逢との約束まで反故にしてしまった。


 後で気付いて約束の場所に引き返したけど、後の祭り。逢は既に、会場の正門の前には居なかった。それから周りを探したけど、結局逢は見つからず――そう、まず、間違いなく。彼女は、愛想を尽かして帰ってしまった、のだ。

 その後は、放心状態だった。この押入れに入るまで、どんな道を通って帰ってきたかも覚えていない。身体が濡れている、ということは、恐らく雨に降られたのだろう。

(……寒)

 気密性が高く、暖かいはずの押入れの中で、身体を震わせる。冬に雨に濡れれば、こうなるのは当然の帰結だ。ただ、それだけでもなさそうだ。きっと、精神状態も大いに影響している。この先のことを考えれば、血の気が引いて、身体中が強張るのを感じてしまう。

 センター試験で、この体たらくである。これから始まる受験本番で、似たようなことにならない、という保証は一切ない――どころか、確率はかなり高い、と言っていい。

 それに、何より。
 逢の信頼を裏切ってしまったことが、恐ろしい。


(……ごめん……逢)

 合わせる顔が無い、とは、このことだ。あれだけ受験勉強に協力してもらったのに。その尽力を裏切り、約束を破って信頼も裏切ってしまった。

 それでも――


(……あ)


 ――それでも、謝らないと。

 赦してくれ、なんて、言えるわけがないけど。逢に、それだけは、伝えないといけない。
 寒い中、雨が降る中、待たせたのは僕だ。結局、約束を守れなかったのも、全て。そのことを、彼女に謝らないと、ダメじゃないか。

(そうだよ……それからだ……)

 まず、それが先だった。見つからなければ、逢の家の前で、彼女を待てばよかっただけだったんだ。僕は、何をしていたというのか。気落ちしていたことを差し引いても、それくらいはすぐ分かりそうなものなのに。

 のそり、と、身体を動かした。さっきまでは鉛のようだったのに、今は多少は動かせる。なんとか這い出て、着替えて、逢のところに行かないと――

「!?」

 ――そう思った僕は、「その音」を聞いて、動きを止めた。

 扉を、ノックする音だ。

(誰だ……?)

 美也、だろうか。……そういえば、帰った時、タオルを差し出してくれたような気がする。後で、美也にも謝っておかないと――


「先輩?」


 が、僕の予想は外れた。
 その、声は――

「失礼、します」

 かちゃり、と、扉を開ける音。逢の声。
 聞き間違える筈なんか、ない。

「……先輩」

 そのまま、彼女の足音が押入れの近くまで来て、そこに腰を下ろしたのが分かった。

「押入れの中、ですよね?」
「……うん」

 我ながら、情けない声で返答した、と思う。はっきりしない、小さい、震える声音。だが、逢に伝えることは、しっかりと伝えないといけない。

「――ごめん、逢」
「?」
「約束、すっぽかしちゃってさ……本当に、ごめん」
「ああ……」

 くすり、と笑って、逢はそう言った。怒っている……ようには、聞こえない。それとも、怒りを押し殺している、のか。

「あの時は、頭が真っ白になってて……寒い中待たせたのに、先に帰っちゃってて……。試験も失敗してさ……勉強でも、いっぱい手伝ってもらったのに……」
「ふむ……なるほど、そういうことでしたか」

 逢は、少しとぼけたような声で、そう返答した。
 ……ちょっと、拍子抜けだ。もっとこう、怒られたり、冷たくされたり、違った反応を想像していた、んだけど。
 逢は、続ける。

「そんなこと、私が気にすると思いましたか?」
「え? いや、そりゃ、約束を破ったら……」
「全く、気にしていませんから。これは、先に、言っておきます。――それで、先輩!」
「は、はい!」

 逢の、元気な声に、思わず背筋が伸びる。

「あの」
「……?」
「入っても、かまいませんか?」

 入っても――というのは、つまり、押入れに、だろうか。
 いや、この場合、それ以外はありえない。

「あ、うん……いい、けど」
「それじゃ、お邪魔します」

 する、と、襖が開く音がして、逢が入ってくるのが見える。
 その笑顔を見て、心から安堵した。
 それが、作っているものや、他の感情を押し殺したものでないことは、僕が一番よく分かっている。

「先輩」

 逢はそのまま僕に近づき、ぽん、と、背中を預けてきた。

「逢……?」
「――先輩のことは、私が一番近くで見てきたんですよ」
「……え」
「もちろん、いつもいつもじゃないですけど。先輩が目標に向かって努力してきたことは、間違いありません。私が保証します」

 静かに、ゆっくりと、逢は僕に語りかけてくれる。
 強張っていた心と身体が、少しずつ、解れていくのが分かった。


「ですから――、――って、先輩?」
「……ありがとう」


 そこから先は、もう、聞かなくても大丈夫だ。
 逢が見ていてくれていた。
 そして、これからも、見ていてくれる。
 僕の、目標へと向かう意志を。僕の、すぐ傍で。
 折れそうになっていた心が、そのことで力を取り戻す。
 後は、場数でも踏めばいい。この先、仮に失敗することがあるとしても。意志さえあれば、正しい方向にさえ向かっていれば、何度でも挑むことが出来るのだ。
 逢の言葉が、そんな簡単なことも見失っていた僕に、それを思い出させてくれた。

「逢が居なかったら、僕はダメだな」
「ふふっ。そんなことありませんよ、先輩」

 寄り添う逢を、そっと抱きしめて。しばらくして、僕は、心からの感慨を漏らす。
 そして、逢と、他愛ない話をする。
 それは、至高の休息。こうしている時間が終われば、僕はまた頑張れるだろう。
 今はただ、逢に感謝を。
 彼女の傍に居られる、この幸せを、感じながら。





 というわけで、夏コミ本のSSをアップロードしてみました。サンプルとして一部にしようかなあ、とも思ったんですが、遠隔地や日程の都合で来られない方にはお披露目出来ない、ということもありましたので、本文を載せております。

 内容は、前々から考えていたウチの「主人公と逢さん」のストーリーの一節ですね。この後受験して、どうなって、こうなって、というのも実は頭にあったりします(笑)。これについてはいつかまた形にしようかな、と思っておりますよw

 なお、作中にレッドブルが出てくるのは遊びです(笑)。アマガミの設定年代では「日本では」あり得なかったりもしますが、そこは創作ってことで……w 

 夏コミ本に関しましてはサークルのHPをどうぞ。紫色様とすてまる様に絵を頂いておりますよー。

 それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>

 面白ければ是非w⇒ web拍手


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