「何故でしょう。時折、突然、入りたくなるのです」
首をかしげながら、セイバーが言う。そんな彼女が持つ風呂桶には、着替え、タオルなど、お風呂セットが一式揃っている。銭湯へ向かう道すがら、士郎は、そんなセイバーの感慨を聞き、笑みを浮かべた。
「いいよな、大きい風呂」
「はい。家のものも十分大きいのだと思いますが、何かこう……やはり、公共の浴場しか持ち得ない魅力、と言いましょうか……ローマの民が好き好んだのもよく分かる、と言うか」
「銭湯に行きたい」と、セイバーが言いだしたのは、今日の昼だった。といっても、これがめてのことではない。以前、とある事情から銭湯に行って以降、度々セイバーは銭湯行きを提案してくれている。どうやら、余程お気に召しているらしい。
「そういえば、皇帝まで普通の人と一緒に入ってた、っていうしな」
「ええ。流石に私の時代にはほとんど機能していませんでしたが、今ならその感覚も理解できなくはありません。あの場には、人を分け隔てる衣も何もない……そして、体を思いきり温めてくれる、癒してくれる湯……」
半ば、恍惚の表情を浮かべているセイバーは、すっかり「風呂文化」の虜である。広い風呂を恋しく想う――銭湯や温泉が身近にある日本に住んでいれば、その感覚に襲われる者も多い。セイバーがそう感じてくれるのは、この地に馴染んでくれているひとつの証左でもある、と言えるだろう。
士郎には、それがなんとも言えず嬉しいのだ。
「内湯には内湯の、銭湯には銭湯の良さがあることを知りました……奥が深い」
「不思議だよな。こう、体に刻みこまれる気持ちよさ、っていうか……」
セイバーが続ける感慨もまた、ひとつの詩だ。既に日は落ちたが、今日は雲ひとつない快晴で、星が空に瞬いている。その星の間を縫うように漂う煙が、その詩に絵画を添えている。
銭湯は近い。その入口から漏れる光もまた、街を彩る色である。
「ふふ、そうですね。……と、シロウ、待ち合わせの時間はどうしましょう?」
その光の中に入り、のれんをくぐったところで、セイバーは士郎にそう聞いた。
「んー、まあ、決めなくてもいいんじゃないかな。先に出たら、ロビーで待ってればいいし」
「確かに」
二人はサンダルを脱ぐと、かぎ付きの下駄箱にしまう。昔ながらの木の札が、なんとも言えない趣をかもし出している。一方で、入浴後にくつろげるロビーがあったり、浴槽の種類が多かったりと、少し高めの入浴料の代わりに、施設が充実しているのがこの銭湯。近所では、一番豪華な銭湯だ。
「じゃ、また後でな、セイバー」
「はい。良いお湯を、シロウ」
二人は番台に入浴料を支払うと、それぞれの湯へと分かれて行った。ここからは、野郎一人。無論、地元に顔が効く分知り合いがいる可能性も高いのだが、それとこれとは話が別だ。
いや全く、全てに於いて完璧な風呂、と言いたい日本の銭湯であるが、セイバーと一緒に入れない、というのは、唯一の欠点と評していいだろう。
まあ、その分「湯上り」の時間を堪能できる、という長所もあるか。
士郎は苦笑しながら、そう思い直し、男湯ののれんをくぐって行った。
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