「はー………どうなるかと思ったけど。」


 かぽーん、と、大浴場ならではの音が響く。建物の二階が全て浴場になっているのがここの特徴であり、広々としたくつろぎの湯として評判が高い。ちなみに一階がスキー受付で、三階はレストランになっている、という趣向。宿泊施設はまた少し離れたところにあるらしい。

 急所に一撃を見舞われた割には、すぐに意識が復帰できたのは鍛錬の賜物か。セイバーによる強烈なアタックの後も士郎はセイバーと一緒に思う存分スキーを楽しみ、こうして一日の汗を流しているのだった。

 一緒に銭湯に行ってからというもの、大きい風呂が気に入っているセイバーも、きっと寛いでいることだろう、と彼は思う。流石、売りにしているだけはある出来だった。

「あ痛て……」

 鳩尾をさすってみると、やはり多少は痛みが残っている。とはいえ触らなければどうということもないし、いつも道場で作っている打ち身に比べればもっとどうでもいいレベル。最後まで少し心配そうにしていたセイバーに後でフォローしとかないとな、と苦笑いしつつ、士郎はハーブ湯に浸かってみる。

「うん。アロマってのも悪くないかも。」

 熱いお湯とハーブの香りが何ともいえぬリラックスを誘う。慣れない筋肉を多用した分、いつもよりずっと気持ちいい入浴。
 とはいえ。いつまでも浸かっている訳にもいかないのもまた事実だった。この後、彼女をエスコートする身分として、セイバーの方を待たせるコトは禁忌と言っていいだろう。

 多少名残惜しさをサウナの方に向けつつも、士郎は最後、60秒だけ数えて上がろうと心に決めた。デートプログラムも残すところあと2イベント。セイバーに心行くまで楽しんでもらうには、より一層の気配りが求められる。

「しかし」

 悪くない趣向。風呂でリラックス出来れば、それにこしたことはない。………いろいろな意味で。

「………今度ウチでも試してみよう。」






「―――――!」

 士郎が大浴場から出てくると、丁度セイバーが待合室で珈琲牛乳を堪能していた。この間の銭湯ですっかりお気に入りになったらしく、今では衛宮邸でも時折見られる光景になっている。

 すっかりいい気分で豪快に飲んでいたのが気恥ずかしかったのか、セイバーは少し顔を紅くしている。あるいは、風呂で血行が良くなっているのかもしれない。

「風呂、どうだった?」
「ええ、とてもいい湯でした。ハーブのお湯が特に心地良かったですね。」

 セイバーも同じコトを思ってくれていたことに、士郎は相好を崩す。これなら、試す価値もあるだろう。

 のんびりリラックスの後は、ゆっくりお食事、がコンセプト。二人はしばらく談笑して、一つ上の階のレストランへと上がっていった。
 





「じゃあ俺はAコースでお願いします。」
「私はBコースを。」
「食後の珈琲はいかが致しましょう。」
「エスプレッソでいいか?セイバー。」
「はい。」
「じゃあ、それを二つお願いします。」
「かしこまりました。」

 案内された席からは、ナイターのシュプールが見渡せる。闇夜に照らされる白銀の斜面もまた、こうして見ると美しい。
 このイタリアンレストランもまた、当スキー場の目玉の一つ。本場の味として地元グルメの評価も上々とか何とかで、たまには外食もありかな、と、士郎が一念発起してデートプランに加えたのである。

 とはいえ。

「…………」
「――――」

 予想以上の大人な雰囲気に、二人は少し固くなっていた。そういえば、初めてデートした時もこんな感じだったな、と、士郎は内心苦笑する。

「………くす。」
「?」

 そんな無言の中、セイバーも一つ、笑いを漏らす。

「あの時もシロウはこのような感じでした。覚えていますか?」

 彼女もまた、同じ場面を思い浮かべていたらしい。覚えているも何も、衛宮士郎にとって、あの日の出来事を忘れることなど、ありえないだろう。

「同じこと考えてたよ。まさかこんなにちゃんとした所とは思わなかった。」

 幸いディナーはコース料理中心のため、横文字に混乱することは無かったが。やっぱり肩肘張った場所は性に合わないのかもしれない。
 だが、男たるもの、デートコースにこういう所を組み込むのもまた甲斐性ってやつなわけで。

「まあ、たまにはいいんじゃないかな。味は折り紙つきって言うし。」
「ええ、美味しいといいですね、シロウ。」

 二人きりで楽しむディナーも、時には貴重な思い出なのだから。






 結論から言えば、流石は評判なだけある料理が出てきた。士郎もいくつか新メニューを覚えることが出来、予想以上の収穫である。
 特に、デザートのソルベは珠玉だった。結構アルコールを使っているのだが、それが浮いておらず、氷に上手くフィットしていて……

(この程度で酔った、ってことはないだろうけど)

 しかし、雰囲気に酔う、ということはある。食後の珈琲をゆっくりと楽しみつつ、過ぎた時間を惜しむのも悪くは無い趣向。
 名残惜しいのはセイバーも一緒だったようで、飲み干したカップを置いて、どことなく表情は寂しげな笑顔。

「ごちそうさまでした。最後の珈琲まで、こだわりが見える食事でしたね。」
「コレ、美味しいもんな。豆の挽き方一つでこんなに変わるもんか………。」

 士郎も、最後の一滴を味わいつつ、カップを置く。ごちそうさまでした、と、こちらも挨拶は欠かさない。

「シロウ、今日はとても楽しかった。心から、感謝しています。」

 と、セイバーがぺこりと頭を下げる。セイバーの言葉にウソは無い。だからコレは、心から楽しんで、そして、士郎への最大限の謝辞。
 ―――――だがしかし。未だ、今日のデートコースは終わりではないのだった。

「ああ、こちらこそ。だけどセイバー、まだ行くところがあるんだ。」
「そうなのですか?私はてっきり………」

 確かに、夕食は〆、と考えてもおかしくはないが。セイバーも、そんな雰囲気に酔っていた、ということなのかもしれない。

「まあ、楽しんでもらえるかは解らないんだけど。それじゃあ、行こうか。」






 一地方都市とはいえ、遠く見下ろす夜景は、やはり壮観だった。

「――――――」

 山の上、はく息は白く、闇の中に溶けていく。尾根伝いに少し歩いた所に、目的地はある。テラス型になっているその展望台からは、確かに星まで掬えそうに、天も近い。
 「掬星台」、という名前は少し仰々しいと思ったが、そう名づけたくなる気持ちも今なら推し量れる、と彼は思う。喪うものの多い現代にあって、過去では確かに見られなかった景色が、ここにはある。天に広がる無数の星、眼下に広がる光の海。山は闇に覆われ、裾から点々と伸びる光が、コントラストを描いて美しい。

 声も出ない、のではなく、出さない。出すならば、去り際。たった一言述べるだけで十分だろう、と、二人とも知っていた。冬木のビルが、橋が、深山の人の営みが。無数の灯となって、一枚の、その夜限りの絵を紡ぐ。
 そっと、士郎は彼女の顔を見た。夜景を見るのは初めてでは無くても、きっと感動できる光景が広がっていると信じて、ここを最後に持ってきた。確信が得たい。彼女の顔を見ればわかるのだから、ほんの少し。

「――――――」

 想像通り、とはいかなかった。そんな自分の浅薄な想像力を密かに呪う。

 想像していたよりも・・・・・・・・・ずっと・・・――――セイバーは、幸せそうな笑顔を浮かべてくれている。
 手すりにかけた士郎の左手に、そっと、彼女の右手が重なった。ありがとう、と、そんな気持ちが伝わってきて、士郎の心に暖かさが灯る。

 曰く、100万ドルの夜景、と。きっとそれは、見るものの心にも、金額に出来ない感慨を生んでくれるのだ。

 それが恋人たちなら、尚更に。






「綺麗だったな。」
「ええ、とても………。」

 山の上だけあって、展望台は少し冷える。夏ならもう少し長居して、星を眺めるのもいいかもしれない。
 士郎の心には、確かな充足感があった。自分も楽しめたし、セイバーにも楽しんでもらったと言う確信がある。今日3月14日という日付が少し名残惜しい。また来年、同じようないい日を送りたいと、今は思っていた。

 展望台への道は、施設の二階から伸びている。寒い道から、暖かい室内に入り、階段を下りてロビーへ。送迎バスが出る時刻までは、あと数分しかない。宿泊ならば話は別だが、ここからタクシーで駅まで降りるのは家計的に厳しかったりする。

「はい、セイバー。」
「ありがとうございます。」

 士郎がロビーの自販機で暖かいお茶を二つ買って、セイバーに渡す。これで少しは体も温まるだろう。

「ありがとうございました。またのお越しを、お待ちしております。」

 ロビーでは、同じく送迎バスで帰るだろう客に対し、支配人風の大柄な男が挨拶を繰り返している。きっとオーナーの教育が行き届いているのだろう。その言葉一つ一つに誠が感じられて、去るものの心にはきっと、いい思い出を飾る響きとして残るに違いない。こんな気遣い一つが、レジャーサービス成功の秘訣なのかもしれないな、と、士郎は思った。

「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「ええ。」

 楽しかった一日を終えて、また家に帰る。今度来る時は皆も一緒か、それともまた二人きりで、だろうか。そんなことを考えながら、ロビーを横切り、出口の自動ドアへ。

「ありがとうございました。是非また、当施設をご利用くださいね。」

 其処まで来て、士郎は先ほどの男性の影、小さい男の子がいることに気付いた。まだ影になって良く見えはしないが、…………



 ―――――――て。待てよ。



 その子供はこちらに気付き、にぱ!と輝ける笑顔を向けてくる。金髪に紅色の眼、透き通るような白い肌。整った顔立ちに、ビッと着こなすタキシードが良く似合って………


「こんばんは、お兄さん、お姉さん。ご利用有難う御座いました。楽しんでもらえましたか?」



 どこかで見た・・・・・・少年の笑顔に、二人の顔が凍りついた。



「………………〜〜〜〜!!!!」
「〜〜〜〜――――――――………!!!」
「やだな、幽霊でも見たような顔をしないでくださいよ。ほら、バスが出ちゃいます。また会う機会もあるでしょうから。その時はせめて、もうちょっと歓迎してくださいね。それじゃあ、また。」

 信じられない既視感。二人はただ、そう言ってロビーに入っていく少年の後姿を、呆然と見送ることしか出来ず。



 ―――――曰く。金髪少年大富豪プロデュース・冬木周辺リゾート化計画第二段。



 根も葉も無くとも、火の在るところには煙が立ってしまうのだ。実しやかに巷間で囁かれていた、そんな文句を思い出しながら。

「まもなく出発いたします。お帰りのお客様は、バスにご乗車ください」

 二人は出発のアナウンスに押されるように、リムジンバスの中へと入っていった。






「………なんだったんだろうな、アレ。」
「………理解が及びません。見なかったことにしたいのですが………」

 慌しくバスの最後列に腰掛け、そんなことを呟きあう二人。バスに乗る人影はそう多くない。暗い車内から見るスキー場の光が、次第に遠ざかっていく。

「まあ、気にしてもしょうがないか。」

 そう言い出したのは、士郎のほうだった。彼が誰であれ、今は気にすることもなし。仮に「彼」だったとて………まあ、それはまた会った時に考えよう。

「………ええ、そうですね。」

 セイバーもそこの所は同意してくれた。彼女の中にも在る記憶に、確かに彼の姿が刻まれているのかもしれない。



 車内のスピーカーからは、地元のFMラジオが流れている。ムードミュージック、と言うのだろうか。和やかなその曲は、DJによれば、恋人達に捧げるメロディらしい。
 折角、そんなお膳立てをしてくれるのだし。ラストの衝撃シーンはひとまず置いておいて、今はセイバーとのひと時を楽しもう、と、士郎はそう考えた。

「シロウ。」
「ん?………っと。」

 先制攻撃は、セイバーから。ぽん、と、彼女の顔が士郎の肩に乗った。少しだけもたれかかるように………暗い車内、そのことに気付く乗客は、居ないだろう。

 そっと抱き寄せて。駅までは、こんな幸せをかみ締めるのも、デートの最後にはいいだろう。

「また来ような、セイバー。」
「ええ。是非。」

 ホワイトデーの定番になりそうなコースを、もう一度頭の中で反芻する。セイバーの笑顔が、何より、今日のデートが成功であったことを示してくれていた。






 というわけで、まさかの子○ル氏登場!(え?)

 や、案外長引いてしまいましてねー。オチとプランは決まってたんですがw プロット切が甘かったですね。てか、あんまし詳細に切らなかったらこんなことになったのか……!?いかん、もうそろそろ一年なのに、成長してくれ自分w 風邪もあったし、難産しましたよー。
 ちなみに展望台「掬星台」は六甲山に実在します。Fateルートでは手に届かぬものが「星」でした。ですが、せめてウチのSSでは、一緒に星を眺められる幸せを噛み締めてほしいな、と思ってお借りしましたw ちなみに恋人達のスポットなのかどうかは、知りませんw

 あ、因みにレストランがイタリアンなのは、高級レストランの代名詞・フランス料理がわからないからです(暴露)。………ごめんなさい。自分の中ではイタリア料理はもうちょっと手軽に楽しめるものなのですがw


 それでは、今回も御拝読、誠に有難う御座いました!!!


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