二人でいる時は、いつでも。とても貴重な時間だと思う。
 そして、そんな時間が何よりも好きだ。


 だけど、それだけでは無い、と思う。
 首を長くして、あの人を待っている時間も。

 会って、―――――と言うコトが。
 こんなに楽しみになるなんて、思ってもいないことだった。






 夕刻、衛宮邸は喧騒に包まれる。


 それぞれがそこに居場所を持ち、そして、それがこの家にとっての「普通」。そんな、誰にとっても居心地のよい雰囲気が、衛宮邸には確かにあった。


「セイバーさん、冷蔵庫からお味噌とってくれませんか?」
「了解しました。合わせで宜しいでしょうか。」
「はい、ありがとうございます♪」
「セイバー、こっちに塩コショウお願い。」
「なるほど、味付けですね。了解しました。」

 今日は、家主の士郎がアルバイトで居ない。セイバーも、今ではそんな時に手伝いに入れるくらいには、家事をこなすようになっていた。

「この時間はウルトラマン芽美宇須の再放送見るって言ってるでしょイリヤちゃん!!七日目くらい我慢しなさい!!」
「うるさいわねー!!スモウはこの時期しかやらないんだから、二週間ぐらいタイガが我慢するべきよ!!お給料貰ってるんならDVDでも何でも借りてくればいいじゃない!」
「るさいわ!!そういう塵が積もって財産となるのよ!ブルジョワには解るまいこの心!」
「藤村の娘が言うことかしら?なら、ウルトラファイトで勝負つけようじゃないの!!」
「望むところだ悪魔っ子!!今日こそきりもみキックぶち込んでくれるわよ!!」

 居間では、スモウを愛好するドイツ人にウルトラマンの番組権を主張する教師が戦闘を繰り広げている。家主がいれば頭を抱えるところだが、料理に没頭する三人にとってはさして気にもならないらしい。


 と。


「………あれ?電話なってない?」
「あ、ホントだ……。藤村先生――って……無理ですね。セイバーさん、ちょっと手が離せないんでお願いできますか?」
「了解しました。」

 廊下から鳴り響く電話の音。が、居間で取っ組み合っている二人は一顧だにしない。
 セイバーは苦笑しつつ、廊下に出て受話器を取った。

「もしもし、衛宮ですが。」
「ああ、セイバー。今日、ちょっとアルバイト遅くなるみたいでさ。何時になるかわかんないんだけど、夕飯までには戻れないと思う。あと、藤ねえには柳洞寺に寄ってる、って言ってくれると助かる。」
「む……。それは残念です。全く、今日も誰でも良い残業を受けたのではありませんか?」
「はは、それは後にしてくれ。また帰ったら話すよ。それじゃ、皆にも宜しく。」
「あ、シロ………、もう……。」

 かちゃ、と、電話が切れる。
 セイバーは少し難しい顔をして、電子音の鳴る受話器を見つめていた。






「と、いうわけです。シロウはまた残業のようで……。」
 と、味見をしながらセイバー。

「また?最近多いわねー。」
 と、卵を割りながら凛。

「そうですね……。お疲れにも見えますし……。」
 と、野菜を刻みつつ桜。


 セイバーは台所に戻り、士郎の帰宅が遅いことを告げた。凛の言うとおり、最近の彼は殊、アルバイトの延長が多い。同じ職場の大学生がテスト期間にあるとかで、空いた分のシフトを士郎が埋めている、ということらしい。

「勤労学生にはちょっと早いのにね。ご苦労なことだわ。」
「バゼットさんは解りますけど、先輩はまだ穂群原の生徒なんですから……。少しは断ってもいいと思うんですけど。」

 ちなみに、当家の居候バゼットは、最近は夜勤の警備会社でアルバイトを入れている。それはそれで適役なのだが、実際に侵入者が居ないことにイライラすることもしばしばとか。

「全くです。いつも諫言はしているのですが。」
 しかし、きつく言い過ぎるコトが出来ないのも、或いは彼女らしいのかもしれない。心配で仕方ないのに、それでも、どこかで頑張っている彼のことを好いている自分がいる。

 だが――――

(今回こそは、きちんと聞いて頂かないと……。)

 それでも、ちゃんと聞き入れて欲しい、と彼女は思う。彼に自身の体を大切に思う心が足りないとすれば、それは自分が補うべき所。
 そのためにも。

(なるべくなら、早く帰ってきてください、シロウ。)

 心の隅で、彼女は小さく祈りを唱えた。






 士郎が居ない食卓は、何処か、違和感がある。彼はいつも給仕に徹していて、いてもいなくても進行にあまり変わりはない。
 でも、何かが違うのだ。例えるなら――――そう。見えない重石が、なくなったような。


 そんなコトを思いながら、セイバーは一人、居間でコタツに入っていた。
 既にイリヤと大河は帰宅し、凛と桜も、勉強の為に客間に籠もっている。自然、居間には彼女だけが残ることになった。

 だが。彼女は、そんな時間も嫌いではない。

「少し、遅い、ですね……。」

 時計を見ながら、彼女は呟いた。時刻は、既に9時を回っている。
 勿論、今日こそは言う、と決めた諫言もある。彼は頑張りすぎで、それで体を壊しては元も子もない。大丈夫、では無い。これ以上無茶をするというのなら、実力行使も――――


 言いたいことは、たくさんある。


 だけど。
 まず、彼を一目見て、そして、労いの言葉をかけたいのだ。


 それは、たった一言。
 だけど、心からの感謝を籠めた――――――






「………さむ。」

 流石に、こう居残りが続くと少ししんどい。冬の風も、いつもより体に厳しい気がしている。そんな中、遠くに見えてきた家の門に、やっと帰ってこられたか、という安堵が体を支配した。
 だが、どれだけ遅くなって体がつかれようとも。それは、自分にとって些細なことに過ぎない。


 セイバーが、待ってくれている。


 何時だったか。門の前で出迎えてくれたセイバーが、涙が出るくらい・・・・・・・愛しかった。  彼女が、一言労ってくれるだけで。
 俺の疲れなど、その瞬間にどこかへ飛んでしまう。



 外で待ってくれるのは、偶々帰ってくる時間がはっきりわかった時だけだ。今日は時間不定の残業バイトだったし、流石にそこまでは望めない。

 だけど、玄関で顔を見られるだけで良い。そんな瞬間が、自分には何より貴重な時間に思えるから。




「ただいまー。」
「あ、お帰りなさーい。」

 そんな期待を籠めて、戸を開けた。

 ―――――が。

「…………あれ。」

 反応があったのは、客間の方からだけ。もっとも、帰ってきた時に誰かが声をかけてくれる、というだけで、前に比べれば随分と嬉しいのだけど。

「セイバー、どうしたんだろ……。」
 こんな時はいつも、セイバーが迎えに出てくれた。だが、今日は、彼女の姿が玄関に無い。


 少しばかり、疲労が体に堪えた。

 重い足取りで居間に向かう。いや、結構これはキツイものだ。徹夜明け、栄養ドリンクを飲まなかった時とでも言えばいいだろうか。いずれにせよ、早くセイバーの………


「―――――あ」


 と。
 居間の光景を見て、俺の疲れは、またもやどこかに置き去りにされた。


「―――――待ってて、くれたんだろうな。」


 待ちくたびれてしまったのだろうか。無理も無い。もう十時だし、ずっと一人で居たならさぞ退屈だっただろう。

 自然と、笑みがこぼれる。俺は彼女を起さないように、そっと自分の部屋に向かった。






 とても、温かい感触が、背中に広がった。


「――――――ふ、ぁ」

 どうやら、眠ってしまったようだった。シロウを待っていて、9時を回って……と、そこで記憶が途切れている。目の前には読んでいた文庫本。それと、飲みかけのお茶。


 ―――――そして。


「あ、……ごめん。起こしちまったかな。」

 そこで。私は、自分がどれだけ愚かなコトをしたか、思い知った。

「シシシ、シロウ!!い、何時から……」
「ん、ついさっき。あんまり幸せそうに寝てたから、起こすのも悪いと思ってさ。」

 背中には、時にシロウが羽織る、紺色のはんてん。
 先ほど、目覚める前に感じたのは、彼の温もりだったのか。

「あう………も、申し訳ありません。…………お帰りをお待ちしていたのですが…………不覚にも…………。」

 視線は泳いでしまって、まともに彼の顔が見られなかった。誤魔化そうとしているのか自分でも解らなかったが、はんてんに自分の腕を通す。やっぱり、彼のそれは、少し大きかった。

「はは。謝ることなんかないよ。待っててくれて、嬉しい。」
「………………はい。その………………」


 シロウは微笑んで、そう言ってくれた。顔には出さないが、きっと疲れているはずなのに。
 だから、そう。その言葉で、出迎えは出来なかったけれど。

 やっぱり、一言。言っておきたい言葉があった。


「おかえりなさい、シロウ。アルバイト、ご苦労様でした。」
「ああ。ただいま。」


 温かい気持ちになれたのは、背中のはんてんのおかげか、それともシロウの笑顔のなせる業か。
 諫言は、後でじっくりとさせてもらおう。今は、ただ。


 お疲れ様でした、と。
 いつも頑張っている貴方を、労いたい。






 ホロウを全て解き終えた後、もう一度各シーンを読み返すとき、『家路の灯り』でホロリときてしまったのは、自分だけでは無いと思うのです。
 今回は、そんなお話でした。士郎君の帰りを待つセイバーさん。そんな彼女の、待っている時の心情を書いてみようと思ったSSです。ちょっとテスト期間で時間が押してたので、またいつかちゃんと書いてみたいテーマだったりも。

 ちなみにこの後、客間に来た姉妹によって、甘い幸せ空間は干渉を受けてしまうのでした。あと、少し晩御飯の用意が早いですが、土曜日ってことで一つ(苦笑)。

 はからずも新婚直後の初々しいカップルのような構成になってしまったりとかw いや、きっと結婚してからもずっと、あの二人はこんな感じだと思うんですけどねw

 それでは、御拝読ありがとうございました!!

※業務連絡
 半期一度のテスト期間がやってまいりました。というわけで、自分の新作SSは一時お休みにさせて頂きます。
 再開は二月の半ば過ぎです。テストは14日までだったと思うのですが……。
 ただ、書きたいんだよなあ………。2月3日未明、二人が出逢って一周年SP………!!!!
 もしかしたら、上がるかもしれませんw(可能性は極小)

 休み中も拍手返事、雑記は更新いたします。また、某様に頂きました士剣SS、『餌付け/ないと』の再録なども更新を予定しております。皆様、ちょくちょくお越しいただければ幸いですw

 それでは。


 面白ければ是非w⇒ web拍手


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