七月に入って、早や一週間。

 今日も今日とて外は雨。だが、和菓子とお茶の組み合わせは、その音すら風流に感じさせるらしい。
 こくこくとどら焼きを頬張る彼女は、とても幸せそうに、午後のひと時を過ごしていた。

(シロウも居れば、もっと良かったのですが。)
 ふと。雨空の下、アルバイトに勤しむ少年のことを考える。
 ついこの間風邪で倒れたことを考えれば、もう少し自制してほしいと思うところではあるのだが。
(頑張りすぎるというのも考えものだ……。)
 お茶を飲み干し、ふぅ、と、一つため息をもらすセイバー。
 しかし、少年の姿勢はまた、彼女が最も好きなところでもある。
 彼がそうあるからこそ、彼女は、少年の剣であり続けたいと思っているのだから。
(シロウは、私が護るのです。)
 危なっかしい彼を支えるのは、自分の役目なのだ、と。
 降りしきる雨の音の中。もう一度、誓いを深く胸に刻み込む。
 そんな彼女の耳に、来訪者を告げる戸の音が聞こえた。



 す、と障子が開き、買い物をして帰ってきたのであろう、制服姿の桜が入ってくる。
「こんにちは、セイバーさん。」
「お帰りなさい、桜。―――おや、それは何なのです?」
 首をかしげながら、興味津々といった風で桜の持つものを見るセイバー。
 その手には、日本のこの季節に欠かせぬ風物詩があった。
「あ、これですか?七夕祭りに使う笹なんですよ。」
「七夕、ですか。そういえば、最近良く笹を見かけますね。」
 深山の商店街に所々飾ってあるのを見て、そのうち彼に由来を聞いてみようと考えていたのだが。それを、つい忘れていたのを思い出す。
「そうですね。七夕っていうのは七月七日の行事で、その夜に天の川を見ながら、笹に願いを託すんですよ。」
「天の川とは、milky wayのことでしたね。なるほど、確かにこの季節はキレイに見えます。」
 夜空にかかる白い流れ。梅雨の所為でここの所お目にかかれていないが、雲が無ければさぞ美しい星空が広がっていることだろう。
「ええ。雨が多いから最近はあまり見えませんけど、予報では晴れるかもしれないって言ってましたし、そうなると良いですね。
 そうだ。セイバーさんは、織姫と彦星のお話をご存知ですか?」
「織姫と、彦星……?いえ、残念ながら。」
「うふふ、なら、御説明いたしましょう。きっと、知っていた方がお祭りも楽しめますからね。」

 桜はえっへんと胸をはり、早速説明し始める。
 織姫と彦星。仲睦まじき、恋人達と。
 二人を別つ、運命の話。

 ――――それは。

「ことは、織姫と彦星が―――」

 いつか、少年と少女が置かれた境遇に似て―――――






 いつしか、雨も上がっていた。

 夜ももう九時といったところ。ちょっと長引くバイトだっただけに、体も若干疲れているようだ。
 七夕に曇り空が多いのは、本来は旧暦で七月七日の行事を、新暦でやってしまっているからだという。今日も、先ほどまでの空模様では絶望かと思い込んでいたが、流石は当代の天気予報。この分なら今日は星空を堪能できるだろう。
「ただいまー。」
 バイトで準備に参加できなかったのは心残りだが、もう居間では宴が始まっているはずだ。
 そういえば、いつか言おうと思っていたのに、結局七夕についてセイバーに説明するのを忘れていた。きっと、突然のパーティーに驚いていたことだろう。

「おかえりなさい、シロウ。お疲れ様でした。」
 玄関まで彼女が出迎えてくれる。正直、学校⇒手伝い⇒バイト三段構えの毎日が続いても問題ないのは、ここで彼女の笑顔が見られるからであったりする。
 加えて、浴衣。七夕らしく、笹をあしらった布地がまた似合う。
「……ああ、うん。……その、似合ってるぞ、セイバー。」
「ふふ。ありがとうございます。大河が用意してくれたのです。折角の七夕だから、と。」
 うむ。グッジョブ藤ねえ。
 それにしても、何となくいい雰囲気ではあるのだが、見惚れてしまって上手く言葉が出てこない。………まあ、これが俺の限界って所だな。
 人目がなければ、キスの一つでも出来るのだが―――というかしたいのだが、しかし。
「おかえりー。おみやげはー?」
「シロウー!もう、今日はパーティーなんだから、もっと早く帰って来てもよかったのにー!」
 居間からの声が響く。そういうわけにも行かないのは、やっぱりそうなわけで。
「すぐ和菓子持って行くから、ちょっと待っててくれよ。とりあえず着替えさせてくれ。」
 ――――ふぅ。ため息も出ようというものだが、賑やかなのは嫌いではない。
 さて、自分も少し、七夕らしい格好でもしてくるとしよう。



「あら士郎、お邪魔してるわよ。」
「お疲れ様です先輩。今ごはん用意しますから、少し待っていてくださいね。」
「ありがとう。遠坂はなにしてるんだ?そんなところで。」
「七夕って言ったら中国伝来の行事でしょ?中華料理のお手伝いよ。」
 なるほどな。言われてみれば、どことなく中華テイストな匂いが漂ってくる。出されたお茶もジャスミンティー。爽やかな香りが心地よい。
 しかし、こうして台所で二人で作業しているのを見ると、本当に姉妹っていいなあ、という気分にさせてくれる。桜にも笑顔が増えて、遠坂も少しは丸くなって、中々いいサイクルなのではないだろうか。
「よっと。セイバーは、………短冊か?」
「はい。笹には願いを託すもの、と桜に教えていただきました。
 しかし、いざ書こうとすると、難しいものですね。」
「ま、そうだよな。笹は逃げないからゆっくり決めればいいよ。」
「ええ。でも、内容は決まっているのです。それを、どのように書くかで悩んでいるのですが。」
 そっか。しかし、セイバーのお願いってなんだろう。もしかして、この前見ていた高級食材雑誌にあるようなモノを食べたいとかいうのだろうか。む、それはそれで叶えてあげたいが、家計との相談もしなくてはいけない。
「イリヤはもう書いたのか?」
「あら、私のお願いなんか決まってるじゃない?シロウが私のモノになりますようにーって」
「ぶっ……」
 ………いかん。お茶を噴出すとは、はしたないな俺。
 しかし、前に未遂があるから笑い事ではないのである。実際。
「なっ!!イリヤスフィール!シロウは貴女のモノになどなりません!いえ、私がさせない!シロウは私の――――、私の…………!」
「私の、何なのかしら?ふふ。ハッキリ言えないみたいじゃ、私にもまだ分がありそうね。」
 にらみ合う白いあくまと風の騎士王。バチバチと、何か変な音が聞こえる。
 いや、ちょっと洒落になってない。なんか、妙な魔力の磁場が形成されているような………。
「ふ、藤ねえは?何か願い事でもあるのか?」
 とりあえず、場の空気を変えよう。きっと藤ねえなら、面白おかしく雰囲気を壊してくれるはず………!
 が、しかし。

「私?私のは、みんなの進路が上手く行くといいな、って。ほら、三年の子達大変だから。」

 ―――と。
 なんか、恐ろしく似合わない返答が帰ってきた。
 セイバーとイリヤも、きつねにつままれたような顔をしている。………まあ、当初の目的は果たせたのでよしとするか。
「やっぱり藤村先生は生徒想いなんですね。素晴らしいと思います。」
 桜が料理を持ってきてくれる。おお、これは美味しそうな回鍋肉。疲れた体にはありがたい。
「サクラ、そういう問題じゃないわ。これは驚天動地よ………!まさかタイガが教師らしいお願い事を書くなんて!!」
 物欲しそうなセイバーの視線を受け、取り皿に彼女の分も分けてあげながら、首を縦に振って同意を表明する。あ、ごはんもいるかな。
「何を失敬な!この藤村大河、生涯一教師!何はなくとも生徒の幸せが一番大事。恐れ入ったかあくまっ子!」
「なんですって?!タイガのくせに生意気よ!!」
 ………あ、調子出てきた。
 そして、そのままプチプロレス大会に移行。これはこれで、宴の余興としては中々楽しい。
 ああよかった。あのまま先生モードのままなら、折角の天の川も大雨でキャンセルになりかねない所だった。
「で、士郎のお願いは?ま、何となくはわかるけどね。世界平和とか、そんな所でしょ?」
 遠坂が冷奴と中華スープを持ってきてくれた。セイバーのごはんまで用意してくれている辺り、流石は気配りの名人である。
「む。……まあ、その通りだけど。で、遠坂は何なんだ。」
「私?商売繁盛に決まってるじゃない。」
「………ああそうだな。愚問だった。」
「姉さんらしいですね。私はやっぱり、皆さん仲良くが一番だと思います。」
 うん、流石は桜。奇矯な輩多き当家にあって、なくてはならぬ常識っぷりだ。
 やはり、彼女はこうでなくてはならないと―――
「くらえイリヤ―――!!ジャイアントスイング―――!!!」
「きゃー!!!!」
 ………ああ、なんかすごいことになってるなあ。
「藤ねえ、せめてサブミッションで止めといてくれ。調度品が壊れたら洒落にもならない。」
 ん。……………聞いちゃいないな。ま、楽しいからいいか。



 七夕の夜は、こんな感じで更けていく。
 なんだかんだ言って、わいわい騒ぐのはやっぱり好きなのだ。俺の買ってきた高級和菓子もそこそこ好評で、ちょっと無理したのが報われた気もする。

 あとは、………そうだな。二人っきりで星でも見られたら、万々歳なんだけど。






 そして。その機会は、案外あっさりやってきた。

 どうやら、今日は女の子達はお泊り会らしい。遠坂と桜は後片付け。藤ねえとイリヤは、一度藤村組に戻って、組の方の七夕会に顔を出しに行った。
 で、俺とセイバーは、その間に寝床を作っている。
「敷布団は……五枚か。セイバー、シーツあるか?」
「はい。こちらに。
 枕カバーと、……あ、上掛けはタオルケットでいいでしょうか?」
「そうだな。予報では熱帯夜らしいし。」
 てきぱきと、整えられる布団の間。……うん。少し後には、ここが女子の楽園になるかと思うと、どうもおかしな感じである。
(あ、ということは………)
 む。今日は、セイバーと一緒には居られないってことか。ならば尚更、今この時間を大切にしなきゃいけないだろう。
「ん。こんな所かな。」
「そうですね。シロウも一緒に参加しますか?まだお布団はありますし。」
「………あ、う、そりゃ流石に、楽しそうだけどまだ死にたくないし、な。」
「そうですか?案外みんな受け入れてくれると思いますけど。」
 まあ、百万歩譲ってそうだとして、年頃の女の子に囲まれる俺の精神のほうが耐えられないだろう。なんとも素晴らしい提案ではあるが、これは棄却。
「それより、さ。ちょっと、星を見に行かないか?晴れてるみたいだし。」
 二人で見る天の川。なんというか、この上なく風流で、良い感じではないだろうか。

 ――――と。
「―――………ええ。」

 ――――何故だろう。

 少し、その返事が、気になった。
 星、と聞いたとき。彼女の顔が、曇った気がした。



「やっぱり、キレイなもんだな。」
 昼間の雨はなんだったのか。縁側に腰掛け、見上げる満天の星は、とても美しい。
 しかし。
「―――――」
「セイバー?」
「―――あ、はい。ええ、確かに、見事なものです。」
「………………?」
 やっぱり、何か、おかしかった。
 さっき、星の話をしてからというもの、どことなく上の空。
 どうも、調子が狂ってしまう。
「さっきから、どうした?何か痛いところでもあるのか?」
「え?いえ、特には。」
「そっか。でも、なんかボーっとしてるぞ?悩み事でもあるのか?」
「悩み事――――ですか。」
 一つ、彼女は呼吸を入れる。
「悩み、ではないのです。少し、考え事を。」
「考え事?」
「はい。昼間、桜から、織姫と彦星の話を聞きました。」

 七夕にまつわる伝承は、数多い。その一つは、多分、日本人なら誰でも知っている、悲恋の昔話。
 それで、腑に落ちた。だって、その話は――――
「好きあって、愛を誓った二人が………それでも、いつも共にあることを許されず。一年に、たった一度しか会えないようになってしまった。
 それで、考えてしまったのです。それは、すごく悲しいことなのか。それとも、それでも二人は幸せなのか――――と。」

 遠く、なにか悲しいものを見つめるように、彼女は語る。
 勿論、俺だって考えなかったわけじゃなかった。
 セイバーと、自分。
 愛しあい、引き裂かれ。
 また会えるなんて、絶対無いと。
 静かにその生涯を閉じたと、そう思っていた。
 もう、その声が聞こえず。もう、笑顔を見ることも叶わない。
 それが、たまらなく苦しかった夜もあった。

 ――――だから。答えはもう、決まっている。

「幸せなんじゃ、ないかな。二度と会えないよりは、また会えるって、そう思えることは、幸せだと思う。
 それに、さ。相手が元気で過ごしてるってわかったら――――またいつか、二人仲良く暮らせる日がくるかもしれないって。そう思えると思う。だから」

 ――――そっと。彼女の肩に手を回した。
       今ここに居るセイバーを、しっかりと感じていたくて。

「ええ。……そうですね。それに、きっと……今日は、二人も幸せな夜を過ごしているんだと思います。」

 ――――応えるように。彼女も、こちらにもたれてくれた。

「少し、欲張りになってしまったのかもしれませんね。
 ………でも。私は、もう、こうしていられないのは、嫌です。」
「ん。――――そりゃ、俺だって。………セイバーと、ずっとこうしていたい。」
 くす、と。セイバーは、紅くなりながら、微笑む。
「ふふ。なら、なんで“世界平和”なのですか?……まあ、シロウらしいといえば、らしいのですが。………できれば、私のコトを………」
 ―――心から反省。ああもう、ホント、俺ってのは朴念仁なんだなあ………。
「う。ご、ごめん。でも、セイバーだって、なんか美味しいもの食べたいって書いたんだろ?」
「――――――」
 ………ん?あれ?今度は、不機嫌な顔になって………。
「もう。シロウは私をなんだと思っているのです。確かに美味しいものは食べたいですが、それより私には、もっと大切な誓いがあるのですから。」
「………そっか。じゃあ、セイバーの願い事は―――」
「ええ。もちろん―――」






 皿洗いなど、後片付けも終わり。姉妹は、居間で団欒のひと時を過ごしている。
 ふと。桜が、笹を見ながら呟いた。
「もう、商売繁盛だなんて、あんまり女の子らしくないですよ?」
「ふふ、そう?やっぱり先立つものがないと、宝石はこっち向いてくれないからね。
 でも、らしい、っていったら、やっぱりこれが“らしい”かしら。
 ――――いいカップルよね、ホント。」
「ええ、そうですね。――――とても、うらやましいです。」

 二人の目線の先には、笹にかかった、一枚の短冊。
 そこには、こう書かれていた。



「何時までも、シロウの剣でいられますように」






 今回は微糖くらいでしょうかw「ほんのり甘く、ほのぼのに」がコンセプトだったのですが。
 Fateをプレイしたら、誰しもが彦星と織姫に二人を重ねると思うのです。今回は、そんなお話でした。

 あと、桜さんと凛さんが姉妹とばれているのは仕様です。

 ちなみに、自分はセイバーグッド実装が今年の願いでしたw
 叶え!いや、叶えてくださいお願いします!!!マジで!

 それでは、御拝読ありがとうございましたw
 面白ければ是非w⇒ web拍手



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