私は―――――
「………………………(ぴく)!」



 私は!
「………………………………(びくっ)!!!」


 ま、負ける、訳にはっ!
「……………………………………〜〜〜(びくびくっ)!!!!!」



 い、いかないの、ですっ!!!!!!
「……………………………………………〜〜〜〜〜〜(びっくぅ!)!!!!!!!」











『タコたこユカイ』
Written by Kashijiro 08.09.2006











「………あー、セイバー。そんなに怯えなくても大丈夫だと思うけど。」

 近づいては退き、触ろうとしては手が跳ね上がる。そんな仕草まで可愛らしいが、これでは何時までたっても進展は見込めない。

「ば、馬鹿な!怯えてなどいません!これは、その!」

 そうは言っても、涙目なのは隠しようが無い。三国無双の騎士王セイバーも人の子。完全無欠、とまではいかないようだ。






 事の発端は何時だっただろう。兎にも角にも、セイバーはコレが大の苦手である。


 すなわち、タコ。オクトパス。八本足の魚介類。


 日本人は言うに及ばず、ヨーロッパ人だって地中海方面ならなんの問題もなく使う食材。特に、夏のものが美味しいと評される。
 しかし、北海方面の欧州人には馴染みの無いものであり、「デビルフィッシュ」扱いされるという噂も聞いたことがある。旧約聖書でも「食すの禁止」と書かれているとかいないとか。
 セイバーも例外ではなかったようだ。前に生ダコを発見して柔らか煮にした時、何とか箸を出そうと努力していたセイバーだったが、結局最後まで彼女の口に入ることは無かった。




「………シロウ、このままでは私の面目が立たない。」
「え?」


 そして。食後の居間で切り出されたのは昨日のことである。


「あの魚介に負けるわけにはいかないのです。タコを食べられるようにならないと、私は彼奴に、シロウの美味しい食事を台無しにされてしまう。
 シロウ、どうか私に稽古をつけて欲しい。私は、貴方の食事を何でも頂けるようになりたいのです!」

 夕食の小鉢に、うっかりタコ入りの酢の物を出してしまったのを思い出す。セイバーは半ば自失、と言う感じで、藤ねえのタクアンと交換していた。………屈辱的レートで。
 悪いことしたな、とは思っていたので、是非ここは協力してあげたい所。

 しかし、である。

「うーん、でも、どうやったら克服できるかな。」

 それが問題だった。セイバーの蛸に対する反応からして、成し遂げるのは容易ではないことが想像できる。
「ショック療法でもやってみたら?」
 と、茶菓子をつまんでいたイリヤが横槍を入れてきた。
「ショック療法……か。」
「そ。この前、高所恐怖症を治すにはスカイダイビングがいい、って聞いたのよね。タコが苦手なら、捌くところから料理まで、シロウに手伝ってもらってやってみたら?」
「………むう。」
 ………何となく理屈が違う気もするし、逆効果かもしれないのだが。しかし、慣れたもん勝ち、というのはわからないでもない。
「あ、あの、タコをですか………。しかし、彼奴の切心地はこの世のものとも思えぬおぞましさで………。」
 ………西洋剣で切ったならそんな感じになるのだろうか?まあ、アレは“叩き切る”モノだしなあ。
「んー、でも、ほかに手も無いしな。やってみるか?セイバー。」
 青ざめているセイバーは、何かブツブツ呟いている。よほどトラウマがあるんだなあ。
「ほら、俺も手伝うからさ。セイバーには美味しく食べてもらいたいし。」
「あ、………そうですね。シロウが助太刀して下さるなら、あるいは………。
 ………わかりました。挑戦してみましょう。………ですが、シロウ――――、」


 私の屍は、拾っていただけますね?と、悲壮な決意を目で語るセイバー。
 大丈夫、絶対死なせはしないから。と、こっちも眼差しを送って励ましてみる。


 ………というより、そんな大袈裟な話でもないと思うけど。






 以上が、ここに到る顛末である。

 そしてたった今現在、セイバーVS.タッコング(朝獲れたてat冬木の港)の会戦が目の前で繰り広げられているのだった。最早、苦手克服レベルの気概ではない。セイバーは、怨敵撃滅のオーラを纏って台所に立っている。
 しかし、エプロン(らいおん印)姿がよく似合う―――――ではなく。正直、セイバーの敗色が濃厚。生涯、きっと数えるほどの強敵相手でしか流さなかっただろう冷や汗は、ひっきりなしに彼女の頬を伝っている。流石にジャックのようにはいかないか。

「セイバー、落ち着いて。」
「お、落ち着いていないように見えるのですか?なんの、オイル怪獣ごときに負ける私では………!」
 良く知ってるなセイバー……。ちょっと古いけど。でも、それを怪獣にたとえる地点で既に相当狼狽していると言えよう。

 深呼吸をしつつ、再びタコに挑むセイバー。だがしかし、まだ生きているそいつは、やはりセイバーにとっては荷が重過ぎるようだ。完全武装、つまりガントレット装備時の彼女ならともかく、今回は素手で掴まなければならないのだから。やっぱり、逆効果の方が強かったらしい。
「………………!!!!!し、シロウ、手、手が」
 完璧に取り乱しているセイバー。滅多に見られない光景だ。
 する、と、指の間を足が這う。
「!??!ひゃああ!!?」
 もう、こうなると恐慌状態である。見ているこっちとしては大変微笑ましいが、セイバーの胸中を慮れば、そうそう高みの見物とはいかない。
「………ま、仕方ないかな。」
 端から見ても、セイバーがこのまま勝利を収める可能性は低い。なら、もう少し後の段階から加わってもらえばいいだろう。
「セイバー、交替だ。また後で手伝ってもらうことにするよ。」
「な、私はまだやれ………ひゃう!?」
 悪戦苦闘するセイバーを蛸から引き剥がす。さっさとぬめりを取るべく、蛸の下ごしらえにかかることにしよう。
「………。」
 塩もみしながら、ちらっとセイバーを見やる。
 彼女は、何とも形容しがたい表情で俯いていた。






「よし、このくらいかな。」
 塩もみ完了、ぬめり、匂いはこれで大丈夫。前の柔らか煮や酢の物では元の形を思い出させるので、今回はなるべく原形をとどめない料理を選んだ。と、いうわけで、今日はお昼にタコ飯を予定している。
「ほらセイバー。もうぬめりとかは無いから、さ。これならセイバーも………と。」
 きゅ。俺のシャツの裾が握られる。
「負けて、しまいました。」
 どことなく、声が震えていた。どうやら、セイバーの中ではよほど悔しかったらしい。
 ふぅ、と、俺も一つ呼吸を置く。そもそも、タコ一つ捌けなかったことでそんなに気落ちすることは無いのである。何時からか、彼女の中では、目的が苦手克服からタコ殲滅に変わっていたようだし。
「バカ。気にする必要なんか無いって。」
「しかし、私は………。」
「いいんだよ。だって、さ。」
 ぽん、と、セイバーの頭に手を置きながら、俺は続ける。
「料理は俺の役目、だろ?捌くのは俺。セイバーは、タコを食べられるようになってくれればいいんだから。」






「………………」
 にらみ合うこと数十秒。ニコニコしながら様子を見ている俺と裏腹に、セイバーは真剣な目つきでソレと相対していた。

「………頂きます。」
 ぱくり。

 意を決して、タコ飯を口に頬張るセイバー。
 して、反応は。


「………………」
「――――――」
 もきゅ、もきゅ。


 固唾をのんで見守ること約10秒。ごく、と、彼女の喉が動く。
 そして―――――

「美味しい………。シロウ、本当にこれがあのタコなのですか?!」


 輝ける笑顔が、現出してくれた。


「はは、気に入ったかな。まず食べてみたら感想も変わるだろ?」
「はい。これなら何杯でもおかわりできそうです。」

 それに、と。彼女は、もう一口飲み込んでから、続けてくれた。

「シロウが作ってくださったのですから。私ももっと、信頼しなくてはなりませんね。」




 こくこくしている彼女を見て、俺は思いを新たにするのだった。
 彼女の専属料理人も悪くない、と。






 再録・『らいおんグルメシリーズ 餌付け/ナイト』第一弾です。ほんのちょっと加筆修正も致しました。
 タコネタは例のホロウのアレですね。実際問題地中海では普通に出るものですが、彼女は時代が時代ですし……ねえw

 ちなみに、コレ初めて読んだ!という方がいらっしゃいましたら、『夏月遼夜 弐』にこの話を基にしたやりとりがあったりしますので、探してみてくださいませw

 それでは、御拝読有難うございました!!


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