「しらたき、たまご……シロウ、うどんはどうしましょう」
「あー、やっぱ気になる?」
「はい。それはもう。〆のおうどんがタレに絡んで絶品、と聞き及んでいます」
「おっけー。4玉くらい入れといてくれ。余ったら余ったで使えるし」
「了解です。では後ほど」





 深山庶民の台所を支えるスーパー・トヨエツ。何となく、こうして二人買い物をしていると夫婦みたいで照れるのだが、ソレはソレ。

 天高く、馬肥ゆる秋……は過ぎて、冬真っ只中だが食欲に衰えはありえない。コレは健康の証拠だろうと前向きに捕らえつつ、おいしいと言ってくれる人が側にたくさん居る幸せをかみ締めていたりする。

 今日の晩御飯はすき焼きである。そう、すき焼き。ぐつぐつ煮立った鍋の中身を想像するだけでも気分が高揚しようものだが、ソレは未だ見ぬ秘境に夢を抱くセイバーに於いて甚だしかったようだ。

 目に星を浮かべたセイバーは、早速遠坂に教えを請うたらしい。今では、すき焼きについての一般常識をバッチリ備えるに到ったわけで、買い物に是非随行させて頂きたい!と強く迫る姿は、………その、とても可愛らしかった。

 それにしても、何故すき焼きに到ったか。それは、おいおい語るとしよう――――













乙女セイバー鍋モノすきやきに恋してる』

Written by Kashijiro 25.2.2007














 ――――というのもズバリ、最高級神戸牛が入荷したのである。時期も冬。当に、この機にすき焼きをせずして何時すき焼きをすればいいというのか。いや、する。

 もちろん、普段の衛宮家食卓にそんな牛が並ぶことはありえない。苦心しつつ、それでもやっと安売りの牛を手に入れる辺り、そろそろお肉屋さんとの交渉術も玄人はだしになってきたのではないかと自認する辺りではあるのだが。



 コトは、イリヤと藤ねえの間で某兄弟で最強は誰か、という話になった事件に遡る。こういう論争になってじゃれ合いが可避であった試しなどついぞない。結果、某二世が番組最終回で見せたウ○ト○ハリケーンを藤ねえが炸裂させ、障子が一枚ぶっ飛んだのであった。  無論イリヤは天性の魔術師、着地の術もお手の物である。それくらいで怪我などするわけも無いのだが、家主として今回ばかりは退けぬ所。何より、いい加減調度直しも馬鹿にならない。

 真剣に説教すると、藤ねえは『ぅぅぅ……』と唸り詫びを入れつつも、『私だって極道の娘!待ってろ義弟!落とし前くらいつけてやらぁ!』と言い放ち、翌日台所に鎮座ましましたのが………




 神戸牛、霜降りでひとつ。衛宮邸の食卓に見合う量。




 ――――多分、今“月”の給料は上弦くらいになってしまったのではないだろうか?




 さておき。詫びを突っ返すのも、今後の藤ねえの情操教育に良くないと思ったので、ありがたく使わせてもらうことにしたのだった。

 以上がコトの顛末である。セイバーが如何に喜んでくれたかは、紙面(?)を割くに値しないだろう。

 きっと、想像したとおりだから。





「二種類あるのですね。すき焼きの作り方には」

 所変わって台所。興味津々なセイバーは、是非下ごしらえを手伝いたいと申し出てくれた。すき焼きは野菜を切るくらいしかないし、是非もない。エプロン姿に、自然とこちらの頬も緩む。

「ウチのは割り下使わないからなー」

 分類で言えば関西風である。直に焼いた肉の上にダイレクトにしょうゆ、砂糖、料理酒をぶち込む手法。まあ、原始的といえばその通りなのだが。

 セイバーに言わせれば、

「しかし、肉を焼いて簡単に味付けするだけで極上の美味と言われる存在に……。日本食とは本当に奥が深い。」

 だそうである。もっとも、引き立てる諸種の野菜、豆腐なども忘れてはいけないところ。

 セイバーが指を切らないようそれとなく注意しつつ、それでも会話は弾む。セイバーの会話の端々から音符が読み取れるくらいセイバーは嬉しそうだ。



 や、まったく。藤ねえの大暴れもたまには悪くないのかも。













 ――――ぐつぐつぐつ。




 ――――ぴこぴこぴこ。




 ――――ぐつぐつぐつぐつ。




 ――――ぴこぴこぴこぴこ。




 うむ。もしかしたらあの毛は、メトロノームみたいな機能も持っているのかもしれない。

 透明の蓋の下、余すところ無くふんだんに使用した食材がハーモニーを奏でている。そう、コレがすき焼きの醍醐味である。酒、しょうゆ、砂糖という到ってシンプルな調味料が、素材の出すエキスと相乗して天上の美味を演出。いや当に、牛鍋以来の日進月歩は伊達じゃない。

「そろそろいいですねー。セイバーさん、卵要りますか?」
「興味深いですが、初回は遠慮しておきます。先ず、素の味を確かめてみたい」

 皆、獣の眼差しである。狩猟解禁を待つ狩人、と言ってもいいかもしれない。特に藤ねえ。給料を取り返そうという気概が見え見えである……と、多分最初から計算してたな、コレは。



 さて。



「それでは、」



 いざ、開幕――――



「頂きます!」




 早速、住人の箸が二つ用意された鍋に伸びる。やっぱり、鍋はコレだから楽しい、と言えるだろう。

「……すごいわね、コレ。なに使ったらこんなになるんだろ」
「あはは……確かに、いつものお肉とは訳が違いますねー」
「――――――!!!!!」

 コクコクコクコク。セイバーの頷きもいつもより多い。うん、それは理解できるところ。何たって、このとろけ具合だ。
 嬉しくなって、つい、聞いてしまう。
「セイバー、美味いか?」
「はい!!! 素晴らしい、素晴らしいですシロウ!!」



 そう。この声が、聞きたいんだよな。
 もうすっかり病みつき、と言っていいだろう。





 肉もうどんもあっという間に売り切れ、盛況のうちにすき焼きパーティーは幕を閉じた。特別楽しい食卓のあとは、食器を洗うリズムも違う。
 セイバーもそんな感じ。鼻唄まで交えつつ、丹念に鉄鍋を洗いこんでいる。

「そっか。セイバー、初めての鍋料理だったっけ?」

「ええ。そうなりますね」

 なるほど、それは失念していた。これほど冬に相応しく、皆が楽しめるレパートリーも無いのだが。
 もっとも、鍋を中々しなかったのには訳もある。去年の冬まで、こんなに大勢で楽しい食卓なんてのは早々無かった。だから、冬のレシピにあまり浮かばなかった、というわけである。

 だが、今は違う。何より、そういう食事を一番楽しんでくれる彼女が居るのだから。

「どうだった?」
「そうですね。確かに美味しかった。それに―――――」

 セイバーは、少し皿を洗う手を休め、嬉しそうに微笑んだ。

「ひとつの鍋を皆でつつく、という趣向が気に入りました。シロウ、まだ鍋モノのレパートリーは多いのでしょう?」
「ああ、色々あるぞ。キムチ鍋、ちゃんこ鍋とか、アンコウ鍋とか……」
「それは楽しみです。暖まることも出来ますし、冬に鍋、と言う言葉、なんとなく解った気がします」



 こうしてまた一つ。セイバーに教える、冬の楽しみ方。
 さて、次は、どんな鍋モノで彼女を喜ばせるとしましょうか?


(おしまい)





 日付を見ると、もうこれ書いてから一年経ってるんだなー、と感慨深いものがありますねw ウチでは正月にスキヤキをやる風習があるんですが、そんなところからメモを取っておいた記憶があります。……無論、神戸霜降りなんぞ夢のまた夢でございますが(苦笑)。

 あと、あのアンテナあほ毛は無限の可能性を秘めていると思います。とあるところでは、あほ毛スラッガー(語呂的にはあほ毛ラッガーですが、アイ・スラッガーなので……どっちがいいのやらw)なんかやっていたような……w

 それでは、御拝読ありがとうございました!

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