「あっついわねー………」
 8月某日。清涼感あふれる色彩の空とは裏腹に、その下で足掻く人間には非常につらい季節。さすが、日本の夏は素晴らしくも凄まじい。加えて、予報によれば「この夏一番の暑さ」とかなんとか。
「………言うな遠坂。更に痛い。」
 食卓に向かい、絶賛だれまくり中の若き男女。しかしながら、この気温。本能的に体力セーブに出るのは、ある意味正しい選択と言えはしないだろうか。

 じりじり。じりじり。

 はや、我慢大会の相を呈している本日の我が家。主催は太平洋高気圧様なのだが、終わる時間を提示なさらないので性質が悪いといっていい。
 そんな自分はギブアップという文字が目の前にちらつき始めている。要は、冷房完備の離れに籠もる一歩手前まで行っているわけであるが、そうは行かない。まだ午前は十時を回ったばかり。ここで敗北して、夏の終わりに後悔するのは願い下げだ。
「あっついなー。」
「………」
 そんなことはお構いなし。暗に、冷房のある部屋を開放してくれないかなー、とプレッシャーをかけてくるのが目の前の悪魔っ子である。
 が。こっちにとっては、貴女の存在自体が体温を上げることになりかねないことは併記しておかねばなるまい。

「………………しかしだな。」
「ん?何か言った?士郎」
「………………いいや、なんでも。」

 ………………正直、目の毒というヤツで。
 保養ともいうけど。

 どうしてこう、俺の周りには薄着の女の子が溢れているんだろう。おかげで体感温度は常日頃3℃増しってなもんで、今年の夏は難儀している。
 まあ、クラスメイトに話そうものなら三途の川ご招待ツアーに参加できそうな贅沢なのだが、ちょっとはティーンエイジャーの自制心ってのも勘案して欲しいものである。

 加えて、なんかこう、熱に浮かされたような顔っていうのは、色っぽい。

「………!!」
 いかんいかん。何か、不純だぞ俺。セイバーのそんなあられもない………。

「………ねー。カキ氷かなんかないのー………?」
 で、そんなこっちの気も知らないで、このお嬢さんはそんなことを宣うているのであった。
 どうやら、こちらなら涼めると踏んだらしい。それならいっそのこと、イリヤ城にでも居候すればいいのにな。涼しいだろうし。
 にしても。わざわざ涼みに来ておいてカキ氷は無いだろう。………まあ、あるにはあるのだが、要求されて立つのもなんかなあ………。
「まあ、ある、けど。」
 あくまでも、控えめな返答で出方を窺う。窺うもへったくれもあったもので無いことくらいは承知しているが、それでも斥候を放つくらいの意味はあるだろう。まあ、上がってくる情報は『傍若無人、迷惑御免』なんだろうけど。
「出してー。いちごがいいー。」
「お前………」
 結果、コレである。ま、弟子の分際では歯向かえるもんも歯向かえなくなるのが魔術師このせかいの掟らしいので、ここで何か言って体力を消費するのは文字通り不敬罪、もとい不経済である。
 仕方なし、か。ついこの間発掘された、セイバーさんお気に入りのペンギンカキ氷機。彼さえ居れば、体内からの冷房が少しは期待できよう。いい加減俺も限界だったわけだし。





 しゃくしゃく。しゃくしゃく。

 細かく砕かれた白い氷と、赤いシロップのコラボレート。もっとも、ありきたりなイチゴではない。先日藤村組から入ってきた、大量の西瓜。その余りものから精製した、衛宮士郎渾身のスイカシロップである。ちなみにジュースも作ってある。まあ、どれほど大量だったかは、このジュースがセイバーや藤ねえの猛攻に曝されて尚、十分なリットル数を確保していることからも窺い知る事ができようものだ。
「そんな一気に食べると、頭割れるぞー」
 とはいえ、少しでも体感温度は下げたいもの。その勢いもわからないではない。
「っつー………。来るわねー。でも、美味しいわね。イチゴなんて目じゃないかも?」
「そりゃ、市販のと天然モノを比べないで欲しいな。結構研究を重ねた代物なんだ。」
 もちろん、彼女に喜んでもらうために。
「ふう。ちょっとは調子出てきたかな。そういえば、セイバーは?」
「ああ。今日は遊びに出かけてるはずだ。」

 セイバーもさぞ夏には弱いだろうと思っていたが、一概には言えないようだ。日中はこう、日陰に横たわる猫よろしく丸くなってることもあるのだが、今日みたいに元気に遊びに出ていく日もある。
 曰く、普通に過ごすには非常に辛いが、運動しているなら気にはならない、とのこと。確かに、如何に欧州が涼しいとはいえ、あの重装備で真夏も出陣していたのだから、そこそこ暑くても動くのには慣れているのだろう。
 というわけで、今日も元気に公園に出かけていった。最近はサッカーに加えて野球もやっているようで、「150、いや、160超えたね」「初速と終速の差がなかった」「ホップしていた」「スローカーブもある」など、どこぞの球速王を二人掛け合わせたような噂が街を飛び交ったのは記憶に新しい。

「そっか。元気でいいわよねー。」
「見習いたいもんだけどな。」
 テレビでは、夏の風物詩、高校球児の熱い試合が放映されている。汗、泥にまみれ、全力でプレーする同年代を見ていると、だれているこっちが申し訳なくなってくるものでもあるが。
「これやってるってことは、そろそろ夏祭り、か。」
「ああ、柳洞寺の盆踊りな。今年も藤ねえのヘルプに駆り出されるのか。」
「藤村先生の?なんで。」
「元締めとか縄張りは組の仕事なんだよ。雷画じーさんと住職は仲良いからな。毎年人手が足りないって、バイト代わりに当日か準備かで手伝わされるってわけだ。」
 しかし、である。今年は、なるべくなら当日は避けていただきたいものだったりする。
 そりゃ、だって。
「ふふん。だったら、当日は嫌でしょ?いいわよねー。今年はアツアツカップルでさー。」
「む。………悪いかよ。」
「いいえ。たっぷりエスコートしてあげなさいよ。」
 遠坂はそう言うと、もう一杯頂戴、と、カキ氷の皿を差し出してくる。
 ………いやまったく。いい人なんだか小悪魔なんだか。


 うだる暑さ。
 だが不思議と、それを楽しんでいる自分もいることに気付く。
 暑くない夏祭りなんて、雰囲気台無しってわけだし。
 それに。

 ――――ああ、そうか。

 想うは、楽しい夏祭り。
 過ぎ行く夏を惜しみながらも、友人と憩い、囃子を楽しみ。

 そして。

 彼女と、共に――――





「セイバー、そこの金槌とってくれないか。」
「はい。しかしシロウ、ここまで多くの工具を用いる“盆踊り”とは、如何なイベントなのでしょうか?」
 現在地、ヴェルデ内にあるホームセンター。結局、今年の藤村組雑用は、祭りの準備道具の買出しにあいなったわけで。
 ならば、と。俺は、ある壮大な(?)策を引っ提げ、セイバーと一緒に新都に買い物に来ているというわけである。
「ああ、まだ説明してなかったっけな。」
「そうですね。子供達もこのイベントは楽しみにしているようでした。彼らは詳しくは教えてくれなかったのですが。何でも、踊って食べる行事とか?」
 なるほど、内実は素晴らしくその通りであるが、それでは由来も謂れもわかりはしまい。
「うん。日本ではこの時期を“盆”って言って、死んだ人の霊を慰める為の行事があるんだ。」
「ということは、踊りをもって霊を慰める、ということですか?」
「どっちかというと、送り返すって方が正しいかな。お盆の時期には、霊魂がこっち側に戻ってくるっていう信仰があってね。」
 なるほど、と、妙に感心したそぶりを見せているセイバー。思えば彼女は、今なんかよりずっと霊魂に対する信仰が篤かったはずの時代に生を受けている。もしかすると、霊を慰めるということには格別の思いもあるのかもしれない。
「して、この工具はなんなのです?聞く限りでは、この様なものは必要ないと思われますが………。」
「ま、実際は盆踊りって言っても、その名を借りた夏祭りみたいな所もあるんだ。縁日も兼ねてる感じでな。だから、踊り用の太鼓櫓だって作るし、屋台だって出るし、こんな工具だって必要になるってこと。」
「な、屋台ですか!?シロウ!」

 突如。超反応を見せるセイバー。あれ?どうかした………と。
 あ、そうか。

「うん。沢山でるぞ?セイバーが好きな食べ物もあると思うけど。結構、美味しいんだ。」
 藤村組監修の屋台は、伝統的に味に五月蝿い。この辺、市民の皆さんからも評判で、グルメな夏祭りとしても名を馳せているのである。あくまで冬木限定だが。
「なるほど。それは素晴らしい。死者の霊を踊りをもってなぐさめ、我々は食事を以ってそれを祝う。ええ。今から楽しみになってきました。」
 俄然、やる気満々、目を輝かせ始めたセイバー。うん、やっぱりこういう時の彼女は一段と輝いて見えるので、見てるこっちまで微笑ましくなってしまうのである。

 そして。だからこそ、己の策を実行に移したいと強く思ったりもするわけである。
 時は今。雨のしたたる葉月・・かな。きっと日向守殿も、機を掴むのには細心の注意を払われたのだろうよ。早速、切り出すと――――

「それで、だな。」
「シロウ、それでは、祭りの前祝いとしてですね………」
 ………と。完全に出鼻をくじかれる。そして。
 ぽそり。彼女の口からは、大判焼き、という単語が漏れたのだった。





 はむはむ。こくこく。

「はむ。………なるほど、夏の新作とはよく言ったものだ。胡麻が入るだけでここまで香ばしく………はむ。」

 ………いや、ヤバイ。超なごむ。
 どうしてこう、可愛らしく食べるのだろう。いくらでも買ってあげたくなってしまう罠がここに。
「はむ。………ふう。ごちそうさまでした。シロウ、大変美味でした。やはり大判焼きは奥が深い。新都と深山、互いに切磋琢磨しながら冬木の大判焼きは進化を続けている。素晴らしいことです。」

 ………たぶん、違うと思うけど。でもまあ、彼女にとってはある意味真実なのかもしれない。
「はは。喜んでもらえたなら嬉しいよ。」
「ええ。これで、次の仕事にも気合が入ろうというものです。次の買出しはどこなのですか?」
「ああ、それなんだけどな。」

 今度こそ。機は逃すまい。丹田に力を込め、必殺の気魄を以って切り出す。
「仕事はもう終わりなんだ。それで、付き合って欲しいところがあるんだけど――――」



「浴衣………ですか。これは」
 ヴェルデ特設、夏祭り特集コーナー。様々な催し物が置いてあるが、当然一角には、安物とはいえ浴衣もある。ちょっち派手が柄も多いが、選りすぐれば清楚な感じなのに当たらぬでもないだろう。多分セイバーにはそっちが似合うはずだ。

 ――――そう。先刻からの企みはここに集結する。別に何のことは無く、セイバーにプレゼント、というだけの話なのである。
 が、気取られぬようにするのは中々大変だと思う。それゆえ、わざわざ一人で出来る仕事に付き合ってもらったり、色々仕込んでいたということだったりする。
「そ。夏祭りに着ていく浴衣、一着プレゼントしようと思ってさ。どうかな?」
 我ながら、もう少し上手い言い回しはないのかと責めたくもなる言い方である。仕方ないとはいえ、この辺、遠坂辺りにビシッと指導してもらった方がいいかもしれない。
「………………」
 あ、れ?は、反応が無い………?!
 しまった、仮にも王様のお召し物、もう少しこましな和服屋にするべきだったか?!
「せ、セイバー?その、やっぱ安物じゃまずいかな?」
 まずい、緊急に補正予算を計上して………!!

 ――――と。

「―――シロウ」
 やっと、セイバーが声を出してくれた。
「ん?」
 呼ばれて、声を出したその時。彼女は振り返って、俺の方を見る。

 ――――その、振り向いた彼女に。
       俺は一瞬、見ほれてしまった。

 満面の笑み。当に、そんな形容がぴったりな、彼女の笑顔。
「あー………その。もうちょっといい所にしようか?」
「いえ。少々驚いてしまって。あの時もそうでしたが………。
 ありがとうございます。その、好きな人にこうして贈り物をされるというのは………何度経験しても、嬉しいものですね。」
 少々俯き気味に、恥ずかしそうに感謝してくれる。何というか、男子冥利に尽きるとでも形容すればよろしかろうか。
 そこまで感謝されてしまうと、嬉しいを通り越して神妙な気分になってしまったりもする。
「そ、そっか。うん、喜んでもらえるなら嬉しいよ。その、好きなのを選んでくれればいいよ。」
「あの、それなのですが。一つ、我侭を聞いていただけませんか?」
 見上げるように、セイバーはお願いします、の眼差しを向けてくる。率直に言おう。俺にはこの視線に対する抗体が存在しない。
「我侭?」
「ええ。あのですね………折角のお祭りですし………私はまだ、和服に関しては素人ですし………シロウに、私の浴衣を選んでもらいたいのです。」
「………え?それって」
「シロウに選んで頂いた衣裳で、一緒に祭りに参加したい。迷惑でないなら、どうか聞き入れてもらいたいのですが。」
 ………あう。卑怯だ。そんな視線、そんな台詞は卑怯だと思うんだ。
 でも、俺の闇討たれっぷりは完璧なのである。もはや、自分に逆らう術など存在しない。王様の見立て役として。全力を以って、似合う装束を選ぶのみである。
「わかったよ。でも、セイバーの意見も聞かして欲しいな。」
「はい。では、二人で選んだ浴衣、ですね。」

 嬉しそうに微笑みながら、セイバーは腕をとってくれる。
 いや、やられたね。
 なんともその仕草は可愛くてしょうがない。

 ――――いやホント。惚れた弱み。そして、惚れたのは当に天啓、むしろ運命?

「これなんかどうかな?」
「ええ、いいかもしれません。こちらはどうでしょう?」


 服選びなど慣れないもので、ぎくしゃくしながらの浴衣選び。
 それでも、二人で選ぶのは楽しくて。


 さて。準備でもこれだけ楽しかったのです。
 本番は、如何なお祭りになるのでしょうか――――?




(弐につづく。)





遅れまして申し訳ありません。とりあえず前編のお届けですw
詳しい後記は、弐のほうでつけます。
それでは、また後編で。
※訂正:やっぱり母屋には無かったですね。教えていただいた方、有難うございますー。訂正いたしました。



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