「懐かしいですね。あの時も、シロウは突然でした。」
二人して、バスを待つ。
あの時、そう、聖杯戦争も最終盤。思えば、確かに突飛と言われても仕方ないかもしれない。
「ああ、まあ確かに……。でも、どうしても行きたくて、さ。」
「ええ、わかっています。あの時間は、無駄などでは無かった。
まだ寒い時期でしたが……最後の最後には、暖かいものを感じました。」
デート、と呼べる行為になったかどうか。自分に経験が無いだけに自信は無い。最後はあんなコトになってしまったし、今だってエスコートの経験値はほとんど0。だけど………。
「いえ、シロウと一緒なら……どんな時でも、無駄では無かった。今も、とても貴重な時間です。」
今は、今しか体験し得ないもの。どんな僥倖か、そこにはセイバーが居てくれるのだ。それが、貴重でないわけなど、ありえない。
「俺もそう思うよ。………と、バス来たみたいだな。小銭は持った?」
「はい。」
車内に、連れ立って乗り込む。車内に人影は少ない。ごく自然に、最後部の窓際、二人並んで腰掛けた。
「――――」
「…………」
動き出してしばらくは、なぜか無言。多少の緊張感が漂う二人の間。前のような妙なソレではないが、やはり美人と、しかも生徒がふらふらしていてはまずい時間帯のデート、と言うこともあって、硬くなっている自分が情けない。
脈は幾分早く、それも今なら心地よいと言えるのかもしれなかった。セイバーの表情も、前に比べたら随分柔らかいと言えるはず。
そんな顔で外を眺めていた彼女が、会話の糸口を、つむいでくれた。
「こんなところまで、あの時と同じですね。」
「ああ、そういえば……一番後ろだったよな。」
セイバーと一緒にゆったり座るなら、やっぱり後部の方が良いと今もおもっている。幸い車内はガラ空き、座るに任せる、という状況は変わらないし。
まあ、ラッシュならラッシュで別のお楽しみがあったかもしれないが……。
「………いかん。衆人監視の下でそんな。」
「何をするのです?」
「いやなんでもない!なんでもないぞ!」
声が上ずる。………なんでもない、と主張するには余りな不自然さ。
「ふふ。シロウがそう仰るなら、そういうことにしておきましょう。
………ああ、綺麗なものですね。」
バスは、丁度大橋に差し掛かる頃。水面が、高い日差しを受けて輝いている。正に春、といった光景。
とはいえ。
少し開いた窓からの風が、セイバーの髪をなびかせる。
俺には、そんな彼女のほうが、よっぽど綺麗に映っていたりした。
体当たりなのは今も昔も変わらない。同じように、セイバーを綺麗だ、と思う心も変わりようは無い。
ただ、無性に嬉しかった。連れ立って、新都駅前でバスを降りる。一昨日までのそことは、確実に違う場所が、そこにはあった。
残り少ない午前は、映画を選択。平日の昼間はもっとも空いている時間帯だし、二ヶ月前は行かなかった場所。セイバーに色々なところを知ってもらいたいので、敢えてチャレンジなのである。
が。演目が滅多メタであった。なにコレ。
最新の映画は以下の通り。
『ティーチャー・ザ・シエル・イン・ヒナミザワ 〜まごころを、君に〜』……。
『ネコが使い魔 倫敦回旋曲』……。
『第三次ザ・デイ・オブ・サジタリウスα 終演の銀座へ』……。
「セイバー。止めとこうか。」
「?どうしたのですか?私は別に構いませんが……」
いや、上映作品の名前からしてちょっとあまり想像したくない内容なのだけど。……いや、先入観は良くない。セイバーも良いと言ってくれているし、物は試しである。二時間ダメだったとて、午後にリカバリーすればいいだろう。
「オッケー。モノは試しだ。じゃあ、………」
ホラー系の一つ目は×。三つ目は……アニメは今の雰囲気ではない。とすれば。
「ネコが使い魔、二枚でお願いします。」
………せめて、ほのぼの猫系ラブコメディーにかけるしかないのであった。
「はい、セイバーの分。じゃ、お菓子買いに良くか。」
「おお、先ほどから気になっていたのです。あのスタンドですね。映画のときにお菓子を食べるのは定番なのですか?」
「そうだな。最近はいろんなのがあるけど、やっぱりポップコーンにコーラになるかな。」
「ほう。ポップコーンは初めてです。」
早くも興味を示すセイバー。なるほど、コレがあったなら、映画館も強ち間違いではなかったかもしれない。
「じゃあ、Lサイズ二つお願いします。あ、セイバーはコーラでいいか?」
「ええ。シロウのお勧めに従うとしましょう。」
ちょっと割高だが、この際構うまい。バーガーにピクルス、寿司にガリ。こういった場所には、相応の添え物が不可欠なのであった。
「はい、セイバーの分。」
「これが、ポップコーンですか。いい香りです。」
今日は運よく出来立てに当たった。たまにだが、冷えたのに出くわした日にはあまり気分がよろしくない。
「甘いのもあるんだけど、アレはちょっと邪道な感じだし。こっちのほうがコーラにもあうと思う。
じゃ、行こうか。もうすぐ始まるし。」
「はい。楽しみですね、シロウ。」
さて、ネコが使い魔。如何なる作品であろうか――――
結論から言えば、そこそこの映画だった。主人公の朴訥で良い笑顔と、使い魔役の女の子がこの上ないほのぼの感を演出。結局女の子の方にセリフが無かったが………。
というか、むしろ映画中の出来事の方が心臓を高鳴らせたりしていたわけで――――
思ったより良い映画だったので安心していたが、セイバーがどんな顔をしているかは少し気になるところ。
ふと隣を見ると、セイバーと目線があってしまった。
「――――!」
セイバーは、慌てたようにスクリーンに目線を移す。さて、どうしたのだろうか?視線が、少し物欲しそうに見えたのだが……。
あ、なるほど。
見れば、ポップコーンの容器が空になっていた。こちらはまだ半分も食べておらず、邪推だがそんな意図の視線だろうと決めてみる。
黙って、セイバーに近い方にポップコーン容器を備え付けてみた。 少し、視線を横から感じながらも、俺はスクリーンを凝視している。いや、気障ったらしいが、気に入ってくれたらなら惜しくはない。
しばらくセイバーに動きは無かったが、やがて意を決したのだろう。もぞもぞと、ポップコーンを控えめに掴む感じが伝わってきた。
「くす」
「………!!」
無言の抗議が横から伝わる。でも、ポップコーンの誘惑には勝てないらしく、ちまちまと食べ続けるセイバー。何とも微笑ましい一面を発見して、ほのぼのとした気分にさせられた。
(さて、俺も少し)
と。
そっと伸ばしたセイバーの手と、丁度俺の手が――――――
――――そんな、顛末があったわけだ。
もしかしたら、映画のほのぼの感の相当部分がそこに起因していたのかもしれない。
「中々に興味深い。映画というのも、良いものですね。」
「ああ、時期がよければもっと面白いのもあったと思うけど。」
超大作、と呼ばれるものを今度見に来るのもいいかもしれない。
さて、太陽も丁度南を過ぎた辺り。そろそろ、お昼にするとしよう。
「何か、お昼のリクエストあるか?」
「そうですね。できれば、シロウがいつも食べているような店に行ってみたい。」
「え?ホントにそんなのでいいのか?」
「はい。前は少し、シロウも緊張している様子でしたし。今度は気兼ねなく食べられるところが良いと思いまして。」
なるほど……確かに前は場違い感全開もいいところだったし。紅茶が美味しい店には、後で行けばいいかな。
「おっけー。口に合うかわからないけど、馴染みの店でいいかな。」
ええ、と、頷くセイバー。さて、午後はどんなデートが待っているのやら。
ラーメン屋は結構冒険だったと思うのだが、案外セイバーには好評だったようだ。まあ、自称だがこういう隠れ名店を探すのは得意だったりするので、嬉しい限り。
午後は少し趣向を変えて、デパ地下巡りやスイーツの店を回ったりしてみた。自分でも驚いたが、案外この街はグルメ受けするかもしれない。紅茶とケーキに目を見張る店も多く、セイバーの笑顔がその度に見られたのも嬉しい限り。やっぱり、彼女は美味しいものをこの上なく愛するようだ。
そんな、楽しい一日だった。
だけど、セイバーが喜んでくれるはずのある店を、俺は最後まで、避け続けていた。
太陽が、水平線に近づいている。どちらも口に出したわけではない。だけど、帰りは歩きで、というのは暗黙の了解だったらしく、こうして二人、家路を楽しんでいる。
橙に色づく景色。眺望の優れた大橋は、それを楽しむには一番の場所。そこを、二人で通りたかったからだろう。
手を繋いで歩く。街中では少し恥ずかしいが、人通りもほとんど無い橋なら、そんなコトも無い。しっかり互いの手を握り締めた、その感触が心地よい。
言葉は、交わさない。
口を開くのは、二人がそこに着いてから。
言葉にしなくても、気持ちは何となく通じ合っていた。
丁度、橋の真ん中辺り。夕陽も、一番綺麗な時間だろう。どちらからでもなく、足を止める。
暫くは、無言で。暮れなずむ河の景色に、目を向けていた。
ふと、セイバーのほうを見る。
彼女には、どんな想いが去来していたのだろうか。
セイバーは、ほっとしたような声で。
「また、見に来ることが出来ましたね。」
そんなコトを、呟いていた。
二ヶ月前。もう二度と来られないとどこかで知っていて、それでも、俺は叶わぬ願望を口にした。
お互い頑固だった、と思う。意地っぱりなのは二人とも変わらず、結局喧嘩別れみたいなカタチで、デートは幕を閉じてしまった。
「ああ。今日は、楽しかったか?」
「――――ええ。とても楽しかった。
貴方ともう一度ここに来られて、良かったと思っています。」
風が、二人の間を通り抜ける。
春の、優しくて、暖かい風。
二人の間を隔てるモノは、今は遠く。
あの時と同じ願望を、俺は口にした。
「………そっか。なら、また来よう。」
もう、起こりえないかもしれないと。いや、どこかでそう確信していた、あの時。
自分の為に生きて欲しいと、そう告げた、あの夜。
つまりは、俺はいつも。
彼女が、幸せに暮らして欲しいと、願い続けている。
だから、こんな何気ない時間も。またいつものように、迎えるコトが出来れば。
それはどんなに素晴らしいことかと思う。
その言葉に、何を思ったのだろう。
憧れを含んだ声は、変わらない。だけどそれは、届かぬ願いへの羨望ではなく。
「………また、ここで夕陽を見たいですね。」
いつか来るその時への希望を込めて。
彼女は、そう言ってくれた。
「ああ。約束だ。
それと――――」
何の間違いでも無かった、あの日。とても大切な、彼女とすごせた、普通の時間。
渡したかった、モノがあった。
その日、喜んでもらおうと、買っていたもの。だけど、すれ違いで、最後まで渡せなかったもの。
渡すのは、今日が相応しいと思った。こんな、何でもない時間を、これからも一緒に過ごしたい。だから、初めの時間を一緒に過ごした証を、プレゼントしたい。
今日一日背負っていた鞄から、ソレを取り出した。
「セイバー、ライオンが好きだって言ってただろ。だから、これをプレゼントしたかったんだ。」
子獅子の人形。
あの時、店で買った、一つの可愛らしいぬいぐるみ。
「前に買ったんだけど、あの時は渡せなかったから。もし良かったら、これ――――」
――――いや。
言葉なんか、要らないか。
「…………シロウ」
セイバーは、差し出した人形を受け取ってくれた。大事そうに抱きしめて。
そして。
「…………ありがとう、ございます。……シロウ、……ずっと、大切にします。」
目を潤ませて、そんなコトを言ってくれた。
後はただ、彼女を近くで感じていたかった。
そっと、手を握って。
暮れなずむ夕陽を、いつまでも二人で見つめていた。
そうして、今も。
彼女は、獅子の人形を抱いている。
その人形は、彼女にとって特別なもの。
抱いて寝たり、語りかけたり。勿論、そんな光景は滅多に彼には見せないが。
人形に篭められた思い出。その暖かさが、彼女を包み込む。
大切な人との思い出。今もつなぐその日々は、一度断ち切られたもの。
その、断絶の前。彼と出会い、共に戦った日々の記憶。
そんな中の、一瞬に。確かにあった、なんということはない時間の、象徴。
獅子は、つぶらな瞳で、我が主を見つめている。
まるで、良人が、そこに想いを籠めているように。
「セイバー、居るのかー?」
秋も終わりに近づいている。だが、その日は特に暖かく、まるで春が順番を間違えたかと錯覚するような一日だった。
館の主人、士郎の帰宅。だが、いつもは出迎えてくれるはずの少女が、玄関に居ない。
学校の鞄と買い物袋を台所に置き、彼は、少女を探しに縁側に出る。
と。
セイバーは、縁側に寝転んで、午睡をとっていた。
春のような陽気。日向ぼっこの途中、気持ちが良くて眠ってしまったんだろう。幸い今日は暖かいが、そろそろ夕方にもさしかかる。このままでは、風邪を引いてしまうかもしれない。
「セイバー、風邪引くぞ…………っと。」
そこで士郎も、彼女の腕の中に気がついた。
「………そっか。」
大事に抱きかかえられた獅子のぬいぐるみと、あどけない寝顔の少女。
あまりに愛らしい組み合わせに、少年はいま少し、その光景を愛でたいと思った。
「大切にしてくれてるんだな。」
タオルケットを少女にかけ、彼は横に腰掛ける。
きっと彼女も、もうすぐ目を覚ますだろう。
この幸せな時間を、かみ締めたい。
目を覚ますまで、傍で見ていたい。
「…………いい夢を。セイバー。」
優しく頭に手を乗せて。
少年は、微笑み、そう呟いた。
思い出は、獅子と共に。
今もまた、幸せな日々は、続いていく。
と、いうわけで、Fateアニメ最終巻記念SSでしたw
あのぬいぐるみを題材に何か書いてやるぜ!と思っておりまして、それを具現化してみました。
直接的には、帰還話、その夜ときて、翌日になります。
ですが、単発甘デートとしてもご賞味していただけるかとw
『橋上の別れ』は、ホントに泣けました。すれ違う二人、でも、その後、想いは結実して、やっぱりこの二人は二人で一つだよ!とこちらも思いを新たにしたシーンでした。
もし、彼女が帰ってきてくれたなら。初めてのデートは、こんな感じかな、という雰囲気で書きましたので、そんなのが伝わっていれば幸いですw
ちなみにデートは、基本的に本編を踏襲しつつ、ぬいぐるみだけをアニメから持ってきています。
それでは、ここまでの御拝読、ありがとうございました!
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