「―――――鉄と炎、か。成程、これは敵わぬ」
呻きにも似た声で、敵軍の将が呟いた。
それほどに苛烈な攻勢と、冷酷ともいえるほどに冴え渡る采配。大ローマも退き、漸くブリテンの地を蹂躙できる日が来たのだ、と彼らの誰もが思っていた。残された騎士の国々も確かに強かろうが、彼らとて勇者である。戦場に出て敵に引けを取るなどということは、頭の片隅にも存在していなかった。
今日、この軍勢と相対するまでは。
鉄と炎。前者は冷酷さを、後者は熱情を思い起こさせる。古の時より、人にとってこの2者は利器であり、そして恐怖であった。敵から「蛮族」と呼ばれる彼らさえ、本質的な恐怖を覚える対象。それに、ブリテンの軍勢がなぞらえられている。
ギリ、と、彼は歯ぎしりを鳴らした。彼が兵士達に命じて整えさせた装備に差は殆ど無い。兵数では寧ろ、彼らの側が圧倒している。万全を期し、平野での決戦に誘き出したのも正解だと自負していた。
―――――だが、現実はどうか。
馬と馬とが交叉すれば血の飛沫を上げるのは必ず彼の軍勢だった。ただひたすらに勢いを駆って突撃する、それで蹴散らせていた敵とは次元が違う。先ずは、個々の技量。前衛で咆哮を上げるブリテンの騎士は、数合も切りあわぬうちに相対したものを切り伏せる。
そして、一人の武人が振るう采配。その意のままに動き、千変万化する群の形。左翼を防いだと思った勢力が次は回り込んで彼らの後背を衝き、後方で鋭気を養った手勢が素早く穴を埋める。備えが動揺したと見るや、遊軍の兵を向かわせる号令は何時でも彼らの一歩先。
炎の中心にあるのは、黒き長髪をたなびかせる美丈夫。
鉄の芯は、金色の剣を抱いた、凛々しき騎士王。
「…………チ」
舌打ちせずにはいられなかった。前線で戦う同胞は急速にその数を減らす。彼がそれに激昂して突撃しないのも殆ど奇跡。この蛮族の王をして、彼の武でさえ打開できぬことを、容易に知らしめるほどの強さ。それらを見せつけられ、彼は勢を退くことを決意した。
「―――――撤退だ。鐘を鳴らせ……!!」
“騎士王”アーサー=ペンドラゴンに護られし、ブリテンの地。
その名が近隣に響き渡る頃。軍勢の中心には、常に一人の騎士が在ったという。
湖水の加護を受けし者。若き武者は、その全霊をアーサー王の勝利に捧げていた。
人は誉めそやし、彼こそが円卓筆頭の騎士と呼び、鑑としてその忠誠心を賛美した。
彼も、それを誇りに思っていた。
一人の少女の為に。人々の礼賛は、それを何よりも証明するものだったから。
繰り返される闘いにも、日々の過酷な修練にも、彼が折れることは決してなかった。
獅子第一の剣、と、自負するが故に。信じたものに身を捧げる、騎士としての生そのままに。
―――――――ただ真っ直ぐに。
己の矜持を貫くと、誓っていた。
それゆえにこそ。
進む道に陥穽があることなど。その若者に、気付けるはずが無かったのだ。
それは、仕えた主も、そして、その妃も同じ。
ただ信じたものを貫いて生きた、貴い人々の果て。
其処で待つものが何か。今は未だ、誰も知る者は無かった。
(続)
再開……の、序章ですね。とりあえず、ウォーミングアップのつもりです。
さて……弓のほうも頑張りますw
御拝読ありがとうございましたw
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