「……あの、お疲れ様でした、シロウ」
「あ、ああ……その、セイバーも、わざわざ見に来てくれて、ありがとう」


 試合も終わり、興奮冷めやらぬ、といった聴衆も、今や大部分が帰路に就いている。弓道やろっかな……とか、そんな呟きが多かったのは、予期せぬ波及効果だったかもしれない。

 とはいえ、未だ練習は続いている。だからといって、側に居てくれた恋人に感謝を告げずに居られるほど、衛宮士郎という少年は寂しい人間ではない。というより、何を差し置いてでもそうすべき、と、もう本能に告げられたレベルでの行動で、彼はセイバーを道場の影に誘っていた。

 空は、美しい茜に染まりつつある。と、それが原因では明らかに無いが、セイバーの頬にも、うっすらと朱が差している。

「暑かった、よな。冷房も何もなくて……」

 そんな様子を見て、士郎はセイバーを気遣う。だが、彼は何も分かってはいないのである。微妙な乙女心の変化など、汲み取る技能は彼に備わっては居ない。


「ち、違います! ええ、陰になっていましたのでそこまで暑くは! というより、これはですね」
「これは?」
「な、なんでも……なんでもありませんよ!? あ、そういえば、大河に言伝てることがあったのでした! ええと、その、少し待っていてください!」


 セイバーは一通り焦ったあと、ぽかんとする士郎を残し、道場へと戻っていった。
 まさか、堂々と素面で、日が出ている間に言えるわけがあるまい。弓を構える姿に惚れ直し、そして、道着姿にときめいている、などと。


 後にはひとり、少年が残された。
 いつものとおり。そんな彼女の真情に、少しも気付くことは無く。













「負けたなー……いや全く」

 弓でも、恋でも。
 綾子はそう独りごちると、自販機から取り出したスポーツドリンクに口をつけた。


 発汗で渇いた身体に、水分が沁みていく。……この瞬間は、いつも心地良い。
 ついでに、ちょっとした敗北の傷も癒してくれるとありがたい、などと。
 何時になく、彼女は感傷的になっていた。


 結局は、衛宮士郎に負け続けた、と言ってもいいだろう。その事実は、結構、堪える。
 だが。

(……癪だね、なんか)

 弓で負けたのも、ヤツの所為。恋で負けたのも、ヤツの所為。
 そう思うと、少しずつ、綾子の心に従来の気質が戻ってきた。


 感傷的なのは、元来似合う方ではない。どうしようも無いほど乙女であるが、否定できないほど漢らしいのもまた、彼女である。


 確かに、負けた。

 だが、それだけ。これからも負け続けてやる道理はないし、機会はまだまだ永遠に在る。
 その切欠を作れただけでも、この敗北には価値があろう。
 恋だって、何より。



(そういえば)



 まだ、始まってもいないのである。



(……それも、癪)



 方針の転換。その割り切りとスピードは、彼女の十八番である。
 そう、あたしは、負けたけど――――ここはひとつ、自分の可愛い後輩でも、見習わなくてはならないだろう。

 だって、やっぱり、癪なのだ。始まっていないのに終わらせる、なんてことは。そして、一度の負けで全て諦めるなんてこと、兵法家として有るまじきことである。


「……よし」


 綾子はハッキリと口に出すと、目標の人物を求め、弓道場へと舞い戻る。


 目は輝き、気力は充実。それが先程まで敗北にショックを受けていた人物だとは、誰も思わなかっただろう。
















「藤ねえに……なんだろ?」


 セイバーの言葉を間に受けた士郎は、その場で待ちぼうけを喰らっていた。
「待っていて」と言われて、待たずにはいられないだろう。その辺りも、彼の律儀な性格を示している。












 そして。
 そこに先に現れたのは。










「衛宮!!」


 その音声に、士郎は驚いて振り返る。道場内まで聞こえるような音量でなくとも、ぼーっと空を見上げていた少年を驚かせるには、十分な声であった。


「み、美綴か……。どうしたんだよ、そんな声出して」


 どうしたもこうしたも、無い。綾子は負けっぱなしを嫌うタイプの少女である。
 だとすれば、ここでやることなど、ただひとつしかないのだ。










 大きく息を吸い込んで。
 彼女は、思いの丈を、精一杯言葉にして、彼に伝えた。












「あたし、やっぱアンタのこと、好きみたいだ!」












 堂々と。
 今度こそ――――彼女は、そこに恋の始まりを宣言した。












「は、え、ちょ、オマエ、それ……!?」
「それも何もないでしょ。大体ね、アンタ、桜にだって藤村先生にだって遠坂にだってイリヤさんにだって好かれてんのに、あたしからの好意だけ受け取らない、ってのは反則だよ」
「や、でもな、あの……」
「あの、も何も、なし! 別にセイバーさんから衛宮を盗ろう、なんて桜みたいなこと考えてないしね。
 ま、そういうわけで……」


 一方的である。綾子に嘘偽りは無く、彼女はセイバーと士郎を認め、その上でこう言い放つ。
 好意を持つのは、人の自由でしょ? と。内心の自由は、憲法でも保障されているのである。こうなればもう、あるいは、開き直りに近い感覚かもしれない。


 そんな好意を、終わらせる理由は見当たらない。恐らく一生、美綴綾子は、衛宮士郎に好意を持って、付き合っていくことだろう。それはあるいは、殺す殺さないの関係、と、綾子が凛に言い放ったあの時と似た確信であったかもしれない。


 言いたいことは、言った。綾子は最後、とびきりの笑顔で、こう告げる。


「これからも、宜しく!」


 悠々と――呆然と、そして赤面した少年を独り残し、少女はその場を去っていく。
 何て清清しい。綾子は、大きく背伸びし、「これから」に想いを馳せる。

 多少、遠回りはしたけれど。
 きっとこれからは、また楽しい日々がはじまるだろう。


 綾子にとって、かけがえの無い時間。
 それを――再び、彼女は得たのである。





 ――――最後の最後。
        真の勝者は、もしかすると、それを勝ち得た、彼女だったのかもしれない。










 余談になるが。
 赤面して狼狽していた士郎が、戻って来たセイバーに追及されたことは、言うまでも無い。
 もちろん、弁解も出来よう筈が無く。彼はその夜、恋人の誤解を解くのに多大なる労力を費やした、という。



 完




 完成いたしました!w いやー、長かった……特に、十五の弓引きシーン。これはホント、経験者で無いので難儀致しました。というわけで、もしかすると、動作的におかしい所があるかもしれません。一応、HPやYouTubeを参考にはしているのですが、この方がよくね? というのがありましたら、是非w


 さてでは、以下に少し後記でも。一応、雑記の3月10日分でもまとめようと思っていますが、今つらつらと書けるだけ。

 この作品ですが、着想はオイゲン・へリゲル著で岩波書店から出ている『日本の弓術』という本から得ています。Fateの二次創作を始めて、少し「弓」について知りたいな、と思った時、たまたま趣味の岩波めぐり中に出逢ったものですね。

 多少仏教文化と結び付けているな、と思う節もありましたが、そこに書いてあることは、もしかしたら衛宮君に通じるものがあるかもしれない、と思ったわけです。己の存在すら忘却し、ひとりでに矢が放たれる境地、と言いましょうか。かなり薄い本ですので、一度お読みになると面白いかもしれません。「ああなるほど、そうやって使いやがった、コイツ(笑)」とか、分かるかもしれませんねw

 セイバーさんと士郎君の絆、そして、それを経て士郎君に起こった変化、というのも書きたかったテーマです。それが、セイバーさん、そして、彼の親友の一人である美綴さんを通じてどう映るのか。それを、弓道を通して描写できれば、と思っていました。

 また、美綴さんが目立ちすぎー! と思われた方、正解ですw というか、弓道関係で書こうとすると必然的に、回すのは士郎君と綾子さんのかかわりの中で、となりますので……あと、キャラクターへの愛w 何でこんなにプッシュされてないかなー?! と、ある種二次創作屋の魂の叫び、だったりしますw そんな自分は、美綴さん愛が溢れる某サークルさんの同人誌(テレる綾子さんがもう秀逸w)を見つつ、綾子さんイメージ分を補給しながら書いておりましたw

 というわけで、綾子さんに比べるとヒロインとしては物足りないかな、と、セイバーさんについてはもう少し出番を作ってあげたかったな、と反省しております。とはいえ、内助の功、という意味で、彼に切欠を与えてくれたりと、良い妻っぷりを出せたかな、ともw さて、どうだったでしょうかw

 しかし、これを書いている中では随分と色々ありました。ゼミ発表やレポートと死闘したり、やたら忙しい用事が入りまくったり、何故か去年の後半期は忙殺される一方でしてw そして、最終回付近になるにつれ、プロットで詰め込みすぎた内容の消化に四苦八苦したりw また、新人賞の投稿作品も書いていたり、などなど。

 ですが、長編を上げられた、というのは非常に良い経験になりました。やー、爽快ですねw

 そして、読んでいただき、あるいは感想を頂いたりした、全ての方に感謝を捧げたく思います。実はコレ、綾子さんとセイバーさんという意外な(?)取り合わせの所為か、リンクスでも結構好評を頂いていたんですよね。その証左に、10万ヒット記念で始まった作品が、終了時には気付けばサイトの26万ヒットに到っていた、という(当時リク頂いた方、如何でしたでしょうかw)

 それだけ御拝読いただけた、ということ、そして、続きが気になると言っていただけたりと、連載している身としては光栄至極なことが重なった、感慨深い作品になったと思います。

 さて、今後はまた、暫く日常話を続けたいなー、と思っておりますw や、イチャラヴが足りない。マイ成分としてw 前にも色々なところで言及しましたとおり、この連載はこれにて終了ですが、自分とこのFate作品は基本的に世界観は同一、どの作品をとっても在る意味で、これの続きであることに変わりはありません。存在感を増した美綴嬢含め(笑)これからも、そんな作品群を愛でて頂ければ、こちらとしても感謝感激でございます!!

 そして、最後に……。初の連載完結、ということで(帰還話は一気に書いたのを小出しにしていたのでw)、拍手、また、メールで、ご感想をいただけると、今後の糧として、大変嬉しく思います m(_ _)m 宜しければ、是非ともにw

 それでは、御拝読ありがとうございました!w 今後ともどうぞ、よろしくお願いします m(_ _)m



 宜しければ、是非w⇒ web拍手


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