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 珍しいこともあるもんだ、と、彼女は思った。
 
 
 
 昼下がりの学校帰り。部活も今日は休養日、帰って心の洗濯でもしようか、や、その前に小腹が空いたかな、と、深山商店街をぶらついていた美綴綾子は、異様な雰囲気の一角に遭遇していた。
 ものものしい、という言葉がピッタリだろう。確か、あそこは最近出来たコンビニだったはずである。だが、パトカーは数台居る、拡声器が用意されている、盾持ちの機動隊まで出動してる、挙句の果てに野次馬多数。パッと見、普通でない出来事が起きていることは、幼稚園児にも理解できよう状況だ。
 
 
 「あの、何かあったんですか?」
 「おお、アレな。なんか、強盗だったらしいんだが、今は立てこもり。人質も居るって話だぜ」
 
 なるほど、と彼女は得心した。大方、強盗を他の客に通報でもされたのだろう。で、二進も三進も行かなくなって……と。
 それにしても、ありえない事態が発生している、と言っても過言ではない。最近は確かにガス漏れ事件だの学校集団食中毒だのあったものの、深山方面で、しかもこんな真昼間からそんな。
 
 (しかし、どうしたもんかね、これは)
 
 正直、いただけない。人質が居るのだから尚更性質が悪い。もとより、筋の通らないことが嫌いな綾子である。何とかなんないかな、と思いつつ、しかし、一女子高生にどうなる場面でもなさそうであり。
 
 むう、と腕を組みつつ。こんな時ヤツならどうするかな、と、綾子は想いを巡らせてみた。正義の味方の出番とは、当にこうした瞬間であろう。彼ならば、なにかしら具体的な動きをするに違いない。
 
 (だけど、今あたしに出来ることなんて……と?)
 「少し、失礼」
 
 綾子の思考は、清澄な響きに遮られた。声の出所は、綾子の真後ろ。とん、と背に感触もあったので、おそらく自分に呼びかけているのだろう。
 
 「はい、何でしょうか」
 
 振り向いて、表向き綾子の表情は変わらなかった。が、内心は違う。目の前に存在した少女は、声と寸分違わぬ印象の、清涼そのものの外見を纏っていた。
 加えて、美人。金髪と碧眼が、白い肌とコントラストを描いて絶妙なバランスを醸し出している。
 
 「その制服、穂群原の方ですね。本日、学校は? もう講義は終了したのでしょうか」
 「あ、えーと、もう終わってますよ」
 「ふむ。ならば、生徒はもう帰路に」
 「そうですね、部活やってなかったら大抵は引けてると思いますけど……」
 「そうですか。……ふむ、ひとつお聞きしたいのですが、衛宮士郎という生徒をご存じでしょうか」
 「え、……衛宮!?」
 
 知っているも何も、実は下校直前に挨拶をかわしていたりする。更には、彼女にとって衛宮士郎は朋友であり、かつ、ライバルであり、かつ――――である。
 
 「え、ええ、知ってますよ」
 
 綾子は多少、微妙な返事を返す。普段ならばもっと明瞭な答えをしていたのだろうが、相手の名前が名前、しかも美人である。その組み合わせに少なからぬ動揺があることは、認めざるを得ないところだった。
 
 「なるほど。もう帰路に就いたでしょうか?」
 「や、それは無いと思います。帰る前に話しましたし、生徒会の用事って言ってましたから」
 「ふむ。……それは、好都合」
 
 金髪碧眼の美少女はそう言うと、騒擾のコンビニへと視線をやる。膠着状態……と思いきや、事態はそんなにのんびりしたものではないようである。
 
 「おい、アレ!」
 
 周囲がどよめき、コンビニの入り口へと注意が集まる。其処には、平和な昼下がりの商店街には似つかわしくない、大仰な包丁を女性客に突きつけた若者が立っていた。
 
 「どけ! テメエ等、どかねえと……」
 「ひ……!」
 
 相当焦っているのだろう。汗はひっきりなしに流れだしているし、焦燥の色は誰が見ても明らかなほどに色濃い。だが、物騒なブツが顔の側に在る女性が居る以上、その状況は決して楽観視できるものでは無いように見えた。
 
 「む、あれはまずい」
 「あちゃー。確かにトチ狂ってますね、ったく……」
 「許しがたい蛮行です。時に、貴女。タオルか、風呂敷の類をお持ちではありませんか?」
 「へ? 風呂敷……?」
 
 実は、持っている。弁当包みに愛用している逸品が鞄の中に在ったりするのだが、綾子は少女の意図がつかめず、きょとんとした顔でたずね返した。
 
 「え、ええ……持ってますけど、弁当包みですよ?」
 「構いません。少し拝借したい。直ぐに返しますので、是非にも」
 「あ、はい……」
 
 綾子は少女の勢いに押される形で、鞄の中から風呂敷を取り出し、少女に渡す。
 
 「感謝します。では……」
 「え……」
 
 受け取るや、彼女は風呂敷を、頭にバンダナのように巻きつけた。綾子が突然の行為に唖然としたが、次の行為には、綾子のみならずギャラリー全員が驚かされた、と言っていい。
 
 警察は遠巻き、住民の呑む息など全くお構いなし。なんと、である。
 
 
 
 「そこな少年。いい加減になさい」
 
 
 
 風呂敷包みに、美しい声。どうもしっくり来ない組み合わせではあるが、そんな少女は、、警察の制止やら野次馬防止用のロープやらを軽々と飛び越え、堂々と狼藉者の前に立っていた。
 
 
 「君! 何をしている! 下がりなさい!」
 「ちょ、アンタ……!」
 
 
 
 流石の綾子も、これには焦り、身を乗り出して止めに行こうとする。この緊急事態に、なにをこの人は。
 だが、当の少女は、周囲のざわめきも警察の大騒ぎも、完璧に「何処吹く風」である。
 
 「それ以上の乱暴を重ねるべきではありません。まだ将来のある身、このようなことで時間を浪費してはいけない」
 「るせーよ! このナイフ、見えてねえのか!?」
 
 若者は刃渡り20cm近くはあろうかという包丁を少女に向け、威嚇する。
 ただ、相手が悪い。その手の威嚇など、彼女にとっては負け犬が遠吠えしているよりも影響が少ないだろう。つまりは、全くの無意味である。
 
 「だからどうだ、と言うのですか。心無いものの振るう刃など、怖れるものではありません。
 ……ふむ、では試してみますか? その刃、私の許まで届くか否か」
 「っ……この……!」
 
 少年の目に狂気が宿り、それが合図の代わりとなった。
 満場が息を呑む。少年は人質の女性を棄て、一直線に少女へと切りかかり――――
 
 
 
 「君、下がって!」
 「危ない!」
 
 
 
 警官が絶叫し、綾子は、ロープを超えて駆け寄ろうとする。
 
 だが、そんなものは、勿論のこと――――端から、必要の無い行為であった。
 
 
 
 「宜しい。全く、手間をかけさせる」
 「死ね、コイツ!」
 
 
 
 猛烈な勢いで振り下ろされるナイフに、人々の多くは目を瞑った。
 おそらく、ほとんどが思ったであろう。鮮血が飛び散り、取り返しのつかない事態になる――――と。
 
 
 
 
 
 
 しかし。
 彼の伝説の勇者を前に、斯くの如き憂慮は当に、杞憂であった。
 
 
 
 
 
 
 「が……ッ!?」
 
 鈍い音は、少年の腹部と手首、ほとんど時を同じくし、しかし別の場所から上がったものだった。
 漏れる音は、苦悶の低い声である。まず間違いなく、麗しき少女のものでは、無い。
 
 
 
 目を逸らさずに飛び出そうとした綾子も、目の前で繰り広げられた神技には唖然とせざるを得なかった。
 一の手刀で包丁を叩き落とされ、二の当身で鳩尾を深々と貫く。
 一体どれほどの研鑽を積めば、こうも――――
 
 
 
 「か、確保!」
 
 一瞬遅れ、警察が倒れこんだ犯人を押さえつける。だが、その必要も無く、犯人は既に戦闘不能。あっさりと手錠をかけられ、人質にされていた女性客も無事に保護される。
 
 何が起こったのか――――理解の数瞬遅れた一般人の喝采は、その直後に起きた。
 
 「おい、なんだ今の?!」
 「どこの子よ、アンタ!」
 
 
 その場は、突然のヒロイン登場に騒然となる。だが、少女は、こうなることを予め見越していたのであろう。
 
 「失礼。走りましょう」
 「え、え?」
 
 彼女は綾子を伴うと、相当なスピードでその場から駆け去り、裏道へと消えていった。
 無論、警察や住民の誰何を避ける目的であることは、言うまでもない。
 
 
 
 
 
 「はあ、は……足、速いんですね……」
 
 
 全速でしばらく走り、人気の少ない公園でようやく少女は立ち止まった。息を切らす綾子とは対照的に、彼女は平然とした表情である。
 
 「ふふ。それよりもこれ、ありがとうございました。……ああ、いえ、そういえば、洗って返すのが礼儀、ですね。どうしましょうか……」
 
 律儀にも畳んで返そうとした少女だが、そこで問題に突き当たる。だが、綾子は別に、そのようなことには頓着しない。
 
 「ふう……あ、別に構いませんよ。どうせ洗うものですから。それより……」
 
 そう。それより気になることは、この少女の素性であった。「衛宮」の名前が出てきた以上、それは、昨今噂になっている「衛宮家ひなた荘化進行中」の一端、「金髪碧眼の美少女」でほぼ間違いないのだろう、と綾子はあたりをつけている。
 
 「えっと、そういえば、名前……あたし、美綴綾子、って言います」
 「私は、アルトリア・セイバー・ペンドラゴン。セイバー、で構いません。しかし、そうですか……貴女が、アヤコ」
 「? え、何か……」
 「ええ。桜や大河、凛からも聞いています。もちろんシロウからも。学園一の女丈夫、と」
 「……はは、それはまた……」
 
 自ら内面は少女らしく、と願っている綾子にとっては微妙な評価ではあるが、ある意味光栄ではある。しかし、まさかこちらの名前まで知られているとは、彼女は毛頭思っていなかった。
 
 「なるほど、それならば納得ですね」
 「え、何がですか?」
 「先程の件。貴女だけが、犯人の攻撃に対し、私を援護しようと一歩を踏み出していました。あの一歩は、修練を積まなければ出せないものですよ。貴女ならば確かに、シロウ達が称えるのも当然だ」
 「はは……ありがとうございます。でも、セイバーさんの当身も凄かったですよね? ほとんど同時みたいに見えたんですけど……」
 「そうですね。ですが、やはり完璧に、とは難しい。少し前に対峙した男の剣筋を参考にしてみたのですが、中々」
 「そ、それはまた結構な手練ですね……」
 「ええ、難しい戦いでした。相手にもし名のある銘刀があれば、こちらも危なかったでしょう」
 
 などと。勿論、こんなに花が咲くとも思っていなかったのも、当然である。
 
 だが、話している内にお互い惹かれあうものがあったのであろう。共通の友人を持ち、尚、女性武道家、という面でも似通う少女二人が意気投合するのに、そう時間はかからなかった。
 
 「貴女とは良い知己になれそうです、綾子。これからも宜しくお願いします」
 「ええ、こちらこそ。衛宮にも宜しく伝えてください」
 
 別れ際の握手は、固く。此処に新しい友情が生まれた。セイバーと綾子。二人はその先、互いを良き理解者、そして親友として、交友を深めていくことになるのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……とまあ、こんな感じかな」
 「そうですね」
 「……なるほど」
 
 
 そんな顛末が語られたのが、深山のとある喫茶店午後の昼下がりであった。前から妙に仲が良い、と思っていた二人の間にそんな話があったとは、実は士郎は知らなかったのである。
 
 「それにしても……」
 
 士郎は改めて、並んだ二人を眺めてみる。方や、ブリテン伝説の騎士王。方や、穂群原伝説の女丈夫。
 
 「……それにしても、何ですか? シロウ」
 「気になりますよね。何なのさ、衛宮」
 「……いーや、何でもない」
 
 問い詰める息も、当にピッタリである。
 これは、もしかしたらトンデモナイタッグなのではないか、と。
 
 
 昼下がり。珈琲と一緒に、そんな感想を飲み下した士郎であった。
 
 
 
 
 
 
 ちょくちょく弓話連載中から頂いていた疑問。それは「セイバーさんと綾子さんはどうやって仲良しになったのか?」でした。
 というわけで、そこを補完しておこうかなー、と思った作品です。ちょっとした非日常物語。ちなみにセイバーさんが「好都合」と言ったのは、彼が居たならば彼自身が突っ込むだろうから、ですねw
 
 綾子さんはこれからも、士剣の良き友として活躍していただこうと思っておりますw
 
 あ、そういえば、トップから行ける企画頁で20万、25万の企画準備をしていますので、宜しければどうぞw
 
 それでは、御拝読ありがとうございました!
 
 面白ければ是非w⇒ web拍手
 
 
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