からん、からーん。






「おめでとうございます!一等が出ましたーーーー!!」
「………ウソ。」






 呆然と、目の前にある金色の珠を見つめていた。

 当たったら喜ぶよなあ、くらいの軽い気持ちで回したガラガラ。それがまさか、現実となって我が前に降臨するとは。

「なにが起こるかわかんないもんだなあ………。」

 …………ま、いいか。
 衛宮士郎は振って沸いた僥倖に感謝する。メニュー決定と彼女の笑顔。二つの懸案が、同時に解決するのだから。











『でぃーぷ・いんぱくと』
Written by Kashijiro 10.10.2006











 この国には様々な「秋」があるようだ。

 運動。読書。芸術。などなど。
 そして、多彩な食材が世に出回り、食卓をそれはもう豪華に彩るのだという。
 何と楽しみな季節だろうか。この国の料理―――無論、シロウの腕によるところが大きいとは思うのだが―――の味付け、それがそんな贅沢な食材によって更に昇華する。



 ―――――ええ、とても楽しみです。



 と、そんなことを考えながら、セイバーは玄関を開ける。

「ただいま戻りました。」

 玄関先で声をかけると、奥から少年が答えてくれる。

「おー。お帰りセイバー。おやつあるから食べにおいでー。」


 彼の居場所は台所と推測される。もしかしたら、手作りのお菓子があるのかもしれない。
 ドーナツか、はたまたドラ焼きか。ちょっと重いがホットケーキということも。
 その時間は、彼女のささやかな幸せでもある。まだ見ぬ三時のおやつに思いを馳せ、セイバーは居間へと入っていった。





 しかし。そこには、セイバーの想像を超える存在が鎮座ましましていたのだった。





「な………!?」

 異変に気付いたのは、居間の障子を開けた瞬間。セイバーの目には確かに、イデアが映った。
 いや、それは錯覚。その幻視は、嗅覚によってもたらされたものだった。
 天が見えるほどの、極上の香り。これは、一体――――


「お、ちょっと待っててくれよ。今お茶が入るから――」
「し、シロウ!」

 こぽぽ、と、急須から緑茶を注ぐ士郎の背中に、完全に浮き足立ったセイバーの、叫びにも似た呼び声がかかる。

「え?ど、どうかしたのか?」
「この香りは、この香りは一体!?絶妙です。このバランス、食欲を掻きたて、精神を和らげ、味覚をも想起させる。
 何と言うことだ。まだこのような食材が隠れていようとは、恐るべし日の本の秋……!シロウ、隠さずに教えてください。一体どのような魔術的食材なれば、このような香りが出るというのですか!?」


 ………恐る恐る、士郎が、彼女の方に顔を向けた。


(……………すごい。輝いてる。)


 瞳に星が散りばめられたのように。
 セイバーの眼差しは、未知の食材への好奇心を、言葉より雄弁に物語っていた。








「これが、松茸だ。」

 士郎はセイバーの求めに応じ、ざるに山盛りになった松茸を食卓に持ってきた。

「おお……!これが、これが松茸。書物で見るのとはまた別の輝きが……。」

 あくまで輝きを放つような成分は入っていないはずだが、ある意味そう見えるのも無理は無い。
 純国産は丹波出来。その一つ一つを良く観察すれば、そのどれもが「傘と幹との差が小さい」、極上の品であることが推察される。
 加えて、当日入荷の新鮮なもの。実に、時価にしてン万円。下手な貴金属並みの輝きは、むしろ放ってしかるべきなのだった。

「まさか当たるとは思わなかったけどな。商店街の福引なんて……。」
「いえ、シロウは日ごろの行いが良いですから。神もちゃんと見ておられたのですよ。」
 神が見ている、といえば、セイバーの喜ぶ姿なんじゃないかな、と士郎は思う。あそこまで喜んでくれる姿を見れば、神様ですら何回でも喜ばせてあげたくなるってものではないだろうか?
「して、どのようなレシピを考えておられるのですか?」
「うん、それはこれから……」



「こんにちはー。」



 と、玄関先から、時宜を得た人の声がする。

「こんにちは。桜。」
「おかえり桜……って、やっぱ驚くか?」
 桜は障子を開けた瞬間、その場で固まることコンマ一秒。が、すぐ気を取り直して喜びの声を上げる。
「わあ、どうしたんですか?こんなに……。」
「福引で当たったんだよ。丁度今から献立検討に入るところだったんだ。今日はセイバーの意見も聞きながらやろうかなと思って。」
「ええ、そうですね。じゃあ……」

 桜も食卓の側に腰を下ろす。士郎は早速、桜のおやつを調達しに食卓に立った。

「まずはごはんですよね。これだけあるから……十分できるはずですし。」
「松茸ごはんというものですね。幾度か食した炊き込みご飯の類でしょうか?」
「はい。松茸の炊き込みご飯です。ほかには……お吸い物もいりますね。」
 さらさらと、ハンドバックから取り出したメモにペンを走らせる桜。衛宮邸台所キーパーの一員として、こういう用意には抜かりが無い。
「なるほど。あの繊細なつゆに松茸を導入するのですか……。」
「風味がとても豊かになるんですよ。えーと、次は、」
「焼き物も定番だよな。七輪出さないと。」

 新たにお茶を入れた急須と、お手製ドラ焼き(桜とセイバーおかわりの二人分)を携えて参戦する台所長。これが、強敵を前にした心境か。彼の胸もまた、自然と高鳴っている。

「そうですねー。定番といえばコレくらいですけど、ほかにありますか?」
 焼き物ですか……とうなずいていたセイバーが、それに反応する。極上の試食人たる彼女は、目の前のどら焼きを愛でるとともに、やがて来る松茸づくしの理想郷アヴァロンへのイメージトレーニングに余念がない。
「そういえば、昨日見ていた番組で、フライというのがありましたね。あれなどは?」
「あ、セイバーさんも見てました?ちょっと勿体無い気もしましたけど、これだけあるなら挑戦してみてもいいかもしれませんね。先輩、どうですか?」
「フライか……。オッケー。考えてみよう。」


 変わった料理法も王道も、料理人の腕一つ。
 二人の一流シェフは、このきのこをどう料理してくれるのだろうか、と。
 誰よりも美味しい料理を楽しむ少女は、胸の高鳴りを抑えることが出来ないのだった。







「うん。上々の炊き上がり。」

 松茸御飯を満載にした炊飯器を前に、少し悦に入る。
 本当は釜でやりたいところだが、それでは来場者の腹を満たすことが出来ない。俺に出来る最善は、質をギリギリまで落とすことなく、かつ量を最大限用意できる手法を採ることなのだ。

「先輩、お吸い物もできましたよー。」

 居間には既に、おなかを空かした猛獣(ライオン1、虎1、あくま2、メイド2)達が待ち受けている。
 しかし、それこそ望むところではないか?この衛宮士郎が次のステップに進む上で、この松茸会食は大きな役割を果たすことになるだろ……

「士ー郎ーーーー!!おなか減ったよー!!!」
「藤ねえ。少しは我慢しなさい。もうすぐ出来るから。」
「でもタイガの言うことも一理あるわ。この香りは凶悪よ。空腹感にディレクトに響いてくるもの。」
「ほんと、良いわよねー。換金しちゃいたいくらいだわ。」
 ………やはり遠坂は呼ぶべきではなかったか。金と等価交換できないだけの経験を供給していると信じたいところだ。

 さて、我が騎士様はというと……

「………………………」

 精神統一の最中の様子。いつも、道場で見せる姿を、食卓で現出させていた。

 ………ように、見えるだけだと思うけど。ほら、あほ毛が振れてるし。



 まあ、そんな姿を見せられればこちらも仕上げに気合が入ろうというもの。古人曰く、料理は目でも味わう。盛り付けにもこだわって、最高の料理を味わってもらうのだ。





「おかわりも沢山ありますから、いっぱい食べてくださいねー。」

 食卓に並ぶ松茸づくし。いや、自分で言うのもなんだけど、やっぱり壮観である。

「いただきまーす!!!」

 解き放たれた猛禽の群は、宛らダムの放流の如く、壮観だ。あるものは豪放に、あるものは味わって。めいめい、思うままに珠玉の食材を味わい始める。

「これがマツタケかあ。うん、言うだけのことはあるわね。きのこはドイツが一番と思ってたけど……。」
「うん。おいしい。」
「た、確かにこれは……。城のメニューも洗いなおさなければいけませんか……。いえ、わが国の料理にこれを取り入れることも……。」
 アインツベルン家の人々はどうやら初松茸らしい。しかし、ドイツのきのこ料理っていうのも興味深いところだな……。

「ふふふ。日本の奥深さ、思い知ったか!これが茸の真髄ってやつよ!」
 藤ねえ。そこで勝ち誇らなくてもいい。

「んー、たまらないわね。たまには贅沢もしてみるものねー。」
 ………貴女のおごりで贅沢してみたいと思う。一生無いだろうけど………。



 しかし、我ながら中々上手くいったものだと思う。一口食べて、成功を確信。さて、反応はどうか………と、



 はむ。
「………………!!」
 こくこく。



 はむはむ。
「………………………!!!」
 こくこくこく。



 はむはむはむ。
「………………………………!!!!」
 こくこくこくこく。



 どうやら、言葉は要らないらしい。輝く瞳。振れるアンテナ。うなずく様子。こんな彼女を見るために、俺はその全てを料理に捧げているのだ。


 と、セイバーがこちらを向いた。


「シロウ………!!!」


 もちろん、予測される言葉は一通りだ。それを為さずして何の為の鞘ならん。
 感想なんかは、後で聞けば良いし。きっと、喜んでくれていることは、その表情が雄弁に物語っている。


 俺が立ち上がるのと、喜色満面のセイバーが声を発するのは、ほとんど同時だっただろう。


「おかわりです!!!!!!」
「了解。」




 笑顔のセイバーから、らいおん柄の茶碗を受け取る。
 この瞬間こそ。セイバー専用給仕衛宮士郎にとって、至福の瞬間――――――。






 餌付け/ナイトシリーズ第二弾でしたー。
 ネタ元は、MBS(毎日放送)お昼恒例の情報番組『ちちんぷいぷい』における松茸特集だったり。作中でセイバーさんが言っていた松茸フライはそこで出てきたものでした。結構おいしそうでしたよw

 セイバーさんのアンテナが振れる設定の絵を良く見るのですが、素晴らしいと思います。このシリーズではこれからも多用するでしょうねw

 ちなみに、イリヤ嬢が言っているドイツ料理ですが、「シュタインピルツ」というきのこを使った諸料理のことです。日本では「ヤマドリタケ」。秋の味で現地では通っております。流石アインツベルン、貴族です。ちょっと高いんですw
 春の白アスパラガス「シュパーゲル」とドイツ料理素材の双璧だと勝手に思っておりますw 夏のきのこも美味しいのあるんですけど……名前なんだっけ。来年は、イリヤ城にご招待の上でドイツ料理もいいかもしれませんねw


 いや、ホロウ桜デートのように、セイバーさんもドレスアップの上でイリヤ城デートもあり(以下略)


 それでは、御拝読ありがとうございました!!  
 
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