天高く馬肥ゆる秋、という諺がこの国にはあるようだが、次々と食卓を彩る季節の食材と、それを見事に調理してみせるシロウの腕には、感服し続けていると言っても過言ではない。
 もちろん、それだけではない。料理されて出てくるもの以外であっても、そのまま頂ける果物など。それだけで毎日が楽しく、居間で皆と楽しむ時も、より和らいだ空気で過ごすコトが出来るのだから、素晴らしい。


 そして今日。私は、シロウから言付かった用事で、柳洞寺を訪れていた。


 秋の訪れと共に、今まで私が知らなかった色を帯びている山。
 階段を上りつつ、朝の澄んだ空気に、私の心もまた、晴れやかなものになっていた。


















『かき☆すた』


Written by Kashijiro 5.11.2006



















「どうですか、セイバーさん。京都は宇治出来の玉露なのですが……」
「ええ、甘露、というのはこういうものを言うのでしょうね。誠、日本の味には驚かされてばかりだ」

 シロウはこの週末、急なバイトで忙しいとのことだった。その上、来週には実力テストが控えているという。
 何でも自分でやろうとする彼は、柳洞寺の用事も自分で行こうとしていたのだが、ここは私にも譲れないところ。せめて何か力になりたくて、ここの用事は任せて欲しい、と訴えたのである。

「そうですね。この季節、移り行く山の色を見ながらの茶はより楽しい。セイバーさんは英国の方と聞きますが、いやなかなか。もう十分に日本の風情をわかっておられるようだ」

 からからと爽やかに笑う一成は、和装で出迎えてくれた。学生服の彼しか見たコトが無いからだろうか、その姿は、新鮮にうつる。

「いえ、私などまだまだです。日本の四季は言葉では語りつくせぬ趣がある。この深奥に触れるためにも、もっと色々なことを学びたいものです」
「なるほど。………うむ、やはり素晴らしい向上心。衛宮のことを任せられるのはセイバーさんしかおられぬようだ。  全く、何度言っても無茶は治らないらしい。少しは自分のゆとりを省みても良いというのに……」
「ええ、全く同感ですね。しかし、それを支えるのも私の役目です。最近は確かに、少し張り切りすぎだ。そろそろ、面と向かって自愛の必要を説くことにしましょう」
「是非お願いしたいところです。流石に、日常生活まで自分は見にいけませんからね……。セイバーさんが衛宮の側に居てくれるようになってからは、こちらもやっと安心できるようになりました。
 さて、お茶だけでも何ですし……少しお待ちください」



 用事とは、ノートを借りてくることだった。シロウも人の子、多少、居眠りなどで授業も聞き漏らすコトがあるのだとか。来週の試験に向け、少しでも対策の手は多くしておきたいらしく、今日の訪問につながったのである。
 本当はノートを受領してすぐ暇するつもりだったが、一成と兄君・零観殿にも引き止められ、シロウも夕方に帰ってくるまででいい、と言ってくれたのに甘えて、少し世間話などしていたのだった。

 それにしても――――

「本当、見事なものですね……」
 そんな呟きが、思わず漏れる。街から見上げる山の紅葉も美しいが、間近で眺めることには、また違った趣があるものだ。
 葉が落ち、長く寒い季節を迎える前、木々が提供してくれる最後の輝き。だが、そこには、儚、と言うよりもむしろ、最後まで美しくあろうという、生命の力強さを感じる。こうして人の心に残った彩りは、忘れられることなく来年を迎えるだろう。そうしてまた、彼らは行き続けていく。

 少し肌寒い空気を、体の中、熱いお茶で温める。
 視覚、味覚、そして、風に揺れる葉の音。
 全てが、心を落ち着かせてくれた。


 一度、シロウを誘って、紅葉を見に行くのも良いだろう。忙しい毎日を過ごす彼だが、それゆえに、このような心の落ち着きは貴重なはず。

「そうですね。次に、シロウがゆっくり出来る日には……」

 一緒にお弁当作りに参加させてもらおうか。一日、思いきりシロウを癒やしてあげる日にしたい。
 二人で行くそんな遠足も、きっと楽しくて、心安らぐものになるに違いないだろうから。



「お待たせしました。丁度、良い柿と蜜柑が入っていましてね。セイバーさんのお口に合えば良いのですが」

 そんなコトを考えつつ、目に見える自然を愛でていると、一成がお盆に満載の果物を持ってきてくれた。 「おお……、よろしいのですか?一成。わざわざこのような……」
「ええ、構いません。いえ、腐ってもなんとやら、というやつでして。季節の挨拶がわりで送ってくださる檀家の方も多いですし、住職の知り合いの藤村さんからも箱一杯に送られて来ますのでね」
 柿は綺麗に切りそろえられ、蜜柑はまだ青いものも混じってはいるが、それでも程よい大きさ。僥倖に感謝しつつ、私は好意に甘えることにした。
「ありがとう。それでは、頂きます。………はむ」

 そう言って、柿を一切れ。
 しっとりとした食感に、口いっぱいに広がる甘さ。丁度よい具合に熟れている柿の味は、いつまでも味わっていたくらいの感動を与えてくれる。
 私は思わず、何度も頷きながら、素直な感想を口にしていた。

「ふむ……。いや、素晴らしいです一成。この絶妙な熟れ具合、心に染み渡るものがありますね」
「丁度良い色合いのものを選んできましたからね。そう言って頂ければ出した甲斐もあるというもの。
しかし、いや、なるほど……。うむ、衛宮の言うこともわかる気がしますね」
「? シロウが、何か?」
「ははは、詳しくは企業秘密にしておきましょう。いえ、セイバーさんは美味しそうに食べてくれるので料理のし甲斐がある、と言うことなのですが」
「そういうものでしょうか……? 確かに、美味しいものを頂けば、心は豊かになる。シロウもきっと、そんな私の心を感じ取ってくれたのでしょう」
「ええ、まあ、………そうですね。そうなのかもしれません」
「?」

 少し、一成の歯切れが悪い。……何か、シロウは私の与り知らぬことを一成に吹聴したのだろうか……?

「シロウの発言内容に興味はありますが……まあ、秘密とのことですし、不問にいたしましょう。  それよりも、この前の続きを聞いてみたいですね。シロウがかつてどんな学生だったのか、私がまだ知らない学園での出来事を、少し教えてはくれないでしょうか?」
「そういえば、まだお話は途中でしたね。解りました、お話ししましょう。
 アレは、まだ二年だった頃のこと……」



 しばらく、彼の興味深い話に聞き入った。ふと目に入った時計の針が、丁度昼近くを指している。ここの紅葉は時間を忘れさせてくれるが、そろそろ暇を請わねばならない。蜜柑、柿、そしてお茶も堪能させてもらったことだし。

「今日はありがとう、一成。シロウの話が聞けて、とても楽しかった」 「いえいえ、こんなことでよければ、まだまだお話しすることは沢山ありますから。
 また、暇な時にでもいらしてください。………そうだ、今度は精進料理でもどうですか? 衛宮も、一度レシピを学んでみたいと言ってましたし、機会があれば是非」
「精進料理ですか。興味深いですね……。ええ、いつか必ずうかがいます。
 果物もごちそうさまでした。では、また」
「ええ、それでは」





 晴れの空と、木々の色彩が美しい秋の寺。

 空想も、心なしか楽しい。帰りの石段を下りながら。次の休みにも、シロウと、ここを上がることが出来たら、どんなに素晴らしいだろう。

 そんなことを考えながら。疲れて帰ってくるだろうシロウに、いいお土産話が出来たことを嬉しく思って、私は帰路に就いた。






 再録・餌付けナイトシリーズ第参弾は、セイバーさん視点のお話でしたw セイバーさんと気が合う、と言えば、本編でも言及されていたこの人かな、と、そんな発送からですね。本当は紅葉狩りなお二人を書きたかったのですが、このSSシリーズの本旨に合わなさそうなので変えてみましたw

 タイトルの変更は、ネタになってなかったからですw それにしても捻りの無いネタだ……w

 それでは、御拝読ありがとうございました! m(_ _)m

 面白ければ是非w⇒ web拍手


 書架へ戻る
 玄関へ戻る