「……なーるほどねえ……」


 その数十分後のことである。士郎は当然の如く雷に打たれたようなショックを受けており、帰路の中途に必死になって原因を考えていたのだが、結局思い当たる節は何もなし。ただ、セイバーに「知らない」と言われたという事実以上に進展する所は全く無かった。

 さて、なんなのか。昨日の晩御飯がダメだったか。それとも今日の朝ごはん? あるいは、つくりおきしておいたお弁当……。だが、どれもセイバーの好物、苦手その他十分に考慮して作ったはずだし、そこが原因だとはどうしても思えないのである。

「……いやいや。それくらいじゃあの子はそんなに怒らないわよ」
「……そ、そっか……」

 それすらも失念するほど焦っているな、と、凛は苦笑せざるを得ない。やはり鉄板鉄壁に見えるバカップルとて、人の子同士なのである。暑さにやられて熱暴走、時には仲たがいだってする。恐らくはそれが、正しいカップルのあり方だろう。



 実は凛も、先ほど家に駆け込んできたセイバーを目撃していた。とんでもない形相、とは当にそのことを言うのだろう。というか、正直明らかに怒っていた。擬音で行くなら「プンプン」しているのである。

「セイバー、どうかしたの?」
「どうもしませんッ!」

 それは、邦訳すれば「どうかした」ということである。凛は疑問符を浮かべながら、自らの頭の冴えを取り戻すアイスコーヒーを淹れに台所へと向かっていった。ただ、この問題ではその助けを借りるまでもない。あのセイバーがそこまでの感情を出すなら、十中八九士郎との関係だろう、と、予測は簡単につくものである。というわけで、

「士郎が帰ってくるまでは放置、ね」

 と、凛は早々に洞ヶ峠を決め込んだ。そして、しばらく後。案の定、士郎は憔悴しきって彼女の部屋にやってきて――――、という経緯である。



「見当もつかない、と」
「そうなんだよ……」

 不機嫌なセイバーは、端的に言ってしまえば怖い。何せ、彼女の伝家の宝刀エクスカリバーは、仮に出力を1000分の1にしたとしても、凛と士郎をスミクズにして余りある威力を発揮するだろう。それだけでなく、十分に威圧感がある。「あ、この人は伝説の王だったんだ」などと、頓珍漢な感想を持ってしまうようなオーラが発散される。

 が、士郎の落ち込みはそういう所から出ているわけではない。純粋に、彼は何があったのか不安で心配なのである。朝まではにこやかで、この急変。今まで無かった急転直下なのだから、不安になって当然だろう。

「じゃ、衛宮君の行動を整理する所から始めましょう。いい? 記憶を再現して。出来る限り詳細に、……そうね、今日の朝から始めましょうか」

 何時の間にか凛は愛用の眼鏡をかけ、ほとんど「人生の先輩」と言った感じで士郎に話しかけていた。実際彼女は士郎の師匠であり、こういう時は姐御モード全開になれる少女である。

「……ああ、今日は朝もいい天気だったし、ちょっと早めにセイバーの部屋に起こしに行って……」

 ぽつぽつ、と、士郎は朝からの記憶を呼び起こして凛に伝えていく。机上にはルーズリーフが広げてあり、凛は一々士郎の言っていることを上手く要約して記し、セイバーの不機嫌要因を探り出そうと試みた。


 そして。


「……で、セイバーと会ったんだけど……いきなり“知らない”、なんて言われて……」


 あらかた語り終えた士郎は、そう言うと溜息と共にうなだれ、その場で膝を組んで縮こまってしまった。そんな愛弟子の様子を見て、凛は呆れと微笑ましさが同居したような感覚を覚える。やっぱり何時まで経っても、どうやらコイツには自分が付いていなければいけないのではないか、と。

 さて。

「……まあ、理由は分かったわ」
「え?」

 至極あっさりと、凛は士郎にそう告げた。学校から先の行動を鑑みるに、理由はひとつしか見当たらないのである。とすれば、純粋によくある話、仲裁も至極簡単に済む……というか、仲裁なんて高尚な言葉が似合わないような些細な問題でしかない。

「理由って……」
「ま、簡単なことね。それは後にしましょう」
「……む、自分で考えろってことか? そりゃ、確かに自分で思い当たって謝ったほうがいいと思うけど……」
「違うのよ。ま、そのあたりは私に任せなさい。夜には笑い話になってるから。そうね、衛宮君は茶菓子……ケーキがいいわね。深山までひとっ走り行って買ってくるといいわ」
「け、ケーキ?」
「そ。セイバーの分と、士郎の分。あと、相談料として……」
「分かった。行ってくる」
「ありがとー♪ ザッハトルテとラズベリーパイね。あと、帰ってきたらセイバーの部屋に直行して、平謝りするといいわ。勿論、真心から、ね。多分それで大丈夫だと思うから♪」

 言い終わるが早いか、士郎は風のような速度で凛の部屋を後にする。恐らく、自転車を全速で飛ばして深山商店街に向かうだろう。帰って来るまでそう時間は無さそうだが、それでも十分だろう、と彼女は判断している。

(……ふふ)

 騎士王も人の子か、と、再び凛は内心で苦笑する。恐らく、この暑さもあるのだろう。冷静さがどこかに飛んでいってしまっても、何らおかしいことは無い。

 世話が焼ける二人だが、だからこそ好きなのだ。からかってみても面白いが、少々それでは彼も彼女もかわいそうである。今回は真面目にやりましょうか、と、凛はそんなことを考えながら、セイバーの部屋へと向かっていった。












「………………」


 ぶんむくれる、とはこういう表情を言うのだろう。

 ――と表現したくなるほど、セイバーはふくれ面で部屋に閉じこもっていた。

「………………」

 何故こんな感情になるか、自分でも全く分からない。ただ、暑かった。そんな中で、士郎が他の女の子と楽しそうに話していて、自分が其処に居なかった。

 言ってみれば、事実は単にそれだけのこと。それを、セイバーは離れたところから眺めていただけなのだ。
 だというのに、この黒い感情はなんだというのだろうか。

「………シロウ、など」

 知らない、と、何度呟いたことだろう。どうやら自分は不機嫌になっている。何故だろうか、それは全く分からないが、それだけは事実だ。兎に角、何か気分が悪い。士郎が女の子達とイチャイチャしていて、それで、―――――



「セイバー、居るんでしょ?」



 と。
 悶々とした袋小路に陥りつつあったセイバーの部屋に、親友の声がかかった。

「……凛?」
「そ。入っていいかしら?」
「……どうぞ」

 凛は関係ない、と思いながらも、やはり口調からぶっきらぼうな色が抜けるコトはなかった。それほどに、どうにもやりきれない想いが募っている。
「蒼いわねえ」
「どういう意味ですか、それは」
「色んな意味、よ」

 ニヤつきながら、凛はセイバーの横に腰を下ろす。コトの顛末は把握してあるので、如何にこの純情可憐な御嬢様を説得するか、だけが問題だった。ただそれも、そう難しい話ではない。
「で、どうしたの」
「……どうもしていない、と先刻申し上げました」
「苦しい言い訳、って分かってるでしょ? 私が貴女の機嫌を見抜けないと思っているのかしら」
「む……」

 凛の言うとおり、と言って良い。彼女はこと、士郎とセイバーのことに関してはプロである。これもまた「色々な意味で」であり、だからこそ彼女は頼れる姐御だったりもするのだ。

 セイバーは、感情が非常に分かりやすい。王だった時代は当然鉄面皮だったのだろうが、その御面を取ってしまえばどこまでも純粋な少女なのである。一方の士郎も一本気、そういう意味では当に「似たもの夫婦」としか言いようが無い。

 というわけで、こんな場合でも凛にはすぐに説得の言葉が浮かんでくるのである。複雑に絡まっていそうな感情の糸とて、どう絡んでいるかさえ分かっていれば解すのは容易い。

「不倫でもされたのかしら? 最近流行みたいだけど」
「!? い、いえ、シロウはそんな……!」

 具体的な単語が出て、狼狽するセイバーが楽しい。こういう所まで愛らしいのだから、反則である。凛はそんなことを思いながら、セイバーの心情に訴えかける策に出た。

「ふーん、やっぱりそう思う?」
「そ、そうです! 不倫などと……ふ、不謹慎です」
「じゃ、やっぱ士郎のこと信じてるんだ?」
「当然です! 私は、シロウのことを誰よりも……」
「そっか。ま、そうよねー。あの朴念仁、そんな甲斐性あったら今でも学園でモテモテだろうしね」
「……!? そ、そんなにシロウは、学園で人気なのでしょうか……?」
「ん、まあね。色々献身的にやってくれるし、見てくれもそこそこだし。ま、浮いた話が無いのがアイツらしいんだけど」

 かくいう彼女とて、密かに衛宮士郎には注目していた一人である。もっとも、これだってやっぱり「色々な意味で」だが。

「そうですか……」
「そ。ま、身近に反面教師っぽいのも居たしね。……で、セイバー」
「はい?」
「まだ怒ってる? 士郎はあんなのだから、ね。貴女から見てどう、なんてのには口を挟まないけど」
「…………」

 もう一歩、と凛は感じ取る。そう、基本的にこの二人には何をどうしても断ち切りようの無いほどの絆があるのである。尤も、完全無欠の人類など存在しない。それゆえ、たまにはこんなすれ違いがあるのもまた当然。

 とすれば、思い起こさせてやれば良い。あの少年がどれ程真っ直ぐであり、どれ位彼女を想っているのか、ついでに言えばどこまでも朴念仁であることも。

「士郎だって男だし、女の子と仲良く話すことだってあるんじゃない? まあ、相棒を信じられない、っていうならそれまでだけど、ね」
「……! な、わ、私はシロウを信じています! 何時だって私は……」
「ふふ、じゃあいいんじゃない? アイツを一番知ってるのもセイバー、でしょ?」

 最後に、もう一押し。これで大丈夫だろう、と、凛は当たりをつけた。セイバーは賢明な少女である。普段の立ち振る舞いからは焼餅焼きとは思えないが、そうなってしまってもちゃんと戻って来られるのも彼女の良い所なのだろう。

「…………」
「じゃ、私はこれで♪ ちゃんと話してあげなさいよ?」

 口もきかない、では誤解を解くも何も無いのである。そこだけは釘を刺し、凛はセイバーの部屋を後にした。
 これから先は、二人の問題である。いつもは謀略を巡らしたりもするのだが、たまには橋渡し役も悪くない――――などと。

(さて、士郎は何を選ぶかしらね)

 労働の対価を美味しく頂く為には、良い紅茶が必要だろう。自分の家からせっせと移植してきた茶葉も、そこそこの数になりつつある。凛は夕刻のティータイムを楽しむべく、台所へと向かっていった。 







「――――」


 結局の所、彼女の親友とて明確な答えはくれなかった。つまり、このもやもやがなんであるか、という問いは、結局の所解決しては居ない。

 ただ、その原因が「シロウが女の子達と親しげに話していた」ことにあることは明確だった。そこに起因する何かが、セイバーの心を苛んでいる、ということになる。

 そして、凛の示唆。

「……確かに」

 なるほど、と、セイバーは答えを得たような気がしていた。
 詰まりは、どこかで嫉妬を抱いていたのだろう。

 シロウと楽しげに話す、ということを、どこかで独占したい気持ちがあったのか。
 それとも、自分が知らない時間を彼と共有し、経験している少女達に、少しばかり羨望を抱いたのか。

 恐らくは、どちらでもある。そして、それは全て自分の心から出た負の感情。
 ただまあ、それとて彼女のみが責められる謂われは無い。セイバーとて聖人ではない。どこかで、……そう、良人の人柄が良いことを知っているからこそ、逆に不安になることもあるのだから。

 だが、しかし。

「……?」

 ふと顔を上げると、玄関を開ける音。相当急いでいるらしく、引き戸を閉める音も、靴を脱いで、それでも尚きちんと揃える音も慌しい。

 廊下に上り、急ぎ足で部屋に向かってくる。足音だけで誰だか分かってしまう辺り、何処までもこの二人は互いをよく知っているのである。

 そして。

「セイバー!」

 ノックもそこそこに、彼がセイバーの部屋に飛び込んでくる。

「……シロウ?」
「ごめん! 何か落ち度があったら謝るから……この通り、許してくれ!」

 掲げた手には、セイバーにとっても馴染みのパッケージ。深山商店街で購入してきたケーキだろう。駆け込んできたことから考えても、この言葉を言う為に買ってきてくれたに違いない。

「…………」
「………う」

 セイバーはじっと士郎の方を見つめている。やはりまだ、不機嫌の色が抜けきっては居ない。

 だが――――



(……くす)



 平謝りする姿からは、嘘偽りの感情は一切見られない。ただ純粋に、セイバーの機嫌を損ねた(らしい)ことに対して謝っているのが眼の前の士郎である。

 果たして、そんな彼に「浮気」などすることが出来るだろうか?

(私も、少し信じる心が足りなかったようですね)

 そう、士郎はやはり、彼女の鞘であり、パートナーなのである。少しばかり他の少女と親しくしていたからとて、その絆が損なわれるコトは絶対に無い。

 今なら、セイバーも自信をもってそう言える。
 きっと、あの時は自分もどうかしていたのだろう、と。

 だが、それにしても、である。

(たまには、いいではありませんか? シロウ)

 元はと言えば、鈍感な彼が悪い、とも言えるのである。少しばかりこうして拗ねていたって、時には許されるだろう。
 今しばらく――そう、一時、こんな風にシロウに御灸を据えてみるのも悪くない、と。今度は、セイバーの悪戯心が働く。既にわだかまりは溶けつつあったが、今しばらく。

「……うう」
「……どうしたのです? 取り敢えず、そこにお座りになられたらいかがでしょう」

 内心笑みを浮かべつつ、セイバーはそう催促する。さて、どうやってケーキに到る道筋をつけようか、と。
 稀代の戦略家は、そんなことを考えながら、恐縮する士郎を眺めていた。




 ――――ちなみに。


 律儀な我等が主人公・衛宮士郎君は、セイバーと凛姐の為に、わざわざ三個ずつのケーキを用意していた、という。
 極上の紅茶と共に、二人の少女が美味しくそれらを頂いたコトは、最早言うまでもない。
 





 結局三場面の背景を使わなくてはならないため、背景は変えませんでした(苦笑)。

 というわけで、テーマSS第一弾完結いたしましたw ジェラシーねた、如何でしたでしょう。「嫉妬」というのは前述の通り意味が二つあるものでして、そのうちの片方を採用して話を進めましたw

 出てきた女の子連はいつものメンバーズですが、沙条さんだけはちょっとこだわりで出してみましたw どういう口調か、材料が氷室天地のわずかなパートしかないんですが、キャラマテでもちゃんとビジュアルが示されていますから、イメージはしやすいのではないかと思います。

 感情が上手く出せればいいなあ、なんて思いながら書いていましたね。如何でしたでしょうか?w


 さて、業務連絡も。恒例の夏祭り詣でなどのため、12日〜17日まで関東に行ってきます。とはいえ、一応ネット環境はある場所にちょくちょく行きますので、通常更新は可能……と思います。多少拍手返信が遅れるかもしれませんが、その時はご了承下さいませ m(_ _)m

 そうそう、コミケ委員会からこんなお知らせもありましたね。→こちら
 このようなアナウンスをしなくてはならないくらい、狂気が席巻してしまった今年の世相です。毅然とした態度で、ああした狂気を許さないようにしていきたいものですね。

 というわけで、拍手などは通常通り運営しておりますので、宜しければお使い下さいませw 8月下旬のテストに備えてちょっと勉強も激しくなりますが、下旬までに拍手SSは更新したいと思っております。

 それでは、御拝読ありがとうございました! m(_ _)m



 宜しければ是非⇒ web拍手


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