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 「……湯冷めした、かな」
 
 
 体の芯から、震えが来る。
 多分、間違いない。風呂上がり、居間で皆との話に花が咲いたのに任せ、薄着で居過ぎたのがいけなかったようだ。
 
 夜半の自室、布団を敷きつつ、そんなことを考えた。早々にはんてんでも羽織っておけば良かった――が、後悔先に立たず。ことここに到っては、早々に布団を敷き終え、さっさと潜り込んで暖をとるほかない。
 
 「……さむっ」
 
 湧き上がってくるような震えが、もう一度。言ってどうなるものでもないが、思わず呟いた。
 寒さへの抵抗力には自信があっても、やっぱり「あたたまって、冷める」という落差には敵わないらしい。
 ……うん、いい経験になった。お湯を使った後は、その熱を保たなければいけない。常識だけど、つい忘れてしまいがちなこと。
 
 ……さて、風邪に繋がらなければいいのだが。
 
 「……ふぅ」
 
 布団にもぐりこみ、人心地。……人間、瑣末なものから極大のものまで、幸福を感じる瞬間は多くある。多分、冬場に柔らかい布団の中に潜り込む、というのは、瑣末ながらも心と体を満たす幸せに違いない。
 
 
 
 ……実際、幸せだし。
 
 
 しかしながら、少し、足りない。
 
 何がと言えば、熱量――すなわち、温もりが、である。いつもならば十分だけど、今日は湯ざめの後。布団にもぐり、体温が布団内をあたためて、というのでは、やや不足のように感じられるのだ。
 
 「湯たんぽ……、いや……」
 
 先見の明の無さを恥じる。少しくらいは湯ざめの兆候はあったはずで、ならば湯たんぽくらい用意して来るべきだったのだ。これもまた、いい経験にはなった――けど、今の状況を解決することにはならない。
 
 台所まで、湯たんぽを用意しに行くか。しかし、もう一度この寒中に身を投じ、身を刻むかのような冷却に身を曝す覚悟が、衛宮士郎にあるか。
 
 (……むう)
 
 ……難しいところ、と言える。さっさと寝てしまうが吉か……それとも――
 
 
 
 ――と。
 
 「……シロウ」
 「……セイバー?」
 
 その瞬間。
 逡巡と煩悶のうちに過ごしていたところに、天の助けを聞いた気分になった。。
 
 「入っても、宜しいでしょうか」
 「……もちろん」
 
 静かに、声量を抑えた発言。今日は家に泊まっている人間も多いので、それぞれ自室での就寝、という暗黙の了解があったのだが……しかし――
 
 「失礼します」
 
 す、と、障子が流れる音がした。
 体を起こして、その音の方を見る。
 
 「今夜は、冷えますね」
 
 枕を抱え、はんてんを着こんだセイバーが、月明かりに照らされている。
 なんとなく――「あの時」に似た構図。
 でも、今は殺されかけてもいなければ、互いに見知らぬ者でもない。
 
 ずっと側に、と、そう誓い合った仲。
 
 「うん。寒いよな」
 「やはり、シロウもそう思いますか」
 
 蒼い月光の下、その微笑みはどこまでも柔らかい。セイバーは音をほとんど立てずに部屋に入ると、静寂の内に障子を閉めた。
 
 「あまりにも、寒いものですから」
 「ん?」
 
 起こした体、背中に寒気を感じながら、静かに近付いて来るセイバーを見つめる。
 側まで来ると、枕元に膝を付いて――
 
 「あたたまりに来ました。シロウが、宜しければ」
 「……」
 
 否、と、この世の誰が答えられるだろう。
 百万回生まれ変わっても、俺の答えはひとつに違いない。
 
 「――」
 「ありがとうございます」
 
 なので、分かり切った言葉を紡ぐことはせず、布団を上げて、返答の変わりにしてみた。
 
 ……丁度、寒かったのだ。
 それこそ、湯たんぽを持ってこようか、と思うくらいに。
 
 でも、これで、何もかも解決するだろう。
 これで、熱は二人分。
 そして――何より、すぐ横に、セイバーが居る、ということ。
 
 セイバーは、自分の枕を置くと、俺の左に身を横たえた。
 それを確認して、布団を掛け直す。
 
 もちろん、セイバーも一緒に入るように。
 
 「――」
 「……」
 
 布団は、そう大きくない。自然、セイバーの体とこちらの体は、ぴったりと密着することになる。
 ……うん。やっぱり、セイバーが居てくれると、あたたかさが全然、違う。
 
 「……ふふっ」
 「?」
 
 ぬくもりが布団の中に広がっていく中、セイバーが悪戯っぽく笑った。
 
 「セイバー?」
 「ふふ」
 
 彼女は、仰向けだった体を動かし、こちらの方に向いた。
 そして、それで出来た距離を、一気に縮めてくる。
 
 「……ん」
 「……っ」
 
 密着の度合いが、グッと増した。先ほどは、隣り合っているとはいえ、腕と腕がくっついている程度のことだった。しかし、今は違う。ほとんど、抱きつくような格好になっているのである。
 
 ……あたたかい、けど――流石に、こちらも、一応、男なのだ。
 
 色々、当たったり、するし。
 やわらかくて、湯上りのいい匂いもして、……とにかく、うん。あたたまる、どころではなくなってきているような、気がしてきた。
 
 「……シロウ」
 「ん?」
 「あたたかい、ですか?」
 「――」
 
 横になった、彼女の笑顔が、間近にある。
 体温が、セイバーから、直に伝わってくる。
 加えて、「側に居てくれる」こと。
 
 ……そりゃ、当然……。
 
 「もちろん」
 「……あ」
 
 こちらも横を向くと、セイバーと正面で向き合う形になる。この上なく近付いた二人の距離を、もう少し、縮めたい――と、そんな風に考えて、両腕を彼女の後ろに回した。
 
 そのまま、こちらに、ほんの少し抱き寄せてみる。
 
 「……」
 「――」
 
 とくん、とくん、と、鼓動まで聞こえるような距離。
 すっぽりと、セイバーはこちらの腕の中に収まってしまっている。
 そんな彼女を、全身で受け止める。
 
 
 ……湯冷めしている、というのに、頭は茹ってしまったかのようである。
 少し、冷静にならないといけない。そんなわけで、俺は、セイバーに話しかけた。会話をしていれば、少し、ヒートアップするこちらの心も落ち着くかもしれないし。
 
 「……ありがとう」
 「え?」
 「いや、ちょっと、湯冷めしててさ。セイバーが来てくれて、よかったよ」
 「ふふ……そうでしたか」
 「うん。湯たんぽ取りに行こうかな、って思ったくらいで」
 「では、ちょうどいいタイミングだったのですね。
 ……私は」
 「ん?」
 「こう、寒いものですから。シロウとあたため合うのも楽しいか、と思いまして」
 「……!」
 
 
 ……ああ、もう。
 なんで、こんなに可愛いのか、こいつは……っ!
 
 
 少し挑発的なセリフに、「落ち着こう」という意図はすっかり粉砕されてしまった。
 「あたため合う」という言葉には、一体どれほどの背景があるのだろう。
 そう考えてしまうのは、俺が男だから、なのか……?
 
 「セイバー……」
 「思ったとおり、でした」
 「え?」
 
 抱き寄せる力を強くして、そんな挑発に応えようとした、その瞬間。
 セイバーは、そう呟いた。
 しかし、……あれ? もしかして、セイバー――
 
 「……楽しい、…………ですね。ええ、寒いですが……二人で、身を寄せるのは……」
 「――」
 「土蔵で、こんな風に……した、時……楽しい、と、思ったので……」
 
 ……もしかして、もう、お眠、とか……?
 
 「……なんでも、ない、時でも……楽しい、もの、です」
 「せ、セイバー?」
 「……ふふっ。……シロウ……」
 
 名前を呼ぶと、こちらの名前を返してくれた。
 しかし――少し、体を離して、セイバーの表情を見ると。
 
 もう、その瞳は閉じられている。
 吐息も、少しずつ、規則的になっている。
 
 「――いい、夢、を、見られそうです」
 
 声も、小さくなってきている。
 
 確かに、人間、体が適度に温まれば、眠くなるものだけど。
 
 「――おやすみなさい、シロウ……」
 「う、うん。おやすみ、セイバー……」
 
 
 こ、ここまで来て、一人で取り残される、なんて――。
 
 
 「……すぅ、……」
 「――」
 
 おやすみなさい、の挨拶を交わした直後。セイバーは、すとん、と、眠りの世界に落ちて行ってしまった。
 ……ということは、アレか。この部屋に来た時点で、既に、相当眠かった、ということか。
 そして、こうして布団の中に入って、体を寄せ合って。
 
 そのぬくもりが、決定打になってもおかしくはない。
 
 「……ははっ」
 「……すぅ……」
 
 腕の中に、安らかな寝息の音が聞こえる。
 間近で見る寝顔は、どこまでも穏やかで、綺麗で、無垢そのものだ。
 ……まあ、期待していたのとは、少し違う展開だけど。
 
 コレはコレで、悪くは無い。
 
 「――あったかい、な」
 
 ついさっきまで、湯冷めで凍えていたのがウソのよう。
 布団の中は、熱過ぎず、寒くもなく、これ以上ないほど、寝るのに適温となっている。
 
 そして、側には、大好きな人。
 ささやかではあるけれど、無上の幸せが、ここにある。
 
 
 
 ――さて。
 
 
 
 俺も、そろそろ涅槃の境地へ。
 この幸せを噛みしめて。
 
 
 「おやすみ、セイバー」
 「……すぅ……」
 
 
 もう一度、声を掛けて、目を閉じた。
 今日は、これでお仕舞い。今はゆっくりと休み、また明日、彼女と過ごす一日に備えよう。
 
 
 おわり
 
 
 
 
 
 突発性糖分欠乏症候群。ごく稀にこの症状が出ると、こんなSSが出来上がります(笑)。
 前に書いた「臥所の語らい」、その冬バージョン、といった趣ですね。
 とはいえ、シチュエーションとしては特殊なものは全くありません。
 ごく普通の、しかしとても寒い、冬の夜。彼と彼女はこんな風に過ごすんだぜ! ということで、ひとつw
 
 さて、トップページでもお知らせしましたが、同人はじめました(笑)。
 冬コミが初参加。サークル名は「ゆったり庵」です。一度参加してみたい、と思いつつ、タイミング的には
 ここしかないだろう、ということで決断をしてみましたw
 サークルの動向につきましてはこちらで、コンセプトや動機、
 あるいは現在に到るまでの思考経路その他は雑記2009年12月12日分をご覧くださいw
 
 それでは、お読み頂きましてありがとうございました!<(_ _)>
 
 面白ければ是非w⇒ web拍手
 
 
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