そわそわ、そわそわ。



 本日は土曜日。天気は快晴、前日までの寒気は北に去り、唐土産の暖かい、だけど移り気な気圧の山がここ冬木を通過中。そんな春の一日である。



 時刻は現在、午後2時50分。

「あー、ちょっと働いたよなあ」

 台所でお湯を沸かしつつ、居間のセイバーに語りかける。
 そして………声をかけられたセイバーは、ココから見ても解るくらいに“そわそわ”していた。



 …………ふふふ。





















『セイバーさんにお昼下がりの幸福を!』

Written by Kashijiro 21.4.2007






















 今日は午前中を買い物に費やした。食材の買出しから、先日イリヤ対藤ねえ怪獣大決戦で破れ去った障子の張替え用品を買ってみたり、春のうららかな陽気に誘われて、生ける花に御洒落を見出してみたり。

 そして、そんな日差しを受けた彼女が、一段と輝いて見えていたり。

「そうですね。朝から色々出かけていましたし」

 午後は障子の張替えを足がかりに、ちょっとした大掃除を敢行。こういうのは凝り始めるとキリがないのが主夫の定めであったりなかったり、である。

 そして、掃除機を一生懸命かけていたり、干された布団をパタパタはたいている彼女は、一層可愛らしかったり。

「はいどうぞ、セイバー。熱いから気をつけて」
「あ、……はい。ありがとうございます、シロウ」

 急須と湯飲みだけが載ったお盆を見て、一瞬だけ輝いたセイバーの瞳がすぐ元に戻った……ように見せかけているだけで、ちょっとしょんぼりした陰を見逃さないのも、セイバーのことを良く解ってきた証拠だと思うんだが、どうか。

 動いたせいで体はあったまっているが、寒気のために開け放った障子の所為で、風が通って少しひんやりしている。熱めのお茶はそういうところに配慮しているわけで、それ自体は喜んでくれている、のだが。



 そわそわ、そわそわ。



 くすり、と、セイバーに気付かれないように内心だけに笑みを許す。いや、なんかこう、わかりやすいのに隠そうとしているいじらしい努力っていうのは、形容しがたいところだと思わないだろうか?

「と、時にシロウ。先日の桜は、見事なものでしたね」
「ああ。そうだな、もう大分葉桜になっちまったけど」



 桜、ね。うむ。狙っているのだろうが、その手には乗ってあげないのだ。



「そうだ、桜前線、って知ってるか?」
「前線、ですか。天気予報などのものならわかりますが……」
「言葉は同じだよ。桜がどの辺りで咲くか、っていうのを、等高線みたいにして表すんだけどさ。土地の桜が終わるのを“桜前線が北上する”とか言うんだよ」
「ほうほう」
「桜は大体、北のほうで遅く咲くんだ。だから、冬木で終わってもまだ北のほうではこれから桜の季節のところもあるんだぞ」
「なるほど。ならば、今から北方に旅行する者には楽しみが増えますね」
「ゴールデンウィークとか、北のほうは綺麗らしいからなー」
「え、ええ……」



 とまあ、上手くセイバーから話題の主導権を取ってみる。お楽しみは、まだまだお預けなのだ。



 が、セイバーは諦めない。そうそう、それでこそセイバーなんだよな。

「そういえば……そう! 桜はどうしたのですか?今日は部活も休み、と聞きましたが」
「ああ、昨日、美綴と弓具見に行くとか言ってたかな。大会近いし、買出しじゃないか?」
「そ、そうですか。確かに、装備を磐石にするのは戦いに望む際には大切なことですね」



 うん、そうだな。邪魔にならないように、見に行くのもいいかもしれない。セイバーも興味あるみたいだし。
 そして、桜……そうか、なるほど。そういう切り口もありだったなあ。盲点盲点。



 さて。時間は、と、時計を見やる。……58分、かー。
 少しずつ、セイバーのそわそわが焦りに変わっていくのが見える。そろそろ、セイバーも行動に移してくるか、な?

「え、ええとですね、シロウ」
「あ、お茶?」

 セイバーの手元、湯飲みが空になっているのを見て、さっと気を利かせる。こぽこぽ、と、お茶が入る音は何ともユカイな響きを奏でている。

「あ、ありがとうございます。その、お茶はお茶なのですが、お茶にはですね、シロウ」

 ぴこ、と、セイバーのアンテナが一瞬反応する。だんだん、その話題に近づいてきたから、だろうか?

「今日は買い物で、ほら、アレですよ。その、安かったので……」
「そうだな。確かに花屋さんでは助かったよな」
「――――――〜〜〜!」



 そうそう。今日はスーパー、花屋のみならず、行った店は中々いい感じでセール率が高かったので、お得だったのである。なので、セイバーが言ったのは多分アレなのだが、そこは気付かぬフリが出来るのだった。

 とはいえ。もうそろそ気付かれるころと思うのだが………?



「………………………」
「―――――――――」




 そうでもないらしかった。しばし、無言。セイバーの表情がもう可愛くてたまらない。言いたいことがあるのだけど、ソレを口にするのも恥ずかしく、こちらに言ってもらうのを待っているけどそれもしてもらえず、困ってどうしようか迷っている様が、である。今にも「う〜」とか、頭から煙が出たりしそうな、そんな顔。


 心なしか、アホ毛もしおれてるように見えてしまうね。


 テレビではつい先ほど土曜スタジヲパークが終わり、大河ドラマの番宣ももう終わる。セイバーは、そんなことに気付いているだろうか………と?

「シロウ!!」


 時刻は多分、2時59分45秒を回ったあたりだと思う。セイバーの意を決した発声が居間に響いた!!


「あ、あの、ですね、その!お茶が折角美味しいので!………先ほどスーパーで購入したさく」


 うんうん。必死になって訴える様もいいんだけど……でもね、セイバー。

 残念ながら、その努力は水泡に帰することになる。いわゆる一つのタイムアップ。
 テレビからは電子音と共に、比較的真面目そうな顔のアナウンサーが発する、これまた真面目そうな声が流れてきていた。
 ぴ……ぴ……ぴ……ぽ〜〜〜ん。


「………三時になりました。ニュースをお伝えします………」


「桜餅にしようか、セイバー。三時になったしな。」




 ――――そう。
       セイバーが必死になって訴えようとしたのは、お茶請け。


 セールで売っていた桜餅を出して欲しい、ということだったのである。




 一瞬、セイバーが拍子抜け、といった感じでぽかんとする。
 そして、その直後。顔を赤くしたセイバーが、ちょっと涙ぐみながら。
 さながら、可愛らしい子獅子の“がおー”と吠えるが如く。




「………し、シロウ!?もしや、今まで分かっていて………?!!」
「ご名答♪まあ、おやつは三時からだしな」

 セイバーから放たれる批判の矢を避けるために、ひょいと立って台所へ。もちろん、ちゃんと用意はしてあるのだ。

「ひ、ひどいです………」
「あはは、まあまあ、機嫌直しってことで」



 こと、と、セイバーの前に桜餅を二つ。
 さて、前置きは長くなりましたが、楽しいお茶に致しましょう――――。







「このモチモチ感が…………。ちょっぴり感じる塩味もまた……はむ……」

 はむはむ、と食べて、こくこく、と頷く。いつも賑やかな三食と、こういうゆったりのんびりな時間では、感慨も違うのは何故だろう。まあ、どちらも「かわいい」に尽きるのだけど。
 因みに、今食べているのはいわゆる「道明寺」。これはこちらでは余り聞かない名称、俺なんかにすれば某武将討死の地や某少女漫画のキャラクターが先に来てしまうのだが、関西系の桜餅をこう言うらしい。ええと、あっちのは何て言うんだっけ?

「長命寺、ではなかったですか?この前テレビで見た記憶があります」
「ああ、そうだっけ。一回食べてみたいよなー。
 ………ところで、セイバー」

 セイバーは美味しいものを食べていると、誰が見ても分かるくらいに喜びを表してくれる。笑顔の時もあれば、納得のこくこくであったりもする。あほ毛が振れている時もあるし。
 今日は幸せな表情がソレを如実にあらわしている。だから、わざわざ聞くまでもない、のだけど。


 やっぱり、聞きたくなるんだよなあ。セイバーからの答えが聞きたいから、ね。


「美味しい?桜餅」
「はい!!もちろんです!!」


 とてもとても穏やかな春の昼下がり。
 今日もまた何気ない、いつものセイバーと過ごすお茶会。


 だけど。
 きっとコレこそが、「かけがえのない幸せ」―――――。


(おしまい)





 道明寺……と言えば、後藤某とか、伊達某とか、『流星花園』とか、「F4」(←母の影響)。そんなことを考えつつ書いていたような記憶がございますw

 取り敢えず、放置プレイモードの士郎君もたまにはいいかな、とw お預けお預け。のんびりまったりの極地を目指してみましたが、如何でしたでしょうかw

 そういえば、よくお邪魔するサイトさんの漫画で「桜」餅の餡が黒桜のアレ、というものがありましたね……w それは流石に怖い……w

 それでは、御拝読ありがとうございました!

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