「…………?」


 夕飯の後。後片付けをして自室に帰ろうとすると、縁側で、彼女が空を見上げていた。

 その表情は、いつも彼女が湛えているものではない。
 月は、すごくキレイなのに。見上げた彼女の顔は、とてもそれを愛でているようには見えない。
 どこか、見えもしない所を。遠く、遠くを見つめている、そんな表情。


 ――――その、視線の先が、気になった。


「どうした?セイバー。」
「あ………シロウ?
 ………いえ、何でも」
 返答も上の空。何でもないなら、そんな表情しないだろ。

「となり、いいか?」
 こくん、と。セイバーは、微笑みながら返してくれる。
 でも、そんな微笑みつくりわらいは、セイバーの笑顔じゃない。 

 二、三、言葉を交わす。それでも、彼女の雰囲気は変わらない。
 なんだろう。それが、どうにも気にかかる。

「なんか変だぞ?セイバー。」
「……――」

 ひとつ。
 彼女が、息をついた気がした。

「――――そう、見えますか?」
 無論。いかに鈍感な自分でも、これくらい解り易ければ、すぐに気付く。
 それだけに。そんな顔をさせている原因が、気になる。

「………とても、幸せなのです。」
 彼女は、儚げに呟いた。
「それが、怖い。私一人が、こうして、過去の罪を拭うことなく、シロウと、凛と、皆と幸せに過ごしている。
 私は、確かにこんな時間を求めて、願いました。ですが、………こんな自由が、本当に許されていいのだろうか、と。
 手に入れて、嬉しくて………でも、それが、時に恐ろしくなる。」

 ――――まだ。そんなことを言っている。
       自分のために笑うセイバーが好きだ、と。そう、伝えたのに。

「………私が犯した罪は、数知れない。
 決して、一生かけても償いきれるものではないほどに。
 民を犠牲にし、家臣を死地に追いやり、果ては国を失った。」

 王として生きた。そのことへの、確固たる誇り。
 しかし。

 その裏ある感情は、深く。

「だというのに。私は、こうして好きな人の側に在って、自由を謳歌している。
 ――――それが、」

 正しい、ことだったのだろうか、と。
 その声は、まるで、跪く悔悛者のようで――――


 言葉を、失った。
 重い、自責の念。
 真実、それ・・を、自分は見てしまった。
 語るべき言葉は、すぐには見つからない。

 だけど。

 そんなことを、言って欲しくない。
 折角、少女としての時を。皆の笑顔の為に、犠牲にしたその日々を、今、生きることが出来ているというのだから。

「………馬鹿。」
 ここで、もう一度、言っておかないと。
 王たる彼女に。
 その鎧の重さを、一人で背負う必要は無い、と。

 その肩を持ち、無理矢理、正面を向かせる。
「シロウ――――?」
「………いいか。もう一回、ちゃんと言うから、聞いて欲しい。
 俺はセイバーの過去に触れた。お前が王として来たことも、その結末も、知ってる。
 でも、それは全部、皆の笑顔のためにしたことなんだから。セイバーは、胸を張るべきだ。誇りこそすれ、気に病む必要なんか少しもない。」
「――――」

 俯いたその表情を、窺うことはしない。
 誰だってそう。過去に踏み込まれることは、痛いもの。

 ――――だが。

 俺は、――――ここで退いてしまっては、いけない。

「………私、は」
「関係ないって言ってるんだ。
 たとえ世界中が、民を犠牲にした非道の王だって言っても、国を守れなかった非力な王だって詰っても。………その、俺だけは、絶対にセイバーの今を、許せる。
 そりゃ、俺なんかがそうしたってどうなる訳でもないかもしれない。でも、セイバーのしたことは、間違ってない。力の限り、頑張ったんだから。だからお前には、幸せに日々を過ごす資格が、有りすぎるほどある。
 そう、言い切れるヤツも居るんだ。そのコトだけは、覚えておいて欲しい。」




 しばし、沈黙が時を支配する。
 解っている。人の過去に踏み込む。それが、どういう意味を持つのかくらい。
 そして、他人の気持ちなんて、絶対に解るはずはない。
 セイバーの悩みは、セイバーだけのもの。だから、今、俺が言える精一杯のことを。
 それを、どう思われようが構わない。

 ――――ただ。
       共に歩む者として。それだけは、伝えておきたかったから。



「―――シロウは、」
 そっと、呟くように。

「優しいのですね――――」
 彼女は、そんな言葉で、沈黙を破った。

「え?セイバー……?」
 とん、と、彼女が、俺の胸に顔を埋めてくる。
 少し不意打ちじみた行動に、思わず顔を赤くする。

 ――――けど。

「もうしわけ、ありません。
 ………でも、………今だけ、こうして、居させて欲しい。」

 ――――肩を震わせる彼女を、そっと抱きしめて。

「いつだっていい。俺は、お前の鞘、だろ?」
「―――――」

 涙は、見ないように。
 その赦しは、神に請うまでも無いのだから。




 もう一度、衛宮士郎は決意する。

 彼女の鞘で、あり続けることを。
 抜き身のまま、彼女が壊れてしまわないように。
 何時までも、彼女を守れる存在で、彼女の還ってこられる所で、あり続けるのだ、と。

 その思いを、今宵。
 この美しい、月に誓う。





 というわけで、ありあわせ更新です。キャラクター投票応援用に書いた、人生二つ目のSS。
 大分経ちましたし、再録してもいいかな、と。あっちで読んでくださった方もいらっしゃるかも?
 今それを見直すと……うん。いや、なんともはや。
 お目汚し、申し訳ない……(苦苦笑)。

 あっちではUBW後とか書いてましたが、本当はUBWでなく、Fateグッド後設定で書いております。
 まだあの時は、ホロウでグッドがあると信じてたもんなあ(遠い目)。
 当時も試験中で、ホロウは封印してたんです。
 まあ、オマケなので、ウチの他のSSと設定や内容が衝突してても見逃してやってくださいw

 流石にそのままってのはあまりに痛すぎますので、本筋は変えてませんが、細部加筆修正しました。
 只今意識が朦朧としているので、もっと変になった可能性も否めませんけど。
 現物はまだ応援作品のところにあるはずですが、見てあげないで下さい。

 ………マジで。


 一応……置いときますw⇒ web拍手


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