「む、ムスタディオ……やっぱり、僕」
「なんだよー。今更怖気づいたのか? 昨日はあんなに必死な顔してたのにさー」
「で、でも……」
「さーさ、入った入った!!」

 本日、巨蟹月1日、午後8時33分。王都ルザリアの酒場前。
 僕は悪友ムスタディオに背中を押され、ゆっくりと入り口の扉を開ける。

 そう。コトの発端は、2日前のことだった―――――――








「よーラムザ。お前、アグリアスさんのこと好きなんだって?」
「ぶっ…………!!!!」


 部隊の中でも古参の一人、ラッドさんがそう声をかけてきたのは夜営の中。警備の途中、一息つこうと濃い目のコーヒーを飲もうとした瞬間だった。

「らららら、ラッドさん!!! なな、何を言って」
「えーウソなのー? そんなはずないよー。だって、忍者くん情報だもんねー」
「ら、ラヴィアンさんまでそんな!! って、に、忍者くんが!!?」
「あらあら。彼の情報にウソはない、でしょう? ラムザさん」
「アリシアさんっ……」

 ラッドさんとアリシアさん、ラヴィアンさんはアグリアスさんの古い知り合いだ。僕の率いる部隊に参加してくれたのも彼女と同時。頼りになる人たちなんだけど、こういう噂には目が無いのだった。

「忍者くんに“面白い話ない?”って聞いたら教えてくれたんだー。何でも、ムスタディオから相談を受けたらしいよ?」
「らしいな。どうやら、ラムザが恋煩いに悩んでいる、のだとか。アグリアスさんの心情を探って欲しいとのことだったらしいが、流石の忍者くんも命が惜しかったと見える。その話については鄭重に断ったそうだ」

 忍者くん、とは、部隊中最高のSPEEDを誇る忍者ユニット。ガリランドで意気投合して参加してもらっているのだが、未だに誰も彼の本名は知らない。そんなこんなで、部隊の皆は「忍者くん」と呼称している。
 ちなみに、そのSPEEDを活かした哨戒には定評があり、もたらしてくれた情報が幾たび危機を救ってくれたかわからない。その情報に賭ける情熱は素晴らしく「拙者、過たば詰腹切らん」が口癖だったりするのだ。



 なので。



「だから、ホントだろー、ってね。ねーねー、リーダーの口から真偽が聞きたいなっ!」
「うふふ。どうなんですか? ラムザさん」
「む、ムスタディオ――――――ッ!!!!!!!!」

 叫べども、相手はいない。彼はゴルランド先遣隊の隊長任務真っ最中で、同市に先乗りしているのである。
 お、男の友情と信じて相談したのに、こんなことって……!

「でも、忍者くん、どうやって裏づけ取ったんだろうね? 聞いても“リーダーのプライバシー。こればかりは拙者の口からは”って言って教えてくれないしー」

 絶妙の口真似でラヴィアンさんは忍者くんのセリフを呟き、首をかしげた。確かにそうだ。忍者くんは情報のウラを取らない限りは滅多なことを喋らない。とすれば、何らかの証拠を―――――――




 ―――――――って、マテ。
           まさか、まさか、忍者く―――――――




「あ、それなら俺知ってるぞ? ルッソが手帳に書いてるの見たんだけどさ。何でもラムザ、自分の財布にアグリアスさんの写し」
「ら、ラッドさああああああああん!!!!!!!!! なななななな、何言ってるんですかあああああああ!!!!!!!」
「はっはっはー。そう焦るなよーラムザ。若い男、誰もが通る道さ」
「へー。そんなお熱だったんだーリーダー。そうだよねー。美人だもんねー、アグちゃん」
「あらあら……」

 迂闊だった。まさか、ルッソに勘付かれていたとは……! そういえば前、ゼイレキレで財布落としたな……戦闘中に。ルッソが拾ってくれたけど……あの時か……ッ!

「というわけで、証拠は揃ってるんだなー、ラムザ。ほら、あの処刑場だろ? 切っ掛け。“私はお前を信じる!!”ってやつ」
「あー、あれかあ。いいよねえ。あの時は私もジーンと来たもんね。そっか、アレが殺し文句か! そりゃ、少年の心も一撃だよねっ!」
「うふふ。お似合いですよ? ラムザさん」
「………………………………」

 最早、観念せざるを得ない。それほど、致命的な情報流出が自分の知らぬ内に起こるとは、正に、過去は急な落とし穴となって人に重傷を与えるらしい。
 にやつくラッドさん、明るく笑うラヴィアンさん、にこやかに微笑むアリシアさん。ああ、何でこんな……。

「ふふふー。“沈黙は諾”だよリーダー? 面白いネタゲット!!」
「ああ。こりゃ、2日後が楽しみだ」
「……2日後、ですか? 何が……」

 2日後。今日が双子月31日だから、丁度巨蟹月の1日だけど……

「あらあら。ラムザさんはご存じないんですか?」
「え、アリシアさん、何をです?」
「うふふ。明後日は、アグリアスちゃんの誕生日なんですよ?」








「ムスタディオ? さあ、弁解があるなら聞くよ。どうかな。きっと、話術を極めた君なら良い話を聞かせてくれると思うんだけど」
「待て待てラムザ!!! 待ってくれ!!! とりあえずそのディフェンダーをしまえ!!」
「ああ、しまうとも。その前に聞かせてくれ、と僕は言っているんだ。あれほど他言無用と言ったのにさ……。昨日は大変だったんだよ? もう詰問が延々続いてさあ……」
「分かった!! 分かったよ降参だラムザ!! あのな、そりゃ、俺だってまだ若い。そんな経験無いんだから急に相談されたって無理な話だろ? アグリアスさんが喜びそうなことなんて……だから援軍をだな」
「ふーん。で、よりにもよって忍者くんか。その選択は妥当だったと思うのかい? ほら、手先が狂って切っ先が……」
「痛い! 痛いぞラムザ! そんなパワハラには断じて抗議を……」
「へー。そんなこと言えるんだ……。えーと……“虚栄の闇を払い……真実なる姿現せ”……」
「うわあああああ!! 禁止! アルテマ禁止!!! ちょっと待て、口止めもしないで言ったのは悪かったと思う! スマン! 反省してる! 代わりにとっておきの情報教えるからやめてくれええええ!!!!」
「――――ん。じゃ、ムスタディオはどんな情報を僕にくれるのかな? リークしたのを上回るんだよね? 当然」
「当たり前よ! 聞いて驚け! 実は明日巨蟹の1日は、アグリアスさんの」
「誕生日、だよね。知ってるよそれくらい。……さあ、次は?」
「…………っ!!! ……じ、じゃあコレはどうだ!!! ゴルランドの酒場で仕入れたとっておきネタだぜ!!??」
「――――聞いてみよう。何だい?」




「ああ。最近だな、貴婦人連中の間で流行ってるモノがあるらしいんだ」









 と。それがつい昨日、ゴルランドの宿での会話であった。一応その話を聞いて僕は剣を納め、連続拳を見舞ってやるだけで許してあげた、というわけである。秘孔拳で無かっただけマシだと思って欲しいものだ。
 そして本日、巨蟹月1日、朝、王都ルザリア、聖アジョラ大広場。丁度、市場の店がぼちぼち開いてくる時間帯。僕はムスタディオと共に大通りを歩いていた。



 そう。“あるモノ”を手に入れるために。



「ラムザー……。鳩尾が痛いんだけどぉー」
「自業自得だよ、ムスタディオ。それより、ホントにあるの? そんなに人気だったら、王都の店になんて……」
「ふっふ。その辺は抜かりないぜ。忍者くんが昨日の夜中、入荷予定の店をチェックしてくれたからな!」
「……どうやって……? ……でも、それなら安心だ。じゃ、行こうか」


 別に市が立つ日でもないが、戦乱の中でも流石は王都と言ったところか。難民として流れ込んだ人々も逞しく露店を出しているスペースがあったり、賑わいは中々だ。
 そんな広場を通り、王都の目抜き通りへ。とても長い通りだが、広場に近いこの辺りは生活臭は少なく、貴族向けの高級店や武具店などが揃う。
 そして。

「ここ、だな」

 ムスタディオが足を止める。右手では、色々なモノを飾ってあるショーケースが華やかだ。宝石から貴金属、果ては化粧品まで。戦乱の最中ではあるが、この手の店には大概、貴族ご婦人方の足が途絶えないもの。だが、まだ開店直後のこの時間帯、店内にも数えるほどしか人は居なさそうだった。

「ここ、って。こんな高級店……お金大丈夫かな」
「ん、50000あれば足りると思う。言っといただろ?」
「……半分横領だね、これは」

 軍資金からチョッパった金額は凡そ50000ギル。帳簿担当のアイテム士さんには、後々密漁で埋め合わせることで合意してもらっている。とはいえ、あまり良いことでないことは事実なわけで。

「背に腹は換えられないさ。何せ、もう明日だもんな。じゃ、入ろうぜ」
「うん……」

 金具が下がる音と、来客を示すベルの音が響く。
 その音色が、部隊長としての良心を苛んだりもする。とはいえ、既に扉は開かれた。もう、後には引けないわけで―――――

「いらっしゃいませー」
「あ、……ど、どうも」
「………………………」

 で、もう一つ、圧倒されてしまっている情けない少年二人が、ここに。

 仮にも貴族の一家に生まれた男。多少なりとも高級なモノを扱う店に入ったこともあれば、そんなモノが身の回りにあったことだって、勿論ある。だが、それにしても、だ。

「本日はどのようなものをお探しでしょうか。よろしければ、お伺いいたしますが?」

 女性の装飾を扱う店に入るのは、やはり始めてである。そして、何より。

「……ラムザ。俺達……」
「言うな。余計痛いだろ?」

 凄まじいまでの場違い感と、それになんの動揺も見せない、鍛え抜かれたプロの店員さん。むしろ、さげすんだ目のほうがまだ落ち着くような気がしないでもない。
 だが、敢えてもう一度言うが、後には引けない。どうせ二度と訪れることも………いや、あるかもしれないが、その時はもう少しマシな格好をして来よう。今はただ、目標を手に入れるため、告げなくてはならない。

「え、ええとですね、ティンカーリップって入荷してますか?」











「………………………………………………………」



 黙々と、杯を上げている。

 頬は少し赤らんでいるが、しかし、全く以て酔ってはいない。この程度の酒量―――――と言っても、既に麦酒をジョッキで5杯開けているわけだが、それくらいで潰れるほどヤワではない。

「―――――――――――――――――――――」

 ひとり、寡黙な女騎士が、杯を上げている。
 その身が無骨な鎧で覆われていようが、美しさまでは隠しおおせることは無い。表情は不機嫌そのものでも、引っ掛けようとする命知らずは何人も居た。乱世だ。男もまた、どこかしら判断基準が狂っている。

「よー姉ちゃん、一人なら―――」
「…………」

 今もまた一人。そして、思い知ることになる。睨むこと一瞬。男はそのあまりの殺気に、腰を下ろすことすら忘れて引いていく。
 荒れている、と言えばその表現がピッタリだろう。だが、その原因は実に単純だ。誰も、この見目麗しき女騎士が、その程度・・・・のことでここまで荒れているとは、想像もつかないに違いない。




 ことは、2時間ほど前に遡る。




「ねーアグちゃん、リーダーのことどう思う?」
「どう、とは……? ふむ、首領としての資質は十分だろう。多少、一人で突っ込むクセは治して欲しいものだが……それが何か」
「違うってー。ね、だからー、」
「?」
「ふむ、それでは埒が明かないぞラヴィアン。この方が誰か忘れたか? 他ならぬアグリアスだぞ」
「うふふ。そうよラヴィアンちゃん。もうちょっと分かりやすく、かつショックが無いように言ってあげないと……」
「……なんだ。二人とも、私がモノを解さぬような言い方をして。言いたいことがあるならハッキリと……」
「あらあら……いいのかしら? まあ、アグリアスちゃんがそう言うならいいんだけど……」
「単刀直入に言えば、だ。アグリアス、貴女はラムザのことが好きなのか、と、そう聞いているんだな、俺達は」


 瞬間。聖騎士の、それも頭部の周りだけ、気温が2度ほど上昇した。


「な―――――――な、なにを言っているのだお前達は!! そんなコトを聞いて何と…………!!!」
「何にもないよ? こういう話ってさ、何にもないけどするもんだしー♪」
「そしてその反応か……。顔は赤く、そして動揺も隠せない、と」
「あらあら……」
「だから何を勝手に話を進めている!!!! 私と……その、ラムザはこの部隊の長だ! 配下と隊長、それ以上のものでは……!」
「へー。じゃあ、アレはなんだったんだろ」
「…………!!?? あ、アレ……?」
「や、つい先日のことなんだが。戦闘のあと、隊長が木陰で昼寝してるときに、その寝顔を見ながら妙に嬉しそうに――――」
「―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
「そうそう。毛布までかけてあげてたし、なんかお母さんみたいだったよねー」
「うふふ。周りに人が居ることにも気付かないくらい、寝顔に見入ってたのよね。可愛かったわよ」

 上昇した気温が、一気に氷点下へと落ちていく。さあ、と血の気の引いた顔は、アグリアスが滅多に見せないそれだった。

「…………何が、望みだ?」
「や、何を言っているのだアグリアス。俺達、友達だろ? もちろん、応援するつもりだよ。で、耳寄りな情報をひとつ、と思って……」
「そうやって私をおもちゃにするのだな……ラッド。貴様、次の戦闘は覚えているが良い」
「わー、アグちゃん怖い!」
「あらあら……これは、余程のことを教えてあげないといけませんね、ラッドさん」
「ふ、その点に関しては抜かりない。何故なら、アグリアスはこの後、俺達に感謝することになるだろうからな」
「……聞くだけ、聞いてやろう」
「うむ。それは先日のことだ―――――――」


 そうして、顛末は語られる。
 聖騎士アグリアス、そのポートレートを、こっそり財布に忍ばしている、見習い騎士。
 それが何を意味するのか――――くらい、どれだけ彼女が物事に疎かろうが、分かってしまう。





「…………マスター、もう一つだ」
「あいよー」

 そうして、8杯目のジョッキが開けられる。顔は歴戦の武者でさえ怯むほど険しく、しかし、その内心は乙女のそれだ。まあ、言うまでも無く。これまで修行、戦、そんなことしか知らなかった騎士が迎える、始めての恋心、だったりするのである。

 当然、伝える勇気も何もなし。そんなコトは教わっていないし、何より考えたことも無く。


(ラ、ラムザ、が、私、を…………)


 突然教えられた事実は、彼女を酒に逃がすに十分な衝撃を与えていた。つまるところ、どうしていいか分からない。嬉しいはずなのに、だが、どう反応すべきなのか。明日からどうやって彼に接すればいいのか、考えても考えても結論が出ない、ということである。


 時に巨蟹月は1日、午後八時を33分周ったところ。自らが誕生日を迎えたことすら、既に忘却の彼方にあり。初めて迎える感情をアルコールで紛らわそうと、しかし酔うこうとが出来ない女騎士・アグリアスの酒量だけが増えていっていた。









「――――――」

 もうひとつ、少年は深呼吸をする。

 逡巡は1分。にやにやしていた機工士に蹴りを一撃、それで大分気分が楽になった。

 流石王都と言うべきか、酒場の扉は重厚だ。ゆっくり、そして、折角決めた心を鈍らせないよう、そのノブをゆっくりと回す。

「いらっしゃいませー♪」

 酒場の娘は元気が良い。古今東西、あらゆる酔客を軽くあしらうのが仕事と言って良い彼女達は、当然のように明るい笑顔で客を迎える。無論、その少年がガッチガチの表情をしていることに、理由を詮索したりしない。

「――――――」

 返答もせず、一歩、二歩酒場に入っていく。多少薄暗い店内。だが、しかし、その人にはすぐに気がついた。店の端、誰も寄せ付けぬようなオーラを放ち続けている、その人。

「…………ッ」

 知らぬ間に、汗が滴り落ちている。情けない。どんな敵にも物怖じせず向かうくせに、こんな時には胆もなにも震え上がってどうしようもない。
 そして。彼が、女騎士の内心が全く同じであることに気付くことも、無い。

 そんな互いの状態が幸いしたのだろう。ラムザがアグリアスの表情を見る余裕も無く、そして、アグリアスがラムザの来訪を気付くことも無い。図らずも。そんな、純な心がぶつかりあう、そこに障害は存在しなかった。



 どうやってテーブルを縫って歩いたか、そんなことは多分、少年には一生思い出せないだろう。
 憧れ、と、最初はそんな感じだった。それが恋に代わったのはいつのことだったか、それだってはっきりとしたことは分かるまい。

 確かなことは、ひとつ。
 これから、少年が、勇気を出して、ひとつの贈り物をする、ということだけだ。



「………あ、あの、アグリアス、さん」
「―――――!!!」

 傍に立たれるまで気付かない点だけでも、どれほど彼女が動揺していたかが窺い知れる。そして、上げた目の先には、そんな彼女の心を占めて止まない、そんな少年の顔がある。

 これが慌てずにいられようか、いや、いられるはずは全く無く。

「らら、ラムザ! お、お前、ここは未成年は……!」
「……? い、いや、その、お酒は飲みませんよ……せいぜいミルクが関の山……って、そうじゃなくて、ですね! その!」

 当然ながら、酔客に混じって完璧な変装をした忍者と、アグリアスの旧友三人は成り行きをつぶさに見守っている。そんな4人が思わずニヤついてしまうほどに、二人の初心さは完璧だった。

「あ、あの、今日は、アグリアスさんの誕生日、ですよね」
「……? あ、そ、そうだった、か」

 アグリアスはそのことさえ失念していた。そして、ラムザがそれを言い出したことが、何を意味するかも理解していないアグリアス。その直後、繰り出される二の矢が完膚なきまでにヒットするのは、この瞬間に決まったかのようなものだった。

 意を決したのだろう。ラムザの体が、少し強張る。そして、持っていた小さい箱を、震える手で差し出した。

「これ、誕生日の贈り物です。その、アグリアスさんに、似合うと思って……」
「………………!!!! 待て、今、なんて……」
「で、ですから、プレゼント、です! あの、ご迷惑かもと思ったんですけど……ッ!」
「や、ち、違う! す、少し驚いた、だけだ……」

 どちらもどちら。赤くなって俯いて、違うところは、差し出したプレゼントと、それを貰う、という所だけ。
 恐る恐る、という表現が正しいのか。ラムザの差し出した小箱を、アグリアスは震える手で受け取った。

「……開けても、いいか?」
「……え、ええ」

 リボンを解き、箱を開ける。入っていたのは、小さな―――――

「口、紅……?」
「……アグリアスさん、に……きっと、似合うと思ったんですけど……」

 ティンカーリップ、と言う。妖精の名を模したのだろうか。その評判は上々、今では貴族の令嬢にこぞって用いられ、常に品薄状態にある、という逸品だ。
 それくらいの知識は、アグリアスにもある。だが、受け取ったそれをどうしていいか、その知識は存在しない。

 嬉しい、と思う気持ち。それが胸を占めている。ソレを表す術は、彼女の知るところではない。勿論、目の前にいる少年だって同じ。気の利いた言葉ひとつ言えず、渡したままで俯いている。



「……こう、か?」



 そんな状態を打破しよう、と、彼女が考えた精一杯のこと。少年の好意を受け取って、そして、感謝を伝えるには、と。
 貰った口紅を、すぐに使ってみる。戦いの続く限り化粧など不要だと、そう思っていた。だが、少年が似合うと言ってくれたなら、それだけで十分だろう。



 アグリアスの呟きに、ラムザも顔を上げる。
 そうして、少年は、彼女の新しい一面を見た。



「…………」
「…………」

 元々整っていた顔立ちに、上気した頬、そして、たった今引かれた紅の紅さが、彩を添えている。少年の静寂は一瞬だった。後は、齢相応の感激が、堰を切ったように胸を満たしていく。

「……どうだろう。久しく、このようなことはしていなくて、な」
「に……」

 そうして、高まった想いは、出口を外に求めていった。
 だから、そう、「我を忘れた」なんていう表現がピッタリなのかも、しれない。



「似合いますよ、アグリアスさん!!」




 ―――――と。
 店内の空気が1コマ止まり、そして、動いた時には、彼らがその中心になっていた。


「ら、ラムザ……」
「……あ……いや、そ、その……」

 店内に勢いよく響いた大声に、ラムザも今更ながら気付いたようだった。ニヤついた視線は容赦なく注がれている。今度は、赤くなるのは少年の番だった。

 そんな様子が、アグリアスには微笑ましく映る。こんな殺伐とした時を過ごして尚、この少年はまだ立派に少年だ。純粋な心根に触れていると、どこか、心地良さが伝わってくるように彼女には感じられた。
 だからこそ、彼女はここに居るのかもしれない。迫り来る現実は全て厳しく、一人の少年が全て背負うには過酷過ぎる。だが、傍に居て、それを分かち合うことは出来るはずだ。そうすれば、彼を守ることにもなる。

「――――ラムザ」
「…………?」
「ありがとう」

 アグリアスはそう告げると、微笑んだ。決して作った表情ではなく。ただ、純粋に、彼の好意が嬉しかったから。
 今、知ってしまった彼の気持ちに応えることは出来ずとも。この少年を支え続けよう。そして、いつか、そんな戦いの日々が終わったのなら―――――




 それは、何時になるとも知れぬ未来。だが、必ず、生きてその日を見るのだ、と。聖騎士は、一つの誓いを胸に刻んだ。









「…………なんだ、アレ」
「…………幸せそう、よねー」
「あらあら……アグリアスちゃん、可愛いわねー」
「――――――」


 その後は、赤面する少年と、幸せそうに微笑む女騎士が、他愛ない話をしつつ席を共にする、という、非常に微妙な光景が展開していた。丁度二人の席から二つはなれたテーブル席。まあこれ以上無いというくらい、恐らくは本人達は気付いていないだろう、超絶天然バカップル振りを見せ付けられた4人の士気は、店に入ったときとは打って変わってどんよりとしたものだった。

 本来、3人がナイト、1人が忍者である。だが、変装は巧妙だ。その道のプロである忍者くんの技術により、ラッド、ラヴィアン、アリシア、忍者くんがそれぞれ黒魔導士、白魔導士、暗黒騎士、話術士へとその姿かたちを変貌させている。
 しかし、これは危険な賭けだった。忍者くんはあくまで、全員が顔を隠す変装を主張していたのだ。だが、多少おしゃれ好きのラヴィアンには、その提案は受け入れられず。






 ―――――――そして、それが。
           運命を決める、分かれ道だったとは。






「…………帰るか」

 ラッドが呟いた。他の3人も無言で……と言っても、その内の一人は常にそうなのだが……それに追従し、席を立とうとした。

 4人が一斉に立つのだから、当然多少は目立つ行動になる。至極当たり前のように、ラムザとアグリアスの目も、一瞬その4人へと向けられた。






 まさに、その刹那。
 はらり、と。ラヴィアンが被っていたローブのフードが、後ろにずれた。






「―――――――」

 凍りつく。アグリアスの視線は当に1点を凝視していた。顔すら隠れる黒魔導士、暗黒騎士、そして普段は覆面であり、素顔不明の忍者くんは、良い。だが、ラヴィアンは白魔導士。いつもの髪型に、単にローブを被っただけだった。

「ぁ、あ、……………」

 その瞬間、話術士は視界から消え去った。流石は忍者、SPEEDとJUMPの桁が違う。
 だが。残された三人のジョブは、哀しいかな、ナイトだった。


「…………貴様等。ひとつだけ、聞いてもいいか」
「―――――――」
「…………何故、ここに居る? それも、揃って、だ」
「…………………!!!!」
「答えられない……か。ふふふ、ふふふふふふ」


 そうして、聖騎士は謀られたことを悟り。
 ゆっくりと立ち上がって、佩剣エクスカリバーを抜き放つ。


「待てアグリアス!!!! 俺達はお前のことを考えて………!!!」
「……謀った、と? この私を」
「そうだ! 折角の婚期を逃さないように、って、仲間のお前を慮」











「命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る!!!!!
 不動無明剣!!!!!!!!!」












 王都ルザリアの酒場に、響き渡った絶叫。
 その後には。哀れにもストップ状態で放置された三体のユニットが、銅像のように屹立していた。
 



 というわけで、随分前に話題に上ったものですが、FFTネタでしたw 公式にはどうなんだろうこの二人。だけど自分は大好きですよーw  あ、あと、設定ミスとかありましたら、こっそりお願いします m(_ _)m

 そういえば、カップリングモノという点では、士剣以外でお話を書いて公開したのは初めてかな? どうだったでしょうかw アグリアスさんの装備がエクスカリバー、かつラムザ君の装備がディフェンダーですから、べスラ直後とでも思っていただければw アリシアさんが某水の惑星漫画に出てくる某水先案内人口調なのは、仕様です(爆)。あと、写真ってあるのかな……其処は不明ですねw

 FFTは当時、3章の魔人ベリアスが斃せずに悶々とした日々を送っていた記憶があります。時代が変わり、PSP版になって、自分も成長したのでしょう。やり込みレベルがw ベリアスを開始2ターンで屠った時は……拍子抜けしましたねえ(苦笑)。
 そして今回の移植で加えられたイベント……件のティンカーリップイベントですが。……あれぇ、渡すヒト違くねえ??? ……そんな所から生まれたSSでしたw
 にしても、暗黒騎士っていうのは抵抗あるネーミングです。特に黒セイバーさんがトラウマな身としてはw もうちょっと清らかなジョブ名が欲しかったかもしれませんね。特別な条件とか、イベントとかで。

 もし好評なら、別カプリクでもやってみようかと思うんですが、どうでしょうw ヤレヤレ、やっちまえーとかあれば一言どうぞw

 それでは、御拝読ありがとうございました!!!

 何かありましたら一言どうぞw⇒ web拍手


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